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運命の日を待とう 3



 猥雑な雰囲気の街中、すっかり元の自分のポジションを取り戻したエメリナは、情報の収集に奔走していた。

 行きつけだった酒場に入り、周囲の話に聞き耳を立ててみたり、時にはその輪に入って情報を聞き出したりと、その行動に余念はない。

 だが、彼女の求めるゴルバルナと黒魔術師との関係の情報は一切得られなかった。


(んー。何が悪いのかな)


 一人裏の通りを歩くエメリナは、考えながら歩いていた。


(情報が集まらないのも、まあ、仕方ないか。相手は黒魔術師だし……。何より……)


 今は港で起きた事件の事で、情報も話題も独占状態だ。

 突然現れた妖魔の群れに、ガリアール駐屯の騎士団が冷静に対処して事なきは得た。


 ガリアールという治安の比較的いい街に、しかも、何百年と外敵の侵入を拒み続けた強固な城壁を越えて、妖魔が現れた事が不可解なのだ。


 そのため、裏でも情報がかなり錯綜していた。

 黒魔術師が実験を行った。騎士団が面子回復のために黒魔術師を雇った。闘技会に運ぶ予定の妖魔が船から抜け出した。

 密輸業の輸送していた妖魔が、逃げ出した。などなど、挙げだしたらキリがない。


(でも、これで一気に黒魔術師の情報が集めやすくなった)


 今、この裏通りでは、一気に黒魔術師に対する情報が、急激に溢れ出していた。その中でも、妖魔を操る黒魔術の、妖操術を研究している魔術師の情報が多く出回っている。


「今回のアレ、アイレンスが実行犯じゃねえかっていう噂だ」


「まさか、アレはここでそんなことする器じゃない。トルーモルだって言う話も出てる」


 話題は尽きず、エメリナが耳にしただけで、妖操術者の名前はゆうに20は超えていた。

 いくらか有名な魔術師の名前も出てきたが、その全てが有力な情報とは言えない。


(この機に乗じて、なんとか、目的の情報を探さないといけないなあ……)


 そうは言っても、今のところ、何一つ有力な手がかりは得られていない。

 ゴルバルナと黒魔術師の関係というものも、意外に情報は出回っていない。


(流石は元宮廷魔術師長の男、そう簡単に尻尾は掴ませてくれないよね)


 エメリナは考えを巡らせながら、通りを進んでいく。


(あの宮廷魔術師は、確か、妖魔を呼び寄せて、尚且つ操っていた言ってたよね。だったら、今回のこの事件に、何かしら関わってるかもしれない)


 アストールに教えてもらった情報を思い出し、エメリナは改めて得られた少ない情報を照らし合わせていた。


(でも、ココにアイツは入ってきていないし、裏の情報筋でも行方は未だに判らない)


 このガリアールで得られた唯一の確実な情報、それはゴルバルナがガリアールに潜伏していないという事だけだった、


(にしても、行方さえ判らないって、一体どこのどいつが匿ってるんだろう?)


 情報が完璧に漏れないまでに管理することは、限りなく不可能に近い。

 ここガリアールでは、王都ヴァイレルの事から、世界各国の裏情報も集まる言わば、情報の巣窟である。手に入らない情報はないとも言われているほどだ。


 そこで情報が何一つ手に入らないとなると、裏で強大な力を持っている人物が関わっているとしか考えられない。


(ああ~。これ、なんか、ヤバイ事に足突っ込んじゃってんじゃないの……?)


 エメリナは今頃になって、自分の調べていることの危険性に気付いていた。

 一日もあればあれほどの有名人の情報は、普通ならば一つや二つ手に入ってもいい。だが、今回はゴルバルナの事になると、知らぬ存ぜぬの一点張り。

 ガセ情報の一つも出てこなかったのだ。


(もう少し、じっくりやる必要があるかな……)


 エメリナは表の通りから右に曲がり、建物と建物の間にある更に細い道へと脚を進める。


 そこで彼女は腰のナイフを抜き、柱の影に身を隠す。

 すぐに一人の男が早足で、路地に入ってきていた。

 エメリナを見失い、少し焦っていたのか、男はその場から駆け出す。


 そして、エメリナの隠れた柱の前を通り過ぎようとした。その時だ。


 エメリナは素早く足を男の足の間にいれ、絡ませる。

 男は薄暗い路地に派手にこけて、うつ伏せになっていた。

 素早く男の背中に乗り、エメリナは男の頭髪を掴んで引っ張り上げ、首にナイフを突きつけていた。


「朝からずっと追ってきてるの、気付いてないとでも思ってたのかしら?」


 エメリナは男の首に刃を突き立てようとする。


「ま、待て!」


「嫌よ。追手か何か知らないけど、見つかったらこうなるってこと、あなたも承知済みでしょ?」


 エメリナはそう言ってナイフで首をかき切ろうとする。だが、背後に気配を感じ取って、彼女は男を踏み台に、路地の奥へと飛び退いていた。


「ほお、堪のいい女だな」


 彼女の正面には剣を抜いた一人の男が立っていた。その後ろにも、同様に剣を抜いた男二人が立っている。


「あらあら、女の子相手に、この人数でかかってくるつもりかなぁ?」


 エメリナは苦笑して、前方の三人の男を睨みつける。

 床に倒れていた男も、すぐに立ち上がって腰から剣を抜いて、エメリナに相対していた。


「何も言わずに死んでもらう。ただ、それだけだ」


 先頭の男がエメリナを前に、無表情でそう告げる。


「なるほど、誰かに雇われた暗殺者さんね?」


 エメリナの問いかけに、男たちは沈黙を保っていた。


「それでもって、最初からあなたは、私の気を惹きつけるための囮、背後には気配からして三人ってとこかなあ? 私も相当な相手と見込まれてるのかしら?」


 今度のエメリナの言葉には、流石の男たちも反応を変えていた。

 何せ、エメリナを倒すための策を、全て見破られていたのだ。


「我々の一撃を避けた上に、背後の味方にも気付くとは、流石だ」


 驚嘆と歓喜から、先頭の男が不敵な笑みを浮かべる。


「私はお前を舐めていたようだ。だが、今ので分かった。俺たちは、お前を全力で倒す!」


 剣を振りかぶり先頭の男が皮切りに、エメリナに突貫する。

 それと同時に、エメリナの背後に来ていた男たちも迫っていた。


「ちょっと、やばいかもねぇ。これ」


 エメリナは腰からもう一本ナイフを取り出して、周囲の状況を読み取る。

 前の四人に後ろの三人、計七人を同時に相手にするのは流石に無理だ。

 だが、一つ彼女にとって利点があった。それは……。


「でも、こんな狭い路地じゃあ、大人数できても仕方ないでしょ!」


 エメリナは叫びつつ、正面の男に向かって駆けていく。

 男は待ってましたとばかりに、剣を振り下ろしていた。

 上段からの単調な切り込み、エメリナにとっては止まっているようにさえ見える。


 彼女は両手のナイフで剣を受けると、そのまま、剣鍔までナイフの刃を滑らせて、無理矢理に鍔競り合いに持っていく。

 男はむきになって、エメリナを押し倒そうとぐっと前に体重を掛けていた。


 だが、あっさりとエメリナは力を抜き、体勢を低くする。そのまま重心の移動を利用して、男を自分の後ろに投げ飛ばしていた。

 後ろに迫っていた男と、真正面から衝突し、長い剣の刃がお互いを傷つける。


「まずは二人!」


 後ろで混乱する四人を他所に、正面で待ち構える三人に向かって走り込む。

 エメリナの動きを見た男たちは、警戒して剣を構える。


「う、うおっらああ!」


 その内の一人が彼女に向かって、剣を振り上げていた。

 動揺しているせいか、懐がガラ空きとなっている。

 エメリナは更に足の動きを早めて、瞬時に男の懐に入っていた。

 容赦なく顎をナイフの柄で砕き、男を昏倒させる。その勢いに乗ったまま、彼女は前方の二人に標的を変えていた。


「やっぱり、突破はキツかったかな!」


 エメリナは左手のナイフをその場に落とすと、太腿から投擲用ナイフを取り出す。

 男は剣を構えて襲撃に備えるが、彼女は前をむいたまま、後ろに投げナイフを放っていた。不意を突こうと背後から忍び寄っていた男二人のうち、一人が絶叫を上げる。


「全く、甘いっての!」


 後ろを確認することなく、エメリナは再び足元のナイフを拾って駆け出す。

 これで残りは三人。


「この狭い路地なんだから、上から剣を振り下ろすんじゃなくて、突き出した方がいいんじゃないの?」


 エメリナの挑発ともとれる言葉に、男二人は完全に頭に血を昇らせる。

 二人のうち、一人が剣を前に突き出して、エメリナに向けて突進していた。

 彼女は不敵な笑みを浮かべると、右手のナイフを構えて突き出されてきた剣を軽く弾く。

 勢いの着いた男の剣は壁に突き刺さり、一瞬の隙をつくる。


「残りは二人!」


 エメリナは隙を見せた男の後頭部を、ナイフの柄で殴る。昏倒する男を放っておいて、正面の男へと迫りよっていた。

 完全に戦意を失っている男は、震える手で剣を振りこんできていた。


「ち、畜生! 完全に貧乏くじを引いちまったあ!」


 男はそう叫びながら、闇雲に剣を振るってくる。

 だが、この狭い路地では、振り回した剣が壁に当たり、けしていいことにはならない。


「でも、ちょっとやばいかな!」


 エメリナはその場で男の剣を見極めると、両手のナイフで上段からの斬込を受け止める。


「簡単に死ぬわけにはいかないよ!」


 剣を力強く押してくるのを感じて、エメリナは即座に身を後退させ、男のバランスを崩す。一瞬出来た隙を見逃さず、前のめりになる男の顔に膝蹴りを食らわせていた。

 カランと、乾いた音を立てて、剣が地面に落ちる。

 狭い路地にあっという間に六人の男が、床に這わされていた。

 最後の一人に、エメリナは向き直ると、両手のナイフを構えていた。


「さて、最後のお一人ね。このまま、戦う?」


 笑みを浮かべるエメリナを前に、男はそのまま背を向けて逃げそうとする。


「う、うひいい! やってられっかよおお!」


「あら、逃げるのは御法度よ!」


 左手のナイフをしまい、太腿より再び投擲ナイフを取り出す。そして、容赦なく男の背中に向かって投擲する。

 背中に刺さる一本の投擲ナイフ、男は短い悲鳴を上げて倒れ込んでいた。


「どこの誰だか知らないけど、もう二度と付きまとわないでね!」


 這い蹲って呻く男たちを前に、エメリナは警告していた。

 全員が軽傷または重傷の傷を負ってはいるが、止めはさしていない。

 瞬時に七人を相手に、これだけ優勢に戦ったエメリナ。その腕前も伊達にかつての名を轟かせてはいないという証。


「く、くそぉ……」


 一人の男がその場からゆっくりと立ち上がる。


「あらあ? まだやるのぉ?」


「ば、バカバカしい! こんなことやってられっか!」


 エメリナの問いかけに対して、男はその場から立ち去り始める。

 相手から完全に戦意が失われたのを見て、彼女は大きく嘆息していた。


「はぁ……。まさか、あの人が差し向けた暗殺者、じゃあないよね……」


 エメリナは男たちを背に、元いた路地へと戻っていく。

 新たな情報を求めて、危険を警戒しつつ、再び裏の街へと足を踏み入れていくのだった。


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