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運命の日を待とう 4


 アストールは身の周りが落ち着き、ようやく休息に入ることができることに安堵していた。彼女かれに充てがわれた部屋は、ガリアール城駐屯近衛騎士隊の隊舎である。


 幸いなのはアストールが数少ない女性騎士なので、共同部屋にも関わらず部屋を一人で独占できるということだ。


「ああ~、今日一日散々な目にあったなあ……」


 思い返すだけでも、どっと疲れる。


 朝は男達にナンパされまくり、昼過ぎには妖魔と戦い、夕刻にはガリアール騎士団から取り調べを受け、夜にはエンツォと会談。挙句、リュード達のことも考えなければならない。

「酷い一日だ……」


 アストールがそうして部屋に戻ったのは、夜も完全に耽った頃合だ。

 メアリーとジュナル、コズバーンとレニも出迎えてくれたが、結局一言二言交わして、すぐに部屋に戻っていた。


「ああ~、もう、風呂入るのも面倒だ。とりあえず、寝ようかな」


 疲れているせいもあってか、目を瞑るだけで意識が遠のきそうになる。

 そんな時だった。


「エスティナ殿、おられますか?」


 聞き覚えのある青年の美声に、アストールは目をさます。

 ドア越しに聞こえてきた声に、即座に返事していた。


「あ、ええ。います」


「お疲れのところ申し訳ないのですが、御目通り願いたい」


 相変わらずの硬い口調に、アストールは苦笑する。


「ええ、よろしいですわ。鍵はかかってませんし、入ってください」


 彼女かれの声を聞いた声の主は、扉のノブに手をかけて押していた。

 紫を基調とした服を身にまとう凛々しい青年が、そこに立っていた。

 顔は今日の妖魔討伐もあってか、完全に疲れきっていて、声にもいつもの覇気はない。


「ウェイン様、こんな夜遅くにレディのお部屋に何か御用ですの? まさか、私に夜這いでもかけるおつもりですか?」


 アストールはいつもの調子で、ウェインが顔を赤らめるのを期待した。だが、その初心な反応が見られるどころか、彼は表情を険しいものへと変化させる。


「エスティナ殿! なぜ妖魔の討伐前に王城へ戻られなかったのですか!?」


 突然響き渡る怒声に、アストールは耳を塞ぎそうになる。


「え~と、なんで怒ってるの?」


 アストールは目を丸くして、ウェインを見つめる。

 彼に怒られる筋合いなどないはずなのだ。


「なんでも何も! 今日、貴方は物凄く危険な目に遭われたのですよ! 怒らない方がどうかしています!」


 ウェインがアストールを説教し始める。だが、彼がここまで怒る理由が思い当たらない。


「ま、まあ、いつものことだし気にしないでよ」


「気にしないで? そんなこと出来る訳ありません! 自分はあなたを守らなければならない使命があります! 何より貴方は女性です! 自分が守るべき女性であるのに、あの様な危険を犯されると、自分は、自分は……、心配で仕方なかったのですよ!?」


 ウェインが真剣な眼差しでアストールを見つめる。

 思わぬ客人の対応に彼女かれは、完全に困り果てていた。

 ウェインがそこまで自分の事を心配していたなど、微塵も思っていなかった。


「それに、今日の戦い方! 貴方は命を落としていたかもしれないのですよ!」

「え、あ、うん」


 ウェインの怒気に圧倒されて、アストールは口ごもってしまう。


「もう少し、自分の置かれた状況を冷静に見て判断してください! そうでないと、命が幾つあっても、足りませんよ!?」


 尤もなことを言われて、アストールは返す言葉が見つからなかった。

 今日の行動を思い返すほど、ウェインの言葉が身にしみてくる。


 妖魔が出たと聞いて、すぐに騎士隊と合流し、ろくに装備も整えてなかった。

 それだけならまだしも、現地調達した剣は簡単に折れて、窮地に立たされた。

 もしも、リュード達がいなければ、本当に死んでいたかもしれない。


 今更ながらに、自分の行動を恥ずかしく思えて仕方がなかった。


「ごめん。確かにそうかもしれないね」


 アストールは顔を俯けて、ウェインに謝っていた。


「自分の身を守れない人は、他人の命を守れません! それだけは、肝に銘じておいてください!」


 ウェインが険しい表情のまま、アストールに言い聞かせる。彼女かれも素直にその言葉を聞き入れていた。


「ええ。わかった」


 ウェインは一頻り言い終えると、小さく溜息をついていた。


「分かっていただけたなら何よりです。今度から気をつけてください」


 ウェインは安心して、小さく溜息を漏らしていた。


「あ、それと、エンツォ殿とは会われたのですか?」


 突然変わった話題に、アストールは再び目を丸くして答えていた。


「え、ああ。はい。会いましたけど、何か?」


「あ、いや、その。差し出がましいのはわかっているのですが、エンツォ殿は女癖が非常に悪いので、もしかすると、貴方にまで何かなさっていないかと、心配になりまして」


 今度は先ほどとは打って変わって、ウェインは態度を豹変させる。

 それにアストールは少しだけ微笑み、言葉を返していた。


「安心してください。私、そういうのにはもう、断りなれてます。それに、オーガキラーの称号を持つ恐ろしい女ですよ? そんな女に声をかける男なんていませんよ」


 アストールは自分を皮肉ったつもりで、軽く受け答える。

 例え美人であっても、流石にオーガを倒したとなれば、民衆からは畏怖されるものだ。


 だが、ウェインの反応は安堵するどころか、再び目を血走らせる。

 そして、アストールの両肩を掴んで、力強く言っていた。


「そ、そんなことありません! 貴方は女性として、この上なく魅力的です! そのオーガキラーの称号さえもかき消してしまうほどの美しい容姿と、素晴らしい性格、どこをとっても、欠損のない美しい花そのものですよ!」


 ウェインは言い終えた後、キョトンとするアストールを見て、突然赤面する。そして、急に手を放して、すぐに背を向けてわざとらしく咳き込んでいた。


「え、あ、あの、さっきの言葉、じ、自分の真意ではありますが、その、お忘れください」


 ウェインは自ら放った言葉に、恥ずかしくなっていたらしく、耳まで真っ赤に染めていた。その様子は、背中を見たアストールからも手に取るようにわかる。


 硬派で根っからの真面目、実力も伴っている質実剛健な好青年。だが、女性には驚く程弱い。そんなウェインが、アストールの前で恥ずかしそうに背を向けている。

 質実剛健で、けして男に見せることのない態度。それを見られるのだ。

 アストールにとって、これほど面白いものはない。


 彼女かれはもう少しだけ、ウェインをからかう事にした。


「あの、ウェイン様?」


「は、はい!」


 ウェインの裏返る声を聞いて、アストールは吹き出しそうになるのを我慢する。


「あ、あの、さきほど言われたこと、わたくし忘れられませんわ」


 多くの男は欲望をむき出しに、上辺だけでウェインの言ったようなことを平気で口にする。だが、彼の場合は違う。

 あの真剣な目つきは、明らかに彼が心の中で思っていたことを伝えていた。

 だからこそ、言ってあげるのだ。「忘れられない」と。


「あ、はあ、ええ、いや、その、自分は別にあなたに気に入られようとか、そう言うので言ったわけではなくて、そのこれは……」


 明らかに狼狽するウェインを前に、アストールは更に追い討ちを掛けていた。


「だからです。私、本心からそんな事を言う人、初めてで嬉しかったんですよ。でも、貴方がそんなはっきりしない態度にとると、私としては、ちょっとがっかりですわ」


「え、ああ。いえ、そんな!」


 突然の突き放しに、ウェインは明らかに落胆してみせる。

 手に取るようにウェインの反応が予想通りで、アストールは更にその行動をエスカレートさせていく。


「いえいえ、別にいいんですのよ。このまま帰っていただいても。でも、こんな真夜中に乙女の部屋にきて、何もせずに帰られる男の方なんていますかね?」


 アストールの言葉に、ウェインは背中を向けたまま硬直していた。

 なにせ、夜更けで周囲の部屋には誰もいない上に、ここを巡回する兵士もいない。

 アストールを襲ったとしても、声が外に出ることもないのだ。

 彼女かれは更にその言動をエスカレートさせていく。


「私はてっきり、この後、キスでもして、そのまま夜這いでもなさるのかと思ってたんですけど……」


 その言葉を聞いた瞬間に、ウェインの思考は完全にショートしていた。


「よ、よよよ、夜這いに、キキキキ、キ、キス!?」


 明らかに先程とは違った動揺を見せる。

 完全に主導権は、ウェインからアストールへと移っていた。


「……じ、自分はその様なやましいこと、絶対にしません! じ、自分をそこらの男と一緒にしないでください!」


 ウェインはそう言うものの、相変わらず顔を真赤に染めていた。

 それこそ、彼が男であるということの証拠、内心では葛藤しているに違いない。


 当のアストールであれば、完全に夜這いをかけていただろう。

 だが、ウェインは違う。彼は絶対にそういう事をしない人間だ。だからこそ、アストールは安心して、彼をこのように誂うことができる。

 ウェインはアストールに背を向けたまま、部屋のドアへと直行する。


「あれ? どこへ行きますの?」


「きょ、今日は疲れたので! 自分はもう寝ます! エ、エスティナ殿も、ごゆっくりお体をお休めください!」


 声を裏返して、叫ぶように言うと、ウェインはすぐにドアを閉めていた。

 動揺するウェインを見たアストールは、笑みを浮かべていた。


「ありがとう、ウェイン。お前のおかげで元気出たよ」


 独り言がこだまする部屋の中、アストールはベッドの上へと移動する。そして、そのまま臭いも気にする余裕もなく、意識は急激に奪われていた。

 深い、深い、眠りへと……。


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