死闘の終焉 2
「ぷ、クス! ありえませぬな。相変わらず」
妙な笑いのツボを披露するジュナルに、横にいたメアリーが呆れの視線を送る。いつものことだが、メアリーには彼の笑いのツボが全く判らない。
「どこに笑える要素があったの?」
メアリーはジュナルに対して、純粋に聞いていた。
「あり得ぬではありませぬか。あの出鱈目な強さ。あれを見ると、プ! 失礼! 拙僧、吹き出してしまいますな」
ジュナルはそう言って、意気揚々と退場するコズバーンを見て笑いを堪える。メアリーは彼に呆れの視線を送っていた。
「それよりも仕事、しなきゃね」
メアリーがそう言うと、瞬時にジュナルは真剣な顔つきになる。
「そうでしたな! では、妖操術師の確保に向かいますかな!」
コズバーンが戦ってくれていた時間が長かった事もあり、妖操術師の正確な位置まで判明していた。魔力の発生源を辿る事など、ジュナルにとっては朝飯前の事だ。
彼らの位置が分かり、ジュナルは近衛騎士達とエメリナに対して、誰が妖操術者かを予め伝えていた。
そして、コズバーンが優勢と見るや否や、彼が巨大妖魔を倒すことを確信してか、すぐに妖操術者を捕まえられる位置に全員を配置していた。
あとは、コズバーンが妖魔を倒すだけ。
それが合図だった。
闘技場の四か所で一斉に、近衛騎士達が妖操術者を捕まえだしていた。
小競り合いもなく、すんなりと捕まっていく術者たち。
「さて、メアリー殿。あの妖操術師、仲間が捕まるのを見て、どう出ると思う?」
ジュナルは客席に紛れている術者を指さし、メアリーに聞いていた。
「んー。普通ならすぐに逃げ出すでしょ」
「だが、拙僧の予想は違う。最後まで動かず、自分だけは助かると信じている」
「なんで、そう思うの?」
メアリーの問いかけに対して、ジュナルは鋭い目つきで術者の両脇を固める男を見た。
「あの両脇を固める者、おそらく、ガリアール騎士である」
ジュナルの指摘にメアリーは即座に納得していた。
護衛がいるならば、そのジュナルの答えにも納得がいく。
だが、一つだけ疑問が残る。
「あの術者以外のとこには、護衛はいないのかしら?」
メアリーの疑問は尤もだ。もしも、術者が捕まって痛い目を見るならば、全員に護衛を付けていてもおかしくはない。
「この様子だと、おりませぬな」
だが、術者達はいとも簡単に捕まっていた。
それが意味する所、彼らは捕まったところで大した情報を吐けない下っ端、いわゆるトカゲの尻尾だ。
「拙僧らが捕まえねばならぬ真の妖操術師は、あれであろう」
ジュナルはそう言うと、目の前にいる男を指差していた。ジュナルには始めから、この男が主犯格ということが分かっていた。
なぜなら、この男、他の妖操術師達とは比にならない程の魔力で、あの巨大妖魔を制御していたのだ。他の妖操術師たちはその補助に過ぎなかった。
ジュナルは静かに腰の杖を取り出していた。
「まさか、魔法を使う気?」
メアリーがぎょっとして、ジュナルを見る。
「個人を縛る魔法を使うだけで、周囲には何も問題は出ないようにしよう」
柔和な笑みを浮かべるジュナルに、メアリーは再びため息を吐いていた。
「そんなことできるの?」
「勿論ですとも。エメリナ殿に騎士を排除してもらうよりも、遥かに安全です。何より、メアリー殿もごつい騎士を相手にしなくて済みますからな」
ジュナルはそう言うなり、すぐに魔法詠唱にかかる。
「我が魔力を駆使し、対象の力を奪え、バインティ」
ジュナルが簡易な魔法を唱え終えると、すぐにその効力が現れる。
術者の両脇を固めていた二人の騎士らしき男が、突然地面に倒れていたのだ。
「彼らの手足の力は暫く奪っておきます。拙僧は動けませぬから、メアリー殿、後はお任せいたしましたぞ」
力仕事を押し付けられ、メアリーは小さく嘆息する。
「はいはい。わかりましたよ」
腰から短刀を出すと、メアリーは気配を消して素早く術者の後ろに回る。
そして、術者の肩に手を乗せて、軽く短刀の刃先を背中に押し当てた。
彼女は術者の耳元で、優しく呟いた。
「ねえ、魔術師さん。死にたくなかったら、私と一緒に来て。絶対に騒がないでね。騒いだら、ブスリ、だから」
軽く刃先を背中に押し当てると、妖操術師の体が強ばるのがわかる。
だが、相手は妖操術師、魔術師の端くれであり、けして油断できる相手ではない。メアリーは余裕がないことを気取られないために、業と口調は軽くしている。
彼女は術者の手を取ると、素早く関節を逆向きにして自由を奪って立たせていた。
「さあ、行きましょうか」
この後はエンツォと合流し、この男を引き渡す。
全てが予定通りに進んでいて、メアリーとジュナルは終焉が近いことを予期していた。アストールの算段は予定通り、進んでいくのだった。
◆
「あ、あり得ない」
ガリアール騎士の一人が口を開けたまま、闘技場を見ていた。
「どういうことだ……?」
ガリアールの騎士団長が椅子からゆっくりと立ち上がる。
闘技場は誰一人として喋ることなく、異様な静けさだけがその場に残っていた。
「な、なぜだ、なぜ、近衛のあの女が、闘技場に? いや、それ以前に、妖魔を素手で倒すなど……」
ガリアール騎士団長は、困惑しているせいか、胸の内に湧き上がる処理の仕様がない気持ちに苛立っていた。
コズバーンというイレギャラーな存在によって、騎士団長の思惑は見事に打ち砕かれていたのだ。
「ありえんのだ! あの妖魔を倒すなど! 絶対にありえん!」
立ち上がったガリアール騎士団長は、丸机の上にあった酒瓶と花瓶を腕で払いのける。
陶器が割れるけたたましい音が室内に鳴り響いていた。
「どういう事だ! 人間が素手で妖魔を倒すなど! ばかげてる! これは夢だ!」
騎士団長は半錯乱状態で、喚き散らす。周囲の騎士達もどうしていいものか分らず、困惑気味だ。
騎士団長は大きく息を吸うと、椅子にふんぞり返るようにして座る。
「誰でもいい、あの無法者を捕まえてここに連れて来い!」
傍らに控えていた騎士が、彼に即座に聞き返す。
「は、あの無法者、といいますと?」
「決まっているだろう! エスティナだ!」
不機嫌そうに答える騎士団長に、困惑した表情で騎士が言う。
「しかし、あの者は近衛騎士です。捕まえれば、それこそ近衛との信頼関係が……」
「そんなことはどうでもいい! アイツは、アイツは、私の計画を潰したんだ!」
ガリアール騎士団長はそう言うと、傍らの騎士を怒鳴りつけていた。
「早く行けええ! あいつを捕まえてこんかあああ!」
怒鳴り散らされ、騎士は慌ててその場を後にする。
「ふふ、奴は、奴は、俺が躾けてやる。ここがどこか、わからせないとな……」
ガリアール騎士団長は、そう言うなり下品な笑みを浮かべる。
その目線の先には、剣を納めて中央の妖魔を見に行くアストールがいる。
ここ、ガリアールでは長年、ガリアール騎士が法律であった。それは今も昔も変わらない。治安を守る為に、法を犯す者は誰であろうと許さない。
どんな手段を使っても、誰が法の下に治安を守っているのかを判らせなければならない。
その為の催しものである妖魔の対決。
それをぶち壊したアストールは、ガリアール騎士団長からすれば、既に犯罪者という認識になっていた。
「躾のなっていない雌犬には、メス犬らしい躾をしなくてはなあ……」
アストールに対する憎しみが、彼を欲情に掻き立てる。そして、その行為を思い描くだけで、騎士団長は下品な笑みを浮かべずにはいられなくなる。
そんな、一時の高揚感も、長くは続かなかった。
「な、なんだ! 貴様たちは!!」
アストールを捕まえに行ったはずの騎士が、部屋の中で叫ぶ。
異変を感じ取った騎士団長は、立ち上がってすぐに出入り口を見る。
そして、唖然としながらも、そこに佇む男の名を叫んでいた。
「エ、エンツォ!!」
彼の視線の先には、甲冑に身を包む凛々しい美青年が立っている。
そして、その傍らには完全武装した近衛騎士が、盾とロングソードを構えて部屋の中にいたガリアール騎士達を威嚇する。
「やあ。久しぶりだね。団長さん」
笑みを浮かべるエンツォの手には、紙が握られていて、ガリアール騎士団長は喉を唸らせていた。
「き、貴様! 何のつもりだ! ここは近衛などが踏み込める場所ではない!」
騎士団長の言い分に、エンツォは苦笑する。
「まだ、そんなことを言うのかい。全く」
呆れるエンツォを前に、ガリアール騎士団長は更に激昂する。
「貴様ああ! いくら近衛騎士館長とはいえ! その態度! 前から許せんのだ! お前たち! 奴らをひっ捕らえろ!」
騎士団長の言葉に対して、ガリアール騎士達は躊躇なく剣を抜いていた。甲冑は着ていないものの、その腰の剣は十分に騎士達を倒せるものだ。
その様子を見て、エンツォは苦笑して首を左右に振っていた。
「反乱分子が聞いて呆れるね。この書状、君の騎士団長解雇状だよ?」
「な、なに!?」
エンツォの言葉にガリアール騎士団長は、信じられないと口をパクつかせる。
「それと、これが王国府からでた君に対する逮捕状。大人しく捕まってくれれば、悪いようにはしないよ」
エンツォがそう言うなり、歩みだす。入り口からは次々と完全武装の近衛騎士達が現れる。その数、おおよそ十人は下らない。
部屋にいるガリアール騎士は、団長を含めても四人だ。到底勝ち目はない。
「ま、そういうことだから、大人しく武器を捨てて投降してくれよね」
エンツォはそう言うなり、書状を懐にしまう。そして、腰の剣を抜いていた。
「さ、君たちも、まだ死にたくはないだろう? 武器を捨てなよ?」
エンツォの言葉にガリアール騎士達は、次々に剣を床に捨てていた。だが、ガリアール騎士団長だけは、最後まで剣を握りしめていた。
「は、はん! エンツォめ! 私が反乱分子だとお!? ふざけるな! ここで俺に剣を向けたと言う事は、御領主に剣を向けたも同義だぞ? 第一に私を捕まえる証拠はあるのか!?」
エンツォは呆れながら、彼に最後の引導を渡すべく言う。
「全く。往生際が悪いね。君。僕は君みたいなの、嫌いだよ」
「嫌われて結構」
「僕もそんなに馬鹿じゃないよ。あの解雇状は領主から直々に貰ったものだよ。君とは違ってね、僕はちゃんとウラを取ってから、行動してるんだよ」
そう言うと、エンツォは指を鳴らしていた。
入り口からまた、二人の人物が現れる。一人はあのアストールの従者の女、そして、もう一人は……。
「旦那! これはどう言うことだ! 護衛の騎士は全くの役立たずではないか!」
勢いよく喚き散らす中年の男。そう、彼こそ妖操術師を統べていた男だ。
その男の腕には縄がかけられていて、到底逃げられないように厳重に縛られている。
「いい加減、諦めたら?」
メアリーはそう言ってガリアール騎士団長を小馬鹿にしたように見る。
「な、そ、そんな……」
ガリアール騎士団長は、今までの覇気をなくして、その場に剣を落としていた。乾いた音が部屋に響き、彼の胸に虚無感を覚えさえる。
「ま、そう言うことだから。ね。さ、みんな確保に向かってくれ」
エンツォの言葉に近衛騎士達は、一斉にガリアール騎士達を捕まえに走り出していた。
次々と確保されていくガリアール騎士達、そして、素直にお縄につく騎士団長。この呆気ない幕引きに、メアリーは安堵していた。
もしもの時に備えて、彼女も弓を携帯していたのだ。幸い使うことはなかった。それもこれも、エンツォの手腕があったからこそだ。
「ご苦労だったね」
エンツォが柔和な笑みを浮かべて、メアリーをねぎらう。
「いえいえ、そちらこそ、よく私達の言葉を信じて動いてくれましたね」
メアリーも笑みを浮かべて、エンツォを見る。
「前々から、彼らが不穏な動きをしてるのは分かってたしね。ただ、確証がなかったから、動けなかっただけだよ」
エンツォはそこまで言うと言葉を区切って、苦笑して見せていた。
「でも、今回は本当に賭けみたいなもんだったけどね」
「え?」
「君のご主人の勘は、本当によく当たるみたいだね」
メアリーは訳が分からず、彼の顔を見つめていた。
「まさか、また、アストールに泣きつかれた、とか?」
メアリーの言葉にエンツォは苦笑する。
「今回は泣きつかれたわけじゃないからね。とにかく、君のご主人に伝えてくれ。これで貸し借りなしだよ。って」
エンツォの言葉の意味が分からず、メアリーは首をかしげていた。
「エンツォ騎士長! 確保終わりました!」
確保を完了した近衛騎士が、エンツォの前で凛とした声で報告する。
「よし! 行こうか」
エンツォは意気揚々と部屋を出ていく。その後ろを近衛騎士と捕まったガリアール騎士達が歩いて出て行っていた。
残されたのは荒れた部屋と静寂だけだ。
メアリーはゆっくりと歩いて、闘技場を見渡せる場所まで行く。
そして、そこから闘技場を見る。
闘技場では妖魔と死刑囚たちの死体が散乱しているが、その片隅でアストール達が固まっているのが見えた。
最初に吹き飛ばされたコレウスの治療を行っているらしく、全員が固唾を飲んで様子を見守っていた。
暫しの時間が経過した後に、レニが立ち上がっていた。
「一応、応急の処置はしました。後は神官達に引き継ぎます」
いつもとは違う凛とした声が、メアリーの元まで届き、この円形闘技場の設計の良さに感心する。
「そうか! レニご苦労さま!」
アストールが労いの言葉をかける頃には、既に神官達がやってきて、コレウスを運び出していた。
一段落着いたことに、全員が安堵の溜息をついていた。
「アストール! 終わったよおお~~~」
メアリーは自分が見た所からでは小さくみえるアストールに対して、叫んで全てが終わったことを知らせていた。
その声を聞いたアストールは、立ち上がってメアリーに向き直っていた。
「ご苦労様! こっちも一件落着だ! 安心して!」
アストールの美声がメアリーの元まで届き、メアリーも一安心していた。
一時はどうなるかと思ったが、今回も力を合わせることによって事なきを得ていた。
こうして、ガリアール騎士団との死闘は、存外に呆気なく幕を下ろすのだった。




