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いざ、ヴァイレル城へ 1

 朝靄の立ちこむ河原から空を斬る鋭い音が響き、エメリナは目を覚ます。

 音につられて家の外に出てみると、そこでは一人の女性が細剣を構えて素振りをしていた。エメリナはそれを見て、呆れ半分感心半分の妙な気持ちになる。


(なんて回復力よ。まだまるまる三日経ってないのに)


 エメリナは剣を振るう女性、エスティナ・アストールを見て呆れ返っていた。

 つい三日前まではベッドで安静にしておかなければならなかった体が、細剣を振るうまでに回復していた。

 レニの懸命な治療と本人の回復力が驚異的なことが、今の彼女かれを突き動かしていた。あの夜、レニはアストールの傷を治すために、一晩眠ることなく治療を続けた。

 結果、今のアストールは元の元気な姿を取り戻したのだ。


(まったく……。従者が従者なら、主人も主人ね)


 あくまでも、治癒魔法は怪我を治すための補助である。本人が本当に心の底から体を治したいと思わなければ、いくら治癒を施そうと、綺麗に治ることはない。


 あの怪我ならば、表面の傷が治ったとしても、完全に体力を回復させて動かせるようになるまでに、五日はかかるだろう。特に女性ともなれば、男のような体力があるわけでもない。そこを彼女かれは、まるまる二日使って治してしまっていた。

 ある種、化け物めいた回復力を前に、感心してしまうほどだ。


 そう思いながら、エメリナはアストールに目を向ける。

 右に振るった剣は、次に左に切り上げられる。かと思えば、袈裟がけに空を斬る。


「綺麗な型ね」


 剣をふる度に舞う、透き通るような金髪と、それに呼応するように振るわれる白刃。

 見ている者に感嘆の溜息を、つかせてしまいそうなほど美しい。


 だが、それにエメリナは少し違和感を持った。

 綺麗な型の剣舞、けして、違わぬことのない太刀筋。

 何も違和感を持つ部分などないはず。

 だが、確かに感じるのだ。何かが変なのだ。と。

 エメリナは真剣な眼差しで、アストールをじっと観察する。


「ああ、なるほどね……」


 しばし観察していたエメリナは、ようやくその違和感が何かに気付いた。

 エメリナはその場から立ち去ると、すぐに家に戻っていた。


 一頻り細剣の素振りを終えたアストールは、首をかしげながら自分の右手に目をやる。

 女性の手が握る細剣。

 それをいくら綺麗に振り回そうと、出来ることなど知れている。最下級の妖魔でさえ、一匹、二匹を倒すのがやっとだ。

 そんな自分が歯がゆく感じられて仕方がない。

 自然とアストールは柄を握りしめる右手に力をいれていた。そして、苦笑する。


「なかなか、うまくいかないもんだな」


 今の自分の構えは、明らかに大剣を意識したもの。

 細剣の扱いを知らないわけではないが、どうにかしてこの得物を、一番体に馴染んでいる構えで振り回したい。

 そう思ったからこそ、練習をしてみたのだ。

 だが、早々うまくいくほど、現実は甘くはなかった。

 ただの素振りであれば、問題はなかっただろう。違和感こそあれど、思い通りに細剣は振るえている。だが、いざ、この構えを実戦で使ってしまうとどうだろう。


 相手の筋肉に食い込みはするだろうが、切断は確実に不可能だ。

 ましてや、妖魔相手となれば、致命傷など与えられないだろう。

 よくて筋肉を斬って、骨に到達するのが関の山だ。ましてや、妖魔のような頑丈な生き物であれば、筋肉に刃が刺さって抜けなくなる危険性もある。


 ジュナルに魔法の属性を付与してもらうこともできるが、常に彼に頼りっぱなしでは示しもつかないし、何より彼に大きな負担となってしまう。

 だからこその練習であったが、成果は今ひとつ上がらなかった。

 落ち込みながら、アストールは細剣を腰の鞘にしまう。


「これでやってみなよ!」


 突然エメリナの声がアストールの後ろから声がかかる。彼女かれは驚いて振り向いていた。アストールの目の前に、鞘に収まったバスタードソードが迫る。

 投げられたその剣を、アストールは反射的に、顔面にぶつかる前に手で受け止めていた。


「い、いきなりなんだよ! 危ないじゃないか!」


 もしも剣を受け止めそこねたら、それこそ、その美しい顔を傷物にされていたかもしれない。アストールの怒りに、エメリナは笑みを浮かべて答えていた。


「ごめん。ごめん。それより、私の渡した剣を使って、もう一度さっきの剣舞を見せてよ」


 アストールは不服そうにしながらも、渡された剣の柄を握っていた。そして、勢い良く鞘からその白刃を抜いていた。


 朝日を反射して、真っ白く光る美しい銀。

 金色の装飾が施された柄に、負けないほどの名刀であるのがひと目でわかる。

 細すぎず、太すぎない、刃の厚さは女性が片手で剣を振り回すのに、限界ギリギリの重みを持っている。だからと言って、重すぎるわけではない。

 両手で剣を構えれば、軽々と振り回すことはできそうだった。


「こ、これは?」


 アストールはそのバスタードソードを握ったまま、エメリナに顔を向けていた。


「さ、やってみてよ」


 エメリナに促され、アストールは少しだけ躊躇しつつも、剣を構える。そして、いつもやっているように剣を振るっていた。


 地に足をしっかりとつけて腰を据え、胸筋腹筋、腕、全身を使った一撃。

 重みのある剣だからこその構え、多少筋肉に無理がかかる程度ではあるが、細剣よりも格段と扱いやすい。

 一振りで体に慣れ浸しんだ感覚を思い出し、アストールは口元を釣り上げる。

 右に左にと、両手で剣を振るい、荒々しくも流麗な身のこなしが、長物の剣と相まって、その姿は美しくも雄々しい。

 虎のような獰猛さと、孔雀のような華麗さを兼ね備えた異様な剣舞。

 それがエメリナから言葉を奪っていた。


(いい、これはいい!)


 一人笑みを浮かべて、アストールは剣を振るい続ける。

 それはまるで、水を得た魚のごとく、勢いは増していくばかりだった。

 空気を斬る刃が、段々と鋭い音に変わっていき、朝靄さえも切り払っていくかのようだ。

 一頻り剣を振り終えたアストールは、鞘にしまってエメリナに向き直る。

 彼女はアストールに見とれていたせいか、目を向けられて慌てて姿勢を正していた。


「エメリナ、この剣は?」


 満足そうな表情を浮かべるアストールを前に、エメリナは口をつり上げて答えていた。


「私の家宝よ」


 一言だけ告げるエメリナに、アストールは表情を真剣なものに変えていた。


「お、おい、そんな大事な物、私に振るわせて大丈夫だったのか?」


「いいの、いいの。どうせ私じゃ使えないし、私が嫁いじゃうと、家柄だって途絶えるんだし。どうせなら、あるべき場所にあった方が、その剣も喜ぶでしょ?」


 軽い口調で言うエメリナを前に、アストールは表情を暗くする。

 いくら家が断絶するからと言って、そんな大切な剣を貰うわけにもいかない。家宝ならばなおさらのこと、お金を出してまで買おうとも思わない。


「そ、それはそうだが、こんなもの、いただけない」


 アストールが気を使ってエメリナに言うと、彼女は笑みを浮かべて言う。


「誰も、ただであげるなんて言ってないわよ?」


 エメリナの満面の笑みを見て、アストールは少しだけ不審に思いつつも聞いていた。


「え、あ、そ、そうか。というか、お金出してまで、買い取るわけにもいかないだろう」


 エメリナはその言葉を聞いて、考え込み始める。


「んー。それもそうね。だったら、命を救ってくれたお礼として、受け取ってくれればいいじゃない」


 エメリナの言いようから、どのみち彼女がこの剣を手放すことを決め込んでいたのがわかった。しかし、家宝とまで言われた剣を、そう易易と受け取れるものか。

 アストールは躊躇していた。


「しかし、本当にいいのか?」


 いまだ迷いを見せるアストールを前に、エメリナは笑みを浮かべたまま答える。


「いいの、いいの。さっきも言ったでしょ。“あるべき場所にあったほうがいい”って」


 そう意味深に言うエメリナを前に、アストールは困惑しつつもその剣を鞘にしまっていた。そして、自らの腰に付けると、真剣な表情を彼女にむけていた。


「ああ、わかった。じゃあ、この剣は受け取らせてもらおう。あと、この剣を貰ったお礼と言っては難だが、エメリナ、君の命を必ず守って見せよう」


 アストールの言葉を聞いたエメリナは、すぐに吹き出しそうになるのを押さえる。


「ちょっと、どうしてそうなっちゃうのかな。もう。私からしたら、あなたに救われた恩は、返しきれないほど大きいのよ」


 エメリナは彼女かれを茶化すように言う。

 アストールはそれに不思議そうな表情を浮かべた。


「そ、そうでもないだろう?」

「いやいや、自分の命を犠牲にしてまで、他人を助けようとする人なんて、なかなかいないわよ。そんな馬鹿な人」


 エメリナの最後の一言が気になったが、それでも、アストールは悪い気はしなかった。

 それだけ、彼女が自分に感謝しているのが、その言葉からわかったからだ。


「そうか。まあ、いい。王城に乗り込むまで、もう少し辛抱してくれ」

「ふふ。ついこの間まで、自分が辛抱しなくちゃいけなかったのに、今じゃ立場が真逆ね」


 エメリナはそう卑下したように言うが、自然とその表情が楽しそうなものになっていた。

 この時はまだ、エメリナ自身、自らが仕える主と、この王国に降りかかる前途多難で波乱に満ちた道に巻き込まれようとは、予想もしていなかった。


「さて、あと少しだ」

「そうね」


 朝日の降り注ぎ始めた河原で、アストールとエメリナは王城に向かうための決心を、目を合わせて、お互いに確認し合うのだった。


2022年7月2日 一部改稿しました。

誤字、描写の修正を行っています。

ストーリーには影響ありません。

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