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新たなる任務 4


(うう。これで、何回目なんだ……)


 ガックリと肩を落としたアストールは、鏡の前の美しい女性を見据える。


(なんで、なんで、何着ても、こんなにイイ女になるんだよ?)


 どんなに組み合わせが悪くとも、素体がよければなんでもオシャレに見えてしまう。それはアストールも例外ではなかった。

 エメリナがおふざけで選んだ服を着せられても、なぜかそれが似合ってしまったり、真剣に選んだ服は当然のごとく、彼女かれを綺麗に着飾っていた。

 だからこそ、エメリナとメアリーは声を揃えてこう言っていた。


「何でも似合いすぎて、逆に困っちゃうね」


 褒めているのか、けなしているのか判らない言葉に、アストールは暫し無言のまま立ち尽くしていた。そうして、結局着せられた服が、次の様なものだった。

 赤を基調とした服であり、少し長めのスカートにストールを肩にかけていた。

 どこか、異国の雰囲気を出している服装に、アストールは苦笑する。


(いや、これ、正直、最初の格好と変わらなくね? 効果が)


 そう思うアストールは、再び自分の格好を鏡で見る。

 確かに美しく着飾って入るのだが、このどことなく異質な雰囲気。ガリアールでは珍しくないはずの、異国の女性で通るはずなのだが……。


 アストールの神々しさえ感じる美しさは、その効果を完全に打ち消していた。


 背中まで伸びるプラチナブロンドの髪の毛は綺麗さを保ち、攻撃的とも言えるスタイルと正しい姿勢が、育ちの良さを強調する。


「これって、世間知らずの異国のお嬢様が、お忍びで街に出てきてるって感じですよね?」


 自分の姿を見てアストールは、この服を選んできたエメリナに聞いていた。


「ええ。それを狙ってるからね。というか、あなたの場合、地味な服を選べば選ぶほど、そうなっちゃうんだよー」


 笑みを浮かべるエメリナの横で、同じく満足そうな表情のメアリーが言う。


「そうそう。だから、いっそのこと、派手に着飾っちゃおうって。ことでこの服を選んだの」


 そう言うメアリーは既に自分に合った服を選んでいて、普段の物々しい雰囲気からは想像できないほど垢抜けていた。そんなメアリーを見た後、すぐに鏡で自分を見つめる。


「…………」


 アストールは何も言わず、ただ無心で、鏡に映る女性である自分を見続けていた。


「ありがとう、そんなに気に入ってくれた?」


 エメリナの言葉を聞いたアストールは、一息ついて答えていた。


「ああ、今までにないほどに」


(絶望的だ)


 内心そう毒づいて、彼女かれは浮かない表情を浮かべる。

 だが、それよりも悲惨な目に合っている少女……、ではなく少年がいた。


「エ、エスティナ様……」


 か細い声を上げるレニは、涙目になってアストールの目の前に訪れる。

 そこで、彼女かれは再び言葉を失っていた。


 目の前に立つレニ。そこにもはや、男気を感じる要素など何処にもなかったのだ。

 肩まではだけたシャツの上に、アストールとは違った緑のワンピースが着せられている。胸の前辺りで伸びた紐は首の後ろでリボン結びにされて、そのキュートさを増長させる。


 スカートの丈は膝上と短く、細く綺麗な素足が見えている。

 ショートボブの髪型と、童顔で愛くるしい顔が、完全にレニを少女にしていた。

 普段は白装束の帽子で隠れている髪型が、ここで露になって、彼が男であることが信じられなくなる。


「どう? 可愛いでしょ? 羨ましいでしょ?」


 エメリナに声をかけられて、ようやくアストールは我にかえる。


(こ、この俺が、見とれていた……? 馬鹿な! こいつは男だぞ!?)


 などと内心思いつつ、アストールは大きく息を吸っていた。


「レニ……。すまない。弁解の余地はない。お前は絶世の美少女だ」


 アストールの言葉を聞いた瞬間に、レニは今にも泣き出しそうな表情になる。


「そ、そんな、エスティナ様まで……。酷いです」


 心底傷ついたレニは、その場で顔を俯ける。

 アストールはそれに慌てて、駆け寄っていた。そして、彼の両肩に手をのせる。


「ま、待て。泣くんじゃない。男の子だろ?」


 全く説得力のない言葉に、それでもレニはギリギリの所で感情を抑えていた。


「う、ぅぅ。そうです、僕は男です。だから、こんな格好しても、泣かないです」


 アストールが教えた信念を強く持つこと、それをレニは忘れずに思い出していた。

 とはいえ、どんなに信念を強く持とうとも、この事実だけは揺るがせない。


(ごめん。レニ。もう、本物の女の子にしか見えねえわ)


 それでもアストールは、優しく彼の頭をなでるのだった。


「そう。泣いちゃダメだよ」


 その様子は傍から見れば、姉が泣きそうな妹を優しくさとしているようにしか見えない。

 エメリナとメアリーは、その光景を微笑ましく見守っていた。


「て、おい! そこの二人! 絶対これが見たかっただけだろ!?」


 突然立ち上がったアストールは、メアリーとエメリナに向き直る。

 だが、二人は白々しくそっぽを向いていた。


「なんの事やら。これは二人で悩みぬいて、選んだ服なのよ。そんなの狙ってるわけないじゃん」


 メアリーはそう言うと、レニの前まで来て、手を取っていた。


「さ、レニ、行きましょう」

「え、行くって、どこへ?」


 唖然として聞き返すレニ。それにメアリーは平然と答える。


「もちろん、街の中へ」

「え、えええ!!! この格好で街中歩くんですか!?」


 驚きを露にするレニを前に、意地悪い笑みを浮かべたメアリーは答える。


「当然でしょ。その為の恰好なんだから」

「そ、そんなあああ! 僕は、僕は、男なんですよおお!?」


 驚愕するレニを前に、メアリーは力強く彼の腕を引っ張っていた。


「今更、そんな格好で言われても、遅いよ。さ、観念なさい」

「エ、エスティナ様ぁあ! た、たしけてぇ~」


 腕を引かれて出ていくレニは、空いた腕でアストールの手を求める。だが、その腕が握られることはなかった。

 アストールはその光景を見て、眉間を押さえていた。


(すまない。レニ。俺はお前を助けられない。お前は立派な男のおとこのことして、この任務を真当してくれ)


 そう願うことしかできないアストールは、代金を支払いにレジに向かう。

 背を向けたアストールに、レニは最後の一声を浴びせていた。


「うわぁああ、エスティナ様ぁああ!! お願いです! 助け……」


 悲痛なレニの叫びは、ドアの閉まる音ともに店内から消えるのだった。


「あ、それじゃあ、私は予定通り、行くよ」


 エメリナはそう言ってアストールに声をかける。


「そっちは頼みますね」


 アストールの鋭い視線を受けて、エメリナはアストールたちの手荷物を片手に抱えて、もう反対の片腕を上げて親指を立てる。


「任せなさい! じゃあ、頑張ってね!」


 エメリナはそう言うと、早々にその場から立ち去っていた。ベルの着いたドアが再び音を立てて開き、エメリナの出立を知らせていた。


(もう、こうなったら、自分たちでやるしかないからな。頼んだぜエメリナ)


 アストールはそう思いを馳せつつ、レジの前に来る。そして、格好を付けて言うのだ。


「じゃあ、支払いを頼む」

「はい、では。全部の合計しまして、3万7千ガレットです」

「はいはい。3万7千ガレットねぇー……」


 レジの前で満面の笑みを浮かべる女性店員を前に、アストールの表情はみるみる内に固まっていた。言われた金額と、財布の中身の金額がほぼ一緒なのだ。

 それだけならまだしも、その金額は余りにも大きすぎた。なぜなら……。


「ちょ、ちょっと、高すぎるだろこれ! 私の給料一ヶ月分の半分じゃん!」

「え? ええ……?」


 突然騒ぎ出すアストールを前に、困惑する店員。

 確かに高そうな服ではあるが、その金額が服の割に合わない気がしてならない。

 納得いかないアストールは、その場でごねようとする。だが、それもすぐに諦めていた。

 周囲は女性客ばかりがいて、その誰もがある程度裕福な生活をしていそうな人ばかりだ。そんな中、レジの前でごねて恥を晒すほどアストールは落ちぶれていない。


(あ、あいつら、人の金だと思って、値段気にせずに、好き勝手に選びやがったなぁ……)


 だが、今更怒っても後の祭りだ。

 メアリーとレニは店から出ていき、肝心のエメリナとも既に別れている。

 アストールはこの状況に憤慨しつつも、大きな溜息を吐いて、高い洋服代を支払うのだった。彼の財布に残ったのは、僅かな小銭だけだったのは言うまでもない。



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