ガリアール騎士の面子
「なあ、いいだろう? 一緒にご飯くらいたべてくれてもさあ」
リュードの声が耳にさわり、アストールは不機嫌な表情を浮かべたまま答えていた。
「だから、何度も言っているでしょう!嫌だって! 確かに助けてくれたのは感謝致しますけど、私はあなたに興味がありませんから!」
「でも、僕は君に興味がある!」
「近寄らないでくれる?」
完全にリュードを否定するアストールは、彼を睨み付けていた。
「それにこの状況で、よく私を食事に誘えますね?」
アストールとリュードがいるのは、妖魔たちの死体が転がる凄惨な港だ。
その遺体に混じって、街の住人も倒れているのが見える。
戦闘では多くの人が傷ついていて、アストールの見知った顔の騎士も何人かが犠牲になっていた。とはいえ、今は妹という身であるため、表立って悲しめない。
それと相まって、リュードの態度が余計にアストールを苛立たせていた。
「もう、終わっちまったことだしよ。くよくよしてても、どうにもなんねえだろ?」
リュードはこの凄惨たる現場を前にしながらも、平然と言ってのけていた。
彼からすれば、所詮は他国で起きた他人事であるのだろう。
辛辣な思いを胸に抱くアストールは、リュードに怒りをぶつけていた。
「あなたは! こんな状況を前にして、よくもそんなことを口に出来るもんですね! その無神経さ、本当に血がかよってるんですか?」
「それは、心外な発言だな……。俺の故郷じゃ、こんなこと普通にあることだ! 一々気にしてたら、もたないんだよ! 第一に俺達は探検者だ。人の生き死になんて、嫌なほど見てきてんだ! 森の中だろうと、街の中だろうと、結果は一緒だろう!」
リュードも自分の意見を、アストールに真っ向にぶつけていた。
探検者とは、世界を旅して故郷に多くの情報を持ち帰る職業である。だが、旅をする上で必要な資金は、現地で妖魔を討伐したりするなどして稼がなくてはならない。
妖魔を討伐しに行くときに、仲間が命を落とすことなど別段珍しいことではないのだ。
付け加えて、小さな村ともなると、妖魔が村を襲撃することなどザラだ。
そんな現実を見てきたリュードだからこそ言うのだ。
森だろうと、街だろうと、結果は一緒だ。と。
「だけど、ここは王国の主要な街! 妖魔が内側から現れること自体がない安全な場所だ! これを引き起こしたやつが、必ずどこかに居るんだよ!」
アストールは半ば男口調になっていることにも気づかずに、リュードに叫んでいた。
「ああ? だが、妖魔に襲われた事実ってのは曲げようがねーだろ?」
「私が言いたいのは、そういうことじゃない! これが自然に起きたことじゃなく、誰かが意図的に起こしたことだって言いたいんだよ!」
リュードはそこでようやく自分の間違えに気づいた。
辺境の村では、妖魔の襲撃が珍しいことではなく、ある種の天災のとして半ば諦め半分で受け入れられている。だが、今回はその質が違う。
今回は何者かが意図的に、妖魔港に召喚したのだ。
天災で命が失われたのと違い、意図的な殺人が行われたのだ。
「あ、いやー。すまない……」
自分の発言がどれだけ軽はずみなものだったのか、改めて理解したリュードはバツが悪そうに顔を背ける。
それに対して、アストールは呆れ顔で溜息をついていた。
「分かったなら、いい。暫く、そうやって反省してればいいわ」
アストールはそう言うと、彼に背を向けていた。
港では未だに多くの亡骸が残っていて、近衛や王立の駐屯騎士や、ガリアール騎士団員、兵士達が港のき“片付け”を行なっていた。
周囲は関係者以外の立ち入りが禁止されていて、ガリアールの港の貿易業務も完全に停止している。
「あ、アストール。こっちこっち!」
そんな中、元気よく彼女の名前を、メアリーが手振りながら呼んでいた。
「相変わらず元気だな……。お前……」
「落ち込んでも仕方ないでしょ」
メアリーは笑みを浮かべるものの、それがいつもの無邪気なものでないのがすぐにわかる。どことなく引きつっていて、目は微妙に潤んでいる。
アストールにも空元気であることがすぐにわかった。
「まあ、いいや。メアリー、それで皆はどうしてる?」
「ええと、ジュナルはなんかイケメン魔術師と話し込んでて、コズバーンも珍しくあの褐色武人と話し込んでる。レニは今も治療に専念中。で、今、手が空いているのが、私とアストールだけ」
メアリーが仲間内の状況を簡単に説明する。
周囲を見回せば、彼女の言ったとおり、ジュナルとコズバーンがリュードの仲間と話し込んでいるのが見えた。
「珍しいこともあるんだな。あの二人が俺たち……じゃなくて私達以外と話し込むなんて」
コズバーンは根っからの無口、というわけではないが、仲間内以外の人と喋っているのを見たことがない。ジュナルに至っては魔術師と言うこともあってか、人から話しかけられることもない。
もっとも彼は魔術師にしては珍しく、とても社交的な人間であり、知らない人とも平気で話をしたりする。ただ、話しかけてこなかったり、魔術師とみて煙たがられることが多いので、好んで自分から話しかけないだけなのだ。
そんな二人を見て、メアリーも物珍しそうに二人を見たあと、アストールに向き直る。
「だねー。ジュナルもコズも同職の人がいて、たまたま気があったんでしょ」
「かもなー」
アストールは何やら盛り上がっている四人を遠目で見つめる。
「あ、そういえば、ウェインさんがアストールに言付けがあるってさ」
「え? ウェインから?」
「うん。エンツォ騎士団長が呼んでるらしいけど、彼には充分注意しろ。だって」
メアリーが苦笑すると、アストールは心配そうな顔をしたウェインを思い浮かべる。
エンツォと会話を終えたあと、ウェインは彼女を相当に気遣っていた。
「んー。ま、エンツォがやりたいだけの男ってのは承知してるし、別にいつも通りに適当にあしらっておけば、問題ないだろ」
アストールがそう言うと、メアリーが自然な笑みを浮かべる。
「アストールも誘いを断るのが上手くなったからね」
「え、あ、そりゃあ、この女の体になってから、どれだけの男に誘われたか。思い出すだけできりがないからな」
苦笑するアストールは、今まで誘ってきた男達の顔を思い浮かべる。
ヴァイレル城では多くの兵士や騎士が、彼女に食事を誘ってきた。このガリアールでは多くの男たちにナンパされた。
うんざりするほど男たちに声を掛けられれば、嫌でも断るのは上手くなるものだ。
嫌な技術を身に付けていたことに気づいて、アストールは溜息をついていた。
「にしても、この港の妖魔騒ぎ、やっぱりゴルバが絡んでるのかな?」
「絡んでないとは言い切れねーな。あの妖魔、ジュナルが言うには、ゴルバの使ってた紅い魔晶石を使って召喚したって言ってたからな」
アストールは港での妖魔討伐を終えると、ジュナルに事情を聞いていた。
エストルに出会って、ゴルバルナがかつて地下で使用した魔晶石と同様の物を使用したのを目撃している。また、他の目撃者も魔晶石を使用したと、証言をしていた。
「あいつとゴルバルナが絡んでるってのは、あんまり考えにくいけど、でも、ありえねー話じゃないよな」
エストルはアストールを騎士代行から無理矢理に引きずり下ろすために、手段を選ばなかった男だ。何かを企み、それを強行するのに、ゴルバルナを利用したとするならば、合点はいく。
「でも、エストルって、ゴルバを取り逃がして、悔しがってたんでしょ?」
「まあなー。でも、ゴルバの魔晶石を使ってたのは、事実だからな」
アストールは暫く悩みこんでいた。
かつてのエストルは、ゴルバルナを共に追い詰めたライバルでもあり、気の合わない戦友でもあった。それがゴルバルナと手を組んでいるとなると、どうにも腑に落ちない。
「何か、裏がありそうだな」
考え込んではみるものの、状況証拠だけでは何も推測はできない。ただ、考えられる可能性としては、何かしらエストルとゴルバルナが関係していることくらいだ。
「あー、面倒な事になってきやがったなー」
アストールは大きく溜息をついていた。
巷を騒がせているゴルバルナに加えて、元騎士団長のエストルが何かしら関係しているとなると、ただでは済まないだろう。
何せ、二人とも王城ヴァイレルで、かなりの重役にあったのだ。
王国の魔術を司る宮廷魔術師に、国王の身辺を警護し、王城の安全を預かる任務を与えられた第一近衛騎士団長。二人がもし結託していたとなると、ヴァイレル城内にはまだ、二人以外にも誰かしら、この事件に関わっている者がいるかもしれない。
「憶測だけで行動はできないが、でも、ある程度仮説は立てとかないとな」
アストールはそう言って腕を組んで考え込んでいた。
ゴルバルナが黒魔術に魅せられたただの黒魔術師と言い切るには、余りにも短絡的すぎる。あの男は少女などの、生きた人間を生贄にする魔導装置で、何かを作る実験をしていたのだ。
あの時、あの男は我が研究の成果をみせようといって、あの魔晶石を投げた。
「となると、あいつはあの強力な魔晶石を、人から精製してったってことなのか……」
アストールはそれを考えた途端に、全身に鳥肌が立った。
強力な妖魔を召喚する魔晶石の材料が、人から出来たものだとしたら……。
今もこの世界のどこかで、ゴルバルナは人を殺めて、魔晶石を作り続けているかもしれない。
「いや、まあ、まだ、仮説だ。確定したわけじゃない」
アストールは次に考えを切り替えていた。
「アストール! さっきから、一人で何考えこんでんの?」
メアリーの声でふと我に返り、アストールは苦笑する。
「ああ、すまない。ゴルバの野郎のこと考え込んでてな」
「あんまり一人で考え込み過ぎないようにね」
「ああ。そうだな」
メアリーの言葉にアストールは再び苦笑していた。
つい最近、一人で抱え込みすぎるなと言われたばかりなのに、誰と話をするわけでもなく考え込んでいたのだ。
「エスティナ殿? でよいですかな?」
突然後ろからかかる声に、アストールは振り向いていた。
一人の中年の騎士が甲冑に身を包んで佇んでいた。彼の甲冑も地に塗れていて、先の妖魔討伐に加わっていたのがわかる。
「え、あ、はい」
彼がアストールを騎士であるかに疑問を持ったのは当然だった。
彼女は深紅の私服に身を包んでいて、一目見ただけでは騎士には見えない。
唯一、騎士と思われるのは、その手に持っている高価そうな両刃剣くらいだ。
アストールは自分が呼び止められる由縁がないことに気付き、怪訝な表情を浮かべて彼を見つめていた。
「大変、申し訳ないのですが、少しばかりあなたの御身を預からせて頂きたいのです」
「え? どういうこと?」
中年の騎士の言葉に、アストールは目を白黒させていた。
「その、あなたには間者の疑いが掛けられておりまして……。申し訳ないのですが、ご同行願えますか?」
「え? ああ? はぁ!?」
中年の騎士の言っていることが分からず、声を上げていた。間者の疑いなどかけられる筋合いなど、何一つないのだ。
「ど、どういうことか、説明してくれる?」
「その、向こうにおられるリュードという青年らが間者の疑いがありまして、彼らと関わっていた貴方にもその疑いがかけられたのです」
「え? いや、ないない」
中年の騎士の前で、アストールは片手を左右に振って真顔で答えていた。
「私はあの人と今日出会ったばかりだし、あれはただのストーカーだし、むしろ、私は被害者なわけで」
「我々としても捕まえたくはありませんし、これまでの行いを見て、貴方が間者だとは微塵も思いません。ただ、形式的なものですから、とりあえず、我々と共にガリアール城まできて頂ければいいだけなんです」
中年の騎士の言い分に、今ひとつ納得できないアストールは、それでも従うしかなかった。ここで下手な対応を取れば、逆に間者として疑われかねない。
「わかりました。仕方ありませんね」
首を左右に振ってみせるアストールは、軽くため息をついていた。
ふと、リュード達に目をやると、彼らは大勢の騎士に取り囲まれて、拘束されそうになっている。
「アストール? 大丈夫なの?」
メアリーが横で心配そうに声をかけると、彼女は苦笑して答えていた。
「まあ、大丈夫だろ。すぐに疑いも晴れるさ」
いがみ合うリュード達を尻目に、アストールは中年の騎士と共に歩み出していた。
岬の先に立つ城、ガリアール城へと……。