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新たなる任務 1

「やあやあ、ご苦労さま。大変だったね」


 そう労いの言葉をかける青年の近衛騎士は、アストール達に対して笑みを浮かべていた。

 ここはガリアールにある岬の領主の城、ガリアール城内にある近衛騎士の屯所だ。


 王国はその影響力の誇示のため、主要都市には近衛騎士を駐留させている。

 その為、大概の領主の城には、このように近衛騎士の屯所があるのだ。

 アストールはそんな笑顔をうかべる彼に、内心溜息を吐きつつも答えていた。


「はい。それで、エンツォ殿。早速ですが、任務の内容をお教え願えないでしょうか?」


 エンツォはこのガリアール駐屯近衛騎士の、騎士館長という重役にある。グラナが派遣した近衛騎士は、結局のところ、ガリアールの駐屯騎士の指揮下に入るのだ。

 何より、応援に来たアストール達に、彼女かれらの担当近衛騎士は、エンツォに指示をあおげといってきたのだ。だからこそ、アストールはここに来ていた。

 アストールの言葉に、エンツォは今思い出したかのように、目を丸めていた。そして、口を開けていた。


「ああ、悪い悪い。近衛騎士達から聞いたんだね。好き勝手できないのは堪えてね。一応、親爺……じゃなくて、グラナ団長からも君を頼むようにと聞いてるよ」


 笑みを浮かべたままのエンツォは、アストールに顔を向けていた。

 よく言えば優しそうで女性受けしそうな顔、悪く言えば女たらしな顔だ。満面の笑みのエンツォは、とても機嫌がよさそうに見える。


 それもそのはず、アストールは絶世の美女であり、エンツォは近衛騎士の中でもガリアール人ということもあってか女好きで有名なのだ。

 それが原因でこのような地方屯所に飛ばされても、本人は別段気にしていることもない。だからこそ、アストールは思うのだ。


(こいつには気を付けないとな。特にメアリーにエメリナ……)


 なんであれ綺麗な女性が目の前を通れば、誰でも声をかける。それがエンツォ、というよりガリアール人男性の基本的性格なのだ。


「で、私の任務の内容と言うのは?」


 満面の笑みを浮かべたままのエンツォに、アストールは先を促していた。アストールに見とれていたエンツォは、慌てて喋り出す。


「ごめんごめん。君があんまりにも美しすぎて、喋るのを忘れていたよ」


 顔色を伺いながら喋ってくるエンツォを前に、アストールは軽く咳払いをしていた。


「ああ、任務の事だったね。そうそう、僕は黒魔術師とゴルバの関係を調査する任務を授かったんだけど、また、それとは別の任務も急に任せられてね」


 困ったと言わんばかりに眉根を寄せて、エンツォは両手を上げてみせる。

 だが、その顔色と態度を見る限り、やる気を全く感じられない。基本的にガリアール人は金絡み、というよりは自己が利すること以外にやる気を出せないのだ。

 それが例え、近衛騎士であっても、王立騎士であっても例外はない。


「もうねえ。二つも任務を押し付けるなんて、お上はどうかしてると思わないかい?」


 どうしてもアストールと話をしたいのか、エンツォは巧みに話題を振ってくる。


「はい。そうですね。それで、私の任務は?」


 アストールはあくまで毅然とした態度で、エンツォに対応する。それに彼は苦笑して首を左右に降りつつ続けていた。


「釣れないねえ。まあ、いいんだけどさ。君も知っていると思うけど、元騎士団長のエストル君がこの街で見つかったんだって」


「は、はあ」


 アストールは急に話が変わったことに、話についていけずにぽっかりと口を開ける。


「そのエストルを僕に捕まえろっていう命令が下ったんだ。只でさえ、駐屯している近衛騎士が足りないっていうのに、また新しい任務を与えるなんて、どうかしてるでしょ?」


 エンツォの言葉に適当に相槌を打って、受け流すとアストールは彼に聞いていた。


「そうですねー。それで、私にはそのエストルを捕まえろっていうこと?」


 エンツォは満面の笑みを浮かべ、アストールに対して顔を向ける。


「そ、ご明答! 僕は君みたいに聡明で美しい女性は大好きだよ。今晩、いや、このあと、一緒にお昼ご飯でもどうかな?」


 エンツォの言葉に、アストールは溜息をついていた。


「私をお昼に誘う時間があるなら、あなたも出張って調査したらどうなんですか?」


 意表を突かれたエンツォは、再び苦笑する。


「はは。全くもってそうだねえ。でも、仕事なんかより、君の様な美しい女性と過ごす時間の方が、僕にはとっても大切なんだよ」


 悪びれた風もなく、エンツォは笑顔で答えていた。

 これが典型的なガリアール人男性と言っていい。怠け者で女たらしでお喋り。どうしようもない男の典型である。このだらしなさに、流石のアストールも堪忍袋の緒が切れていた。


「あなた、それでもこのガリアール近衛騎士館長ですか!? もっとやる気を出してください!」


 怒鳴りつけるアストールを前に、エンツォは口を尖らせて答える。


「えー。だって、黒魔術師の情報集めるの、滅茶苦茶危ないもん。それにめんどくさいし」


 これでも彼は一応このガリアールの近衛騎士屯所を、王から預けられた身である。

 だが、肝心の彼は全くのやる気がない状態だ。


(これじゃあ、派遣された近衛騎士も嫌になるわな……)


 騎士館長としての責務も自覚も全くない男、それがガリアール近衛騎士屯所ここを預かっているのだがら、どうしようもない。


「確かに危険は伴うでしょう。ですけど、私たちは近衛ですよ? 誇りある近衛騎士。胸を張って聞きこみに行けば、必ず成果は上がります」


 アストールの言葉を聞いたエンツォは、首を振りながら歩いて彼女かれの前にくる。


「君は分ってないねぇー。このガリアールを」


 エンツォの態度に怪訝な表情を浮かべる。


「わかってない?」

「うん。ここはねえ。権力を無闇に振りかざしても、誰も口を開いてなんかくれないよ」

「え?」


 怪訝な表情のままのアストールを前に、エンツォは笑みを浮かべたまま答える。


「本気で情報を集めようと思うなら、これが必要なんだよ」


 手のひらの人差し指と親指だけをくっつけて見せると、エンツォは溜息をついていた。


「お金……って。それって、賄賂じゃない!?」


「違うよ。情報を手に入れるための代価さ。ま、ろくに予算もないこの屯所に、そんなことに回すお金なんてないからね。お手上げなのさ」


 笑みを浮かべたエンツォは、そのままフラフラと歩いて館長の席に座る。


「僕だって、本当は調べたいけど、そこまでするほどの価値があるわけじゃないしね」


 エンツォはそう言うと、両足を机の上に置いて組んでいた。


「ヴァイレルの派遣された近衛騎士達がろくな情報を手に入れられてないのは、そのためさ。ま、僕は彼らにこの事は一言も告げてないけどね」


 エンツォはアストールにウィンクしてみせる。


「あ、あの。それは……」

「ま、頑張って手柄を立てるんだよ。美しい新米騎士さん。また、困ったら、僕の所においで。なんでもアドバイスしてあげるからさ」


 エンツォは両腕を頭の後ろに回すと、そのまま天井を見上げていた。


「あ、あの、ありがとう、ございます」


 アストールはエンツォのさりげない気遣いに、感謝しつつも警戒は怠らない。


「あ、そうだ。手柄を立てたら。君の為にご飯でも奢らせてもらおう。どうかな?」


 エンツォの最後の誘いともとれる言葉に、アストールは溜息をついていた。


(まあ、ヒント教えてくれたしな……。飯くらい、一緒にくってやってもいいか……)


 そう思ったアストールは元気なく答えるのだった。


「考えておきます」


 嬉しそうな表情を浮かべたエンツォを背に、アストールは騎士館長の部屋を出ていくのだった。

 外で待機していたウェインが、心配そうにアストールの元に駆け寄る。


「大丈夫でしたか?」


 エンツォは女たらしで有名な男。出会ったその日に、床を共にする女性がいるほどだ。

 それだけ、魅力的なのか、はたまた、ただの女たらしなのか。その真相は彼と床を共にした女性のみが知る。だからこそ、ウェインはアストールを心配していた。

 もしも、彼女がエンツォの魔手に掛かっていれば、と思うと、自分の責務が果たせなくなってしまう。そんな思いが彼を焦らせていた。


「ええ、大丈夫です。それよりも、任務の話をしましょう」


 ウェインに話を進めるように言うと、彼も安堵の表情を浮かべる。

 ある種純粋な彼を前に、アストールは何とも言えない気分になる。


(ああ、心配してくれんのは、嬉しいけど……。男に心配かけるのも、なんだかなぁ……)


 ましてや、アストールは女の身。男であった時に心配をかけるのと、今、ウェインが心配するのでは、まったく意味が異なってくる。


 だからこそ、アストールは嬉しい反面、悲しい気持ちも持っていた。


「して、その任務内容は?」

「あなたの元上司のエストルの捕縛だって」


 アストールの言葉を聞いた瞬間に、ウェインは一瞬固まっていた。だが、すぐに顔色を元に戻していた。

 ウェインもエストルには、何だかんだで世話になっている。アストールを襲おうとしたのも事実であり、愛想を尽かしていたのも事実。

 だが、それでも、元上司を捕まえることに、ウェインは少々の抵抗を感じているのだ。

 黙り込んでいたウェインに、アストールは優しく声をかける。


「やっぱり、この任務、抵抗あるかな?」


 アストールの言葉を聞いたウェインは、首を降って見せていた。


「ないと言えば、嘘になります。しかし、やるしかないでしょう」


 ウェインの言葉に、複雑な心境を垣間見た。

 彼は確かに一度、上司のエストルに対して失望した。あの裏試合など、納得の行くようなものではなかった。ましてや、近衛騎士団長のやることではない。

 それでも、ウェインは一度受けた恩を、なかなか忘れられなかった。

 新人騎士として、右も左も分からない時に、エストルが一から近衛騎士の仕事を教えてくれたのは事実であるのだ。エストルが何かと気にかけてくれていたのも、事実だった。


 何か困ったことがあれば、相談にも気軽に乗ってくれる頼り甲斐のある上司であった。

 だが、真の顔は、高慢で手段を選ばない、卑劣な男であったのだ。

 ウェインがいまだに複雑な心境を抱いているのは、エストルのギャップにあった。

 時間が経てば、経つほど、あの卑劣なエストルは、何か訳があってああしたのではないか。もしかすれば、全てが演技ではないか。

 そんな気さえ起こさせる。


「無理に協力はしてもらわなくてもいいですよ?」


 アストールの言葉に、ウェインはそれでも表情一つ変えずに、答えていた。


「いえ、そういうわけにはいきません! 自分はあなたを守ることを仰せつかりました。あなたが危険な地へ赴くなら、自分もそこへ同行するのが筋です!」


 律儀でまっすぐな騎士を前に、アストールも眉根を寄せて困り果てる。

 ウェインが無理しているのは、明らかだった。

 暗殺者達からアストールを守りきれず、任務を失敗して相当に落ち込んでいた。と彼女かれはメアリーから聞いている。責任感があるから来る精神的負担は、相当なものだろう。

 それに加えて、元上司の捕縛任務だ。


(正直、ウェインには悪いが、今回の任務、お前は適任じゃない)


 表面上は毅然とした態度をとっている。だが、彼の本心は様々な思いが複雑に絡み合っていて、それがアストールには手に取るように分かった。

 だからこそ、彼女かれは考えた末に言うのだった。


「ウェインさん」

「はい」

「今回の任務。大した危険もありませんし、私が必要と感じた時に、あなたを呼び出す。という形で、任務を果たさせていただけないかしら?」


 それが彼女かれにできる最大限の気遣い。同い年とはいえ、先輩としてできることだった。尤も、今はウェインの方が、形式上立場は上なのだが……。

 ウェインは暫し黙り込んだあと、アストールをまっすぐ見据えていた。


「わかりました。必要なときはいつでもお呼びください。自分はこの屯所に待機します」


 行きたい半面、行きたくない。そんな感情を持ったウェインは、アストールの気遣いに気付いたのか、甘んじて彼女かれの提案を受け入れていた。


「では、また、お呼びさせていただきます」


 アストールはウェインに告げると、彼も頷いて見せていた。

 こうして、アストールはガリアールでの最初の任務に着くのだった。


2023年1月13日 一部改稿しました。

誤字、描写の修正を行っています。

ストーリーには影響ありません。

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