新たな依頼(オーダー) 2
「ほほ、どうやら、着いたみたいですぞ」
朝起きた男達との一悶着から、数刻もしないうちに、四人は目的地についていた。そこは探検者達の集まる集会場だ。
探検者連盟の最も末端部位に当たり、探検者と依頼主を繋ぐ場所でもある。
依頼者は探検者に対して、資金を支払って護衛や討伐の依頼などを受けるのだが、その内の約20パーセントを連盟が仲介料金としてとっている。実際に探検者の手に渡る料金は大方7~8割程度だ。
連盟はそれらで得た資金で、世界中の妖魔やその他の情報を管理しているという。得た情報は有益な物のみ、一般公開していて、誰でも見られることができる。
驚くのは、この様な場末な地域にさえ、探検者連盟が集会場を設置していることだ。こういう場所は金回りが悪く、利益至上主義の組織であれば絶対に展開しない場所だ。だが、ここルショスクにさえ、連盟の集会場があるのだ。
連盟はあくまでも非営利的な組織とみた方がいいだろう、
という事は、彼らが持つ情報もある程度まで知ることができるのだ。
アストールはここに情報があることを期待して、レンガ造りの建物へと足を踏み入れ居ていた。
建物の中が街の様に閑散としているのかと、アストールは思っていたが、別にそう言うわけでもなかった。
掲示板の前には多くの探検者が群れをなして、依頼を探している。
ロビーにある机の周囲にも、多くの探検者が酒を片手に情報のやり取りを行っていた。
探検者と呼ばれる賞金稼ぎ稼業の人間が、ここにはおおく集まっていた。だが、その半数以上が荒くれ者と言うに相応しい身なりと人相をしていた。
無精ひげを生やした男達は、手斧を腰にぶら下げていたり、酒を飲んでいたりと、騒ぎこそないがまるで場末の酒場の様な光景だ。
アストール達が入ってくるなり、かなり鋭くぎらついた目で全員を値踏みするように見ていた。
中にはアストール達と違わぬ格好をした品のある探検者も散見される。だが、それは圧倒的に少数と言っていい。
「なかなか、強烈な所だな……」
アストールは周囲の探検者達を見回して呟いていた。
てっきり町と同様に人がいない事を想像していたもので、アストールとしてはこの意外な結果を前に圧倒されていた。
「それよりも、情報を収集しなきゃねえ」
メアリーが横に来て言うと、アストールは気を取り直していた。
探検者連盟なるものが設立されてから、各地域の主要都市にはこの様な集会場の設置が義務付けられていた。国境を問わずに各地域の妖魔の生息形態の情報を共有している。
ここではその地域毎に舞い込んできた事件や依頼を、自由に受けることができるようになっていた。
勿論、情報開示も必要ならばしてくれる。言わば、情報の宝庫だ。
ガリアールのエストル捕縛は民間ではなく、近衛騎士等、公民が行っていたので、集会場には行かなかった。もっとも、エメリナは集会場にも顔を出しては見たが、有力な情報はなかったと報告してきた。だが、ガリアールの時とは違い、今回の事件はより一般人に近いものになっている。
そうなれば、集会所でも有力な情報は手に入るとみて、アストールは自ら赴いていた。
「さてと、早速見てみるか」
アストールはとりあえず、依頼の貼られている掲示板の前へと歩き出していた。
木製のボードが張られた掲示板には、所狭しと人探し依頼の紙が貼られている。その内容は老若男女問わずというわけではなかった。少なくとも10~30代までの比較的若い男が多い。男女比率で行くなら7:3程度で圧倒的に男性行方不明者が多数を占めていた。
行方不明者の職業に目を通せば、農民、町民、商人、職人、軍人、果ては探検者と、かなり幅が広く一貫性は全くない。
何よりアストールが疑問に持ったのは、誘拐された被害者の多数が男性という事。女性であれば、その以後の運命は容易に想像がつく。娼館に売れば金になる。
だが、依頼を見る限り、相手は身代金の要求はしていない。純粋に誘拐だけをしている印象を受けた。
興味深そうにアストールが掲示板を見つめていると、それなりに身なりの整った探検者が横に来ていた。
「やあ、誰か人探しかい?」
探検者の男はアストールが同業者であると思い込み、気軽に話しかけていた。男の方へと顔を向ければ、男は彼女の胸や湾曲したヒップラインを見ていた。
下心があるのが明らかだ。だが、ここで怒っては得られるものも得られない。
「えぇ。そうなの……。私の従兄弟が攫われたって聞いたから、心配になって仲間と来たの」
アストールは後ろに控えていたジュナル達の方へと顔を向ける。探検者の男もつられて顔を向ける。彼はそれを見た途端に、ニヤついていた。
「君の仲間にも女の子が二人居るんだな。ちょうど俺以外にも二人仲間がいるんだ。その従兄弟探し手伝おうか?」
アストールは即座にこの男の目的が自分達女であるとわかり、小さく溜息をついていた。
「それはありがたいんですけど、生憎人数は間に合ってるんです。すみません……」
わざと申し訳なさそうに断ると、男は残念そうに答える。
「そうか……。それは残念だ。まあ、困ったらいつでも声かけてくれよ。俺達は同業者だからな」
「そう、なら、ちょっと教えていただけない?」
男がその場を立ち去ろうとするのを、アストールはすぐに引き止める。もっとわかりやすい情報を得るならば、直接地元の探検者に聞くのが手っ取り早い。
意外そうにアストールを見る男に、構うことなく彼女は聞いていた。
「なんでも噂だと、人攫いの犯人がキリケゴール族だって聞いてるの。それって本当なの?」
アストールが心配そうに聞くと、男は気分よく答えていた。
「確かにキリケゴール族は人を攫ってる」
ルショスクの捜索隊が言うとおり、キリケゴール族の人攫いは現実に起こっていた。地元の探検者がいうのだから、まず間違いはないだろう。
ただ、そう判断するには情報量が少なすぎる。
「じゃあ、やっぱりキリケゴール族が犯人なのかしら?」
確信を得たいがために男に聞くと、彼は苦笑して答えていた。
「ああ。おそらくな。でも、ここ半年で起きている誘拐事件の中には開放された奴だっているって話だ」
男の言葉を聞き、アストールはつい聞き返していた。
「え、どういう事?」
「さあな。何でも誘拐された奴らの中にはその日の内に解放された奴だっているらしい。尤も俺達はその当事者じゃないし、詳しいことはわからないけどな」
男の言葉を聞いて、アストールは更に疑問を募らせていた。
態々、人を誘拐しておいて、その日の内に解放する。そのメリットが今一わからない。その一方では目の前の掲示板には、半年以上前から行方知れずとなっている人の、捜索依頼さえあるのだ。
「そうなの?」
「ああ。ここで行方不明者として捜索願が出てる奴らも、実際に全員がキリケゴール族の住むカシュラの森の中で行方不明になってるって話だ。大方、奴らが犯人っていう話は間違いないだろう」
その話を聞いてアストールは怪訝な表情を浮かべる。
一度は誘拐した人間を、再び解放している。その一方ではずっと行方が分からずに、捕えられたままの人がいるという。
この奇妙な出来事が、アストールにはどうも腑に落ちなかった。
「へー。そうなの。貴重な情報ありがとう。これはほんのお礼よ」
アストールは男に用がなくなり、早々に目の前から消え失せろと言いそうになるのを我慢する。それどころか、懐からチップの銅貨を取り出して、男に手渡していた。
「お、まじかよ。気が利くねえ。また、何なりと言ってくれ。協力するよ」
こうでも餌付けしておけば、後々何かの役に立つかもしれない。そう思いつつアストールは、気前よく礼を言って立ち去っていく男の背中を見送った。
「なんか、引っ掛かるな……」
アストールは再び掲示板を見据える。
行方不明者は10~30代と比較的若い人間が多い。しかも、力も有り余るような軍人から、そこらで農作業をする住人まで、職業もバラバラだ。中には探検者の職業までも散見される。
果たして誘拐が多発していて、常日頃から警戒している男性を簡単に誘拐できるものか。しかも、腕っ節のある人間もいる。
それらの人を好んで誘拐するというのは、どうも不合理すぎて納得いかない。
「んー。何で解放される者とされない者がいるんだ?」
それに加えて、最近では即座に解放された者さえいるという。なんとも矛盾した結果を生み出していた。
腕を組んで頭を悩ますアストールの横に、メアリーがひょっこり現れる。
「アストール。何か分った?」
「んー。いまいちだな。話を聞けば聞くほど、訳がわからなくなる」
誘拐をするなら、極力証拠を残さないはずだ。それなのにキリケゴール族は、最大の証拠であり、証人の被害者を無傷で解放しているのだ。
その時点で疑問に思うのは、なぜ誘拐した被害者を開放したかだ。
普通ならば身代金なりを要求したりするものだが、その見返りさえ要求せず、その日の内に無傷で解放される者がいる。そんな気まぐれな誘拐犯が、果たして誘拐した人を長期間に軟禁・監禁するのだろうか。
「確かにキリケゴール族は人を拉致してるみたいだけど……」
アストールは顎に手をやって考え込む。
「だけど?」
メアリーが問うと、アストールは硬い表情で答えていた。
「本当にキリケゴール族だけが犯人なのか、今一わからないのよね」
「……ていうと?」
メアリーに聞き返され、聞いたこと考察したことをアストールは話していた。
「確かに……。それだけ聞くと、キリケゴール族の仕業かどうか、詳しく調べてみないと判らないね」
「まだまだ、情報が必要ということですな」
いつの間にか後ろに来ていたジュナルが、二人に声をかけていた。
「そうだな。とりあえず、キリケゴール族について、調べてみようか」
第一に情報がなければ、何も判断はできない。とにかく、今、最もアストールが欲しているのは情報だ。ここで得られる情報は、これ以上はないのだろう。そう判断したアストールは、集会場を後にしようとする。
その時だった。




