いざ、ヴァイレル城へ 2
予定通り、王城に着いたアストールとエメリナは、メアリー達と別れた後に、地下室へと半強制的に連れてこられていた。
通された部屋は王城の中でも、一部の者が密会で使うような地下の一室だ。
地下とはいえ、湿度が高く、とても衛生的な場所とは言えない。
また、ここがかのゴルバルナの秘密の研究室があった場所の真下とは、誰も気づきはしないだろう。
警備は物々しく、アストールとエメリナの周囲には完全武装の近衛騎士六人が付いていた。だが、この部屋に軟禁されてからは、再びエメリナとアストールの二人だけの空間が広がっていた。
「あのさー、一ついい?」
「なに?」
エメリナが不安を隠さずに、アストールに問いかけていた。
「あなたの君主たる王はさ、自らの騎士をこんな所に閉じ込めるの?」
そう言われても仕方がない。
外にはいつでも突入できるように、近衛騎士が六人も待機している。それに加え、ここに来る前に、武器は全てメアリー達に預けていた。
丸腰の女性二人に対しては、警備が過ぎると言ってもいい。
「ま、一応あなたは罪人扱いだし、それを匿った私も同罪ですからねぇ」
アストールはそう言うと、頭に両手を添えて椅子にもたれ掛る。
「随分と楽観的なのね」
余裕たっぷりのアストールを前に、エメリナは余計に不安感をあおられた。
相手は一国の姫君、しかも暗殺者を駆使してまで口を封じようとしてきた相手だ。
そんな相手の懐に居て、なおかつ、自分たちの命は向こうが握っている。それを不安に感じないとなれば、よほど神経が太い人間だろう。
「ま、大方、相手の出方も分かってますし、一つ言えるのは、絶対に弱気な態度は見せちゃダメだってことです」
アストールはそう言うと、木製のドアを見つめた。
ドアの向こう側で、近衛騎士が姿勢を正したのか、騒々しく甲冑が擦れ合う音が聞こえる。それで、ようやくここにお目当ての人物が来たことがわかった。
ゆっくりと開かれる片開きの戸。
金具が擦れ合う音が部屋中に不気味に響いて、二人は改めて腹をくくる。
「お待たせしました。このような扱いをしてもうしわけないのですが、ご辛抱ください」
その扉の前にいた一人の女性が、凛とした声で二人に言い聞かせる。
「あら? 姫様はどちらに?」
お目当ての人物がいないことに気付いて、アストールはその女性に問う。
「姫様はご公務中ですゆえ、代わりに私、執務官のイレーナ・ファルナが交渉の席に着くことになりました。以後、お見知りおきを」
執務官というだけあってか、女性物の執務服に身を包んでいて、侍女とは明らかに違う成り立ちを見せる。声にも張りがあり、その堂々とした態度が、やり手であるとアストールに思わせた。
軽く礼を済ませた後、イレーナは戸を閉めて交渉の席に着く。
「さて、お話を始めましょうか」
女子会というにはいささか場所も雰囲気も重苦しいその部屋で、三人は向き合っていた。
笑みを浮かべたイレーナを前に、アストールとエメリナは警戒する。
こういう場で、すんなりと笑みを浮かべられる様な人間、余裕をもってこの会談にあたっていることが分かる。
それもそのはず、外には彼女の息のかかった近衛騎士がいて、殺そうと思えばいつでも殺せるのだ。首に刃物を突き付けていることを、暗に示しているようにさえ思える。
「さて、あなた達の処遇ですけど……」
イレーナは笑みを浮かべたまま、正面の二人を交互に見る。そして、刃物のような口元で、二人に告げる。
「エメリナさんにエスティナさん。二人とも国家機密を知った以上、ただで返すわけにはいきません」
予想通りの答えに、アストールは内心ほくそ笑む。
「だけど、ここであなた達を殺すこともできません。あなたの従者がいる以上はね」
イレーナはそう言って腕を組んだ後、笑顔のまま首を傾げていた。
小言で「どうしましょうか」などと言ったりする始末だ。
アストールはそれを見て、口を開いていた。
「私たちはどちらかというと加害者ではなく、被害者です。それも理不尽な姫様の我がままに付き合わされて、命が危ういのです」
イレーナは相変わらずの笑みのままアストールを見据える。
「何がいいたいのかしら?」
「私たちの罪の一切を取り消してほしい」
イレーナは彼女の唐突な言葉に面食らったのか、笑顔を消していた。
だが、すぐにイレーナは元の笑みを取り戻して、アストールを見据える。
「もちろん、ただで? というわけじゃないですよね?」
「ええ。今回の件に関しては、他言無用。沈黙を貫き通します」
アストールはそう言うと、イレーナを見据える。彼女は笑顔のまま問いただしていた。
「たった、それだけ?」
そんなイレーナに臆することなく、アストールは続けて言っていた。
「いえ、まだあります。私の方は近衛であるから、心配はないかもしれない。だが、エメリナは違う。自由にすれば、それこそ情報が漏れかねない。だから、ここで一つ提案をしたい」
「何?」
「エメリナを私の従者にすることです」
アストールの従者にしてしまえば、それこそエメリナを監視下に置いているも同義と言っていい。逐一、アストールと行動を共にしさえすれば、問題はない。
アストールが真剣な眼差しをイレーナに向けると、彼女は笑みを浮かべたまま微動だにしない。不気味な沈黙が場を支配し、エメリナは喉を鳴らしてつばを飲み込んでいた。
「いいでしょう。その条件飲みます」
イレーナの言葉に、二人は安堵する。それを見たイレーナは続けて口を開いていた。
「安心してもらうのはまだ早いです」
アストールとエメリナはその言葉に、表情を凍らせる。一体どういうことなのか。
イレーナは二人を交互に見た後、笑みを消していた。
「エメリナさんの手配も全て解除して、あなた方の罪の一切を不問とする条件も飲みます。その代わり、こちらのちょっとした実験に協力してもらいたいのです」
イレーナの意地悪い笑みを見て、アストールはここで嵌められたことに気付いた。
最初からこちらがどんな条件を出そうとも、イレーナはもとより飲み込むつもりだったのだろう。そう、彼女はただ、実験動物が欲しかったのだ。
「実験?」
アストールは鋭い目つきで、イレーナを睨みつける。彼女はそれに動じることなく、相変わらずの目だけ笑っていない顔で機嫌よく答えていた。
「最近になって、王城の地下から、魔法帝国時代に作られた遺跡の一部が発見されたんです。その遺跡なんですけど、魔法で物質を転送するのに使えることが分かったんです」
イレーナの顔には天使の様に微笑があっても、その目だけは笑っていない。そんな不気味な顔が、アストールの動揺を誘っていた。
「それがまた、驚くことに今でも使用可能なのですよ。そこで実験で物を転送してみたところ、ガリアールの郊外にある遺跡に届いたっていうんです」
エメリナとアストールはその言葉で大方のことに察しがついたらしく、表情が一瞬で青ざめていく。
「何がいいたいの?」
分かっていてもあえて聞くと、イレーナは優しく笑いながら答えていた。
「あなたは、なんでもガリアールに行く任務を言い渡されているらしいじゃない?」
「……まさか」
アストールは愕然としながら、イレーナを見ていた。
「私、察しがいい人は嫌いじゃないわ。例の転送装置、物は転送できたんですけど、生き物はまだ転送したことないんです。そこであなた達二人には、その遺跡からガリアールにとんでもらいたいんです」
冷静になって、アストールは一呼吸置いた。そして、考えをまとめだす。
いくら魔法転送装置で物体の転送に成功したからと言って、生き物がそこに生きた状態で転送される保証はない。
ましてや、古代魔法帝国時代の物が使えるからと言って、原理も分からずに使用しているのならば、暴走した際に何が起こるか分かったものではない。
転送途中に空間の歪みに巻き込まれ、出てこれなかったりするかもしれない。
もしかすると、過去へ飛んでしまう危険さえある。
ジュナルがやたらと転送魔法を使いたがらないので、アストールは一度理由をきいたことがあった。その時、彼はそう言っていたのだ。
転送魔法がそこまでリスキーなものだと知って以来は、容易に使用しようとは思わなくなった。はずだったのだが、今はその転送魔法を使わなければならない状況に陥っていた。
アストールはイレーナを睨みつけると、そのまま腰に手を回す。だが、剣がないことに気付いて、歯噛みした。
「まさか、嫌とは言いませんよね?」
イレーナは勝ち誇ったように言うと、懐からベルを取り出して、一度だけ鳴らす。
ベルの音が聞こえると同時に木製の戸が開き、中には完全武装の近衛騎士が入ってくる。
イレーナがその近衛騎士達に目配せをすると、彼らは腰の剣の柄に手を添えていた。
暗に断れば容赦なくこの場で殺すと、脅しをかけるイレーナを前に、アストールは奥歯を噛みしめていた。だが、少しだけ時間をおいてから、アストールは冷や汗をかきつつ口をつりあげる。
「いいのか? 私を殺してしまって?」
アストールの最後の悪あがきとも思える言葉に、イレーナは彼女を問いただす。
「どういうこと?」
「私を殺せば、必ず、従者たちは不審に思って、真相を探り出す」
それを聞いた時、イレーナは「なるほど」と小言を呟きながら、続けて言う。
「いいですわ。その時は、どんな手段を使ってでも殺せますから。ましてや、死人に口なし。ここで反逆罪の罪であなたを殺してしまえば、あなたの従者も共犯者ですから、公式に処刑することだって簡単なことです。ましてや、あなたは盗賊の逃亡を手助けしたのですから、殺されても文句は言えませんよ?」
イレーナの用意周到さに、アストールははらわたが煮えくり返る思いで彼女を睨みつけていた。
そう、この会談には最初からこちらに選択肢などない。二人に実験を強制するためだけに設けられた密会にすぎない。
エメリナはがくりと肩を落として、机を見つめる。アストールは自分の見立てが甘かったことに心底嘆きながらも、選択肢がないことに腹を立てていた。
「わかった! やる! やればいいんでしょ!」
アストールは自棄気味に、イレーナの申し入れを受け入れていた。
「引き受けていただき、ありがとうございます」
上辺だけの言葉、それが余計にアストールの感情を逆撫でする。それでも、騎士を従えたイレーナには、とてもではないが、殴りかかれない。
アストールは立ち上がると、エメリナを連れて無言のまま立ち去ろうとする。その背中にイレーナが声をかける。
「あ、それと、成功すれば、あとから従者全員とあの若い近衛騎士も向かわせますから、そこらへんはご心配なく」
数瞬立ち止まっていたアストールだが、すぐにその場から足早に立ち去る。それにイレーナは満足げに笑みを浮かべていた。
「さて、帝国の魔導の実験も行えますし、王国にこれでまた一つ、寄与できましたわ」
そう言ったイレーナは騎士達を引き連れて、地下室を立ち去っていくのだった。
2022年7月2日 一部改稿しました。
誤字、描写の修正を行っています。
ストーリーには影響ありません。