出立の時
アストールはレンガと石で組まれた城壁の前で、従者一同とウェイン達と共に、リュードたちと相対していた。
アストール達が王都より帰還するように命令が知らされたのは、七日前のことだ。第一近衛騎士団のグラナの呼び出しと言う事もあって、命令を聞いてからいつでもガリアールを出られる様に出立の準備は済ませていた。
リュード達の件もあってか、エストルの捜査と確保は完全に近衛隊と王立騎士隊に任せる形になっている最中の出来事だ。
どの様な事を言われるか、分かったものではない。
アストールは一抹の不安を胸に抱いていた。
城の外にはチャーターしていた馬車が止まっていて、大きな城門の横にある広場でアストール達を待っている。
彼女らがガリアール城を後にして、城下を抜けようとした時、狙ったかのようなタイミングで、リュード達と出くわしていた。
互いに助け合った仲、信頼関係ができていたアストール達とリュード達は、再び城門までを一緒に歩いていく。つい最近あった出来事のおかげか、話は盛り上がっていた。
だが、そんな時間も長くは続かなかった。
「私達は一度王都に戻るけど、あなた達はどうするの?」
城門の前では多くの商人や馬車が行き交い、ガリアールが商業都市であることを再認識させられる。そんな城門の前でアストールは、馬を止めたリュード達に聞いていた。
「んー。まあ、もうちょっとこの国を旅するさ」
ガリアール城の外まで共に行動していて、アストールはリュードを鬱陶しいと思っていた。だが、いざ別れの時が来ると少し寂しさを感じる。
そんな奇妙な感覚を持ちつつ、アストールはリュードに向き直っていた。
リュードは笑みを浮かべると、アストールの手を取って見つめ合う。
「それに、君みたいな女性を残して、故郷に戻ることなんてできないからな」
真横にいたウェインが、何故かリュードを睨みつける。だが、リュードは気に留めることもなく、続けて手の甲に唇をつけようとする。
アストールは口付けをされるよりも早く、慌てて手を振り払って即座に返していた。
「だから、何度も言ってるでしょ。私は貴方に興味ないって!」
「相変わらず釣れないね。でも、必ず君を振り向かせてみせるよ!」
ぐっと親指を立てて見せると、リュードは白い歯を見せてウィンクしていた。それにアストールは引きつった笑せを浮かべる。
「リュード、彼女引いてるよ……」
コレウスの的確な指摘に、リュードは笑顔で彼の鳩尾に拳を見舞った。
「ははは、そんな訳ないだろ」
「ぐ、グフ! こう見えても、まだ、完治してないんだよ? 手加減してよ!」
膝をついたコレウスがリュードを睨み付け、彼もまた睨み返す。
「みっともないだろう。二人とも喧嘩はよせ」
後ろからクリフが出てきて、二人をなだめていた。
余りにも理不尽な行いに、コレウスは不服そうにして顔を背ける。
「にしても、君達も大変だな」
クリフが大人な対応を見せて、アストールは一安心する。
「いえ、これも職務ですから」
「全く、うちのバカにも君を見習って欲しいもんだ」
そう言ってリュードに、クリフは視線を向ける。
「バカだって。コレウス、馬鹿にされてるぞ?」
「いや、君の事だよ?」
リュードとコレウスのコントを見て、アストールは再び苦笑していた。
リュードの破天荒さには何度も救われてきたコレウスとクリフだが、それも時折度が過ぎる時がある。
クリフも呆れて苦笑を浮かべて見せていた。
「さて、俺たちも行くとするか。また、縁があればどこかで会うだろう」
クリフはそう言って背中のバックを背負いなおす。
「今度はこういう事がないように気を付けないとね」
コレウスが笑みを浮かべて、アストールに手を差し出していた。
「君たちには感謝してもしきれないよ。命を助けてもらった恩は絶対に忘れないよ」
アストールも爽やかな笑顔で、彼の手を握り返していた。
「私たちは受けた恩をそのまま返しただけよ。この後の旅路の幸運を祈ってます」
その笑顔にコレウスは、恥ずかしさからか頬を朱に染める。
三人の中で一番女遊びをしていそうなルックスだが、実は一番真面目なのかもしれない。
アストールがそう思っていると、彼の横からリュードが割って入る。
「あ、コレウスだけ、ずりーぞ! 俺にも幸運をって言ってくれよ!」
リュードの態度にアストールは心底飽き飽きしながら応える。
「仕方ないな。せいぜい死なないよう頑張ってね」
アストールが満面の笑みを浮かべていたのを見て、周囲はリュードに同情の目を向ける。だが、しかし……。
「おう! 任せておけ! 君と添い遂げるまでは絶対に死なないからな!」
超がつくプラス思考のリュードには、アストールの厳しい一言でさえ、元気づけられる一言になってしまっていた。
クリフは額に手をやって、首を振る。コレウスは苦笑して見せる。一同も呆れ顔で何も言葉が出てこなかった。
「よし! 行くぜ! 勇者の旅は、まだ始まったばかりだ!」
リュードはそう言うなり、外まで引いてきていた馬に跨っていた。
クリフとリュードもそれに倣って、馬にまたがる。
「じゃあ、また君を迎え来るから! それまで待っていてくれよ!」
リュードはそう言うなり、馬に足を入れて走り去っていく。
「あ。ちょっと待ってよ!」
「全く……。あいつだけは……」
コレウスとクリフもすぐに後ろを追いかけていく。
「本当に嵐みたいに去っていったね……」
アストールの横にメアリーがやってきて、三人が走り去っていく後ろ姿を見据えた。
「……全くだ。本当に疲れるっての……」
アストールも小さな声で、メアリーに同意していた。
「こんなにタイミングよく帰還命令が出るとはね……」
アストールは小さくため息をついていた。
グラナがアストールに早急に帰還するように言ってきている。ただ事ではない何かが起きるのかと、一抹の不安を抱いていた。
もしかすると、ガリアールでの独断先行した行動を注意されるのかと思ってしまうほどだ。
それ以外にも心当たりはある。
ガリアールでの任務では、エストルを前にして捕らえられなかった。それどころか、ガリアールの港で、混乱を招く自体を引き起こしてしまった。その責任をどうとるのか。答えるべき言葉が出てこない。不安ばかりが先行してしまい、アストールは再び大きくため息をついていた。
「エスティナ殿。溜息ばかりついていては、何も解決いたしませんよ」
「え、ああ。分かってるよ」
優しくいうウェインを横に、アストールはつい素を出してしまっていた。
(あ、やべー。ついやっちまったな)
バレていないか、ゆっくりとウェインの顔を伺いみる。
「ん? 自分の顔に何かついていますか?」
「い、いえ。なんでもございませんよ。オホホホ」
わざとらしい物言いに、ウェインは怪訝な表情を浮かべていた。
だが、すぐに何事もなかったかのように、言葉を続ける。
「今は何事もない事を祈りましょう」
「そうですね」
ウェインと言葉を交わすと、アストールは馬車に向かって歩きだしていた。ガリアールの街を背に、アストールの従者一向とウェイン達も馬車に向かって歩きだしていた。エストルの消え去ったガリアールから、捜索隊は各地に旅立っている。
アストール達はそれとは別の命を受け、再び王都への帰途へつくのだった。