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心変わりはいつから? 2

 アストールはグラナからの許しを貰うと、団長室から退室する。扉を開けて歩きだそうとすると、扉の横でウェインが、いつもの涼しい表情で彼女かれを出迎えていた。

 アストールがウェインに目を向けると、なぜか、彼は急にしどろもどろになりながら声をかけていた。


「あ、あの、すまない……」


 急に謝罪されて、アストールもどう反応していいのか分からず、困った顔をして答える。


「え、いや、なんで急に謝るのですか?」


 アストールの顔を見たウェインは、慌てて彼女かれに弁明する。


「あ、そ、そうじゃない。気にしないでくれ。それよりも、さっきの話なのですが……」


「なんでしょうか?」


 アストールが聞き返すと、ウェインは悲しげな表情を浮かべていう。


「自分がエスティナ殿に認めていてくれた事はとても嬉しい限りでした。ですが、やはり、自分の力は不要なのかと、少しばかり不安に思ったのです」


 ウェインは自分の力が不要であると、アストールに言われたことに相当なショックを受けている。

 アストールもその気持ちがわからないでもない。これまで多くの女性と関係を持ってきたアストールは、今回の様に扱われることだって度々あった。


 だからこそ、彼の気持ちもよくわかる。


「いえ、別にあなたの力が不要と言ったわけではありません。むしろ、必要な時には居てほしいと思います」


 アストールは優しく声をかけると、ウェインはほっと胸をなでおろしていた。自分が嫌われたのではないかという、不安さえあったのだ。

 だが、彼女そ(かれ)言葉を聞く限り、その心配はなかった。


「よかったです。自分はてっきり嫌われたのかと思いまして……」


 ウェインは心底安堵する。普段の仕草では見れない意外な一面を見て、アストールは笑みを浮かべていた。


「そんな事ありませんよ。私は貴方を尊敬すらしています。貴方は近衛騎士を担うお方です。だからこそ、もっと上を目指してもらいたいのです」


 それはアストールの本心だ。

 例え男の時であっても、同じ事を言えたかは判らない。だが、今は心の底から思えるのだ。

 ウェインは近衛騎士を変えられる素養を持った男だ。と。


 アストールが歩みだすと、一回り大きなウェインがエスコートするかの様に横に並んで歩く。


 そして、会話を交わしながら、各々の部屋のある宿舎へ向かう。傍からその様子を見れば、仲睦まじい恋人同士にさえ見えてもおかしくはない。


「自分は貴女の期待に応えなくてはなりません」


「ええ。期待してます」


 ウェインの言葉にアストールは笑顔で返す。

 この時、アストールは完全に油断していた。

 ウェインは立ち止まり、アストールもそれに倣って立ち止まる。ウェインの顔が強張っていて何かの決意を胸の内に秘めているのが見て取れた。


「その、エスティナ殿」


「はい?」


 ウェインのいつにない真剣な表情に、アストールもその雰囲気に呑まれそうになる。


「自分は、貴女に言われたことを、とても嬉しく思いました。だからこそ、お伝えさせてください」

 

 いつにない真剣な表情を浮かべるウェインを前に、アストールはただ事ではない雰囲気を敏感に肌で感じ取った。

 自分の中で誰かが警笛を鳴らしているのを感じる。


(おいおい、これってまさか……)


「今日、自分は貴女と離れることになって、ようやく気づいたのです。自分の気持というものに……。貴女と離れることによって生まれるこの胸の苦しさ、なぜ、貴女と離れるだけでこれほどまでに苦しいのか……」


「あ、あのウェイン様?」


 いつも以上に真剣な表情のウェインに気圧されながらも、アストールはどうにかして話題をそらそうと、頭を全力に回転させる。

 だが、何一つ妙案は出てこない。


(おいおい! これっていわゆる愛の告白か! てか、お前、臭すぎるだろ! その言葉!)

 

 などとは口にできず、アストールは苦笑する。


「貴女のことが、とても自分にとっては……」


「エスティナ様あああああ!!」


 ウェインの喉まで出かかった言葉が、突如聞こえてくる叫び声で遮られる。二人が叫び声に驚いて、その発生源に目を向けた。


 廊下をアストールめがけて駆けてくる女の子、ではなく男の娘。彼は衣服が乱れた状態で、一心不乱にアストールに向かって走り寄ってくる。


「待てええ! まだ、途中でしょ! 逃げないのおお! 次はお化粧って言ったじゃない!」


 すぐ後ろからメアリーが、レニを追いかけて走ってきていた。


「助けてくださあい! エスティナ様!」


 必死に懇願してくるレニは、すぐにアストールの背中に隠れる。


「もう! これが最後だって言ったでしょ?」


 メアリーがアストールの前まで来ると、レニは顔だけを彼女の背中からのぞかせていた。


「そ、そんな保証どこにあるんですか!?」


 何があったのかは容易に想像がつく。アストールは二人の様子を見つつ、呆れながら言う。


「二人とも、ここは王城だ。少しは弁えてくれないか?」


 尤もな事を指摘されるも、二人はそれぞれに自分の言い分を言う。


「仕方ないでしょ! レニが逃げるんだから」


「ぼ、僕は女装趣味なんてないです!」


 大きく溜息をついてアストールは、顔に手をやって首を振る。いつものやり取りとは言え、ここは曲がりなりにも王城の廊下だ。誰がどこで見ているかもわからない。


 だからこそ、分をわきまえて欲しいのだ。とは言え、この状況にアストールは少なからず感謝していた。ウェインに面を切って告白されそうになった時は流石に焦った。だが、タイミングよくレニが現れて、ウェインの告白をうやむやにしていた。

 いつもの様に大事な時に間が悪く現れるレニが、この時ばかりは救いの手を差し伸べた“女神”に見えた。


「ふ! 捕まえたああ!!」


 突然後ろからかかる声に、レニが小さな悲鳴を上げる。


「う、ぅわあ!」


 気配もなく忍び寄っていたのか、エメリナがレニを確りと抱え込んでいた。その手際の良さと気配の消し方、流石に一流の元盗賊と言ったところだろうか。


「エメリナ、相変わらず心臓に悪い! びっくりさせないでよ!」


 怒りをあらわにするアストールに、エメリナはべっと舌を出して愛くるしい仕草を見せる。


「ごめんごめん。でも、こうしないとレニ君捕まえられないし。伊達に神官戦士やってないよ?」


 もはや、どうすることも敵わないレニは、半ば諦めかけつつも最後の手段とアストールに潤っとした涙目を向ける。

 アストールも助けてもらった身だ。彼を見捨てるほど、冷血ではない。


「二人ともいい加減にしないか。レニだって一応男だ。あんまり女装させすぎて、それが癖になったら、それはそれで困るだろ。必要な時以外は、レニには女装をさせないようにしてくれ」


 言い方に難はあったかもしれないが、この言葉を聞いた二人は小さく溜息をついていた。


「アストール! こんなに可愛い素材を前に、似合う服を着せないなんて勿体無いでしょ!」


「エスティナ! レニ君は、まだ男の自我があるよ!? だったら、女装趣味に目覚めるわけないよ!」


 一言返せば二言目には、女性特有の反論で猛襲される。相手は二人だ。立て続けに反論されて、一瞬だが口篭りそうになる。だが、アストールはすぐに断固とした態度で、二人に言い放っていた。


「いい加減にしなさい! レニは着せ替え人形じゃなく、仲間だ! 玩具じゃないの!」


 流石に言い過ぎたかと思い、エメリナとメアリーを見る。二人は今一つ納得していない表情を浮かべるが、怒鳴られた事に一理あるので黙り込んでいた。

 レニが不安そうにアストールを見上げる。その仕草は愛らしく、言っていることとは裏腹に、アストールはここまで愛玩動物的に可愛い彼を、着せ替えて着飾りたくなる気持ちが分からないでもなかった。


 そして、何より……。まだ、服を着ただけだ。素体が良いのは今までの女装で実証済みだ。


 パーティーだけではなく、普段着の化粧も見てみたい。

 そんな欲に駆られたアストールは、思わず言ってしまうのだった。


「プライベートでの女装は、これを最後にするって誓うなら、レニを連れて行っていいわ」


 レニが「ふぇ?」と気の抜けた声を上げると同時に、満面の笑を浮かべたメアリーとエメリナが彼を連行していく。


 二人はさり際に「流石はアストール寛大な主人ね」などと会話を交わしていた。


「あ、あの。彼はあれで良かったのですか?」


 ウェインがレニを気遣っていたが、アストールは即答する。


「うん。大丈夫。やっぱり二人の言ってたことは間違ってないし」


 結局はレニの肩を持ちきれなかった。


「あ、それよりもさっきの」


 アストールはウェインの告白の事を、改めて問いただそうとする。すると、彼はバツが悪そうに少しだけ頬を赤らめて、口に拳を当ててワザとらしく咳払いしていた。


「いえ、あれはお忘れください。なんでもありません。それでは、自分も用事がありますのでこれで」


 頬を微妙に朱に染めて、ウェインはその場から立ち去っていく。

 その寂しそうな背中を見つめて、アストールは思う。


(まあ、俺は男なんだから……。返答はマジで困るな……。別に異性として好きというわけじゃねーからなー。俺に本当の妹が居てウェインが彼氏ですって紹介してきたなら、許せたのにな……。って何考えてんだ俺は……)


 アストールはその寂しそうな背中を、複雑な胸中で見送りつつ、自分の心境の変化に苦笑する。


 以前ならば真っ向から否定していただろうし、返答を聞くまでもなく「ごめんなさい!」と断りを入れていただろう。ウェインを受け入れてやってもいいかなどという気持ちこそないが、ここまで尽くしてくれる彼には妙に悪い事をしたという罪悪感が生まれる。


(だああ! 畜生! 結局ゴルバルナのせいだぞ! くそ! 絶対に捕まえて懺悔させてやる!)


 アストールは決意を新たに、次の旅への準備をしに、宿舎へと戻るのだった。



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