高崎綾子の事件簿#1 又は三浦大輔の不安
「Foo! 終わった終わった!」
「小林さん帰ったとたんにそれですか……ってやめてくださいよ!」
なんやかんやで奥さんと別れることになった小林氏。知り合いの弁護士を紹介したことでなんだかんだで離婚騒動はうまいことまとまった。
残念ながら筆者は知識足らずな上、調べるのも面倒なので小林氏と氏の妻との間で繰り広げられた醜くも美しく、どこかもの悲しい愛憎劇もとい離婚裁判は賢明な読者の想像に任せるとしよう。
あいさつに来た小林が事務所の玄関の扉を閉めた途端、少女――高崎綾子は先ほどまで自分と向き合うようにして小林が座っていたソファに飛び込んだ。ソファは恐らくソファとして出してはいけない音を立てながら綾子をやんわりと包み込んだ。
そもそも「ボロクナッタカラステテオイテ」と下の階で喫茶店(非合法)を営むフィリピン人のママから捨てるよう依頼されたこのソファ、事務所を開設したばかりで資金確保に困っており、碌に家具さえ揃えられなかった綾子と大輔にとっては渡りに船と廃棄したふりをして大輔が簡単に修理、改装し事務所の応接間の主として設置され今に至るものなのだ。
元々が捨てられるくらいに使い込まれたソファはいつ最後の時を迎えるかわからない。修理しそれなりの期間をともに過ごしてきた大輔にとって、綾子のとるこの行動はあまりに無神経なものでつい大きな声を上げてしまうのだった。
「大切に扱ってくださいよ……。そいつもそう長くは使えないんですから」
「だからこそだよ大輔君? 長くない共に過ごせる時間をこうして愛情いっぱいに過ごすのだよ」
「いや意味不明ですから」
大輔のツッコミを聞き流しながら綾子はテレビの電源を入れ、リモコンでチャンネルをいじり始める。
「面白い番組やってないなぁ」
「夕方のニュースが始まるまでまだ時間がありますからね。おとなしく水戸のご隠居さんの再放送でも観ていてください」
「さすがの綾子さんも黄門様の面白さはまだ理解できないかな……」
そう言いつつもブラウン管に映る水戸の爺様から目を離さない綾子をしりめに、大輔は机の上に並んだカップをまとめ食堂兼台所に運ぼうとしたのだが、ふと背後に視線を感じ振り返る。
しかし大輔の視線の先には玄関と玄関へ続く廊下が広がっているだけだった。
「またか……」
職業柄こういった感覚を覚えやすい大輔だが、ここ最近は特にひどく今日にいたっては一日中室内にいたにも関わらず三回も視線を感じている。これは異常だ。
「逆恨みでもされてんのか……?」
大輔のつぶやきは誰もいない廊下に吸い込まれ、綾子の耳に届くことはなかった。