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死闘の開幕 1

「にしても、あの一時の待遇が嘘みたいだな!」


 リュードはクリフとコレウスに対して、満面の笑みを浮かべてテーブルに並ぶ豪勢な食事を口にする。

 貴族でさえ食べられないような珍味や、最下級の平民では舌がおかしくなりそうな高級なワイン、それに加え、ガリアールで有名な海産物をふんだんに使った地元の高級料理が、所狭しと広いテーブルに並んでいた。


 もちろん、それを囲っているのは、リュード達三人だけではない。

 あのインフェルノ・ガッピャにいた囚人の内、体型がよくて筋肉質な男達ばかりだ。

 彼らは態々、牢屋から集められて、一緒に食事をしていた。


「コレウス、これは何かの間違いか?」


 訝しむクリフはコレウスに小声で問いかける。


「んー。僕も怪しいとは思いますけどね……。でも、態々死刑囚も同然の我々にこんな施しをするなんて、普通じゃないのは確かです。それに……」


 コレウスはゆっくりと部屋を見回す。


 完全武装した衛兵が、周囲を厳重に警備した上での、モノモノしい食事会。それでいて、囚人達は浮かない顔をしている。あげくに涙さえを浮かべながら、晩餐に口につける者さえいる始末だ。


「どちらかというと、食事会というより、最後の晩餐と言った方が相応しい様な雰囲気ですよ」


 コレウスは周囲の囚人を見て、浮かれているのがリュードだけということに気づいた。

 囚人達の殆どが、ここに来た時点で、生気を抜かれたかの如く、意気消沈していたのだ。


「確かにな……。何か気に食わねえ」


「リュードは馬鹿だからほっとくとして、どうしますか? 警備は前より厳重になってますけど、逃げ道は沢山あります」


 二人で相談するコレウスとクリフ。周囲はモノモノしい警備だが、部屋には窓がいくつもあり、扉も複数ある。とはいえ……。


「この状況だ。奴らもバカじゃない。ここには凶悪な囚人がいるから、警備は二重どころか、三重、四重にもなってるだろうよ。窓から逃げたところで、外に出たとたん、衛兵に囲まれておじゃんだ」


 クリフの冷静な意見に、コレウスも落胆の溜息をついていた。


「ですよね。そうそう簡単には逃げきれないでしょうね」


「流石のお前でも、詠唱する時間がなければ、ただの荷物だしな。何より杖がない」


「む、それは聞き捨てなりませんね」


「ああ、すまん。聞き流してくれ」


 そう言ってクリフはワインボトルを手にして、立ち上がっていた。

 クリフはコレウスと距離を取ると、気の合いそうながたいのいい男がいないか、周囲を見ていた。そして、発見するなり、その男の元へと酔った振りをして近づいていた。


「よお~、あんちゃん。飯はうめえか?」


 クリフはわざとスラング風に話しかける。ここに来るということは、ろくな生活も送れずに強盗に勤しむような連中が多い。案の定、目の前の男もその類だった。


「ああ? うめえわけねえだろ? 俺たちは妖魔の餌になるんだぜ?」


 男の唐突な言葉に、クリフは一瞬目を丸くする。


「はぁ?」


「なんだ、知らねえのか……。インフェルノ・ガッピャに入れられながら、こんな豪勢な料理を急に食わせてくれるんだ。しかもこの“時期”に」


 男が言おうとしている意味が分からず、クリフは怪訝な表情を浮かべていた。


「俺達は闘技会に出される前菜なんだよ。妖魔と戦う死刑囚ってな!」


 男の口から出された衝撃の言葉に、クリフは驚嘆していた。


「ま、マジかよ。それ」


「マジじゃなかったら、今頃、俺達はまだインフェルノ・ガッピャにいる」


 衝撃的な言葉に、クリフは言葉を失っていた。この高級料理を前にして、囚人が喜びを顕にしない理由に合点がいった。


(なるほどな。それはどんな奴だって、知ってればそうなるわな。ま、ウチのリュードは別だろうがな)


 彼の場合、目先のことを常に楽しむことができる超プラス思考な男だ。

 例え、これを知ったところで、それとこれとは別と割り切って、豪快に飯を平らげるだろう。それでも、美味しいタダ飯より怖いものはないとはこのことだ。


「そうだったのか。俺達は余所者で何も知らなくてな」


「け、そうかい。せいぜい、最後の飯を楽しむんだな」


 男から送られる皮肉の言葉に、クリフは落胆の溜息を付きながらコレウスの横に戻っていた。


「どうやら、俺たち、とんでもない事に巻き込まれちまってるみたいだ」


「そうなんですか?」


 コレウスが目を丸くしてクリフを見つめる。


「ああ、俺達は闘技会の前催しの妖魔と人間の戦いに出されるらしい」


 クリフの元気のない答えに、コレウスは何故か表情を輝かせる。


「え!? 本当ですかそれ?」


「ああ、この待遇から見ても十中八九間違いない。てか、お前、なんでそんなに嬉しそうなんだよ?」


 クリフの疑問を前に、コレウスは満面の笑みを浮かべたまま答えていた。


「決まっているじゃないですか。これこそ、僕たち西方同盟の力をこのヴェルムンティア王国に見せるいい機会じゃないですか!」


 クリフはここにももう一人、違う意味でプラス思考の男がいるのを忘れていた。

 コレウスは魔術師でありながら、西方同盟に誇りを持っていて、その実力を示せる機会があれば、すぐにでも腕を振るおうとする節がある。

 幸い、あの船の上では自分に同調してくれていたが、結局は、リュードの背中を見て、二番目に駆けていったのはコレウスだ。

 クリフは静かにため息をついていた。


「……。もう、勝手にしてくれ、俺は知らん……」


 クリフは手近にあったワインのボトルを片手に取ると、そのまま一気にラッパ飲みしていた。その豪快な飲みっぷりには、周囲の衛兵たちも目を見張っていた。


「なら、早速リュードに知らせなくては! リュード! リュード!」


 お酒が入っているせいか、コレウスのその口調も少しだけ軽い。


「ん? なんだ? コレウス?」


 豪華な料理を楽しんでいたリュードは、横に来たコレウスを見つめる。


「聞いて聞いて! なんと、俺たち、あの闘技会で妖魔と戦うんだって!」


「え!? マジで!? もし、全部ぶっ倒したら、闘技会に来てた女の子は、皆俺に惚れるかな!?」


「それは間違いないですよ! 名誉も挽回できるし、これほどいい機会はないですよ!」


「ヨッシャアアアアアアアア! やったるでえええええええええ!!!! 妖魔だろうがなんだろうがかかってきやがれええ! 俺の大剣の赤錆に変えてくれるぜえ! 世界の女の子は俺のものだあああ!!!!」


 妙な気分の高揚が二人を刺激し、更に酒を進ませる。周囲の囚人達も二人が自棄酒をしていると思い、二人に合わせるようにして、酒を煽り始めていた。

 いつしか、その場は飲めや踊れやのどんちゃん騒ぎとなっていた。


 リュードとコレウスと死刑囚達はいつしか、意気投合して肩さえ組んで歌いだす。

 その有様を見て、クリフは頭を抱えて空になったワインボトルを床に投げ捨てる。


「あーー。ダメだ。これ……」


 クリフは一人本当に自棄酒を煽っていた。誰にも同調してもらえない酒こそ、真の自棄酒だ。ただ、この場で衛兵が盃を共にしてくれるのなら、クリフにも仲間出来ていただろう。彼らも気持ちは一緒なのだ。


(毎度のことながら、やってられんな)


 衛兵たちとクリフの考えが一緒とは言え、彼を開放してくれる訳もない。クリフは一人4本目のワインボトルに口をつけるのだった。



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