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死闘の終焉 1

「さてはて、始まってしまいましたが……。例の彼ら、見つけるのは一苦労しそうですな」


 ジュナルは闘技場内に突入したアストールとウェインとコズバーン、レニを見て、大きくため息をついていた。


 当初いたベルヴィナスが簡単に全滅するなど、想定外の展開だった。

 当初の予定では、妖魔が現れた直後に、救出する三人の援護にアストール達が行くはずだった。だが、その必要もなく、ベルヴィナスをあっという間に狩りきってしまったのだ。

 援護の必要もなくなり、アストール達一行は、今回のキーマンとなる妖操術師を探していた。だが、その作業は一向に進まなかった。

 何千と集まった観客の中から、たった、一人、二人の術師を探すのは容易ではない。

 ジュナル以外にも近衛騎士がこの闘技場内を歩き回って、それらしい人物を見つけようと動いていいる。


 だが、結局、ベルヴィナスが全滅する前に、妖操術師を見つけ出すことはできなかった。だが、ジュナルはそれで逆に安心していた。


 なぜなら、リュード達がベルヴィナスを全部倒せば、彼らは自分達の力でこの闘技場から出られるのだ。ジュナル達も無駄にガリアール騎士団に関わらなくて済むのだ。

 それが願ったり叶ったりの状況。本来あるべき状況なのだが……。


 現実はそう甘くなかった。


 最後の一匹となった時、中央の床が開いてエレベーターからは三体の巨大妖魔が出てきたのだ。

 しかも、その中でも一際目立つ巨大妖魔は、明らかに人が操っていなければ、暴れ狂うであろう妖魔だ。


「こんなものを見せられては、ここに妖操術師がいるとしか思えませんな。とはいえ、どこにいるのやら……」


 ジュナルは悪態を吐きながらも、神経を集中させて観客席を見ていた。

 罵声や歓声を上げる観客達、その中で静かに座ってみるような怪しい人は見当たらない。

 急に出てきた巨大な妖魔に、観客全員が言葉を失って凝視しているのだ。

 あまりの衝撃的な出来事を前に、全員が全員妖魔を注視する。

 この様な状態では大人しく座っている観客の方が多く、術を唱えていても解りはしない。


「やはり、外見だけではわからぬか」


 ジュナルは目で探すのをやめ、その場で目をつぶる。


「だが、妖魔を操るための魔力は消せまい……」


 闘技場から発せられる魔力を感じるために、ジュナルは精神を集中していた。幸い、観客達の多くがショックの大きさから、言葉を失っていて静まり返っている。


 精神統一もしやすく、ジュナルとしては助かることこの上ない。

 

 妖魔を操るためには、必ず妖魔の魔力に同調するために魔力を発せなければならない。その魔力の発信元さえつかめれば、術師の位置もわかるもの。


(分かれば、動いている近衛騎士に知らせれば済むことですな……)


 アストール達の攻防の音が響く中、ジュナルは神経を研ぎ澄まして妖操術者の魔力を探っていた。

 魔術を使用している者からは、必ず、その根源たる魔力を発するのが常だ。神聖魔法にしかり、精霊魔法にしかり、自発魔法にしかり、その全ては、魔術師と言う媒体を介して、超自然的現象を引き起こしているのだ。


 そうなれば、その媒体は必ず魔力を発する。


 そして、魔術師ならば、その魔力を感じ取ることも可能だ。

 上級者ともなれば、その魔術を読み取って全くの複製魔法を唱えることや、相殺魔法を唱えることもできる。


 ジュナルはこの闘技場の中にいるであろう、魔術師を探り出そうとする。


(ぬぅう。なんとな……)


 瞬時に魔力を感じ取ったジュナルは、そこで少しだけ驚いていた。

 なぜなら……。


(あの巨人妖魔、一人ではなく、複数で操っているとはな。ちと、これは厄介であるな)


 ジュナルがまず妖魔に向けて、魔力の感知をするために意識を集中させる。そこから、複数の魔力が観客席より照射されているのが、手に取るように分かったのだ。


 もしも、一人を捕まえたとしても、すぐにすぐ、妖魔の動きが止まることはない。あの巨人妖魔を止めるなら、複数人いる妖操術師を全員を捕まえなければならない。


(だが、しかし。捕まえれば……)


 当然、あの巨人妖魔は暴走しだすだろう。そうなった時、まず、被害を受けるのはこの闘技場にいるアストール達だ。


(難しい選択ですな……)


 妖操術者を捕まえれば、アストール達のみならず、この闘技場その物が危険にさらされる。だからと言って、妖操術者を逃がせば、ガリアール騎士を追い詰める肝心の証拠をなくすも同義。今度は主人が窮地に立たされる。


「全く、難しいトンチを強いられますな」


 ジュナルは苦笑すると、目を開けていた。


 魔力を探ることによって、この円形闘技場の四か所に合計8人の妖操術者がいることが分かった。そのどれもが、今中央で戦う巨人妖魔を操っている。


「ここは近衛騎士に頼りますかな……」


 ジュナルはそう言うと、中央で死闘を繰り広げるコズバーンを見る。


 流石に自分よりも巨大な妖魔を前に、かなり苦戦を強いられていた。

 振るわれる棍棒に体を打たれ、時には愛斧バルバロッサで受ける。だが、そのどれもが防戦の一方だ。


「あのコズバーンがここまで追い詰められているのを、見ることになるとは思いもしませんでしたな……」


 ジュナルはそう呟くと、足早に歩き出していた。


「時間はあまりありそうにないですな……。エメリナを探さねば」


 闘技場で続く戦いは、更なる段階に移ろうとしていた。





 アストール達が悪戦苦闘した上に、ようやくムカデトカゲを倒し終えた。それと同時に会場が大きく揺れていた。


 乾いた木の床には砂が大量に載せられているためか、普通の人が飛び跳ねる位では、床まで衝撃は伝わらない。だが、強烈な一撃を浴びたコズバーンの巨体は、闘技場その物を揺らしていた。


「コズバーン!」


 アストールが悲鳴の様に叫び、倒れたコズバーンを見る。当初は善戦していたが、体格差が徐々に彼を追い詰めていたのだ。

 

 何よりあの妖魔を裏で操っているのは、人間である。戦い方は時間が経つにつれて巧妙になり、さしものコズバーンも苦戦を強いられていた。


 そうして、今、コズバーンは力尽きて地面に倒されたように、アストールには見えた。瞬時にして振り下ろされる妖魔の棍棒が、コズバーンの胸に再び襲い掛かる。


 大きな地響きとともに、コズバーンの呻き声が上がり、土煙が舞っていた。目を見開いたコズバーンに、巨人妖魔はこりずにもう一度大きく棍棒を振りかぶり、コズバーンを畳み掛けようとする。


 万事休すと思ったその時だった。


「ぬ、ヌファファファファファファ!」


 突然大声を上げて笑い出すコズバーン。それと同時に振り下ろされる棍棒。大きく土煙が舞い上がり、一人と一匹の巨人を完全に覆い隠していた。


 誰も声を発することができず、暫し、闘技場は静寂に支配される。


「……コズ……」


 呆然と佇んでいるアストールは、力なく呟いていた。

 あのコズバーンとはいえ、流石に何度となく棍棒を振るわれれば生きてはいられない。

 短い付き合いだが、それでも、蛮勇という戦い方には、どこか惹かれるものがあった。


 そんな、コズバーンの最期が、このような呆気ない終わりなど、信じたくない。


 アストールは言葉を発することができず、じっと土煙を見つめていた。

 次に土煙が上がった時、そこには、力なく横たえるコズバーンの巨体があるのだから……。

 アストールは涙が出そうになるのをこらえて、次に大きく叫んでいた。


「コズバアアアーン!」


 むなしく響く彼女かれの悲鳴、静寂がより一層悲壮感を引き立てる。

 その時だった……。


「ふん! なかなか、楽しい余興であったぞ!」


 その静寂を打ち破る雄々しい声、全員が砂煙へと目を向ける。


「ぬおりゃああ!」


 会場を切り裂く雄叫びと同時に、砂煙がふり払われるかのように散っていく。また一度、大きな衝撃音が響き、闘技場が大きく揺れていた。


 完全に散った砂煙から、戦斧を振り下ろした逞しい巨漢の男が姿を現した。

 特製戦斧を振り下ろし、妖魔の持っていた棍棒を真っ二つに折っている。その姿は正に戦闘狂バーサーカーの称号がふさわしい。


「これ程までに楽しい戦い。何時ぶりであろうか……」


 明らかに感極まって感傷に浸るコズバーンは、そのまま戦斧を手放していた。今一度、闘技場が、戦斧が転がることによって、大きく揺れる。


 瞬時にしてざわめき出す闘技場の観客達。

 それもそのはず、コズバーンは得物を奪って絶対的に有利な立場にあるのだ。流石の妖魔もその行動に戸惑いを隠せず、棍棒の切れ端をその場で手放していた。


「ふふ、初めて大熊を、素手で倒した時以来かのう……」


 コズバーンはそう言いながら、腰の大剣二本を鞘ごと抜くと、その場に放り捨てる。


「さあ、これで得物はない。フェアな戦いだ」


 コズバーンは笑みを浮かべて、口の端から滴る血を手で拭う。

 今まで大木のような棍棒で、体を甚振られてきた男の言動ではない。


「や、やっぱ、死ぬわけないよね」


 今までの悲壮感と哀愁に浸った時間を還せ! とも叫べず、アストールは呆れ顔で佇むコズバーンを見ていた。


「あいつ、何者、なんだ?」


「え、あ、えーと。私のワケあり従者……」


 リュードの問いかけに、良い切り返しが見つからない。

 咄嗟にでたアストールの言葉が、それだった。


「おっかねえ従者だ。まるで、東の大巨人オステンギガントを見てるみたいだ」


 クリフが呆れ半分にコズバーンを見ながら呟いていた。


「オステンギガント?」


 アストールが彼に問いかけると、クリフは笑みを浮かべて答えていた。


「ああ、西方同盟を恐怖に陥れた王国軍の巨漢男だ。噂に聞いただけで、見たことはないがな」


 過去、コズバーンは西方遠征にむかったと言う。そこで自分を越えるような猛者を探したが、結局見つからなかった。そのお陰か、彼は西方諸国ではかなり名の知れた武人となったらしい。


 ジュナルの言っていた事を思い出したアストールは、クリフに言っていた。


「多分、そのオステンギガントだよ。アレ」


 アストールは苦笑すら浮かべられず、コズバーンを指していた。。


「え? 嘘だろ?」


「いや、本当。色々あってね……。私の従者として受け入れたの」


 アストールの呆れとも笑みともとれない顔をみたクリフは、その苦労がなんとなくわかった気がした。


「色々と、気苦労絶えないんだな」


「まあね」


 アストールが話しているうちに、既にコズバーンと巨大妖魔の殴り合いは始まっていた。

 コズバーンはかなり身長差がある妖魔を前に、その巨体から想像できない速さで、素早く動いて懐に入る。

 かと思えば、利き腕を思い切り振り上げていた。


 有機物が発する音とは思えない、ドコンとも、ベキバキとも聞こえるような鈍い音が闘技場に響く。

 コズバーンの腕が妖魔の腹部にクリーンヒットし、僅かだが地表から妖魔の足が浮く。


「え、おい。嘘……だろ」


 唖然とするリュードは、その信じられない光景を前に、呆然自失に見つめる。生身の人間が、妖魔相手に素手で互角以上に渡り合っている。それだけでもあり得ないというのに、コズバーンは更にその上を行く。


「どうした化け物! さっきまでの覇気がないぞ!」


 コズバーンは拳を何度となく妖魔に浴びせる。その度に、妖魔が呻き声をあげる。闘技場はその異様な光景を前に、静まり返っていた。


 妖魔が地に足をつけ、ようやく反撃に移る。繰り出された右の一撃は、コズバーンの頬を襲う。会場の誰もが、コズバーンが吹き飛ぶとも思った。だが、コズバーンの足腰は、その場で強く踏みとどまっていた。


 妖魔が一発を見舞うと、その数倍をコズバーンが拳にして返す。


 正に殴り合い。まるで怪獣と怪獣が戦っているようにさえ見える。

 殴り合いは熾烈を極め、闘技場には有機物ぶつかる音とは思えない鈍い音が何度も何度も響いていた。


 そんな、殴り合いも長くは続かなかった。


 一発に対して、数倍の拳で応酬するコズバーン。そんな攻撃に対して、妖魔がよろけだしていた。その隙を見逃さなかったコズバーンは、そのまま足を引っ掛けて妖魔を仰向けに倒していた。


 再び巨大な衝撃が闘技場に響く。今度はコズバーンではなく、妖魔が地面に倒れていた。


「中々楽しかったぞ。だが、終わりの時が来たようだな」


 コズバーンは倒れた妖魔の上に素早く馬乗りになって、完全にマウントポジションを取っていた。そこからは早かった。


 妖魔の顔面に降り注ぐ、コズバーンの拳の雨。


 最初こそ拳を真面目にぶつけていたが、段々とそれが億劫になったのか、ただ拳を握って手を振り下ろすだけの動作になっていた。


 その間、誰も言葉を発することができず、妖魔の顔面が崩れていく生々しい音と、弱弱しい妖魔の呻き声だけが闘技場を支配していた。


 その内に、妖魔は動きを止め、コズバーンの拳が顔面にめり込むたびに、ピクリ、ピクリと両足を痙攣させるだけになる。


 闘技場の観客はその陰惨な戦いを、固唾を呑んで見守るしかなかった。


「ふん。やはり、貴様もその程度であったか。くだらぬ……。もっと、強いのかと思えば、大したことないではないか!」


 コズバーンは妖魔の顔面を完全に破壊すると、そのまま立ち上がって歩み出す。その先には特注品の戦斧が転がっている。

 もはや、妖魔は動くことすらできず、只々、コズバーンの次の動きを待つだけの物体となっていた。


 コズバーンは戦斧を拾うと、担いで妖魔の元までゆっくりと歩み寄っていく。まるで、処刑執行人のように、ゆっくり、一歩一歩足音を立てながら、しっかりと歩み寄っていく。


 そうして、コズバーンは仰向けに倒れている妖魔の前まで来ると、顔面がグシャグシャになった妖魔を見下ろす。


「儂をそれなりに満足させてくれたせめてものお礼だ。受け取るがいい」


 コズバーンは虫の息の妖魔にそう言うと、大斧を大きく振りかぶっていた。そこから、勢いよく振り下ろされた戦斧が、次の瞬間には大きな衝撃音と共に闘技場を揺らす。


 悲鳴さえ上がらない闘技場は、再び静寂に包まれていた。


 闘技場のど真ん中には、首をなくした妖魔の巨体が転がっている。

 目の前で起きた信じられない光景に、誰もが紡ぐ言葉を失っていた。死刑囚を倒すために用意した最強の妖魔を、一人の巨漢が素手で倒してしまったのだ。


 それにどう反応していいのか、誰もが困惑していた。


「ふむ、こんなものだな」


 そんな中、コズバーンは一人満足そうに、歩み出していた。その途中、投げた両手剣を拾って、戦斧を担いで闘技場の入り口へとゆっくり近づいていく。


 この闘技場にいる誰もが、言葉を発せない中、アストールは一人苦笑していた。


「さすがはコズバーン。オステンギガントの名は伊達じゃないか……」


 アストールはその現実離れした強さに呆れつつも、あの巨大妖魔を倒してくれたことに感謝するのだった。



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