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お見舞いに行こう

 青い空が広がり、開け放たれた病室の窓からは、木漏れ日と気持ちのいい風が入ってきている。療養には絶好の個室の病棟だ。

 ここはガリアール一の、高等魔術による治療と療養ができる病院だ。一階ということもあってか、この一室には涼しい風が吹き抜け、一人の青年魔術師の傷を癒してくれる。その傍らにはその魔術師と同年代の青年と、一人の中年男性が控えている。

 アストールはそんな三人の元に、レニとメアリーを連れて見舞いに来ていた。


「本当に助かりました。生死を彷徨いましたけど、こうして生きていられるのは、君達のおかげです」


 青年は笑みを浮かべて、アストールとレニを見ていた。


「だよな。コレウスが助かったのも、俺たちがここに居られるのも、全部エスティナちゃん達のおかげだ。特に、レニちゃんにはお礼を言わないとな」


 横にいたリュードが笑みを浮かべて、アストール達に話しかけていた。

 レニも笑みを浮かべてはいたが、なにやら引っかかる呼ばれ方に不服なのか、その笑顔は引きつっているように見える。


「いえいえ。僕は当然の事をしただけです。他にも助けられそうな人がいたけど……。やっぱり、助けられなくて、悔しいです……」


 あの闘技場でコレウスを助けたあと、レニは一人で闘技場内を走り回って死にかけた死刑囚達を見て回っていた。

 だが、彼がどんなに頑張っても助けられたのは一人か、二人だった。


「僕が未熟だったから……」


 レニはそう言うと、暗い表情を見せていた。

 コレウスを助けたため、レニ自身かなり疲労がたまっていたのだ。それを注意深く見ていたアストールが、ふらつく体でまだ治療を続けるレニを即座に止めていた。


 そのまま続ければ、レニが体の負担で死にかねないのだ。

 それほどまでに神聖魔法による重傷者の完全回復は、体と精神に負担を与える。


「レニちゃん、君は頑張ったよ。だから、いいんだ。気にすることないって。それにその年で、しかも女の子でここまでできる子なんていないって!」


 リュードはそう言ってレニを元気づける。だが、彼の言葉を聞いたレニは不服そうに口を尖らせて、リュードを見据える。


「僕は……、女の子じゃありません!」


 レニに睨みつけられたリュードは呆気にとられて、改めてレニと目を合わせる。


「え……。嘘。でも、君はガリアールの聖女なんて呼ばれてるじゃないか」


 リュードは呆気にとられつつ彼に聞くと、レニは涙目になっていた。


「ぼ、僕だって、好きで聖女なんて呼ばれたいわけじゃないんです! あの時は、あの時は……」


 女装している時の事を思い出し、レニは顔を真っ赤にする。

 ミニスカートを履いていて、女装を強いられていた。

 そんな時に限って、彼の活躍の場が降って湧いたように与えられていたのだ。


 挙句、若い少年の見習い騎士に、初めての告白までされる始末だ。


「ぼ、僕は、僕は女装趣味なんてないんだああああ!! うあああああ!」


 そう言ってレニは涙を拭いながら、その場を走り去っていく。


「あ、ちょ、ちょっと」


 リュードが慌てて追いかけようとするが、アストールが彼の肩を掴んで止めていた。


「暫く、一人にしておいてあげて……。時間が経ったら、機嫌なおして帰ってくると思うから」


 アストールの言葉にリュードもタジタジになりながら、答えていた。


「あ、ああ……。でも悪い事しかな」


「いいの、いいの。あんな女の子みたいな可愛らしい顔してるレニが悪いんだから」


 メアリーが悪気もなく答えていた。女装を強要した張本人であり、本来、罪悪感を持っていて欲しいものだ。だが、むしろ、彼女の顔には嬉々とした笑みが見られ、アストールは即座にレニの今後の運命を悟った。


(メアリー、またやる気だな……)


 そんな心配をよそに、コレウスが残念そうに話しかけてきていた。


「ああ、行っちゃいましたか。お礼を言いそびれましたね……。僕も命を助けてもらった身、直接お礼を言いたかったのですけどね」


 コレウスは走り去っていくレニの背中を、残念そうに見ていた。


「また、彼にもお礼をお伝えお願いします。それに君にも改めてお礼を言わせてもいます。今回はありがとうございました」


 深々とお礼を言うコレウス。それもそのはず、あの闘技場でおきた惨劇で助かったのは、数人の囚人とリュード達三人だけだった。

 その中でコレウスは最も酷い瀕死の重傷を負っていた。だが、レニの迅速な救命活動によって一命を取り留めていたのだ。


 その後はガリアールにある腕のいいという魔術病棟に移され、集中的な治療が行われていた。そのおかげで、コレウスは重病人という気配さえ感じさせなかった。


「いえいえ。私も一度は命を助けてもらいましたから、これはその恩お返しです」


 謙虚な態度でアストールが言うと、クリフが感心していた。


「君の様な騎士の鑑が、もっとこの国でも増えればいいな」


 クリフの言葉にアストールは苦笑する。なぜなら、今回の一連の騒ぎを起こしたのは、他でもないガリアール騎士団の上層部だ。

 王国内には近衛騎士、王立騎士、地方領騎士、宗教騎士と区分が沢山あるのだが、他国の人間からすればどれも総じて騎士という括りになってしまう。


「ええ……。そうあれば、我が国も苦労しませんよ」


 アストールは苦笑を浮かべたまま、クリフに向いて言っていた。


「ただ、誤解なさらないで頂きたいのは、騎士の大多数は良識人です」


 そうきっぱりと告げたアストールは、自分が半分嘘をついているようで嫌だった。

 王の側近とまで言われた近衛騎士にさえ、人間のクズの様な輩までいる。それを完全に否定できない現実を、彼女かれは実際に見てきた。

 ただ、その一方で多くの良識的な騎士達がいるのも、事実なのだ。

 ウェインの様に質実剛健という真当な騎士は少数派であっても、騎士という職業についている以上は、良識人も半分はいる。アストールとしては、そう思いたかった。


「ああ。そう信じたい。いや、信じよう」


 クリフもアストールに対して、遠慮がちに答えていた。


「そういえば、クリフさん達はまだ旅は続けるんですか?」


 アストールが唐突に疑問を投げかけていた。

 はるか西の国よりここにやって来た彼ら。目的が何かは分からないが、探検者としてここに居るということは、世界中を旅して回っていると見ていい。

 彼女かれの質問に、クリフが答えようとした所、リュードが割って入って答えていた。


「んー、まだわかんねーな。とりあえず、コレウスの回復の仕方次第だ」


 その態度を少し嫌悪しつつ、アストールは質問をする。


「でも、私を助けた時は、国に帰ろうとしてたんでしょ?」


 アストールの鋭い質問に、リュードは苦笑して答えていた。


「ん? ああ。そのつもりだったさ。でも、ここでこんな物見ちまったんだ。黒魔術師がこの国にも沢山いるんだぜ? それを放ってはおけないぜ」


 如何にも勇者らしい発言に、アストールも半ば感心してリュードを見据えていた。


「そうですわね……。私も身近な人が黒魔術に手を染めていましたし、この問題は一筋縄ではいきませんよ?」


 アストールはそう言ってゴルバルナの事を思い出していた。

 この体を女に変えて、どこかに消え去ったあの男を、アストールは忘れられない。月に一度は来る“苦痛の日々”や、多くの男にナンパされること。何より、自分の好きな女の子には見向きもされず、それ所か目の敵にされることさえある。

 アストールとしては、早く男に戻りたくてたまらない。


「そうなのかい?」


 深刻そうな顔をするアストールを気遣って、リュードは優しく彼に聞いていた。


「ええ。まあ、親しい者ではありませんでしたけど、衝撃は大きかったですね」


 ゴルバルナは宮廷魔術師長。魔術省の最高顧問であり、国の魔術の根幹を司る男なのだ。それが黒魔術を研究し、権限を利用して人を殺していたなど、その衝撃は計り知れない。


 だが、リュードはあくまで敵国の人、あまり深入りする話はできなかった。


「それは気の毒に……」


「いえ、いいんです」


 アストールが自嘲気味に笑うのを見て、リュードもまた苦笑する。だが、それも束の間、彼はすぐに話題を変えていた。


「あー。そうだ。コレウスも大分体調が良くなってきたんだし、こいつが退院したら、また、祝いの飲み会みたいなのでもやらないか?」


 リュードの誘い。だが、今回は仲間を思っての行動だ。今下心がないというのが、よくわかる。リュードの目には戦友を見るような、明らかに今までとは違う瞳が輝いて見える。


 アストールもそれを嬉しく思う。だが……。


「ごめんなさい。私たちも本当に祝いたいのですけど……」


 アストールは心底残念そうに、クリフ、リュード、コレウスを見回していく。


「私、五日後にはガリアールをでなくてはなりませんの」


 彼女かれの言葉を聞いて、リュードは心底残念そうにしていた。


「また、どうして?」


「国王から勅令で御呼出しを受けているんです」


 クリフが聞くと、アストールは内容こそ言わなかったが、簡単に事情を言っていた。

 何より、アストールはその召集の内容を知らされていない。出立の準備などを済ませたりしていると、結局、彼らと会う時間は殆ど残されていなかった。


「折角誘っていただいたのにすみません」


 申し訳なさそうにするアストールを前に、リュードは笑みを浮かべて答えいた。


「いいってことさ。まだ、これが君達と会うのが最後ってわけじゃないし! 何より、俺はエスティナちゃん! 君を娶らなきゃいけないからな!」


 その言葉を聞いた瞬間に、クリフとコレウスは小さく溜息をついて呆れ顔になる。


「また、それですか……」


 アストールもリュードを彼を見直したことを後悔して、溜息をついていた。やはりこの男は変わらないのだ。


「私はあなた個人を恋人として見る気はありません……」


 きっぱりというアストール。だが、それに対して、リュードはなぜか満面の笑みを浮かべていた。


「ふふ! また照れ隠しだろ! 俺にはわかるんだぜ!」


 完全に鬱陶しいリュードが戻ってきていて、アストールは心底参っていた。


「おい! もうやめとけって! お前には気がないんだからよ!」


 クリフが諭すが、リュードは全く聞く耳を持たなかった。

 その状況にアストールは溜息をついていた。


 この後も、アストールとリュードのやり取りが続き、平行線を辿ったのは言うまでもないことだ。



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