新たなる任務 3
(まったく、つくづく、あいつとは腐れ縁で繋がってやがるな)
内心毒づくアストールは、周囲を見渡していた。
岬を下って城門よりでれば、そこには賑やかな街が広がっている。ガリアール特有の白壁の建築物が立ち並び、路地を人々が行き交う。街中には運河が流れていて、その運河には荷物を運ぶ小舟が行き交っている。
中には観光用なのか、定員が二、三人の色鮮やかなゴンドラも、街を切り裂く運河を航行していた。その神秘的な街の風景は、他では見られないだろう。
「すっごいねえ。王都と違って、街並みが綺麗」
アストールの横にいたメアリーの言葉に、レニも頷いていた。
「本当にきれいです。まるで、神殿がいくつも建っているみたいです」
王都ヴァイレルは活気こそあれど、ここまで整然と建物が立ち並んでいない。
むしろ、首都という重要拠点の性質から、防衛上目抜き通りでさえ、曲がりくねっていたり、極力狭い道幅で設計されている。王が利用する道でさえ、馬車が三台並ぶと通れないほど狭いのだ。
それに対して、ガリアールは港街であり、目抜き通りは広く、城壁外まで一直線に伸びていて多くの馬車が行きかっている。路肩には露店商が店を広々と開いていて、市民もそこに群がっている。
正に活気あふれる街というにふさわしく、雑然とした王都とは一線を隔している。
「でしょでしょ。本当に綺麗でしょ」
エメリナは妙なテンションで、二人に話しかけていく。
城門前には綺麗な女性が四人……。ではなく、三人と一人の美少年が立ち止まって話をしていた。そんな中、アストールは腕を組んで、思い悩んでいた。
「エストルを捕まえるって言っても、どうすればいいかな」
アストールは暫く考え込んだまま動かない。
レニとメアリーとエメリナは、アストールを見たまま、この後の指示を待っていた。
「とりあえず、エストルの捕縛隊のとこに行って情報を聞き出そうか……」
アストールはそこで一旦言葉を区切り、再び考え込んでいた。
捕縛隊はいくつか編成され、このガリアールで活動していることをエンツォから聞いていた。その内の一つが、このガリアール領主が命じて、編成させたガリアール騎士団の部隊。もう一つが首都の王立騎士団の部隊、そして、アストール達の近衛騎士団だ。
だが、アストールはここで大きな問題に直面していた。
王立騎士団と近衛騎士団はライバル関係にあり、絶対に情報を提供してくれない。
また、ここガリアール騎士団の部隊は、自己の利を損することはしない。即ち、出世に直接関わるこの事案の情報を、近衛騎士のアストール達に教えるとは言えないのだ。
「……手詰まりだな」
アストールの言葉を聞いたレニとメアリーは、彼の考えを察してか声をかけない。
「こうなりゃ、地道に聞き込みをするかな……」
アストールはそう呟くと、メアリーとレニに顔を向ける。
「そうね。犬も歩けばって言うし、聞き込みしてる時に見つけられるかもしれないしね」
メアリーの言葉にレニも満面の笑みを浮かべうる。
「そうですよ。僕たちでできるだけのことやりましょう!」
レニも無理やりに笑みを浮かべる。
「そうと決まれば、早速買い物! 買い物! 必要なものを揃えよ!」
エメリナはそう言うと、アストールの手を取って足早に歩み出していた。
「さあ、行きましょう!」
「あ、ちょっと、待って! 買い物って何を買うんだよ?」
「ふふふ。それは行ってからのお楽しみ~」
エメリナが楽しそうに、アストールの腕を引っ張って歩み出す。それに続いて、メアリーとレニも顔を見合わせた後、後ろに続いていた。
ガリアール城より少しばかり離れた活気のある通り、四人はそこに足を踏み入れていた。
エメリナは暫く歩き続けていたが、とある可愛らしい看板をつけた店の前で、突然足を止めていた。
それにアストールは少しだけ嫌な予感を感じさせられる。
なぜなら、そこは……。
「ねえ。エメリナ?」
怪訝な表情を浮かべるアストールを前に、エメリナはあっけらかんとして答える。
「ん? なに?」
「ここって、まさか……」
レニは怯えたような表情を浮かべて呟く。
「そう。服屋だよ」
エメリナがまっ先に来たところ、そこはこのガリアールの商店街として有名な、ハレナート通りにある女性専門の洋服店だった。
「なんで、こんな所にきてんのよ?」
メアリーが怪訝な表情をしてエメリナに聞くと、彼女は笑みを浮かべていた。
「聞き込みって言っても、あなた達の格好見てみなさいよ」
エメリナはそう言って、三人を見回す。
レニは神官戦士の白装束に身を包み、メアリーはレギンスにブーツ、腰に剣と背中には弓と、物々しい狩人の格好をしている。
アストールは紫を基調とした高貴な騎士の服装で、一目見て只者ではないのが分かってしまう。だが、三人はそれでも、顔を見合わせて首をかしげていた。
「何か悪いとこでもある?」
メアリーは平然とエメリナに言葉を返す。それを聞いたエメリナは、顔に手をやって大きく溜息をついていた。
「聞き込みって言ったら、相手を警戒させないようにしないといけないのよ?」
「え? あ、うん」
アストールの返事を聞いたエメリナは、再び大きな溜息をついていた。
彼女の言いたい真意が、この三人には伝わっていないのだ。
「あなた達の格好見てよ! 一目見て騎士とその従者ってわかるでしょ? そんな人達が急に聞き込んできたら、誰だって避けるよね?」
「まあ、そうなるわな……」
アストールは納得して、相槌を打っていた。
確かに普通の人からすれば、こんな一団が急に近付いてきて人を探していると訪ねられても、警戒して答えにくいだろう。
なにせ、武器を持った騎士と狩人、神官戦士なのだ。
威圧してなんぼの格好をしていては、得られる情報も得られない。
「私の格好見て!」
動きやすい格好こそすれど、膝下のスカートにブーツ、上着は簡単なシャツにストールを羽織っている。武器のナイフは懐に忍ばせていて、ガリアールではどこにでも居そうな女性の格好をしている。
「こういう格好して、『人を探していますの』って。心配そうな顔を浮かべて聞けば、ここの男共は向こうから口を割って話してくれるの!」
アストールはそこで再び納得させられる。
「なるほど、女たらしなここの男の性格を、逆に利用しろってことですね」
アストールの閃きにエメリナは満足そうな表情を浮かべる。
「そういうこと。だから、皆で普通の女の子の格好しましょう」
その発言を聞いて、アストールは微妙な表情を浮かべていた。今の今まで、この騎士の格好をしていたのは、女物の服、即ち、スカートをはかなくて済むからだった。
だが、ここにきて、二度目の屈辱を味わおうというのだ。
「ね、ねえ。エメリナ?」
引きつった笑みを浮かべるアストールを前に、エメリナは笑みを浮かべたまま顔を向ける。
「ん?」
「や、やっぱり、服を着替える必要なんて、ないんじゃなくて?」
アストールはそう言うと、レニの腕を掴んで、自分の前に立たせる。
「なんで?」
「だって、ただの聞き込みでしょ。態々、こんな所でお金を使うなんて。それに、レニは男の子だし、後で男性用の洋服店にもいかないといけないじゃない」
エメリナはどっと溜息を吐くと、大きく首を振っていた。
「ああ、わかってない。わかってないよ。さっきも言ったじゃん。誰だってあなたの格好見たら身構えるって」
そう。その事に関しては、言い訳はできない。だが、アストールには最後の切り札があった。彼女はレニの両肩を掴んで、エメリナの前に立たせる。
「で、でも、男の子もいることだし、女性用の服屋に入れるわけにもいかないじゃない」
エメリナは顎に手をやって、レニを足から順に頭まで見ていく。
そして、何やら意味深な笑みを浮かべていた。
「どっからどう見ても、女の子でしょ」
その言葉を聞いたレニは、目を見開いて頭を地面に向けていた。
「う、うぅぅ。また、女の子って……」
「え、いや、レニは男だ!」
アストールが意地でもそう言い張るものの、エメリナは笑みを浮かべて答えいた。
「こんなに可愛らしい男の子なんて、いるわけない。だから、レニは女の子!」
などと無理やりにでも、レニを女の子に仕立て上げる。
おそらくは、レニを見たエメリナの中で、どこまで女の子にできるかという好奇心が、どこからか湧いてきたのだろう。
そんな事を知ってか知らずか、レニは目を潤ませて俯いていた。
「落ち込まない、落ち込まない。これで問題解決でしょ。さ、お洋服を買いに行こ」
エメリナはそう言って勢い良く、レニとアストールの手を取って店に入っていく。
二人の涙目が後ろのメアリーに届く。最後の砦であるメアリーに、二人は助けを求めていたのだ。
だが、しかし……。
最後の砦であるメアリーは、不敵な笑みを浮かべていた。
それにアストールとレニは、引きつった顔をする。
「やっぱりエメリナに乗った。私もアストールとレニをコーディネートする~」
今までにないほど、メアリーは楽しそうな顔をして店に駆け込んでいく。
こうして、一人の少年と一人の元男のプライドは、女性服の中に埋れていくのだった。