新たなる任務 5
アストールは洋服店より出ると、すぐにメアリー達の後を追っていた。
広い街の通りとは裏腹に、二人を見つけるのは存外に容易だった。
メアリーが少女ではなく、少年、レニの手を引いて露店の前にいたのだ。
手を引かれて歩くレニは、丈の短いスカートを片手で押さえて顔を真っ赤に染めている。
(おいおい。なんて言うか……)
アストールは恥ずかしそうにするレニを見て、奇妙な気分になる。
男として見ると、威厳も何もあったものではない。だが、それを純粋に少女だと思ったら、逆に愛らしいとも感じられる。
(可愛い……。って何を思ってるんだ! 俺は!)
などと、一人頭を振って、気分一新で二人に近寄っていく。
「んー。これ、少し高くない?」
「そうは言われましても、西方の民芸品ですから、この位の御代は頂かないと……」
不満そうにメアリーが露店に並ぶ、アクセサリーを指さす。
「でも、ただの髪飾りでしょ!? なのに、3500ガレットって、そんなに出せるわけないでしょ!」
真紅の小さなガラス玉が二つ付いた髪飾り。見た目を彩るには、なかなか良さそうなのだが高価すぎる。
「しかしですな。これは西方のガラス細工職人でも中々だせる色合いのものではないのです」
露店の主は必死になってメアリーを説得しようとする。
「もう、少し安くならないの? 半額とか?」
「は、半額!? 滅相もない。そんな値段で売ると、うちは大赤字ですよ!」
露店商は目を丸くしてメアリーを見つめる。だが、彼女もまた真っ直ぐと彼を見つめていた。どちらも引かない静かなる攻防が始まる。
かとおもいきや、メアリーはそこでにっこりと笑う。
「じゃあ、どのくらいならまけてくれる?」
メアリーが急に笑みを浮かべたことに、露店商はまたしても呆気に取られる。
「あ、え、いや。なら、このくらいで」
そう言って指を二本立てていた。
「二割引き?」
「ええ、これが私の限界ですよ」
そうは言うものの、メアリーもここで引き下がるわけにはいかなかった。
大抵こういう露店商の品々は、元値より相当高い値段で売っている。何も知らずに、値切らずに買うのは、何も知らないどこぞの金持ちの箱入り息子、娘である。
「えー。それだけ? もう少し、まけてよ」
今度は甘えるように、メアリーは擦り寄っていく。
商人の片手に両手を添えると、上目遣いで甘えるような仕草を見せる。
「あなたのお店だから、ここに来たの。品揃えだって他の店にはない珍しいものばかりじゃない」
メアリーの言葉に対して、商人は胸を張って答えいた。
「そ、それは当たり前だ! なんと言っても、危険を犯して世界を渡り歩いて集めた物ばかり! 伊達にそこらの露店商と一緒にされちゃ困る!」
「だったら、これでお願いできない?」
メアリーはそう言うと。指を三本立てて商人の顔を見る。
「さ、三割引か……」
商人は顔をひきつらせていた。おそらくは、利益が出るかでないかの、ギリギリの値引きなのだろう。悩む商人を前に、メアリーはワザとらしく空を向いて呟くように言う。
「三割引でなら、買うのになー」
メアリーのその言葉を聞いた商人は溜息をついて、答えていた。
「わかった。三割まける。買ってくれ」
「やったー。ありがとう。商人さん」
メアリーはそう言って商人にお金を払い、さっさと目的の品を受け取る。
そこでようやくアストールの存在に気付いたのか、後ろを振り向いたメアリーはおどいていた。
「あら! アストール!」
「今まで気付いてなかったのか?」
「え、うん。全然。それより、これ見てよ!」
そう言ってメアリーは髪飾りを誇らしげに、手に掲げてアストールに見せつける。
「安く買い上げたの!」
一部始終を見ていたアストールは、呆れた顔をして答える。
「全部見てた。それより、それどうするの?」
アストールの問いかけに対して、メアリーは笑みを浮かべた後レニを見つめる。
「決まってるじゃない! こうするの!」
おもむろにレニを引き寄せて、髪飾りを彼の綺麗な髪の毛に、手慣れたように取り付ける。そうして、レニの乙女度が格段と上がっていく。
「やっぱり! 可愛い! よく似合ってる!」
もはや、諦めているのか、レニは死んだ目で答えていた。
「そ、そうですか。ははは」
そんなレニに同情しつつも、アストールも思うのだ。
(すまんが、びっくりするほど似合ってる)
フォローの言葉が見つからず、だからと言って似合っているとも言えない。
アストールのジレンマを知ってか知らずか、レニは大きくため息をついていた。
不服この上ない扱いに憤慨していても、レニはメアリーに逆らえなかった。
あの怒涛のごとき破天荒さに、レニも巻き込まれていて、どうにも口が出しにくいのだ。何より、一度、ドレスを着せられて以来、レニは完全に男として自信を喪失していた。
「あ、それよりもさ。エメリナは?」
意気消沈のレニを他所に、メアリーはアストールに聞いいていた。
「エメリナには私達の着替えを持って行ってもらった、暫くは別行動」
「え? なんで?」
メアリーが意外そうに聞くと、アストールはなぜかバツが悪そうに答えていた。
「色々あるんだよ」
アストールの意味深な言葉に、メアリーは今一つ納得できないらしく、不満そうに彼女を見る。
「さ、行こう! さっさとエストルを見つけて、本来の任務に戻ろう」
アストールはそう言うなり、その場から歩みだす。仕方なくメアリーもレニの手を引っ張り後に続く。
三人が歩みだすと、周囲の視線がなぜか三人に集まっていた。それもそのはず、美少女が三人、街中を歩いているのだ。ガリアールの男たちが、目の前を進む鴨を見逃すわけもない。
「そこの御嬢さん方、この街は初めてかい?」
さっそく男がアストールに声をかけてくる。男であるから、その後の目的が見え透いていて、彼女は内心気分を害していた。それでも、アストールは笑顔で答えていた。
「ええ。そうですけど?」
戸惑いながらも答えるアストールの姿を見た男は、満面の笑みを浮かべる。
「そうかい、それは困ってるんじゃないかな? よければ、僕が案内するよ?」
「お気持ちはありがたいんですけど、私達、人を探していまして、残念なことに時間がないんです」
「そうかい。だったら、なおさら、案内役が必要じゃないかな?」
「いえ、結構です」
満面の笑みでアストールは男を一蹴する。
「そうかいそれじゃあ、仕方ない。また、何かあったら、声をかけてくれても大丈夫だよ。僕はそこの酒場にいるからさ」
男はそう言うなり、あっさりと三人の前から立ち去っていく。
存外にすぐに開放されたことに、アストールは安堵の溜息をついていた。
(エンツォみたく、しつこかったら、手が出るところだったぜ)
アストールとしても、今自分が女性であることを忘れているわけではない。
喧嘩になれば、確実に負けるのは目に見えている。
だが、それ以上に男に声をかけられて時間を失うのが、惜しくて仕方がないのだ。ここで無駄な時間を過ごしているうちに、エストルはこのガリアールから出ているかもしれない。早く情報を集めるにこしたことはないのだ。
アストールが決意新たに歩きはじめると、今度は別の男が三人に声をかけてくる。先ほどと同じように、道案内を申し出てきて、どうにか一緒にいようとする戦法だ。
だが、アストールは軽くその誘いも断っていく。
歩くと男が近寄ってきて、遊びの誘いをして、その都度アストールが断っていく。
(まったく、これだから私服は嫌なんだ!)
アストールは内心毒づきながら、ガリアールの街を再び歩きだしていた。
過去に一度だけ、メアリーの私服を着て街中を歩いたことがあった。その時も今日と同じく、多くの男にナンパされたものだ。それゆえ、アストールは極力男を寄せ付けないために、騎士の正装を好んで着用していた。
「にしても、すごいねー。アストール。歩くたびに男に声かけられるなんて、そんな経験したことないよ」
そんなことも露知らず、メアリーが半ば感心して声をかけてくる。
「いやいや、全然嬉しくないし」
「えー。でも、私はそんなにモテたことないから、羨ましいなー」
棒読みで如何にも気持ちが篭ってないメアリーの言葉に、アストールは溜息をついていた。
「勘弁してよね。男なんて、皆やることしか考えてない獣ばっかりよ」
アストールの言葉に、レニが素早く反応する。
「え? 僕もですか?」
泣き出しそうな顔になるレニを前に、アストールは彼が男であったことを思い出す。
「あ、そういえば、レニは男だったね」
苦笑するアストールを前に、レニは小さく呟いた。
「ひ、酷い……です」
今にも泣きだしそうになるレニに、アストールは素早く片手をとって彼と視線を合わせていた。
「レニ。恰好こそ、女だけど、ここだけは男なんだ。泣いたりせずに、しっかりやっていこう!」
自分が女の身になっているからこそ、レニの気持ちは多少なりとも共感できる。だからこそ、言うのだ。心は強く持てと。そんな元気づけられる言葉に、レニも多少表情を輝かせる。
「はい!」
そんな、微妙に希望溢れる顔は、それでも少女に見えて仕方がない。
アストールは敢えて、そのことを口にせずに再び歩み出すのだった。
こうして三人は、女性の天敵まみれのガリアールへと踏み出していた。
エストルを捕まえるために……。