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夕日と海と美味しい料理

 ガリアール城は、国際交易都市全体を一望できる岬の上に建っている。

 そのお陰か、岬の頂きに建っているガリアール城はかなり美しい。

 特に夕焼けと岬が重なり、ガリアール城の後ろから後光が差した光景は、美しいという言葉さえも陳腐なものにする。そんな光景を目にしつつも、アストールの表情は冴えなかった。


「ここの海鮮料理は口に合わなかったかな?」


 アストールの前にある丸テーブルには、所狭しと並ぶ海鮮料理。白身魚の刺身には、野菜で作られたオレンジ色のソースが上品にかかり、食欲を誘う。


 皮を剥かれた海洋甲殻類は、クリーム色に茹で上がり、香料で軽く味付けされている。

 ガリアールの特産品のワインに、オリーブ油を使ったヘルシーなサラダ、一口サイズの炙り肉にスープと、この国では最高級料理で、王族が食べるのではないかと思えるほど豪勢なものばかりが並ぶ。


 それが決して、アストールの口に合わなかった訳ではない。むしろ、今まで食べた事のない料理に、彼女かれは感動さえ覚えていた。


 食事が口に合わなかったのかと、アストールを心配そうに見つめるエンツォ。それを見た彼女かれは慌てて愛想笑いを浮かべる。


「い、いえ、別にそういうわけではありませんから」


 あの約束の事を思い出したアストールは、大きく嘆息して豪華な料理に目を向ける。


(はぁ……。何で食事オッケーしたんだろ……。俺)


 アストールはエンツォと共に、ガリアールでも最も高級な料理店、ドルチェ・トラモント(甘い夕日)に来ていた。その中でも特等席といわれる屋上の席に、腰を下ろしている。


 周囲には貴族の夫婦や、明らかに年齢差のある訳有りカップルなど、客層も様々だ。唯一つの共通点は、その誰もが富豪と呼ばれるに相応しい恰好をしていること。即ち、客には上品な金持ちしかいない。


 アストールにとって、窮屈で退屈な場所であることに変わりない。


 アストールの機嫌が優れない理由はそれだけではない。

 エンツォは貴族が着る正装を身に纏っていて、かなり、決まっている。対するアストールも失礼がなきように、近衛騎士の正装で行こうとしたのだが……。


 それは今日の昼に起きた悲劇だ。


「女性なら、もっと良いもの着ていかなきゃ、男性に失礼よ」


 アドバイスするエメリナに、意地悪い笑みを浮かべたメアリーが同調する。


「そうそう。どうせなら、ドレスとか着ていきなよ」


「べ、別に特別に想ってるような人じゃないんだし、これでいいでしょ!」


 そう言うと彼女かれは、近衛騎士の正装のまま部屋を出て行こうとする。このままでは良い着せ替え人形になってしまう。即座に悟ったアストールは当然、逃げようとした。


 だが、それは叶わなかった。


「コズ!」


 メアリーの言葉に反応して、コズバーンが逃げようとしたアストールの腕をがっちりと捕まえる。


「え!? は、離せ! コズバーン!」


「すまぬな、主、我もメアリー殿と同意見だ」


「なぁ!?」


 普段ならば、「この様なこと。下らぬ」と一蹴するコズバーンが、今や正反対の態度をとる。


「コズバーン! は、離せよ! 私は主だぞ!? それにさっきの言葉、絶対本心じゃないだろ!」


 コズバーンはしばし動きを止めて考え込むが、すぐに頭を切り替えて言う。


「……。諦めよわが主。我はこの後、メアリー殿に酒を奢ってもらうのだ」


 コズバーンはそう言うなり、有無を言わさずアストールを担ぎ上げる。

 コズバーンの言葉で、彼がメアリーに買収されていることに気づき、アストールはメアリーを睨み付ける。


「汚えぞ! メアリー! コズバーン降ろせ! そうだ! 後でお酒奢るから!」


 だが、コズバーンは聞く耳を持たず、アストールをぐっと担いだまま佇んでいた。


「メアリー殿と先に約束したこと、破ることはできぬ。それに主はこの後、食事であろう。観念しろ」


「い、いやだああ! 降ろせ降ろせ降ろせええ!」


 コズバーンの肩上でじたばたと手足を動かすが、それはもはや赤子がもがくようなもの。無意味な抵抗だ。


「いいじゃん。いいじゃん、どうせ、今しか味わえないことだしさ!」


「私の身にもなってくれえ!」


 必死に洋服屋に行くことを拒むアストールに、メアリーは小悪魔のような笑みを浮かべる。


「むぅりぃ~。さ、行こう! コズバーン、エメリナ!」


 それからは言うまでもなく、アストールに有無を言わさず服屋へ直行するのだった。そのお陰か彼女かれは今、ガリアールの夕日を差し置いて、格段と綺麗な佇まいでいる。


 首から胸元までをレースで編まれた藍色の半袖のワンピースドレスに、腕まである手袋、攻撃的なボディラインを強調するドレスが、より一層周囲の人々の視線を集める。


 長い髪の毛は頭の後ろで結い上げられていて、食事相手のエンツォを勘違いさせるほどの着飾りようだ。


 この美女が、まさかガリアールのオーガキラーと誰が思うだろうか。

 男女ともに崇高な眼差しをアストールに向けていて、彼女かれ自身あまり気分はよくない。

 下町でコズバーンを護衛につけたメアリー達は、今頃、気兼ねなく酒場で楽しい時間を過ごしているのだろう。


 そう思うと、アストールは余計に腹立たしくなり、不機嫌になる一方だ。


「ああ、それよりも、今回の君の活躍には僕も感謝してるよ」


 エンツォは笑みを浮かべて、アストールを見据える。彼女かれも釣られて笑みを浮かべるものの、それも愛想笑いに等しい。


「私こそ助けられました。貴方が動いてくれなかったら、リュード達は助けられませんでした……。それにしても、ガリアール騎士団長はなんで反乱なんかを?」


 アストールはそう問ふと、エンツォを神妙な顔付きで見据える。


「彼らは決起の時を以前より、待ち続けていると言う噂があってね。最近はそれが顕著に現れだしていたんだよ」


「ふーん。それで反乱を?」


 アストールが納得して聞き返すと、エンツォは真剣な面持ちになっていた。


「元々、騎士団が何か不穏な動きをしてるっていう情報は持ってたからね。ただ、それが何かまでは把握してなかった」


「それが、あの妖魔?」


「そう。僕は大砲や重火器かと思ってたんだけどね……。まさか、妖魔だったとは、夢にも思わなかったよ」


 闘技場ならば巨大な妖魔を飼育するスペースはあり、なおかつ、怪しまれることもない。

 そこに常用の妖操術師が加われば、飼育はかなり容易にできる。

 食事時になれば、妖操術師が妖魔をコントロールして餌を与える。妖魔の牢屋を掃除する際も妖操術師がいれば、妖魔を外に出すことも可能だ。それ以外にも色々と使い道があって、この闘技場ではかなり重宝される存在となっている。


 ただ、それが表向きには出てこなかっただけだ。


「まあ、君のおかげで大事には至らなかったからね」


 エンツォは心底安堵していたのか、アストールに対して柔和な笑みを浮かべていた。


「それに、君の従者には感謝だよ。あの巨大妖魔、普通なら騎士の一個軍団投入してもおかしくないレベルだったからね」


「いやー。あれは本当に特別な男だからね」


 コズバーンのことを思い出したアストールは、あの戦いぶりを思い出した。巨大な妖魔を素手で倒すことなど、普通の人間ではありえない。コズバーンならではの活躍場所だったといっていい。


「それにしても、あんな妖魔を引っ張り込んでも、この国相手に勝てる保証はない気がするけど……」


「確かにね。ただ、勝算が全くなかった訳じゃないよ」


「どういうこと?」


「今、僕らの国は国外情勢が良くないからね。西方同盟と南方諸国が盟約を結んでいたり、東からは謎大き大国ハサン・タイが迫って来てたりするからね。一ヶ所でも均衡が崩れれば、国内に向ける戦力は無くなるからね。そうなれば、ガリアールは独立の兆しが見えるってことさ」


 外交関係ではほぼ孤立しきっているヴェルムンティア王国。同盟がなくとも今までやってこれたのは、その強大な軍事力にあった。だが、大きくなりすぎた国は、周辺国とはほぼ外交的な行事を遮断しつつある。それゆえに、周辺国は敵ばかりになっていた。


 のみならず、広い国土を治めるには、既にその軍事力の限界を迎えつつある。


 それでもガリアールの独立に関して、エンツォは苦笑して見せた。


「ただ、彼らが決起に成功しても、ガリアール人が付いてくるか分からないよ」


 エンツォの口から出た意外な言葉に、アストールも目を丸くする。


「なんで?」


「お上が王国に代わってから、ガリアール庶民の暮らしは豊になったからね。確かに制約はあるけどさ、その分、保証が以前よりきっちりしてるからね。市民の安全や財産権まで、きっちりしてる。王国のままでも十分と思ってるガリアール人も多いのさ」


 それがガリアール独立の最も大きな弊害となっている。


 「皮肉な話さ」とエンツォは苦笑していた。


 そんなエンツォを見た後、アストールはふとあることを思い出していた。


「ふ~ん。そっかあ……。そう言えばさあ、話は変わって悪いんだけど……」


「なんだい?」


 アストールから話しかけられたことに、上機嫌なエンツォは満面の笑みを浮かべる。彼は自分の事が気になって、何か聞いてくれるのか、と心待ちにしているのだ。


「元宮廷魔術師長のゴルバルナについて何か知らない?」


 だが、アストールの問いかけは、彼の期待を裏切っていた。

 小さく溜息をついたエンツォは、苦笑して答えていた。


「唐突だね。近衛騎士の本隊でさえ彼の行方は知らないのに、僕が知ってると思うかい?」


「もしかしたらって思ったんだけどね」


 ダメ元で聞いてみたが、やはり彼が知るはずもない。アストールは期待こそしていなかったが、それでもこの結果には落胆していた。


「それより、君の事を聞かせてよ」


 エンツォは再び嬉しそうに目を輝かせながら、アストールを見据える。


「え? 私のこと、ですか?」


「うん。前にも言ったけど、僕は君に興味があるんだ。最近の話題でもいいさ」


 できるなら、ここで「俺はてめえに興味はない」などと言ってやりたいのだが、助けてもらった手前それもできない。

 なにより、アストールは下手な事が言えないことに、腹痒くなる。


 もしも、ここで何か嘘を言おうものなら、それを突き通すための筋を通さなければなくなる。昔の事を聞かれれば、余計に緊張してご飯も食べられないだろう。


「え、ええ。そういえば、ここに来てエストルを探している時にでしてね……」


 そうして、事務的にではあるが、アストールは適当な会話で時間を潰すことを選んでいた。エンツォが最近の話でもいいと言うので、ガリアールに来てからのことを、話し出す。


 彼も笑みを浮かべて、アストールの話を聞いていた。

 とても短い期間だったが、そこであった事はかなり多くあったように感じられる。


 ガリアールに来たことを思い出しつつ、アストールはガリアールでの締めくくりを、エンツォと共に過ごしていた。

 本人としてはとても不本意な結果だが、人助けと思えば苦にならない。


 アストールはそう自分を無理矢理に納得させて、時間が過ぎゆくのをまつのだった。



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