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理想と現実

今回は少し、話が大きくなるかもしれません……。申し訳ない。


「実験は成功したみたいですね」


 場を取り仕切っていた宮廷魔術師の一人が、最後の荷物を転送し終えて、イレーナに向き直る。


「ええ。これは大きな成果です」


 イレーナは笑みを浮かべたまま、宮廷魔術師を見ていた。


「にしても、よくも、あの様な嘘を……」


 宮廷魔術師はイレーナに対して、呆れの感情を露にしていた。

 アストール達を転送する前、魔術師たちはかなり緊張していた。無機物と生物の同時転送を行うことなど、この魔法転送装置を使ってやったことなどなかったのだ。


 理論こそ導き出して完成はしていたものの、それをやるのは今回が初めてだった。

 その空気を機敏に感じ取った従者は、完全に疑っていたのだ。

 だが、イレーナはそれでも悠然と、嘘をついて答えていた。


「彼らは研究を引き継いだ代わりの魔術師だ」と。


 そう言われてしまうと、従者たちも納得せざるを得ず、何よりイレーナが大嘘をついているように見えなかった分、余計に信じ込ませれた。


「あの位堂々としていないと、気取られますからね」


 イレーナは首を振りながら、宮廷魔術師に答えていた。


「イレーナ執務官殿を見習いたいものだ」


 そう言って宮廷魔術師は、転送装置の電源を落としていた。


「まあ、嬉しいですわ。あなた方ももっと割り切って、失敗を恐れずに毅然とした態度でいて欲しかったですわ」


 イレーナの言葉に笑みを浮かべた魔術師は、空笑いをしていた。


「はは、全くもってその通りでありますな」


 呆れよりも底知れぬイレーナの存在に、宮廷魔術師は本能的に悟っていた。

 この女は危険な存在である。と。


 だが、姫の執務官ともなる役職だ。


 姫の行動予定や生活方針を決めて推し進める権利をもち、その目的を達成するためにはどんな手段を用いても良い権利を持っている。


 それがいつしか、摂政の様な役割を持ち始めていた。

 姫の行動を決め、姫の生活を決め、姫の命令をも遂行する。その権力は強大すぎる。

 悪用されれば、それこそ国の根底を揺るがしかねないのだ。


 それを分かっているからこそ、イレーナは思うのだ。


(国の根底を揺るがすことは、この私が許さない)


 その笑みの下には、歪んだ愛国心と正義感が存在している。だからこそ、魔術師たちもイレーナを本能的に恐れているのだ。


「実験は成功いたしましたし、私はこれで御暇させていただきます。皆様ご苦労様です」


 労いの言葉をかけたイレーナは、普段の業務に戻るため、地下室を後にしていた。

 彼女が地下室の次に向かうのは、王の執務室である。

 地下室からはかなりの距離があるが、この実験が成功したことを報告しないわけにはいかない。何より、この実験、ノーラ姫の命令の元に進めた事になっているのだ。


(これでまた、国に貢献できますね)


 笑みを浮かべたイレーナは、足早に王の執務室前へと足を運んでいた。

 地下を抜けて、王の執務室へと向かう。国王は普段は執務室にこもり、ありとあらゆる案件に目を通さねばならないのだ。国内に関すること、国外に関すること、重要な案件は全て知っておかなければならない。

 イレーナは国王の執務の忙しさに、多少の憂いを持っている。だからこそ、少しでも良い報告をもたらしたい。

 

 今回の実験の成功の報告は、国王の気を少しでも明るくさせられる。

 満面の笑みを浮かべていたイレーナ、だが、彼女は国王の執務室の扉の前に立った時、その笑みを消していた。

 扉の中からは王の怒声が聞こえてきたのだ。


「どういうことだ! これは!」


 その大きな声に、イレーナは扉の前で聞き耳を立てる。


「は! 西方遠征は事実上破綻したということです」


 王に答える男の声に、王は続けて怒鳴りつける。


「そういうことを言っているのではない! なぜ西方諸国があの南方の異教徒共と盟約を結んだのだ! 奴らにとっても南方の異教徒は我らとの共通の敵なはずだ!」


 王の怒鳴り声に、男は短く溜息をついた。だが、彼も一介の役職についている身らしく、毅然とした態度で答えていた。


「敵の敵は味方。異教徒にとって我らは敵であります。西方諸国からしても我らが敵となれば、盟約は利害の一致と見ていいでしょう。何より、西方諸国は我ら王国が追いつめて、もはや、背水の陣にあります。手段など選んではおられないのでしょう。それに加えて最近では、東方の蛮族国家も我が国に迫りつつあります。先日来た蛮族の使者は、我らに使節を送れと申しておりましたし、ここは早急に西方諸国と和睦すべきです」


 男の声でこのヴェルムンティア王国がどれほど切羽詰った状況かが、イレーナにも分かった。

 西方遠征で猛威を振るっていたヴェルムンティア王国であったが、西方遠征は南方の異教徒と西方諸国が絶対に盟約を結ばないという前提の元、進められていた。


 それもそのはず、ヴェルムンティア王国と西方諸国は、宗派こそ違えど、元々は一緒の宗教を国教としている。

 西方諸国が南方の異教徒と和睦や盟約などを結ぶことは、教えに反することであり、盟約など結ばないとタカを括っていたのだ。


 だが、人間追い詰められれば、藁をも掴むのが現実だ。


 西方諸国はあろうことか、王国の予想を裏切って南方の異教徒と盟約を結んだのだ。

 ここで生じるのは、盟約という同盟の名の下に、異教徒の連合国家がヴェルムンティア王国に攻め込んでくる可能性だ。


 そうなると、西方と南方の防衛を同時に行わなければならず、それだけでも防衛は非常に難しいであろう。その上、大陸東部で頭角をメキメキと表している東方の蛮族国家ハサン・タイ国が、遂にヴェルムンティア王国と国境を接していた。

 それに伴って、国境での小規模な戦闘が置き始めている。


 だが、ハサン・タイ国は、つい最近、ヴェルムンティア王国に使者を送ってきた。


 内容は至って簡単。使節を送り、早急なる国交を結ぶことなり。ということだ。

 もしも、この使節を送ることを拒否したならば、東方のハサン・タイ国はその勢いのまま、このヴェルムンティア王国を席捲しかねない。


 そう、今、ヴェルムンティア王国の外交は、八方塞がりとなり、三方からの侵攻に脅かされて、国の存亡の危機にあるのだ。

 表向きの栄華と異なり、現実はとても厳しい。


「……しかし、西方諸国との和睦は、これまで多くの血を流し、手に入れた土地の多くを手放すことを意味するのだぞ!」


 王はそう叫び声をあげるものの、男は淡々と事実を告げていた。


「西方遠征は敵の巧みな防衛戦と焦土作戦により手詰まりです。膨大な西方軍団を維持するための費用は国家予算を逼迫させる原因となっています。また、兵員の確保のため、傭兵を入れたがために、西方軍団の規律は著しく低下、西方での我が国の評判は過去最低と聞き及んでおります。それに加えて、国内軍の兵員数を割いて、西方へ派遣することを、先月決定したばかりです。これは国防の根幹に関わることです。南方、東方、北方の各軍団の戦力を割いて、西方に回すことなど、現在の状況では現実的とは言えませんよ。さらに……」


 男が次々と突きつける現実に、国王は声音を弱くして答えていた。


「もうよい……。そなたの言いたいことは分かる」


 男の言葉を止めると、王は腕をついて溜息をついていた。


「叔父上の代より夢見ていた西方統一。これは諦める他なさそうであるな……」


 国王も感情的にはなっていたものの、現実を全く知らない訳ではないのだ。

 王も薄々感づいていたのだ。西方戦線が膠着し出した時から、この遠征は失敗するのではないかと。


「分かっていただけたのなら幸いであります」


 男は安堵したのか、声にはほんの少しだけ明るく感じられた。

「西方遠征の中止と、国内軍の再編、東方の使節団、西方諸国との対話、これら全て早急に行うべきことだ。私もそれが分からぬほど、愚かではない」


 王はそう言うと、男に続けて告げていた。


「まずは現在行なっている西方の軍事作戦の全ての中止を命じよ」

「は。早急に!」


 王の命令によって男は、その場から足早々と立ち去っていく。

 聞き耳を立てていたイレーナは、慌てて扉から離れていた。

 彼女の目の前の扉が開き、男が顔を見せる。


「これはこれは、イレーナ殿。ご機嫌麗しゅう」


 王と話していた男は、初老でありながらも、ぴっちりと執務服を着こなし、しっかりとした足取りで歩んでいる。何より、鋭い目付きはこの国で、かなりの切れ者であることをうかがわせた。

 イレーナは一度礼をしてみせると、言葉を返していた。


「こちらこそ、ルードリヒ国務大臣」


 イレーナの見事な礼を見た男、ルードリヒはその顔に合わない優しい笑みを浮かべていた。国務大臣という立場もあり、早々にその場を立ち去っていく。

 イレーナはほっと安堵の溜息をつくと、すぐに扉の前で声をかけていた。


「イレーナ・ファルナ執務官です。陛下、御目通り願います」


 彼女の言葉に、沈黙していた王であったが、しばしの後、声がかかる。


「うむ。入るがよい」


 こうして、イレーナは国王が唯一喜ぶ報告を持って、謁見するのだった。




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