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運命の日を待とう 1



 暗い独房の中は湿気があり、とても過ごしやすい環境とは言えない。

 鉄格子が延々と立ち並ぶ地下に窓はなく、ロウソクと油の注がれた受皿に紐を垂らした簡素な灯火があるだけだ。


 灯りに照らされてネズミたちが動く影が見え、不衛生さを強調する。


 地下は囚人たちの糞尿と垢の臭いで蔓延し、まともに臭いをかげるものではない。

 牢獄に閉じ込められた囚人の中には、熱病に魘されているものもいるが、看守は見てみないふりをして放置されている。


 この最悪な牢獄は、ヴェルムンティア王国の中でも、最も刑罰の重い犯罪を犯した疑いのある容疑者が入れられる場所である。

 俗にインフェルノ・ガッピャ(地獄の檻)と呼ばれて、恐れられていた。


「だから、俺の言ったとおりになっただろう」


 そんな劣悪な環境にそぐわない格好をした三人が、檻の中で愚痴を漏らす。


「うっせーな。クリフ! まさか助けに入ったのにこんなことになるなんて、思いもしねーだろうが!」


 そう叫ぶ青年ことリュードは、褐色肌の体格のいい男クリフに背を向けていた。


「せめてもの救いが、三人まとめて同じ牢屋ってとこですかね」


 その場に不釣合な白装束の美青年、コレウスは溜息をついていた。


「救いなことがあるか! この劣悪な環境の地下牢、太陽の明かりも入らねえ薄暗いとこだ! 俺たちは西方同盟の間者と間違われて処刑されるってこと暗示されてるんだぞ」


 クリフは不機嫌そうに怒声を張り上げていた。

 彼が怒るのも無理はない。元からこのことを恐れて、ガリアールの港の戦いには参戦するなと、リュードに言い聞かせていたのだ。


 だが、彼は言い付けを守らずに、ヴェルムンティアの国土に足を踏み入れて剣を抜いた。

 それだけではなく、妖魔を倒したのだ。

 この事の何が悪いのか。


「俺にはさっぱりわからねえ! なんで捕まらなきゃいけねえんだよ!」


 リュードが再び不機嫌そうに答えていた。


「有らぬ疑いを掛けられるのは当然だろう。街の中で妖魔が暴れてたんだ。それこそ、ガリアール騎士の大失態。その面子を保つための犠牲ってのも必要になってくるだろう」


 クリフの言葉は彼ら三人を牢に投獄した真意をついていた。

 前代未聞の妖魔の大量発生。この様な大事件を前に、ガリアールの騎士のメンツは丸つぶれになっていた。


 世間一般からは税金泥棒と謗られ、王国政府からガリアール騎士は賄賂が横行していると罵られる始末だ。


 それに加えてガリアール港での妖魔の大量発生を防げなかったという事実。

 この失態はガリアール騎士の面子を丸潰しにしたのだ。

 そこで急遽取られた措置、それが間者を捕まえたという功績の捏ち上げだ。

 たまたまそこで戦っていた西方同盟の国籍を持った男三人がおり、ガリアール騎士はリュード達を即刻逮捕していたのだ。


「けど、俺たちが何かしたっていう証拠はないだろう!」


「わかってないな。リュード。証拠なんてものは後で揃えるもんなんだよ」


 クリフは両腕を頭に回して、薄暗い石の天井を見据える。

 捕まえてしまえば、証拠などどうにでも捏ち上げられるのだ。例えそれが嘘であったとしても、三人がそこに居たというだけで状況証拠となる。

 ましてや、商人ではなく身分が探検者である。最も国の情報を集めやすい身分であり、事実三人は王国の中を旅して回ってきている。


「無茶苦茶だぜ」


 リュードが大きくため息を吐く。


「今更何を言っても遅い。俺達の命は、もってあと数週間ってとこだな」


「ならば、いっそのこと僕の魔法で牢屋を吹き飛ばしますか?」


 諦めているクリフに、コレウスが笑みを浮かべて問う。


「馬鹿やろう。地下牢ってのは、入口がひとつだ。その意味を考えろ」


 地下牢で異変があれば、騎士や兵士達がすぐにでも集まってくるだろう。たちまち地下牢の入口には兵士と魔導師、騎士で封鎖されて脱獄は絶望的だ。

 冷静に言うクリフを前に、コレウスは苦笑する。


「それを分かって、ダメ元で言ってるんですよ」


「そんなことしたって、状況が好転するわけじゃない、今は大人しくしてるに限るんだ」


 クリフが大人な対応をしているのに対し、コレウスはただ苦笑する。

 彼が言うことが、一々全てが的を射ていて、二人は納得するしかなかった。


「そうですね。今は助けが来るのを神に祈るしかないんでしょうね」


「マジでここの騎士団は腐ってやがるんだな」


 リュードがそう毒づいて、天井を見つめる。

 大勢の人の反対を押し切っての旅の出立。これまで世界を旅してきて、色々なものを見てきた。


 西方の国々を回り、時には西方同盟に参加して戦場に出て、その悲惨さを目の当たりにした。それとは対照的に、ヴェルムンディア王国の統治領内は、意外にも治安が良く、落とされて十年は経つ国の中枢だった都市は、復興していて活気のある街になっていた。


 西方同盟の話では、女は陵辱され、男、子どもは奴隷にされ、老人は殺されると聞いていた。だが、その様な事実はなく、むしろ平和な世界が広がっていた。


 そんな世界の矛盾も目の当たりにしながらの、ヴェルムンティア王国入り。王国の各地を回り、ヴェルムンティアの善し悪しを体感してきたのだ。

 そして、その締めくくりが、この捏ち上げによる罪人扱いだ。


「たまったもんじゃねーよなー」


 リュードは過去を回想しながら、大きな溜息をついていた。


「ああー。ロルドア村のリアちゃん元気かな。踊り子のルノアちゃんは今も王国を回ってるのかなー。エリスちゃんに双子のメアちゃんとティエダちゃん、ああー、最後にみんなと一緒に遊びたかったなー」


 リュードはそう言って涙を流し出す。こんな所で捕まり、女の子といちゃつけないことへの悔しさから、本気で涙を流しているのだ。

 その姿を見たクリフは、半ば呆れて言っていた。


「ああー。ここまで、出てきた名前が、全部女の子なのが、やっぱお前らしいわ」


「全くもって。王国に入れたのも、西方同盟のギルアム統括のおかげで、その恩も忘れるとは……。まあ、リュードらしいですけど」


 苦笑するコレウスに対して、リュードはむっと睨みつける。


「確かに恩義は忘れてないさ! だけど、それ以上に可愛い女の子たちとの出会いが輝いて見えるんだよ! わかるか!? そのルックスの持ち腐れのコレウス君!」


「僕には故郷くにで待っている婚約者がいるんで、他の女の子とうつつ抜かすわけにはいかないんです」


 力説するリュードを前に、コレウスは呆れ眼で彼を見る。


「あ~あ~。もう、これだから真面目君はよお~。全くもって勿体無いねえー。女の子の方からよってくるのに、遊ばないとか、どういう神経してるんだ?」


「そうやって、どんどん、色んな女の子に鞍替えする神経の方がどうかしてると思うんですけどね」


 女性に対する考えには対極の関係にあるリュードとコレウスが、ムキになって言い合いを始める。それにクリフが大きく溜息をついていた。


「二人ともそこまでにしておけ。俺たちは捕まってるんだからな。そこだけは自覚しておくんだ!」


 的確な言葉にリュードは嘆息して、二人に背を向けて仰向けになる。コレウスも少しばかり反省して、小さな声で謝るのだった。


「にしても、この状況、どうしたもんか。自分達でどうこうできそうにないしな」


 クリフは考え込む。


 この状況を打開できる策は、必ずどこかにあるはずなのだ。

 だが、彼の頭には残念ながら、何も思いつかない。

 こうやって捕まった時点で、主導権はガリアールの騎士達にある。

 あとは処置が下されるのを待つだけ。


「やっぱり、詰んでるのか……。あとはやっぱり神頼みしかないか」


 クリフの虚しい言葉が、暗い地下牢インフェルノ・ガッピャにこだまするのだった。


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