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黒魔術師の隠れ家


 とある領主の山奥の中にある広い洞窟。

 洞窟の出入口には外界から空間を仕切る、硬く閉ざされた豪勢な両開きの扉がある。だが、その扉も幻術魔法によって隠されている。外から見れば、洞窟の入口は周辺と何ら変わらない茶色い地肌をむき出しにした丘の一部のようにしか見えない。


 洞窟の中にはかなりの数の魔法灯が設置されていて、昼のように明るさを保っていた。奥に続く洞窟にも、永遠と魔法灯が設置されていて、天然のトンネルは永遠に続いているようにさえ思える。

 そんな洞窟の広大な敷地の一角には、四角く切り出された鉱石が山の様に積まれて置かれている。その前で、一人の初老の男が、満面の笑みを浮かべていた。


「ふふ。ようやく魔鉱石が着いたか。これで私の研究も完成まで一歩進む」


 男は笑みを浮かべながら、その四角い鉱石の一つを手にとった。

 表面は魔法灯の光とは関係なく、七色に光を反射して、不思議な魔力を感じさせる。


「これがあれば、私の研究もようやく完成させられるのだ」


 これから行う研究の最終成果が、ここで試されようというのだ。ゴルバルナは胸躍る気分を抑えることなく、笑みを浮かべたまま手に取った魔鉱石に頬擦りする。


「それは良かったですね。導師ゴルバルナ」


 その後ろから唐突にかかる若々しい青年の声。それにゴルバルナは慌てて振り返る。


「だ、だれだ!?」


「ああ、この商品を届けさせてもらった者ですよ」


 その青年は黒い羽のついた尖り帽子を目深に被り、顔を黒い布で覆い隠している。体に纏う外套さえも黒く、ゴルバルナから見ても充分に怪しい人物に見えた。


「黒魔術師か……?」


「んー。世間一般的に見れば、そうなるかもしれませんね。まあ、僕としては違うんですけどねー」


 青年はそう言うと笑顔でゴルバルナを見据える。


「……貴様、どうやってここに!?」


「どうやって、って言われてましても、普通に入ってきましたけど?」


 青年はさも当たり前の様に答えている。だが、実際の所ここはそう簡単に見つかる様な場所ではない。ただでさえ人が出入りしない山奥にあるというのに、それでいて扉周辺には魔晶石を原動力とする守護石像ガーディアンを配備している。怪しい者が近づけば、瞬時にして排除するように指令を出している。


 それをこの青年は掻い潜ってきたのだ。


「外にいた守護石像ガーディアンはどうした?」


「ああ、あれですか。あれなら、僕を標的の対象外に設定しましたから、壊すことなく、今だに警備を続けていますよ」


 青年の言葉にゴルバルナは更に警戒の色を強めていた。


「貴様、一体何者だ!?」


「さっきも言いましたけど、この品物を届けさせてもらった裏商人バイヤーですよ」


 その言葉を聞いたゴルバルナは、より一層、青年に対して敵意と警戒感をあらわにしていた。

 本来、黒魔術師や魔術師というものは、営利的なことは度外視して研究に没頭するタイプの人間が多い。それ故に魔術師たちは破産して、路頭に迷う者さえいる。国によっては、魔術師を保護する政策を打ち出すほどだ。

 現実にこの国に多大な功績を残した魔術師は、宮廷に招かれて自分の好きな魔術を国庫から捻出した予算で研究できる者さえいる。それが宮廷魔術師である。


 だが、目の前の男は明らかに、商人まがいな口調であり、風体こそ黒魔術師だがその佇まいからは魔力すら感じない。ゴルバルナは訝しんで、青年を睨みつけるように見据える。


「ああ、そんなに敵視しないでくださいよ。裏商人バイヤーと言っても、僕も魔術師の端くれです。だから、外出時はこの格好です」


 青年は両腕を挙げて、外套をヒラヒラとはためかせる。そして、目元からでもわかる柔和な笑みを浮かべていた。

 だが、その優しい笑みの下に、何があるのかはっきりとは読み取れない。

 明らかな敵意こそ感じないものの、そのはっきりと味方と言えない所から、ある種不気味さを感じる。


「私の研究を邪魔しようとするなら、容赦せぬぞ!」


 ゴルバルナは素早く右手を青年に向けていた。

 頭の中で詠唱を行い、すぐにでも火炎玉を青年にぶつける準備をする。


「へー。呪印や放言もなしに魔法を撃つんですか……。すごいですね。流石は元宮廷魔術師長のゴルバルナですね」


 青年は感心して彼の名を呼んで、真っ直ぐに瞳を見据えていた。ゴルバルナは自分の名を呼ばれた事に、更なる懐疑心を抱いて、青年を睨みつけていた。

 魔力を掌に集中させ、今にも手から魔術を放たんとしている。


「でも、それって結構体に負担がかかりますし、魔力の消費も激しいですよね」


 全てを見透かされたかのような妙な感覚に陥いり、ゴルバルナは青年を更に怪しんでいた。普通ならば手を向けた程度で、これが魔術発動を意味することすら分からないだろう。本来魔術発動には、少なくとも魔法陣を描いたり、手で呪印を結んだり、神や精霊から力を引き出すためには放言・詠唱しなくてはならない。

 だが、現実に青年は腕を振りかざしただけのゴルバルナが、魔法を扱おうとしていることを見透かしている。ゴルバルナはそのことに愕然としていた。


「き、貴様、何者だ!? それ以前になぜ、私がここにいることを!?」


「色々あるんですけど、話すのも面倒ですし、単刀直入に要件いいますね」


 驚きを隠しきれないゴルバルナを前に、青年は至って冷静な口調で、懐から一冊の本と書状を取り出していた。


「ああ、これこれ。これなんですけどね。これがないと、あなたの研究が中々進まないんじゃないかなって思ってね」


「な、なにい?」


 ゴルバルナは青年を睨みつつも、その一冊の本と書類を、目を細めて見据える。


「な、き、貴様、それは……。なぜそれを?」


「あれれ、お上から聞かれてないんですかね? 例の書物は僕が元より保護しているって」


 青年は意地悪い笑みを浮かべ、ゴルバルナと目を合わせた。


「な、何のことだ!? それは儂の所に来る予定のものだぞ!? 貴様が持っているわけがない!」


「ははーん。お上は嘘をついていましたか」


 青年は納得してゴルバルナに、相変わらずの人を見下したような余裕の笑みを浮かべ続ける。


「それが本物だという証拠はあるのか!」


 ゴルバルナの言葉に青年は笑みを浮かべて、嬉々として答えていた。


「そうですね。これがあったのは、かつて裏で魔道兵器を開発していたとある貴族の別荘です。書斎の下にある研究室から、僕が命がけで保護したんです。どうです? これでわかりますよね?」


 青年の言葉を聞いて、ゴルバルナは呆気にとられていた。あの書物の存在自体、裏の世界でさえも明るみには出てこなかったことだ。

 それをこの青年はあっさりと、知り得ているのだ。

 危険を感じずにはいられない。


「き、貴様……。やはり、隅にはおけぬな!」


 ゴルバルナは青年を危険とみなし、魔力放出を始めようと、掌の前に炎の玉を作り出す。


 その対応を見た青年は、笑みを消していた。


 ゴルバルナは火球を青年に放つ。一直線に飛んでくる火球を青年は一瞥すると、その場から黒い外套を翻して飛び退る。

 それも束の間、火球はその外套に当たり、一挙に燃え上がる。


 空中で燃え上がるマントを見たゴルバルナは、声高らかに笑い声を上げていた。


「ふふ、ぬははははは! 一筋縄でいかぬと思ったが、貴様が魔術師とは、恐れ入ったわ!」


 ゆっくりと後ろを振り向くゴルバルナ。そこには杖を構えて、彼を見据える無傷の青年がいた。外套はなく、黒衣を身に付けた青年は笑みを浮かべて、余裕を醸し出していた。


「これは敵対行為ですよね? てことは、これは要らないのですね。なら、これを持ち帰って、新しい買い手を探しましょうかね」


 そう言うなり青年は目を瞑り、その場で詠唱を始める。放たれている文言からして、転移魔法を扱おうとしているのは明らかだ。青年の持っている書物が、本物である可能性は高い。ましてや、ここまで無傷で辿りついた男が言うのだ。十中八九本物であると言ってもいいかもしれない。


 そう判断したゴルバルナは右手を下げ、静かに青年を呼び止める。


「まあ、落ち着け。これは貴様の実力を知るための事よ。そう、急ぐこともなかろう」


 瞬時にして敵対行動をやめたゴルバルナを前に、青年は詠唱を止めていた。


「貴方の魔力からして、本気で僕を殺そうとしてたように感じたんですけど、気のせいですかね?」


 青年はわざとらしく、ゆっくりと目を開ける。

 落ち着き払っているゴルバルナは、青年に顔を向けていた。


「如何にも。貴様を殺すだけの魔力は込めていた。だが、お前はこれだけで死ぬ様な男ではないだろう?」


 ゴルバルナは唇を吊り上げて青年を見据えていた。青年は大仰に手を肩の横まで持っていくと、肩をすくめて首を振っていた。


「参りましたよ。僕を試していたなんてね」


「そうでもせねば、お前の持つそれが本物かも判断できんからな」


 ゴルバルナはそう言うと、青年の持つ書物に目を向けていた。


「さて、本題だ。お前はその本を儂に譲りに来たのだろう?」


 ゴルバルナの問いかけに対して、青年は満足げに笑みを浮かべていた。


「確かにその通りなんですけど、ただでと言う訳にはいきませんよ?」


 優越感に浸る青年の言葉に、ゴルバルナは内心歯噛みしていた。お金がいる事が分かっていたとは言え、今の彼には持ち合わせのお金はないのだ。


「こんな貴重品を保護して、ちゃんと保管までしてたんですよ? まさか、それをタダで、なんて虫のいい話がありますか?」


「だが、残念ながら、儂には一文も持ち合わせがない。どうにか、儂にそいつを譲ってはくれぬか? お金は後で幾らでも払おうではないか」


 青年はマスクを外して、ゴルバルナに素顔を晒す。その甘い顔付きには、目だけ笑っていない笑みが張り付き、不気味さを感じさせる。


「僕は後金にはしない事にしてるんですよねー。じゃあ、これで失礼しますよ」


 お金が取れないと見るや否や、青年は再び杖を構えて転移魔法の詠唱を始めていた。


「あ、おい! またぬか! 待ってくれ!」


 流石のゴルバルナも、この態度には慌てて青年を呼び止める。


「ん? まだ、何か?」


 青年は悪びれた風もなく、純粋な真顔でゴルバルナを見据えていた。


「金はどうにかするから! その書物を儂に預けろと言うておるのだ」


「えー。ちょっと無理ですよ……。僕は後金は受け取らないんですって。でも、ちゃんとお金が払えるなら、考えてもいいですよ。だって、これがないと貴方の計画も潰れてしまうでしょ?」


 青年の言葉にゴルバルナは戦慄していた。

 エストル達の計画は誰にもバレていない。ましてや、自分の居場所さえ秘匿にされて、分からないはずなのだ。


 それをこの青年は、知っている。


 この男は危険だ。


(儂の計画までもを潰しかねん……。かくなる上は……)


 ゴルバルナの脳裏に、青年を殺すという選択肢が出てくる。


「要らないんですか? なら、こっちで新しく買い手を探しますよ?」


 だが、それすらも見透かしたかのように、青年はゴルバルナに返答を迫っていた。


「わかった。金の受持ちするものをすぐに紹介しよう」


 ふと冷静になったゴルバルナは、主導権が青年にある事に気づいた。

 この青年は打算的に物事を考えて、行動しないだろう。何かしらの勝算あっての行動だ。負けないという算段があるに違いない。それが何かもわからない以上は、ゴルバルナからも手出しはできない。


 何より、実力はこの青年の方が上の様に感じられる。本能的にだが、ゴルバルナは魔術で青年に勝てない事を察知していた。


 ゴルバルナの返事を聞いた青年は、小さく溜息をついていた。


「そうですか。ま、いいんですけど。その場合、この書物はその方に直接お渡しするようになりますよ? それでもいいんですか?」


「それは困るな……。ここで渡してくれた方が助かる。儂からは奴に言い値で買い取らせるように言っておこう」


 ゴルバルナの言葉を聞いた青年は、ふっと鼻で笑う。


「ふふ。良いでしょう。では、値段の交渉は他の方といたします。それで、どなたと値段の交渉をすればいいのですかね?」


 青年はゴルバルナの横まで歩いてくると、彼に書物一式を手渡していた。


「エストルというここの領地の貴族と値段は交渉しろ。儂はこれさえあればいい」


「そうですか。わかりました」


 青年はそう言うなり、杖を構えると魔法詠唱をせずに魔力を発する。

 足元に突然紅い光を放つ魔法陣が現れ、青年は瞬時にして足元から放たれた光に包まれてその場からいなくなる。


「あの年で転移魔法を……。しかもあの短時間で詠唱もなしに……」


 ゴルバルナは青年が居なくなった洞窟の中、感心していた。

 転移魔法の詠唱は自分から確実にお金を引き出すための、駆け引きの材料としてわざと唱えていたのだ。

 転移魔法は魔術の中でも特に高等魔術とされるもの。本来は魔法詠唱に加え、魔力錬成、陣錬成も同時に行わなければならない。それを魔法詠唱せずに、瞬時にやってのけたのだ。


 黒魔術を行使するよりも難しいことを、目の前であっという間にやってみせた。


 ゴルバルナは自分の勘が正しく、魔術勝負を仕掛けなかったことを安堵しつつ、青年の底知れぬ実力に驚嘆するのだった。




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