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ルショスクの悲劇 2

 ルショスク城は見た目からして、天守閣に常駐する兵員数は多く見ても300人。それに街の外城壁を守備する兵士は1000名弱と言った所だろう。これも戦時の最大動員数であり、今は平時であり、最低限の守備兵がいるだけだ。外城壁の守備兵も300人ほどとみていい。

 それ程までにこの街には、人がいない。


 アストールとメアリーの二人は謁見の間より出ると、ルスランの元を訪ねるために歩き出していた。ルショスク城は地方領の城にしても小さく、彼の部屋を訪ねるのは容易な事だった。


 城の重役たる士官達が城で生活をする個室が並ぶ狭い廊下。

 王城に住むことがあったためか、アストールにはここが地下にある留置場のようにさえ感じられた。

 二人はその廊下の入口の前に立つ衛兵に会釈して、そこを通り過ぎていく。心なしか、衛兵の目は二人を見て、羨ましげな視線を送る。

 その意味が分からなかったが、二人は最も奥に位置している部屋へと一直線に向かって歩いていく。


 二人は部屋の前まで来ると、ドアをノックして声を掛けていた。


「近衛騎士代行エスティナ・アストールです。ヴァリシカ候より仰せつかり、馳せ参じました。」


 アストールの呼びかけに応じて、扉がすぐに開いていた。顔だけを出した男、否、青年は二人を見て呆気にとられて口を開けていた。


「あー。俺はそういう趣味ないし。第一こんな事は頼んでない。何かの間違いだろ。衛兵! この二人の娼婦を城門までお送りしろ」


 何を勘違いしたのかルスランは近くに立っていた衛兵を呼ぶと、アストール達を排除しようとする。


 呆気にとられそうになるが、アストールは帰らされては堪らないと、すぐに彼に訴えかけていた。


「あ、ちょっと、待ってください! 私は本当に近衛騎士です」


 アストールはそう言うと、腰に下げていた腰布の根元に付いているメダルを見せる。


 メダルの表には王家の紋章である竜が刻印され、裏には発行元と発行番号、役職、各位が刻印されていて、偽物でない本当の近衛騎士という身分を示していた。

 そのメダルを見せて、ルスランはアストールが本物の近衛騎士だという事を認めていた。


「待て! 衛兵、俺の目が節穴だっただけらしい。彼女らは本物の近衛だ」


 すぐ後ろまで来ていた衛兵は、ルスランに言われて軽く一礼して元の位置にまで戻っていく。


「すまない。この城に女性はいないんでな。また、城の趣味の悪い連中が連れ込んだ娼婦かと思って……」


 気まずそうに表情を歪めるルスランは、二人を部屋の中へと招き入れていた。

 部屋の中はベッドと作業用の机が整然と置かれていた。机は窓のすぐ横に置かれ、日の明かりで書類を見られるようになっている。また、石造りの城を思わせない木の内装に合わせ、暖炉とクローゼットも違和感ないように配置されていた。


 部屋の様子からして、ルスランがかなりの上位の役職についているのがわかる。


「本当にすまない。まあ、少々小さい部屋で悪いが、腰をかけて落ち着けてくれ」


 ルスランはそう言うと、ベッドの横にある丸机から、二つ椅子を引いて出して二人に座るように促していた。アストールとメアリーは言われるままに、椅子に腰をかけていた。


「俺の名前はルスラン・ヴェスヴィチ・アレクセイだ。北側城壁守備隊長をやってる。よろしく」


 二人に自己紹介する青年は、笑を浮かべて手を差し伸べていた。

 ウェーブのかかった茶色がかった長髪は肩まで伸び、自然に伸びた口ひげと顎鬚が生えた精悍な顔立ちと立ち振る舞いが、実年齢よりも年上に感じさせる。


 彫りの深い窪みからは、鋭い眼光が輝きを放っていた。


「あ、私は近衛騎士代行のエスティナ・アストールです」


 アストールは差し出された手をぎゅっと握る。彼もまた手を握り返してきていた。

 握手を交わすと、次はメアリーの手を握っていた。


「私は従者のメアリー・シャーウッドです」


 笑顔で握手を交わすと、ルスランは窓際にある作業用机から椅子を引き出して腰掛ける。


「あー。さっきはすまない。本当にすまないと思ってる」


「いえ。お気になさらずに……」


 アストールは申し訳なさそうにするルスランを気遣って答えていた。少し前だとルスランを引っぱたいていたかもしれない。だが、そうならなかった。


(全く……。娼婦として見られたのは初めてだぜ)


 アストールは内心毒づいていたが、事情を察していた。地方領の城は小さく、基本的には貴族など上流階級にならない限り、伴侶などは城には住み込まない。侍女も多少はいるだろうが、必要最小限の人数だ。そうなってくると、必然的にそれ以外の例外の女性=娼婦となってもおかしい話ではない。


 兵達の性的欲求を満たすのも、また城主の務めだ。士官ともなれば、娼婦を城の中に呼び込むことも殆どの城主は許可を出している。というよりは、娼館に出入りする時間さえない士官は、娼婦を呼び出さざるを得ない状況だ。


 それはこのルショスク城でも例外ではなかった。


「さて、本題に入ろう。君たちは俺に何の用がある?」


 ルスランは瞬時にして顔つきを真剣な物へと変えていた。


「は、キリケゴール族の人攫いの事件解決を命じられまして、御領主には、一番にあなたを訪ねよと……」


「ほう、そうだったか。で、俺は君たちに何を命ずればいい? 捜索の命令か?」


 ルスランは二人を交互に見た後、二人を試すように聞いていた。

 その視線がどことなく厄介者が来たと、無言で訴えているようで、アストールは居心地が悪くなる。


 近衛騎士としてただで引き下がるわけには行かない。


「私たちはあなたに協力するようにと言われましたので、ご協力できることがあれば、近衛騎士として最善を尽くします。なんなりとお申し付けください」


 アストールの申し付けにルスランは、小さくため息をついてみせていた。


「あー、協力してくれるのは嬉しいが、もう人手は十分に間に合ってるんだ。この件は俺達が片付けるから、君たちは事件が解決するまで街でゆっくりしてればいい」


 ルスランはそう言うと、二人を再び交互に見て言う。


「用はそれだけか?」


 ルスランは明らかに二人を軽視して、ここから追い出そうとしていた。

 呆気にとられていた二人だが、アストールがふと我に返って、ルスランに勢いよく言い寄っていた。


「私はこれでも近衛騎士です! 私が力不足だといいたいのですか!?」


 激昂するアストールを前に、ルスランは平静を保ったまま答えていた。


「ん、いや、そう言う訳じゃない。ただ、これ以上人が増えたら、また事件の捜査チームを編成し直さないといけない。捜査を無駄に混乱させたくないだけだ」


 ルスランは真っ当な事を言っていた。どのくらい捜査が進んでいるのかわからないが、新参者に一から捜査状況を説明するのも手間なのだ。何より、こういう事件に余所者を組み入れる事を嫌うのは、組織として普通な事だ。


 それでも、アストールは納得がいかず、ルスランに食い下がった。


「私たちが余所者で鬱陶しいという気持ちはお察しします。ですけど、私達もこのまま帰るわけにもいきません!」


 アストールの必死の申し出に、ルスランはそれでも表情一つ変えずに答えていた。


「威勢だけはいいな。いいだろう。捜査に協力してくれ」


「では、何をすれば」


 希望に満ちた目を向けたアストールに、ルスランは相変わらずの表情で答えていた。


「宿で待機だ。事件が解決するまでだ」


 その高圧的な言葉を聞いたアストールは、ルスランの言葉を聞いて立ち上がる。ここまで近衛騎士、否、女である自分を貶されたのは初めての経験だった。


「わかりました! では、私は私なりにやらせてもらいます!」


 怒りを隠すことなくアストールは踵を返して、メアリーを引き連れて部屋を飛び出していた。


「やれやれ……。俺だって君達みたいな若いのをこんな危険な事に巻き込みたくないんだ。分かってくれよ」


 飛び出していったアストールの背を見送ったルスランは、早急に彼女らが街から出ていくことを祈った。今や街はヴェヘルモスの脅威を前に、風前の灯火となっている。


 ヴェヘルモスの討伐部隊として500の兵と五門の床弩しょうど、七門の投石機、四人の一流魔術師を投入した。彼らは後一歩の所まで、ヴェヘルモスを追い詰める事に成功した。だが、底力を発揮したヴェヘルモスは瞬時にして討伐体を全滅に追いやってしまったのだ。


 生き残って命辛々逃げ帰った兵は、30名弱。他は全て殺されたという。

 その後、ヴェヘルモスはこの城まで飛んでやってきて、報復を開始した。100人いた城兵の内、勇敢に戦いに行った兵士50名を焼き殺し、ルシュスク城の至る所を破壊し、飛び去って行った。

 今や、このルショスクに駐屯している正規兵の数は300を数えないまでに減っている。


 補充した兵士も農兵や一般市民に兵士の恰好をさせただけの間に合わせ。

 それでも合わせて1000人弱の手勢だ。


 もはや、ルシュスクは滅びの運命を待つだけとなっていた。


「まあ、分かってくれと言うのも無理かもしんがな……」


 ルスランの独り言は、部屋の静寂に空虚にこだましていた。

 悩ましいと言わんばかりに、ルスランは天井を見つめて大きくため息を吐いていた。いつ襲ってくるかもわからぬ脅威を前に、ルスランは若き近衛騎士の女性が一刻も早くこの街を立ち去ってくれることを願うのだった。



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