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いざ、ヴァイレル城へ 3

「順調に研究は進んでいるんだろうな?」


 金髪の男は街の一角にある宿舎の一室で、水晶を持って話しかける。その手に持つ水晶玉より、しゃがれた壮年の男の声が返事をしていた。


「もちろん、貴様のおかげですべて順調よ。実験で成功した魔晶石も、既に五十を揃えた。あとは、お主の頼んだ魔鉱石を待つのみだ」


 男の報告に満足したのか、金髪の男は大きく溜息をついていた。

 自分の治める領地に、ケニー達に調達してもらった物を運び込むのは、少なくとも二週間はかかる。距離があり、関所も通らなければならない。


 だが、あの黒魔術師であり、裏の商売人ケニーならば、安全に送り届けてくれるだろう。

 男にそう思わせるほど、ケニーはやり手である。

 なおかつ、魔鉱石と呼ばれる特殊鉱石を入手し、それを秘密裏にこの国に持ち込んで運ぶことなど、到底できることではない。


「あと、二週間もすれば、そちらに魔鉱石も着くはずだ。それまで、待たれよ」


「ふむ。そうか。そちらも順調のようだな」


 男の声に、金髪の男は苦笑して答えていた。


「そうでもないらしい。また、あとで連絡をする」


 男は水晶を懐にしまうと、旅路に使う外套をはおって手荷物を持ち、腰に剣を付ける。

 そして、部屋から出ようとドアノブに手をかけた。

 握ると同時に外側からドアノブが回され、金髪の男はすぐにドアから離れる。そして、すぐに背を向けて、窓の前へと駆けていく。


「見つけたぞ! やはりエストル元騎士団長だ!」


 後ろから聞こえてきた声に構うことなく、金髪の男、エストルは窓から飛び出していた。

 泊まっていた場所が一階ということもあり、何の支障もなく宿屋の外へと出る。だが、宿は背の高い塀で囲まれていた。このまま、外に出ることもできない。


「奴らが来ているということは、表も裏口も、待ち構えているだろうな」


 エストルは走りながら袋から鉤爪のついたロープを取り出す。そして、その鉤爪付のロープをぐるぐると回して、塀の上に向かって投げていた。

 塀をしっかりと捉えているかを、ロープを引っ張り確認する。

 後ろの追手は目の前まできていたが、エストルは華麗な身のこなしでロープを伝って軽々と塀をこえていた。

 エストルの目の前に広がるのは、露店の前を行きかう人の群れ、目抜き通りだ。


「ま、待て! 本部で少し事情を聴くだけだぞ!? なぜ逃げる!?」


 下からかかる声に、エストルは笑みを浮かべて答えていた。


「なぜ? お前たちもそろそろわかってるんじゃないのか? それにしても、甘いな。俺を本気で捕まえたいなら、この宿の全周を包囲すべきだ」


 そう言ってせせら笑いながら、エストルは塀を飛び降りていた。すぐに後を追って、近衛騎士達が塀に上がる。

 だが、彼らが塀に上がりきった時には、エストルは人ごみの中に姿を晦ましていた。

 愕然とする近衛騎士。


「ここまで、追いついたのに、逃げられた……」


 近衛騎士の呟きは通り喧騒に、かき消されるのだった。





 イレーナとの密談を済ませたアストールは、すぐにグラナ騎士団長の元に赴き、無事を報告しに来ていた。

 一連の騒動を説明していく中で、あくまでも襲撃はクーマン族のものであると偽らなければならず、アストールは胸を締め付けられていた。

 一通りの報告を聞き終えたグラナは、表情を暗くして呟くようにいっていた。


「クーマン族の襲撃か……。難儀なことを押し付けて申し訳なかった」


 グラナは顔を顰めて目の前に立つアストールを見つめる。アストールもそんな彼を不憫に思いながら、見つめ返していた。


「いえ、今回の一件、私の責任にあります。近道をしようといったのは、私ですから」


 凛とした声が騎士団長の部屋の中に響き、グラナはほっと溜息をついていた。だが、その表情は相変わらず暗い。


「クーマン族と我が国は、ほぼ、断絶状態。お互いに不可侵不交流を続けているゆえ、彼らには注意も促せぬ。だから、私には今回の一件で、エスティナ殿には何もしてやれん」


 がっくしと肩を落としたグラナが、再び溜息をついていた。


「なにも落ち込まなくても」

「いや、そなたを危険な目に遭わせぬために護衛もつけていながらこの失態。もっと護衛を増やすべきか」


 グラナの言葉にアストールはどきりとする。

 これ以上従者以外の知り合いが増えるのは、彼女かれとしては好ましくない。


 ましてや、エメリナのような訳あり従者が付いたばかりで、護衛に不審に思われかねないのだ。姫のことは他言無用ゆえ、面倒事を引き起こしそうなことは、少ない方がいい。


「あ、あの、グラナ様。わたくしには優秀な従者がおります。それに今回、私の命を助けてくださった方も、私の従者となりましたし、ウェイン殿もこられます。護衛は万全です。逆にこれ以上多くされては、私も動きにくいですわ」


 アストールが率直な意見を言うと、グラナは唸りながら答えていた。


「ふむ。それもそうか。いや、だが、それではアストール家に対して顔向けできぬ」


 グラナはそう言ったきり、何か考え込んでいた。

 アストールとしては、これ以上のお節介はしなくいでほしい。だが、グラナとしては孫ほども年の差があるアストールに、大怪我をさせてしまった責任から、深くこの事件を受け止めていた。

 それゆえに、お節介をせずには居られないのが、本音だろう。


「私は大丈夫です!」


 思いつくことがなく、アストールはただ彼に力強くいってきかせるしかなかった。


「う~む。そなたがそこまで言うのであれば仕方あるまい。護衛はウェインに一任しよう」


 ようやく分かってくれたのか、グラナはアストールの意見を受け入れていた。


「今度こそ、無事にガリアールに行き、任を果たしてきます!」


 アストールの言葉を聞いたグラナは、不安そうな表情で頷いてみせる。


「ん? 所でその腰の新しい剣は?」


 グラナはふと腰に輝く両手剣を見て、アストールに問いかける。

 剣の鞘には蔓の装飾が施され、白く輝く鞘と相まって美しく剣そのものを飾っている。

 その剣が目につかないわけもなく、グラナは当然の様に聞いていた。


「これは私の従者より献上されたものです」


 そう言ってアストールは答えると、グラナは微笑んでいた。


「そうであったか。ならばよいのだが、三十年ほど前に国宝の剣が盗み出され、行方がしれなくなっていてな……。聞き及んでいるその剣の装飾に似ていて、気になったのだ」


 グラナの言葉を聞いた時、アストールは思い返す。


(そういえば、エメリナって盗賊だよな……)


 そう、エメリナはガリアール出身の盗賊だ。家系が代々盗賊をしてきたかはわからないが、もしそうだとすると、今腰にある剣が国宝である可能性は十分にある。

 なにせ、彼女の家の家宝とも言っていた代物のだ。

 とはいえ、確証は何もなく、この剣の出どころも分からない以上は、国宝であるとも限らない。結局は、分からずじまいだろう。


「それはそうと、宮廷魔術師達が、以前見つけた魔法帝国の遺跡の転送装置が使用できるらしいではないか。なんでもガリアールに繋がっているとか」


 グラナの言葉にアストールは再び背筋を冷やしていた。

 アストールには実験と伝えていたものの、どうやらグラナには完全に使用可能と報告しているらしい。

 イレーナは近衛騎士団にも手を回していたらしく、その手際の良さだけはアストールも感心せざるをえなかった。


「その転送装置を使用すれば、なんでも人間をガリアールに安全に送り届けられるそうではないか」


 その言葉を聞いた時、アストールは微妙な表情を浮かべる。本来ならば、彼に真実を告げておきたい。だが、今はそれが許される状況ではないのだ。

 もしも、彼に真実を告げたなら、それこそ、従者もろとも犯罪者にでっち上げられかねない。イレーナはそれほどまでに強大な権力を手にしているのだ。


「あ、はい。その、何が仰りたいのですか?」

「その転送装置を使用して、貴公にはガリアールに赴いて貰いたいのだ」


 満面の笑みでいうグラナ。彼は知らないのだ。

 この魔法転送装置が未だ、実験段階の代物であることを。

 知っていれば、真っ向から拒否しているだろう。

 だからこそ、この様に笑みを浮かべて彼女に提案していたのだ。


「あ、え、まあ、断りはいたしませんよ」


 苦笑を浮かべるアストールは、グラナに微妙な返事をしていた。


「ん? 何か不安なことでもあるのか?」


 グラナはアストールを孫の様に思っているのか、彼女に最大限の気配りとお節介をしてきていた。もしも、ここでアストールが嫌だと断れば、グラナはすぐにでもイレーナ、もしくは、それを伝えた人物に断りを入れるだろう。そこまで考えたところで、アストールはすぐに結論をだしていた。


「あ、いえ、何もありません」

「ふむ。そうか。ならばいいが。もしも、何かあったら、すぐに私に知らせるのだぞ。今度という今度は、貴公を危険な目に遭わせるわけにはいかない」


 安全という言葉に踊らされたのか。はたまた、王国からの直接の達しを信頼しているのか、その両方なのか。

 グラナは何も知らされず、アストールを魔法転送装置へといざなうのだった。




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