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新たなる任務 2


 騒がしい港から一歩離れた街の中、エストルはそれなりに人通りのある通りに来ていた。

 行き交う人々の多くは商人らしく、その格好も様々だった。


 頭にターバンを巻いた南方の異教徒や、西方諸国の豪勢な服を纏った商人、見たこともないような衣服に身を包み、奇妙な髪型をした東の果てから来たと思われる黄色人種の男。

 白い装束に身を包んだ色黒な黒色人種。


 まるで世界の人々が、意図的にここに集められているようにエストルは感じられた。


 ガリアールがほんの百年前まで、一国家として繁栄していた理由がすぐにわかる。


 ここでは、貿易と商売という枠組みによって。宗教、人種、言葉、その全ての壁が取り払われているのだ。それは、ここがヴェルムンティア王国の統治する領土であることを忘れさせるほどだ。


 そんな中、エストルはとある大きなコンクリート製の建物に、足を踏み入れていた。

 中には多くの人々が溢れ帰り、雑多な会話が交わされている。喋る言葉も様々で、騒がしさをより一層際立たせていた。エストルはその喧騒な空間を歩き続け、カウンターまで足を運んでいた。


「いらっしゃいませ。お客様。今日はどのような船舶をお探しですか?」


 受付嬢が笑顔でエストルに話しかける。そう、ここは世界中の貿易船の従来を管理し、空きの船を新たな客に紹介する船舶案内所である。


 管理はガリアールの領主から、直々に任命された役人が行っている公的機関である。その形態はヴェルムンティア王国に統治される以前から、なんら姿を変えていない。

 エストルは周囲を警戒しながら、言葉を紡ぎ出していた。


「長距離が航行できる船をチャーターしたい」


 挙動こそ不審ではないが、その鋭い目付きに受付嬢は怪訝な顔をする。

 接客業ということもあって、色々な客を見てきている。普通の商売人や、明らかに裏の人間であったり、と。もちろんこういう、ワケありの顧客というのも、一目見てすぐにわかる。

 だが、そこはやはりプロ。受付嬢は何事もなかったかのように、機械的に喋りだす。


「はい。現在、長距離航行が可能な船舶は、ここガリアール籍の船が3隻、ヴェルムンティア籍が5隻、他にもハサン・タイ国籍が1隻、西方諸国が17隻にマルプチア籍が1籍となっております。国籍よりお選びになれますが、どうなさいますか?」


 受付嬢が現在チャーターできる船舶を、次々に提示していく。

 国籍も様々で、聞いたことのない国名まである。エストルは戸惑いつつも、答えていた。


「あ、ああ、とりあえず、西方諸国の船の詳細を頼む」


「畏まりました。現在、ネビータ共和国の商船が4隻にフェイマル連合王国が3隻、キエル公国の私兵船拍が4隻とドネーレ神聖帝国の商船が6隻です」


 全ての国の名前に聞き覚えが無かった。それもそのはず、エストルの領地は比較的王国の北東に位置している。これまでに出てきた国名で、聞き及んでいるのは、東の蛮族国家ハサン・タイ国くらいのものだ。

 だが、エストルにとって、船の国籍などどうでもよかった。

 彼としては、ただ、遠くに行ける船さえチャーターできれば、それでいいのだ。


「その中で。一番ヴェルムンティアから離れている国はどこだ?」


 受付嬢はエストルが、何をしようとしているのか、大方察しがついたらしく、怪訝な表情を浮かべるのをやめていた。


 大方、ワケありの男が、高飛びでもしようというのだろう。

 そう思ってはいても、あくまで彼はお客だ。受付嬢は話を続けていた。


「フェイマル連合王国です。西方諸国の中では、最西端に位置する島国でして、ガリアールの富豪がよく静養でお出向きになられますね」


 受付嬢の言葉を聞いたエストルは、暫く考え込んでいた。だが、すぐに表情を真剣なモノに変えていた。


「では、そのフェイマル連合王国の船を頼む」


「はい。承りました。それで、お積荷の詳細と、何隻チャーターなさるのかをお教え願えないでしょうか?」


 エストルは迷うことなく、答えていた。


「積荷は人だ。15人。1隻でいい。貸切でフェイマルまで向いたいのだ」


「はい。畏まりました。では航路で立ち寄って貰いたい場所などありますか?」


「レビンターゼ領のポーゼルという小さな漁師町で、その客人を拾ってもらいたい。あとその道中ディルニア公国にも寄ってもらいたい。それ以外は、船に任せよう。とにかく、そのフェイマルの首都まで安全に着けばいい」


 エストルの言葉に受付嬢は、少しだけ困った表情をしていた。

 客人が航路計画から、何から何まで指示をだすのが普通であるのだ。エストルの依頼は異例な形になる。

 そうなると、チャーター船に指示を出す際に、船舶案内所が航路を指定しなければならなくなる。もしものことがあった場合は、この船舶案内所の責任になりかねないのだ。


 しかし、船舶案内所が航路を指定してはいけないという規定もなく、客人がどうしてもというのなら、案内所は航路を決めてもいい規則になっている。

 だからこそ、受付嬢は悩んでいた。


「金はいくらでも積むし、責任は俺がとる。だから、そちらで良いように手配してやってくれ」


 エストルの願い入れに、受付嬢は溜息をついていた。だが、すぐに表情を元の営業面に戻していた。


「畏まりました。その代わり、航行中に起きた事件事故に関しましては、当局では一切の責任は負いかねませんので、そこをご了承ください」


 受付嬢の言葉に、エストルは真剣な眼差しで答えていた。


「ああ、わかった」


 その言葉を聞いた受付嬢は、営業スマイルを浮かべて再びエストルに話しかける。


「では、お名前と住所、連絡先の方をお教えいただけますか?」


「ああ、わかった。名前は……。ギルバート・ヘプテゼンだ」


 エストルは偽名を名乗ると、偽りの住所と連絡先を教えていた。

 そうして、最後まで、この船舶案内所で、チャーター船の手続きを終えるのだった。


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