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見え隠れする黒い影 1


 活気あふれるガリアールの街の中、少し路地を入って外れれば、そこには猥雑な世界が広がっている。そこを通る人々の目つきも、表の人々と違っていて、鋭くギラついていた。

 浮浪者なのか、ボロボロの服に身を包んだ男が、建物の柱に寄りかかって座っている。

 帽子を目深に被った男や、顔全体を布で覆い隠し、目だけを出した女、フード付きの外套を羽織る者や、はたまた、怪しげな大道芸人などなど、歩いている人も様々。


 一つ言えるのは、ここにいる人々が、普通でないということだ。


(うわ~。この空気久しぶりに吸うと、刺激的~)


 などと妙なテンションのエメリナは、表情にそれを露わにしていた。

 笑顔が張り付き、独り言をブツブツと呟く。

 普通でない人間からしても、怪しげな人間に見えてしまう。

 だが、エメリナはそんなことを、全く気にしなかった。


(さてさて。どこから、あたろうか。そう言えば、聞いてた情報を整理しなくちゃ)


 エメリナはすぐさまアストールの言葉を思い出す。

 魔術師ゴルバルナは依然、行方不明である。また、ゴルバルナと黒魔術師が何らかの形で関与していることや、魔導兵器の研究をしている黒魔術師を探し出すこと。

 それとは別に、元第一近衛騎士団長エストルが、最近行方不明となってここで何かしら活動していることが明らかになっていること。

 調べることは沢山あるのだが、こちらが交換のために出せる情報はとても少ない。

 だからと言って、情報を集める金もない。


(あ~あ。どうしたものかな~。とりあえず、一番重要そうなのは、黒魔術師関係の情報だよねー)


 一人考えあぐねているエメリナは、ふと目の前にある看板を見て立ち止まる。

 看板には簡易な文字でこう書かれていた。


『レオーネ・ディシュデンテ(獅子の末裔)』


 そこは昔、エメリナの行き付けの酒場の一つだった。

 情報屋や同業の盗賊や怪盗、暗殺者などが集まって情報を交換し合う場所である。

 ただし、一見さんお断りの店であり、最初に入るならそこを行きつけにしている人と共に入るのが身の安全のためだ。


(う、う~ん。2年は行ってないからねー。どうしよう。大丈夫かな……)


 一人店の前で悩むエメリナは、大きくため息をついていた。


「こうなれば、入って見てからの運試し!」


 笑みを浮かべたエメリナは、酒場に足を踏み入れようとする。その時だった。


「あれ? エメリナ?」


 後ろから呼び止められて。女性の声に彼女は足を止める。

 ゆっくりと振り向くと、そこには彼女の顔馴染みの女性、否少女が立っていた。

 小道具を作ることが得意で、どこで習得したのか分からない特殊な体術を武器としている。ナイフと短刀の二刀流の剣術を体得し、今や裏の世界でも一流の仲間入りを果たしている。


 そんな少女とエメリナはかつて、コンビを組んでガリアールの裏社会を騒がしていた。

 懐かしい顔ぶれを見たエメリナは、思わず彼女の名前を叫んでいた。


「あれ、マリーナじゃん! 久しぶり!」


 表情を明るくしたエメリナとは相対的に、マリーナは顔を背けて眉根を潜める。

 また、めんどくさいのに会ってしまったと言わんばかりに。


「久しいね。てっきり王都でくたばってるかと思ったけど、生きてたの?」

「う、ひっどーい。久しぶりに会ったのに……。相変わらず毒舌」


 そう言うエメリナの表情は、なぜか楽しそうであり、マリーナは溜息をついていた。


(あー、なんで声かけたんだろ……)


 マリーナのそんな内心を露知らず、エメリナは続けて話しかけていた。


「ちょうどよかった。長い間来てないから、ここ入れないかもしれないの。あなたもここ行きつけなんでしょ? だったら、一緒に入ってよ~。お願い」


 年上のお姉さんたるエメリナが、年下のマリーナに頭を下げて両手を顔の前で合わせる。

 マリーナは再び溜息をついて答えていた。


「わかったよ。仕方ないな」


 返事を聞いたエメリナは、その場で飛び上がって喜んでみせる。


「ありがとう! 流石は私の妹、もう、可愛いからちゅっちゅしてあげる!」


 などとハイテンションなエメリナは、マリーナに抱きつこうとする。マリーナは冷静に腰からナイフを素早く抜いて、エメリナの首に素早く突きつける。


「やめてくれる? 一応、仕事場なんだから。それに妹じゃないわ」


 言葉こそ温厚だが、マリーナの目付きは明らかに殺気を放っていた。


「もう、ジョークだよ。ジョーク! 短気なとこも変わらないね」


 そう言って笑みを浮かべたエメリナは、すぐにマリーナから離れる。


「はぁ、もう。勘弁して」

「ごめんごめん」


 などというやりとりをしながら、二人は酒場の中へと足を踏み入れていた。

 酒場に座る男や女、その大勢がどこらどう見ても、一般人のように見える。服装は街に出ても、何ら違和感なく過ごせるものが多い。

 だが、その誰もが、堅気の目をしていない。どす黒く濁った瞳が、ぎらついているのだ。


(相変わらず、おっかないのばっかりだなぁ)


 エメリナはそれを見て苦笑するが、横のマリーナを見て、彼女もそれと変わらないのがすぐに分かって自嘲する。


(こんなとこに来てる時点で、私も一緒か)


 などと一人自問自答するエメリナは、マリーナと共に酒場の中央にある丸テーブルに座っていた。


「さて、と。マリーナ。何飲む?」


「とりあえず、水だけでいい」


「えー。せっかく二人が揃ったのに、祝杯でもあげようよー」


 エメリナの態度を見て、マリーナは呆れかえる。


(2年経っても変わってない)


 はしゃぐエメリナを前に溜息を吐くマリーナ。こんなふざけたエメリナも、かつてはこのガリアールで名を馳せていた一流の盗賊だった。

 そして、彼女の護衛を担当していたのがマリーナだった。


 仕事こそ真面目にこなすが、どこかおっちょこちょいで、何かと見つかることがあった。その度に、追撃してきた敵から、マリーナはエメリナを何度となく守ってきた。

 盗賊コンビとして名が通って注目されるようになってからは、ガリアールの騎士や密偵に狙われることもしばしばあった。

 だが、マリーナによって、それも全て阻止され、いつしかガリアールの最強コンビとして名がしれわたるようになったのだ。

 そのおかげか、今ではマリーナも依頼者の護衛というのが、主な仕事内容になっている。


「まだお昼。お前は飲兵衛か」

「うう、いいじゃん。別に」


 エメリナがうるっとした目でマリーナを見る。


「……はいはい。じゃあ、適当に何か頼めば」


 マリーナは諦めたのか、はたまた、面倒になったのか、投げやりな返事をしていた。

 エメリナが店員を呼びつけている間に、周囲の視線が二人に集中しだす。当初こそ余所者を見る目で睨むように二人を見ていた。

 だが、この場に不釣合な笑顔の女性こと、エメリナを見た周囲の男がはっとなる。


「お、おい。あれ。マリーナとエメリナじゃないか?」

「本当だ。ドゥ・ラドロ(二人の盗賊)の復活か……」


 などという言葉が、周囲のテーブルから聞こえてきていた。

 尤も、そんな噂を立てられると、二人とも困る。

 何せ、二人ともそれぞれが違う道を歩み出しているのだ。

 マリーナは自分の力を活かし、用心棒という仕事を手につけている。また、エメリナは諸事情と命を助けてもらったことから、騎士代行とはいえ従者の身分になっている。

 そんな根も葉もない噂を立てられると、動きにくくなるだろう。


「何か、勝手に話が広まりそうだ」


 眉根を顰めるマリーナは眉根を押さえて呟いていた。一方のエメリナは気にした様子もなく、楽しそうにお酒がテーブルに来るのを待っていた。


「大丈夫でしょ。流れたところで、根も葉もない噂だし。関係ない」


 エメリナが真顔で返すと、マリーナも納得して答える。


「そだね。それよりもさあ」

「なあに?」

「この前まであなた指名手配されてたじゃん」


 マリーナが唐突に話題を切り出してきたことに、エメリナはぎくりとなる。


「あ、え、うん。それがどうかした?」

「どうやって、あの手配を解除したのよ?」


 マリーナの疑問をぶつけられて、エメリナは暫し黙り込んでいた。

 ここで馬鹿正直に「姫様のお転婆を秘密にする代わりに、指名手配を解除させた」とは言えるわけがないのだ。


「あ、そうね。色々あったんだけど、端的に言うと騎士様に助けてもらったの」


 何も嘘は言っていない。アストールがエメリナを助けたのは事実である。


「ふーん。騎士様がねえー」


 疑いの視線を送るマリーナに対して、エメリナは眉根をひそめる。


「あー。信じてないでしょ」

「当たり前でしょ、あんたは盗賊よ。なのに、なんで騎士に助けて貰えるのよ? 第一に、そんな凄い権限を持った騎士と知り合えるわけ無いでしょ」


 指名手配を解除するのには、かなり上位の人間でなければならないのだ。マリーナが疑うのも無理はなかった。


「もう、だから、色々あったって言ってるでしょ。私を助けてくれたのは、王城付きの近衛騎士様よ」


 それを聞いたマリーナはようやく納得して、頷いてみせる。

 近衛騎士で、それも首都の王城付ともなると、解除もさほど難しくはないだろう。

 マリーナは意味深な笑みを浮かべて、エメリナを見つめる。


「じゃあ、エメリナは今、その騎士様にぞっこんなわけ?」

「んー。ないない。だって、その騎士様、女だもん」


 あっさりと即答するエメリナに、マリーナは怪訝な表情を浮かべる。


「え? 女?」

「うん。そだよー」

「それって、もしかして……」


 マリーナの言葉に、エメリナは小声で彼女の耳元で呟くように言う。


「うん。噂の女騎士様、エスティナよ」


 驚嘆して思わず声をあげそうになり、マリーナはギリギリの所でそれを自制する。


「ちょっと、どういう風の吹き回し?」

「色々あったんだよ。私にもなんて言っていいものかわからない。まあ、色々あってね。今は協力する立場にあるんだよ」

「じゃあ、その騎士様と行動を共にしてるの?」

「うん。従者としてね」


 小声で交わす言葉の中、マリーナは再び驚嘆して叫ぶのをどうにかこらえる。

 そして、大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせていた。

 かつては盗賊をしていたエメリナが、今や真逆の立場の騎士の従者なのだ。

 驚かない方がおかしいだろう。


 何より、マリーナはその女騎士と、一度は戦っているのだ。リアムと呼ばれる貴族の家に侵入して、ギガントスの起動時に、時間を稼ぐために手合わせする羽目になったのだ。

 次に合えば、捕まえられそうになってもおかしくはない。

 そして、エメリナはその騎士様たるアストールの従者をしているのだ。

 かつては仲間同士だった二人が、今や敵対関係にあるのだ。


 マリーナは暫く言葉を発することができなかった。だが、深呼吸して気持ちを落ち着けると、ようやくエメリナに本題を切り出していた。


「まあ、いいわ。それよりも、ここに来たってことは、何か情報を探してるんじゃない?」


 マリーナが早速意地悪い笑みを浮かべ、エメリナを問い詰める。

 それに彼女は、満面の笑みを浮かべていた。


「さすが! いい勘してる」

「いや、普通に考えればわかると思うけど」

「あ、それもそうか」


 冷静な突っ込みを前に、エメリナは素に戻る。


「で、どんな情報探してんの?」

「黒魔術師についてかな」


 そう言われた瞬間に、マリーナは表情を歪めていた。

 黒魔術師と一括りにしてはいるが、その世界は広い。

 ガリアールには多くの黒魔術師が潜んでいて、大抵の場合は、古代魔法帝国時代の禁忌魔術を研究している者をさす。


 だが、黒魔術とは一概に、帝国時代の禁忌魔術のみを指しているわけではない。

 帝国の禁忌魔術から発展した妖魔を操る魔術や、全く違う系統の全能神アルキウスなどの神聖魔法から発展した医術系黒魔術、はたまた、悪魔契約によってなされる黒魔術など、様々なものがある。

 そして、ガリアールにはそれらの魔術を研究する黒魔術師が、世界より集まってきているのだ。もちろん、この事を領主が知らないわけではない。


 ガリアールは「光と影交わらず」という慣わしの下、相互不干渉でやってきた。だからこそ、黒魔術師を放任している。黒魔術師達もけして表だって活動しない。

 互いに棲み分けをしているからこそ、上手くやっていけるのだ。


「黒魔術師かぁ……。私、大した情報持ってないよ」


 マリーナはケニーという黒魔術師の用心棒をしている。それ故に安易に情報を出すわけにもいかなかった。

 依頼者クライアントから仕事を受けている時は、客の情報を絶対に喋らないのがこの裏社会のルールだ。たとえ、エメリナが親友であったとしても、喋れないのだ。

 もしも、自分が出した情報で依頼者が危険な目に遭えば、それこそ信用に関わる。


「そっかー。残念。他をあたろうかな」


 エメリナは残念そうに苦笑する。マリーナはそれに心を、少しだけ痛めていた。


(本当はもってないこともないんだけどねー)


 話すわけにはいかない。


「うん。まあ、そうしなよ。でも、その前に、祝杯をあげないとね」


 マリーナがそう言うと、エメリナの後ろにウェイターがやってきていた。

 手にはガリアールの特産品である葡萄酒の入ったグラスを持っており、二人に優しくほほえみかけていた。


「お待ちどう様。ご注文頂いたものです」


 二人の前にグラスが置かれ、ウェイターは一礼してその場から立ち去っていく。


「旧知の友の再会に、乾杯!」


 二人はグラスを手に、祝杯をあげる。

 エメリナは祝杯をあげつつも、アストールに頼まれた情報を手に入れるため、この裏社会に暗躍し出すのだった。


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