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黒い幕が開かれる時

「それで、遺体は確認したのですか?」


 王都ヴァイレルの商館のとある一室で、不満げに腕を組む女性。

 恰好こそ一般庶民が着る服を身にまとっているが、その態度からは高貴さが見て取れる。

 そんな女性の前で、一人の男が困り果てた顔で跪いていた。


「いえ……。それは……」


 男はそう言ったきり黙り込む。

 女性はそんな男に対して、腕を組んだまま睨みつける。


「高いお金を払って私はあなた達を雇ってるのよ? まさか、死体も確認せずに仕事できましたって、言うつもりなわけですか?」


 男はそう言われて、言い返す言葉が見つからない。あげくようやく出た言い訳が、これだった。


「しかし、奴の左腕を斬りつけて、崖下の濁流に落としました。あの激流は深手を負って泳ぎ助かれるほど甘いものではありません」


 男の言葉に女性は、呆れたかと思えば今度は怒りを露わにしていた。


「何を言うのかと思えば、そんな屁にも糞にもならない報告はいりません。私が欲しいのは、あの女が死んだという確証です。髪の毛でも指でも腕でも頭でも、切り取って持ってきてはどうです!?」


 男は自らが暗殺者という職業についていながらにして、目の前の女性に恐れを抱いた。

 確かに確たる証拠が上がらない以上は、この様に報告をすべきではない。

 何より遺体が出てこない限りは、後金も支払われないことだろう。だからと言って、そこまでして、確たる証拠を得ようとする女性に、背筋を冷やしたのだ。


「わ、我々もかなりの犠牲を払っております。今回参加した者のうち、半数が死傷しております。この状況で確認しろという方が、酷な注文かと思います」


 男の必死の弁明を聞いた女性は、それ以上怒ろうとはしなかった。

 その代わりに男に浴びせられるのは、侮蔑の混じった見下した視線だった。


「まあ、いいですわ。こちらからも、捜索隊は出させていただきますし、報酬は遺体を発見しだい、支払わさせていただきます」


 女性の言葉にうだつの上がらない男は、頭を垂れて答えていた。


「は、御意に。よいご報告をお待ちしております」


 本来ならば自らが確認しなくてはならない作業である。

 だが、あの濁流に飲み込まれては、遺体があがってくるかもわからない。

 捜索隊を出しても、無駄足である可能性が高いのだ。


「ええ。それでは、私はこれにて御暇させていただきます」


 女性はそう言うと、その一室から出ていく。

 廊下に出れば吹き抜けの二階廊下に出て、外側は商談に忙しい商人たちの声で騒がしい。

 活気溢れているのはいいことだが、時間も既に太陽が沈みきった真夜中だ。

 いい加減に寝ればいいのにと、女性は商人たちを目にしながら思うのだ。

 そんな彼女は、騒がしい商館からそそくさと出ていき、外で待たせていた馬車に乗っていた。

 馬車の中には一人の男性が待っていて、その女性を出迎える。


「どうでしたか? 結果は?」


 男性の笑みを見た女性は、不満そうに答える。


「全然だめです。あれがこの王都一の裏の暗殺者と言うのなら、あれに払うお金をどぶに捨てた方がマシです」


 その言葉をきいた男性は、苦笑していた。


「そんなに酷かったのですか?」

「ええ。全く。死体も上がってないのに、報酬を要求してきて、何様のつもりでしょうね」


 大きく溜息をついた女性は、なぜか呆れ顔になる。そして、続けていた。


「同じ場所で、二度も失敗するなんて、プロの名が聞いて呆れます」


 そういう女性は大きく溜息をついていた。


「あの、もしや、エメリナという盗賊も失敗していたのですか?」


 意外そうに聞く男性を前にして、女性は驚きの表情で答えていた。


「あら、言ってませんでしたっけ?」

「は、はい。初耳であります」


 男の反応を見た女性はため息を吐くと、また元の不機嫌そうな表情で答えていた。


「あのエメリナという女性の方がよっぽどの手練れだったわ。暗殺者の追手を簡単に逃げきりましたから。でも、逃げ込んだのが、あの妖魔が山ほどいるあの森の中ですから、生きてるかどうかわかりませんけどね」


 彼女は祝賀会の後、すぐに手配していた暗殺者を、依頼を出していたエメリナに差し向けていた。それは良かったのだが、エメリナは流石に王城に侵入しただけあってか、追手を掻い潜り、挙句の果てには戦時用臨時連絡路に逃げ込んでいたのだ。

 もちろん、暗殺者たちも彼女を追って、どうにか追い詰めることに成功する。だが、エメリナは三人いた追手のうち、二人を殺害して逃げ延びていたのだ。

 その後、彼女の行方は分からず、未だに全国に手配書が貼られている始末だ。


「あー。これでは、ノーラ様に顔向けできませんね」


 頭を抱える女性を前に、男性は苦笑して彼女に言う。


「イレーナ殿、ノーラ様には、この事は秘密ではないのですか?」


 男性の言葉にはっとなったイレーナは、苦笑して答えていた。


「ああ、そうでした。そうでしたね。ごめんなさい」


「さて、御公務を控えたノーラ様がお待ちです。さっさと帰りましょう」


 男性はそう言うと、馬を操る従者に対して一声かけて馬車を進ませていた。


「全く。死んでいれば、いいのですがね……」


 イレーナの恐ろしいつぶやきは、馬車の揺れる音によってかき消されていた。


「今朝、彼女の従者たちと近衛騎士の捜索隊が出ていましたから、見つかるのも時間の問題でしょう」

「だと、いいんですけどね……」


 男性はそう言って笑みを浮かべるが、イレーナは不満そうに肘をついて外を見るだけだった。

 窓の外に向かって顔を向け、空に浮かぶお月様を見やる。

 月は赤黒く光を放ち、有り得ないほどに大きく綺麗な満月を見せていた。


 そんな不気味な月の輝く夜の闇の中。


 イレーナを載せた馬車は王城に向かってゆっくりと進み出していた。




2023年1月13日 一部改稿しました。

誤字、描写の修正を行っています。

ストーリーには影響ありません。

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