交錯する思惑 2
「ああ~、ダメだああ! 解決の糸口が何一つ見つからねええ!」
アストールは一人、宿の部屋で毒づいていた。
港の襲撃から一週間が過ぎ、街はどうにか平穏を取り戻してきている。だが、それは表面上のもの。裏では情報が錯綜し、ありとあらゆる憶測が飛び交っていた。
騎士隊による自作自演、黒魔術師による陰謀、はたまた、闘技会の事故などなど、色々な憶測だ。だが、ガリアール騎士団の弱みにも成り得る情報は一つも手に入らなかった。
「これだけ情報があって、なんで一つも情報が入らない……」
アストールが表を歩けば、人々は畏敬の眼差しで彼女を見る。
街の男達は彼女を恐れ、近づかない。周囲の人々は何故か自分を恐れて、一言二言かわすだけで、そそくさと逃げ足で立ち去っていく。
これもオーガキラーの称号のせいだろう。
男が寄ってこないのは、アストールには願ったり叶ったりだが、情報まで一緒に逃げてしまうと、本末転倒だ。
「ああー。エメリナだけがたよりか……」
今や真面に情報が得られないと分かったアストールは、他のメンバーに情報の収集を任せて、一人で作戦を考えていた。
(いっそのこと、騎士団を強襲して逃がす。エンツォにはそれが賊の襲撃だという仕業にさせてしまう……。でも、相手はガリアールの騎士だしな。そんなこと、すぐにバレるだろうな)
アストールは妙案がないことに、心底落ち込んでいた。
「あ、エスティナ! ただいま!」
突然、宿の窓から声がかかり、アストールはふと目を向ける。
「エメリナ……。普通に下から入ってきてよ。ここは二階よ?」
呆れ顔を見せたアストールに、エメリナは舌をペロッと出すと、愛くるしい笑みを浮かべる。
「えへへ、ごめんごめん。いつもの癖で、何か窓から入っちゃうんだ」
「いつもの、癖、ねえ。騎士の従者なら、尚更、その癖直してよね。」
「は~い、ご主人様」
本当に分かっているのか判らないいような返事をするエメリナを前に、アストールは首を左右に振っていた。
「で、ここに来たってことは、何か有力な情報でもあったの?」
アストールの問いかけに、エメリナは笑みを消す。
「うん、まあね。大した情報じゃないけどね」
この際、些細なものでもいい。アストールにはとにかく情報が必要だった。
「いいから、聞かせて頂戴」
アストールはエメリナに報告を促していた。
「おっけー。えっとね。あれだけの大事件が起きたにも関わらず、今年も大闘技会をやるらしいの」
何を言い出すのかと思えば、この街の闘技会の事を態々報告しに来ていた。
アストールは思わず、溜息を吐きそうになっていた。
「あ、そんな呆れ顔しない。まだ、報告は終わってないよ」
「あーわかった、わかった。続けて」
「まあ、その闘技会なんだけど、開催期間が1週間あってね。その一日目には人と妖魔の死闘っていう催しモノがあるの」
アストールはその言葉を聞いて、胸糞の悪い気分になる。
あれだけ、妖魔の怖さが身に染みて分かったはずなのに、態々、人と妖魔を戦わせて楽しむことを続けようとする。この街の人々は、趣向が悪いのを通り越して、野蛮であるように思えた。
アストールが浮かない顔を浮かべるのを見て、エメリナは言葉のトーンを低くしていた。
「アストールの気持ちもわかるけど、この街の恒例行事だからね。ま、かくいう私もあまり好きじゃないけど」
「で、それがどうした?」
「その催しに出されるのは、この街の死刑囚なの。それでもって、妖魔と対決して勝てばそのまま開放、負ければ宣告通り、妖魔によって死刑なの」
勝てば無罪放免、負ければ妖魔によって引導を渡される。いわば、公開処刑のようなものだ。なんといっても相手は妖魔だ。ただの死刑囚のごろつきに、妖魔を倒す技量を持つ人間などいない。
そこで、アストールはふと思い出す。リュード達の量刑は情状酌量の余地なしの死刑だ。
「もしかして、リュード達が今回の催し物に強制参加するってことか?」
「ご名答。今回はそれを全面的に押し出してるの。ガリアール騎士団も自分達の失態から目を逸らさせるのに必死ってわけなの」
唐突に出された思わぬ単語に、アストールはエメリナに聞き返す。
「え? ガリアール騎士団が?」
この闘技会とガリアール騎士団がどう関係しているのか。ここでガリアール騎士団の単語が出てくることに、アストールは疑問を持った。
「あれれ? 知らなかったっけ? 闘技会の主催者はこの街の君主とガリアール騎士団が中心になってやってるって?」
とんでもない情報が手に入り、アストールは驚きを隠せないでいた。
「し、知るも知らないも、それって、本当か?」
「うん、本当だよ」
エメリナの言葉を聞いたアストールは、あることを閃いた。
「なら、まだ、どうにかなりそうだな」
「え? 何が?」
「要はそれを中止させればいいんだろ?」
アストールの言葉に、エメリナは苦笑する。
「簡単に言えば、そうなるけど……。無理だと思うよ」
「なんで?」
「相手は天下のガリアール騎士団とその君主。余所者に好き勝手はさせないと思う」
「それもそうか……」
何か閃いたところで、それを実行して、易易と闘技会を中止できるほど、現実は甘くない。何より、たった一人の力では、干渉することさえできないだろう。
アストールは少し冷静になって考えたあと、一息ついてエメリナに聞いていた。
「ちなみにその催し物で、生き残った死刑囚はいるのか?」
アストールの問いかけに、エメリナは節目勝ちになって答える。
「えっとね……。実は毎年のことだけど、開放された人は0人なの、これ慣例なのよ」
エメリナの言葉を聞いて、アストールは言葉を失う。
「え……」
「言ってしまえば、死刑囚は公開処刑にあったも同然。確かに完全武装してるけど、出される妖魔は毎年毎年、超強力なのばっかりでね……」
「そ、そうなのか」
「うん。ごめんね。なんか期待裏切る様なこと言って」
「いや、いいんだ。貴重な情報をくれただけでも、私にとってはとてもありがたいから」
アストールにとって、これほど大きな収穫はなかった。
ガリアールとて、ヴェルムンティア王国の一部だ。騎士道を殉ずる国にあって、このような公開処刑が行われているなど、正に矛盾といっていい。この事を国王に報告をすれば、死刑囚と妖魔の戦いを即座に禁止させることも可能かもしれない。
だが、それでは、リュード達の決戦日には間に合わない。
何より ガリアールは基本的に、王国の治外法権にあり、直轄地、領地、と言うよりも隷属国と言った方がしっくりくる。
百年前の条約では一領地として王国に隷属するというものの、内政には干渉しないというのが、条件であったのだ。
とは言ったものの、基本的には王国の王国憲章によって市民の安全、財産権等は完全に保証されていて、ガリアールは併合前よりも全体的に富が平均的に分配されるようになっている。
その為、併合以前よりも高所得者は損をしているものの、平民がかなり裕福な暮らしをしている最も理想的な土地とも言える。
ただし、それは王国憲章にのみ従っているという証。それ以外のことに関しては、王国はガリアールに干渉できない。
「国王はまずこの闘技会にさえ干渉できないのか」
アストールは一人考え出す。ガリアール騎士団は妖魔を処刑に使う。だが、妖魔といえどそうそう簡単に捕獲はできないし、ましてや妖魔を思い通りに動かすことなどまず不可能だ。
そう考えた時、一つの疑問が浮かんでくる。
(奴ら、どうやって妖魔を闘技場内で管理してやがるんだ?)
妖魔はそこらにいる猛獣以上に管理の難しい生き物だ。理性もなければ、人間に隷属することもない。そこでふと思い浮かんだこと。
(まさか、あいつら、黒魔術師と繋がってるんじゃ……)
その考えが正しいとすれば、エメリナに情報を探させれば、すぐに手に入るだろう。
一人不敵な笑みを浮かべたアストールを見たエメリナは、彼女に声をかける。
「あ、エスティナ。私はそろそろ行くね。もっと情報を探ってくる」
再び窓から出ていこうとするにエメリナを、アストールはすぐに呼び止める。
「ちょっと待って、どうせなら、今、私が欲しい情報を集めてきてくれない?」
「え? 欲しい情報?」
「そう」
意味深に笑うアストールを見て、怪訝な表情を浮かべるエメリナ。
またしても、何か悪いことを、否、打開策を思いついたのだろう。そう思ったエメリナは主人の元へと歩み出していた。




