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死闘の開幕 3



 例年にも増して沸き立つ歓声は、円形闘技場を揺るがしていた。

 古代魔法帝国時代より建っている歴史的な遺物は、今も人々の娯楽施設として昔と変わらない姿のまま機能している。

 人々はそこで流される血を見て歓喜の声を上げ、その異様な興奮を爆発させる。

 ただ、今年の空気は少し違っていた。例年ならば、ただ感極まった歓声のみが聞こえてくるのだが、今年は憎悪がそれには混じっていた。


「さっさと犯人を出して、同胞と同じように妖魔に四肢をもがせろ!」


「同じ目にあわせろ!」


「殺せ! 早く殺し合いを始めろ!」


「殺せ! 殺せ!」


 ヤジが飛び交い、闘技場内は既に憎しみという黒い熱気に包まれていた。


「何か、俺たち、物凄く恨まれてねえ?」


「そうですね」


 リュードは愛用の大剣を手に、鉄格子の向こうの会場を見ていた。

 罵声はリュード達に対してのものであり、他の死刑囚たちとは違った境遇にあることを、自覚させられた。とはいえ、ここまで憎まれる筋合いなど、一つもない。

 二人が完全に意気消沈しているのを見て、クリフは後ろから優しく声をかけていた。


「二人とも、会場の空気に呑まれるな。死ぬぞ」


 相変わらずの冷静沈着さに、リュードとコレウスは改めて冷静になる。


「そうですね。ここで自分たちが妖魔を倒してしまえば、冤罪だろうとなんだろうと、無罪になるんですから」


「そう言う事だな。いっちょ、気を引き締めていくかあ」


 リュードが息を吹き返して、声をあげて背中の大剣をてにしていた。それに合わせたかのように、闘技場への鉄格子が開かれていた。

 十人弱の死刑囚を引き連れて、リュード達は闘技場の中へと足を進める。


「人殺し! 苦しんで死ね!」


「お前らのせいで父さんは死んだんだ!」


 などなど、数えきれない程の身に覚えのない罵詈雑言が、リュード達に浴びせられる。


「良かれと思ってやったとしても、結果がこれじゃな……」


 リュードは呆れ顔で、周囲の言葉など意にも介さず、剣を構える。

 舞台を更に盛り上げるために入場と共に、語り部が大声でリュード達の経歴をさらりと述べていた。


「遥か、西より来た悪魔の使者、リュードとその一行、その前に立ちはだかるのは、マリべス山地より現れた妖魔ベルヴィナスである! ベルヴィナスの尾っぽの毒にかかれば、たちまち穴という穴から、血を吐き出して死に至らしめる恐怖の妖魔である」


 語り部の男の言うことも然ることながら、その大仰な仕草を交えた語り部に、リュードはいらついていた。

 語り手が語り終えると同時に、リュード達とは相対していた入り口の格子が開き、その中から二十を数える緑色の体表の人型に近い生き物がぞろぞろと出てくる。


 ただ、人との違いは無数にある。


 細長いトカゲのような顔に、全身は堅そうな鱗で覆われ、長い尾っぽの先は二股に別れている。その一方が毒針であるのは言うまでもない。


「ち、一体、どうなってやがんだ。ベルヴィナスの二十頭狩りなんて、聞いてねえぞ」


 毒づくクリフは短槍を構えて、妖魔達を迎え討つ態勢を整える。


「これはちょっと、キツイな」


 リュードは頭を掻きながら、呑気に答えていた。ただ、その様子からして、余裕があるようにも見える。一方の死刑囚達は妖魔を見た瞬間に、その足を震わせていた。


「リュード、クリフ、僕が援護しますから、死なないようにお願いします」


 コレウスの言葉に対して、クリフが毒づく。


「いつも簡単に言ってくれるぜ」


 リュードが調子よく大剣を両手に構えて、大声で叫んでいた。


「おっしゃ! 野郎ども、俺についてこい」


 リュードが走り出すと、それにクリフと死刑囚たちが続いていた。


「生き残りたければ、俺の言った通りにしろ」


 後ろに付いてくる死刑囚に、クリフは言い聞かせる。殆どの者が戦意を喪失しているかに思えたが、流石に生死がかかってくると違っていた。

 どの死刑囚も生き残るために、戦いなれたクリフ達に必死についていこうとしていた。

 コレウスが魔法の詠唱を始めると同時に、妖魔の群れは一斉に囚人達に襲いかかる。


 先頭に立つリュードが大剣を構え、妖魔の群れのど真ん中に駈け出していた。


 いつもの様に軽口を叩くわけでもなく、至って冷静に状況を見極めながら、最初の目標を見定めていた。

 リュードが先手を切って、群れの中に突っ込んだのには理由がある。

 その一つが敵を撹乱させることだ。彼が妖魔達の群れの中で攻撃することで、群れの連携を乱す戦法だ。


 ただ、これには一つ問題がある。


 これを成功させるには突入したリュードに、相当に卓越した技量がない限り、孤立して死ぬ可能性が高いということだ。


「まず一匹!」


 リュードに狙いを定めてきたベルヴィナスの一頭が、彼の目の前に不用意に近寄っていた。リュードは態勢を低くとり、下から斜め上へと大剣を切り上げる。


 次の瞬間には、ベルヴィナスの胴体に大剣がめり込み、骨と肉を磨り潰しながら胴を切断していく。勢いよく振られた大剣の勢いは、止まる所を知らず、そのままベルヴィナスの胴体を真っ二つに切り裂いていた。


 瞬時にして静まり返る会場。


 それもそうだろう。


 今の今まで、死刑囚は一方的に妖魔に殺されるだけの餌に過ぎなかった。

 だが、今回は違っていた。

 経験豊富な妖魔ハンターが、この死刑囚の中にいるのだ。

 妖魔を見ただけで、慌てる素人集団とは違う。


「こちらも魔法詠唱が終わりました。さて、いきますよ、アイスツァイス!」


 コレウスの魔法詠唱を唱えると、彼の前に大きな雪の結晶を型取った白い魔法陣が中空に現れる。

 雪の結晶からは、無数の細く鋭い氷柱が伸びてきて、彼の直線上にいたベルヴィナス一頭の元に、勢いよく、絶え間なく氷柱が飛んでいく。

 目では追えないそのスピードで、一頭のベルヴィナスが無数の氷柱の弾丸に貫かれる。悲鳴を上げることなく倒れるベルヴィナスに、観客席は騒然としていた。


「アイツラばっかりにいい目を見させはせんさ」


 笑みを浮かべるクリフは自分に向かってきたベルヴィナスの足を、槍の柄で払っていた。不意な攻撃にその場に転ぶ妖魔。すかさず心臓に短槍を突き立てる。


「俺が急所を突いて行く。のた打ち回るそいつに、お前らはトドメを刺せ!」


 クリフの声に呼応して、死刑囚たちは手に持った槍で、弱ったベルヴィナスにトドメを刺していた。


 その様子を見た観客席からはブーイングが巻き起こる。だが、その一方で妖魔を倒す三人に魅了され、歓声をあげる人もいた。

 対妖魔のスペシャリストが三人いるだけで、これ程までに妖魔に対して優位な戦いができるなど、ガリアール騎士は想像もしていなかった。


 ただ、いつも通りに死刑が執行されて、周囲の観客も多いに喜ぶ。

 たったそれだけのはずだった。だが、現実は違っていたのだ。

 妖魔が倒されるたびに、会場がブーイングの嵐となっていく。


 二十もいた妖魔が、ものの十数分で肉塊へと変わっていく。その様は、傍から見れば、凄惨な殺戮現場としかいいようがない。それでも、会場に集まった人々は、興奮して死闘を見ていた。


「なんとか、勝てそうだな」


 リュードは自分の目の前にいた妖魔を一刀両断し、後ろから襲いかかる尻尾を大剣で振り払う。その洗練された動きに、観客席からはいくらか黄色い歓声が沸きたちは始めていた。


「リュードの活躍に、女性達が魅了されつつあるみたいですね」


 コレウスが彼の後ろに立って、魔法を詠唱する。


「大地の精霊よ。我に力を与え、砂粒を凶器に変えよ! サンドブラスト!」


 彼の前にいた妖魔三体が、突如地面から現れた砂の竜巻の中に消えていく。

 かと思えば、瞬時に竜巻はやみ、そこには傷まみれの妖魔三体が倒れていた。


「す、すごいぞ、あいつら……」


「あいつら、本当にあの港の事件の首謀者なのか?」


「そんなこと、どうでもいいだろう! 今はあいつらの戦いを見ていたい!」


「あの大剣の男の人、結構いい男ね」


「そうかしら? あの後ろにいる魔術師の方が、好青年じゃない?」


 などなど、観客席からは、徐々にリュード達に肯定的な意見が出始めていた。

 もちろん、リュード達に、この声は届いていない。


 彼らは今、戦いで必死になっていて、実の所、観客席に向かって意識を向けるほど、余裕はない。それでもそのしぶとくとも、雄々しく振舞う三人の戦いに、観客が魅了されるのに時間は掛からなかった。


 いつしか、リュードが剣を振るうたびに、黄色い歓声が上がり出す。

 一匹が両断されれば、女性たちが黄色い歓声を上げる。クリフが冷静に死刑囚を取り仕切り、その援護にコレウスが巧みに魔法を放っていた。

 その異質な戦い方に、観客達が魅了されるのも仕方がないことだ。


 通常ならばありえない観客たちの反応。

 誰もが魅了されてやまない、三人のその姿。だが、その三人に対して、嫌悪と憎悪の感情を込める人物がいた。


 それは……。





「どうなっている!? これは!?」


 処刑執行を見に来ていたガリアール騎士の団長が、目を丸くして闘技場を見ていた。

 彼の居るところは、楕円形の闘技場の観客席の中でも、二番目に高いところに位置している場所にある。


 箱型の部屋で闘技場に面した部分は、壁が取り除かれている。雨風がしのげる贅沢な一室であり、かなりの上位の身分の人間しか出入りできない特等席だ。

 騎士団長は口惜しそうに、闘技場を見下ろす。

 大枚を叩いて用意したベルヴィナスの半分が、既に倒されていた。

 その鮮やかな手際は、ガリアール騎士の対人を想定した戦闘とは明らかに違う。


 個々が連携を取り、うまく妖魔たちを攪乱している。狼狽えているベルヴィナスがまた一匹、一匹と倒されていく。その戦いに魅了されない観客はいないだろう。

 いつしか、観客席からの罵声とブーイングの嵐は静まっていた。

 それどころか、彼ら三人が妖魔を倒すたびに、観客が歓声を上げ始めていた。


「まずいことになりましたね」


 副騎士団長の男が騎士団長の横で腕を組み、顎に手をやって闘技場を見る。


「そうだな……。これでは、奴らを処刑することの本来の意味がなくなる……」


 騎士団長はベルヴィナスの残りの数が少なくなり、表情を歪める。


「どうしますか? 今まで温存しておいたアレを出しますか?」


 副団長は団長の顔色を伺いながら、闘技場の方へと顔を向ける。既に数える程しかベルヴィナスが残っていない。対する死刑囚は二人が、もがいていたベルヴィナスの尾の毒にやられて死亡している以外に損害はない。


「あれは……。今使うべきものではない。それに、我々の手に負えるものではない。下手をすればこの闘技場も危ないぞ……」


「ですが、このままでは、凶悪な死刑囚の全員が解放されます」


「……だが、アレは出すわけには」


「だからこそ、今回は妖操術師を呼んでいるのでしょう……」


 団長はしばし黙り込んでいた。

 既に闘技場のベルヴィナスは一頭になり、死刑囚達に闘技場の角に追い詰められていた。それを見た観衆たちは、いつしか妖魔に対して憎しみをぶつけだしていた。


「その妖魔をぶっ殺せええ!」


「オヤジの敵だ! 殺せ! 殺せ!」


「内蔵をえぐり出してやれ!」


 観衆たちは身勝手ながらも、あの妖魔事件に対する憎しみを、リュードたちから妖魔へと切り替えていた。

 騎士団長は自分達の目論見が本末転倒していることに気づいた。こうなっては手段も選んでいられない。団長はそのことに頭が来て、観衆を見ながら叫んでいた。


「愚衆だと思っていたが、本当に愚鈍な奴らだ! この私が憎しむべき相手を与えてやったのに、それを憎しまないとはな」


 騎士団長は態度を一変させて、副団長に向き直る。


「アレを使う! やつに知らせろ!」


「は! すぐにでも!」


 副団長は傍らにいた部下に対して、細々とした指示を出し始める。

 騎士団長は観客席の特等席に当たる上階より、闘技場を見下ろして口ずさんでいた。


「異邦人風情が、ガリアールの恐ろしさを味わうがいい」


 闘技場のリュード達を、騎士団長は不気味な笑みを浮かべて眺めていた。

 これから起こるであろう、地獄を想像しながら……。



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