交錯する思惑 1
「ねえ、本当にこのペースで追いつけるの?」
一人の少女が隣を歩く青年に対して聞いていた。
「まあ、大丈夫でしょう。それに、荷物が届くまでが僕達の仕事です。今回は護衛もつけましたし、何も気にすることはないですよ」
青年はそう言っておもむろに懐から水晶玉を取り出していた。
「なに? その水晶?」
「ああ、これですか。これは高純度の結晶玉です。色々と使い道のある便利な道具です」
ケニーはそういうなり、水晶に向かって小声で古代語を紡ぐ。
そうすると、水晶は仄かに光を放つ。それも束の間、水晶には映像が映し出される。
今まで二人が通ってきたガリアールからの道のりだ。その光景を見たマリーナは、驚きつつも再び前を向いていた。
ここで依頼人のことを知りすぎるのは、今後の事に関わってくる。
極力、マリーナは依頼事以外のことには、彼に対して何もかかわらないようにしていた。
それが自分の信用にも関わる。知らなくていいことを知っても、余計な守秘事項が増えるだけだ。
とは言え、全く依頼人の事を知らないでいるのも問題だ。
「ほほう。これはとんだお客さんみたいですね」
黒装束の青年こと、ケニーは苦笑しつつ、自身の手に持つ水晶を見ていた。
そこには自分達の通った道を、八人の男たちが歩いている様子が映っている。
「やっぱり保険というのはかけておくべきですね。ま、今回は予算の都合上、こんな感知魔法を使う装置にしか回せませんでしたがね」
苦笑する青年の横で、マリーナが彼を軽蔑するように睨みつける。
「何さっきから、独り言ばっかり。気持ち悪いわ!」
「ああ、ごめんなさい。マリーナ。追手が来ているみたいでしてね」
黒装束に身を包んだケニーは、笑みを浮かべて隣を歩く彼女に話しかける。
「追手? 数は? 相手は? どこからの?」
マリーナには全く心当たりがなく、青年に聞き返していた。
「まあ、そう焦らないでください。数は8人と多くありません。全て男性です。ただ……」
「ただ?」
少女が聞き返すと、青年はマスクをした上からでもわかるような苦笑をして言う。
「追手に関しては心当たりがありすぎて、見当もつきませんね。でも、可能性として大きいのは、ヴァイレルの方のどなたかと……」
青年は笑みを浮かべたまま、羽のついたとんがり帽子を目深にかぶる。
懐からは杖を取りだし、呪文を唱える準備を整えていた。
「ケニー。戦うの?」
マリーナの声に、ケニーはさも当然という如く答える。
「もちろんですよ。僕の計画を邪魔する奴は、誰であろうと、排除しますから。それとも、マリーナは戦うのが嫌なのですか?」
意地悪く聞き返すケニーに対して、マリーナは苦笑して答えていた。
「できるならね」
「そうですか。ですけど、あなたは僕のボディガードです。あなたの腕を見込んでの申し出ですからねえ」
「あんたが望むなら、戦うしかないじゃない」
マリーナは得物の短刀を取り出して構える。
「私もプロだからね!」
「そうでなくては、困ります」
乗り気でないマリーナを前に、青年は杖を構えていた。
「で、今回はどう戦うの?」
マリーナが短刀を出して構えると、ケニーは少しだけ考え込んでいた。
水晶の中に映る八人の男達は、身なりからして密偵の類だろう。内、七人は外灯を着ているものの、その隙間からは長剣が見え隠れしていた。
密偵といっても、騎士と同等の戦闘訓練は受けていると見ていい。
「敵の数からして、マリーナ一人ではキツいでしょうからね。できるなら、妖魔の群れを召喚したいんですけど……。港であんな事件が起きちゃいましたからね。今回はゴウレムを召喚します」
笑みを浮かべたケニーは、その場で呪文を詠唱し出す。
古代の魔法用語を使用した言霊が響き、周囲の木々がそれに呼応するように小さく震える。少しだけ地面が揺れると、地面から土が盛り上がる。
その盛り上がった土の塊は、あっという間に人型の物体を作り出していた。
その数、8体。
これだけで単純計算して、騎士八十人分の強さを持っている。彼らの利点は、痛みも感じなければ、死を恐れないこと。
死は生き物として、どうしても排除できない弱みである。
例え、屈強な兵士がいたとしても、心のどこかに必ず恐怖はある。それを取り除いた最強の兵隊、それが彼ら禁断魔法より生み出された魔導兵器ゴウレムだ。
唯一つ、弱点があるとすれば、そのゴウレムの強さは術者に左右される事だ。
術者が優秀であれば、その召喚しておける時間も長く、一体当たりの強さも半端ではない。その逆も然り。
魔力の消費が激しい禁断魔法は、個人で扱うには体の負担も大きく、ゴウレムを召喚できる時間も限られている。
それがこの禁断魔法の最大の弱みである。
「これだけ出せば、私なんていらないじゃん」
今にも短刀をしまおうとするマリーナに、ケニーは苦笑していた。
「確かに、普通の人間相手なら、これで十分ですけどね」
「え? 違うの?」
ケニーは苦笑して水晶を見つめる。そこにはフードを頭から被って顔が見えない男が一人映っていた。
手には短い杖を持っていて、ケニーにはすぐにその人物が魔術師と言うことがわかっていた。
「今回は相手に魔術師がいるみたいですからね」
ケニーは遠い目で追手の迫り来る方向を見ていた。
「さてと、やるとしますか。援護は任せてください」
「はぁああ、やっぱり、私が前線にでるのか」
大きく嘆息したマリーナは、ケニーを背にして走り出していた。
先手をかけて相手を圧倒することほど、戦いにおいて戦況を有利にするものはない。
二人は後手に回る前に、敵に対して攻撃することを選んでいた。
それは当然、彼らが勝利を確信したからこその行動である。でなければ、この場からはどうとでも逃げ道はあるのだ。
ケニーとマリーナの二人はゴウレムを連れて、八人の追手に向かって行くのだった。