表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/284

国際貿易都市ガリアール 

「では、こちらへ」


 アストールとエメリナの手を取って、一人の宮廷魔術師が石造りの台の上へと二人をエスコートする。そんな二人は万全の装備を身に付けていた。

 アストールは特注の鎧を身に付け、腰にはエメリナから貰った剣。背中には荷物を背負い、左手には盾を付けている。対するエメリナも旅装束に、短剣と長剣を腰に差していた。


 二人の乗る石造りの台は、四角く、四隅に石柱が立っている。

 何よりも、二人を不安にさせたのが、自分たちが立っている足元だ。


 魔法陣が刻み込まれた石台には、無数の魔晶石が埋め込まれている。その中で一際大きな深紅の魔晶石が、中心に備え付けられていて、不気味に光を放っていたのだ。


「全くもって、この転送装置、本当に大丈夫であるのか」


 ジュナルが顎に手を当てて、怪訝な表情で転送装置全体を見つめていた。

 広い一室に備え付けられた小さな魔法転送装置。

 どこにその動力源があるのか判らないが、転送装置のすぐ横には、操作盤が備え付けられていて、宮廷魔術師の一人が弄りましていた。


「大丈夫ですよ。以前も十分な実験を行なっておりますから」


 笑みを浮かべたイレーナは、不安そうにするジュナルに平然と嘘を告げていた。


「ふむ。ならばいいのであるが」


 そんな彼女とは対照的に、どう見ても宮廷魔術師達は緊張の色を隠せていない。

 幾度もの実験をしてきているという割には、操作盤の前には3人の魔術師がいて、操作している魔術師といがみ合いながら、会話しているのだ。


「これはそうじゃない! この操作で生物と無機物の同時転送が可能になるのだ」

「違う! この高純度魔晶石の起動盤をまず起こしてだな」


 などという会話が聞こえてくるのだ。

 明らかに今回が、初めての転送のように感じられる。

 ジュナルは大きく溜息をついて、横のイレーナを見つめた。


(本当はこれがはじめての転送ではないのか)


 そう聞こうとしたとき、ジュナルの横にいた騎士ウェインが唐突に口を開いていた。


「自分には明らかに、彼らが初めて行うように見えるのですが、イレーナ殿、本当に実験を充分にされているのですか?」


 率直な質問に対して、イレーナは笑みを浮かべたまま答えていた。


「ええ。もちろんです。ただ、今日は今まで実験をしてきた魔術師が休暇や会議で、一人もいないのです。だから、彼らのマニュアルを見て、他の宮廷魔術師が操作をしているのです。それゆえ、少しおぼつきませんけど、大丈夫ですよ」


 イレーナは涼しい顔をして、アストールの従者一同を見ていた。


「だって、操作はとても簡単ですから」


 イレーナの言葉を聞いた従者一同は、各々に不安そうな表情を浮かべていた。

 レニは泣きそうになり、ジュナルとメアリーは引きつった笑みを浮かべ、コズバーンは相変わらず無表情。ウェインは今にも手を出しそうなほど、怒りを露わにして、従者二人がそれを宥めていた。


「イレーナ様、実験の準備が整ったようです」


 イレーナの横に控えていた近衛騎士が、彼女に告げると、彼女は笑みを浮かべたまま転送装置を見ていた。

 彼女はあくまで立会人なのだ。何も口出しすることなく、その場を取り仕切っていた宮廷魔術師を見つめる。

 彼はイレーナを気にした風もなく、台座の上のアストールとエメリナに顔を向けいた。


「準備が整いました。では、お二人とも息を思い切り吐き出して止めてください」


 その場を取り仕切っている魔術師の言葉に従って、二人は覚悟を決めていた。


「エメリナ、失敗したらすまない」

「どうせ、一度は死んだ身よ。こうなったら、なんでもこいってとこよ」


 深刻そうな表情のアストールとは対照的に、エメリナは笑みを浮かべる。


「では、これより転送を行います。向こうへ付いた後、無事向こうへついた証に、待機している魔術師に頼み、赤布を転送し直してください。では、行きます」


 その場を取り仕切る魔術師の言葉が放たれる。操作盤を弄っていた魔術師が、盤上に魔晶石を押し込んで動かす。すると、台座の魔法陣が眩い光を放って、四方の石柱に雷が走り出す。

 次の瞬間には、石柱の間の面に半透明な光の壁ができ、大きな雷の様な音と閃光が部屋の中を駆け抜ける。


 全員がその眩しさに目を閉じていた。

 静寂が部屋を支配していたが、ジュナルが台座に目をやると、そこに立っていたはずの二人は跡形もなく消え去っていた。


「ねえ、あれって、本当に無傷で帰ってこられるの?」


 メアリーが明らかに疑って、イレーナに聞く。彼女も今回の実験に立ち会ったのは初めてだったのか。流石に苦笑しつつ答えていた。


「多分……。大丈夫だと」


 そんなイレーナを前に、ジュナルは腕を組んだまま呟くように言う。


「転送に成功していればよいのだが……」


 ジュナルは心配そうに見ていると、即座に同じような現象が台座の上で起こり始める。

 再びバチバチという音が、台座から響き、小さな雷を発生させる。

 その後、もう一度大きな雷が、台座の上で炸裂する。

 時間を置いたあと、一人の魔術師が台座に登って何かを拾い上げていた。


「あ、赤い布です! せ、成功です」


 確認した魔術師の言葉に、全員がその場で安堵の溜息をついていた。


「ということは、無事たどり着いた。というわけか」


 イレーナは顎に手を当てて、悩ましげに呟いていた。だが、周りに悟られる前に、表情をすぐに変えて笑みを浮かべていた。


「よかったですわ。これで、古代の魔法を王国に役立てるのに、また、一歩前進いたしましたわね。それでは、皆さんもどうぞ」


 そう言ってイレーナは、ジュナル達従者とウェインに後に続くように促すのだった。




 

眩い光がアストールの視界を奪ったのも一瞬。次の瞬間には、耳に小鳥たちのさえずりが聞こえ、いつの間にか外に出ていることに気づいた。


 二人はゆっくりと瞼を開けて、周囲を確認する。王城の地下にあった同じような形状の台座の上に、二人は立っていた。台座の向こう側には白銀の甲冑で身を固めた王立騎士と、転送装置の操作盤を弄っている宮廷魔術師が目に入った。


「どうやら、無事に来れたみたいね」


 エメリナとアストールはすぐに台座から降りると、予め手渡されていた赤い布を宮廷魔術師に渡す。宮廷魔術師はすぐに台座の上へあがり、赤い布を台座の上へと置いていた。


「さて、と。あとはジュナル達が来るのを待つだけだな」


 アストールは体に異常がないかを確認しつつ、五体満足であることに安堵のため息をついていた。


「一時はどうなるかと思ったけど、どうもならなかったみたいね」


 エメリナが笑みを浮かべて、アストールに話しかけてきていた。


「ああ。そういえば、エメリナはガリアールが地元なんだよな?」

「え? ええ。この遺跡にも何度か足を運んだことがあるし、もう、見覚えのある景色だらけよ」


 そう言ってエメリナはとある方向を、一差し指で指し示していた。

 つられてアストールがその方向に目をやると、そこには小高い岬の上に聳えるガリアール城が見えた。


「うわぁ……。本当に一瞬でここに来たんだ」


 今一つ実感のわかなかったアストールだったが、現実を見せられて、ガリアールに来たのだと実感させられた。こんなに一瞬で来れたことに、アストールは自分が怪我をしてまで近道したことがバカバカしくさえ思えた。


「私もあんまり実感わかなったけど、これが現実みたいね」


 笑みを浮かべたエメリナを前に、アストールもつられて笑みを浮かべていた。


「そうらしい。にしても、綺麗な街ね」


 遺跡は小高い丘の上にあり、街を見下ろせるようになっている。岬の上にあるガリアール城とは、同じくらいの高さにあるのだろう。


 丘の上からの景色は絶景で、港を中心に大きな建物が扇状に広がり、港から離れるにつれて徐々に建物も小さくなっていく。城壁前あたりには背の低い集合住宅地が集合していて、限られた城内のスペースを無駄なく使用している。


 特徴的なのが、城壁外には田畑が広がっていて、周囲を森林地帯が囲っている点だろう。まるで、天然の要塞の様な美しい街ガリアールに、アストールはしばし見入っていた。


「ヴァイレルにも引けをとらないな……」


 アストールの呟きを聞いたエメリナは、誇らしげに胸を張っていた。


「でしょう。なんて言ったって、貿易都市国家として、栄えたんだから!」


 そうは言うものの、過去の栄光あるガリアールもヴェルムンティア王国の一都市に過ぎない。しかし、もたらす富は莫大で、今や、ヴェルムンティアの最重要都市にもなっているのも事実だった。

 そうしている間にも、後ろで騒がしい音が次々と聞こえ、遺跡にジュナル達が転送されてくる。


「ふむ。古代魔法帝国の魔導は大したものですな」


 ジュナルは全身を確認しながら、台座から降りていく。


「全くもってね。こんなに便利なら、もっと研究をして身近に使えるようにすればいいのにね」


 その横をメアリーが呑気に呟きながら、腕を頭に回して歩く


「うわぁあああああ……ああ?」

「何も怖いことなどありません」


 叫び声を上げていたレニが、ウェインに手を引かれて台座から降りていく。

 その様子はまるで、お姫様をエスコートする騎士そのものである。

 レニ自身、そんな表現は納得しないであろうが、事実そうなのだ。

 声変わりする前のレニの声は、吹き抜ける優しい春風の様な柔らかさを持っていて、女性の声と全然変わらない。


「僕、こんな体験初めてで……」

「私もです。さ、主人が待っておいでですよ」


 ウェインに促されるままに、レニはアストールの元へと足を運んでいた。

 その間にもウェインの従者が転送されてくる。

 男の従者は戸惑いつつも、台座から降りてきていた。


 そうして、最後に問題の大男、コズバーンもどうにか転送に成功していた。

 ただし、コズバーンの場合、大きすぎたため、所持品と本人は別々に転送されてきていた。納得いかないのか、彼は髭の生えた口を動かしながら言う。


「全く、このようなものがなくとも、我は……」


 後から転送されてきた大斧バルバロッサと大剣二つを手に、アストールの元へと向かう。

 前途多難な道のりは、意外にあっさりした形でアストール達をガリアールへと導いていた。アストールは集まった従者一同と、ウェインに目をやって笑みを浮かべる。


「仕事です。行きましょう!」


 笑みを浮かべたアストールに、全員が頷いてみせる。


 こうして、アストールの、ガリアールへの道が開かれた。やることは一つ、体を取り戻すために、ゴルバルナと関係していると思われる黒魔術師を探し出すことだ。

 意気込み新たに、アストールは踵を返し、ガリアールへと足を踏み出していた。




2022年7月3日 一部改稿しました。

誤字、描写の修正を行っています。

ストーリーには影響ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ