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波乱の旅立ち 2


 コズバーンとウェイン、そして、その従者の奮戦もあってか、敵をどうにか半減させることに成功していた。

 そこから、すぐにウェインとメアリーがアストールの元に駆けていく。

 その間にもジュナル達は、山の民との戦闘を余儀なくされていた。

 ウェインの従者二人とコズバーンが戦っている合間に、ジュナルは魔法を詠唱して敵を確実に一人ずつ業火で滅していく。

 その冷酷な姿はもはや、黒魔術師をも連想させる。

 メイスを構えてジュナルの背中をレニが警戒している。

 それもあってか、一行は多数の山の民相手に善戦していた。

 山の民たちは自分たちが不利と判断したらしく、損害が出過ぎたことに気づいてか、ようやく引き始めていた。


「全く、手ごわい相手でしたな」


 冷や汗を袖で拭くジュナルに、コズバーンは活快に笑って答える。


「むははは! 他愛もない。さて、我が主に加勢しに行くか」


 コズバーンは斧を肩に担いで、ゆっくりメアリーたちの方へと歩みだしていた。

 それに続いて、ジュナル達一同も続く。


「ねえ、ジュナル?」

「何かなレニ?」


 あれほどの乱戦の中、顔色一つ変えずにレニは戦っていた。そこはやはり、神官戦士としての覚悟と心構えができている証拠なのだろう。

 ジュナルは感心しつつ、レニを見返していた。


「この敵、戦い方がものすごく組織的じゃありませんでしたか?」


 レニの指摘したことは、ジュナルも薄々ながら感じていた。

 彼は組織的と言っても、狩りをするのにお互いに連携をとるとか、そう言う意味で言っているのではない。二人が疑問に思ったこと、それは相手がまるでどこかの軍隊で訓練されているかのごとく、統制がとれていて、引き際もそれなりにわきまえていた。

 部族の人間が狩りや戦闘を行う連携よりも、さらに緊密に、そして、あたかも、予め従者とアストールを分断するかのように戦っていたのだ。


「においますな……」

 

 ジュナルは一言呟いて、周囲を見回す。

 今となっては、焼け焦げた戦士たちが横たわり、虫の息の者さえいない始末。

 死人に口なし、真相は闇の中だった。


「アストールーー!!!」


 メアリーの悲痛な叫び声が、突然森の中に響き渡る。


「まずいことでも起きましたかな」


 ジュナルはそう言うと、その場を駆けだしていた。コズバーンを追い抜かし、その外見からは想像もできない速さで走る。

 その後にレニ達も続いていく。

 そうして、全員が橋に辿り着いた時、橋の上で座り込むメアリーがいた。彼女の隣では、服を脱ぎ棄てるウェインが、上半身裸になっていた。

 ジュナル達は警戒するものの、橋の上には切り倒されている男が倒れているだけで、他に山の民の姿は見当たらない。

 全員がメアリーとウェインの元に駆けよっていく。


「な、何事か!」


 ジュナルの言葉にメアリーが震える手で、細剣を拾い上げる。

 そして、彼の前に差し出して言うのだ。


「ア、ア、アストールが……。アストールが……」


 揺れる瞳には涙を浮かべ、震える唇は彼女かれの名前を繰り返し唱えるだけ。


「ど、どうしたのだ! 何があったのだ!?」


 ジュナルは膝をついて、メアリーの両肩を掴んで彼女に詰問する。すると、彼女はゆっくりと崖下を指さしていた。


「落ちた……」


 一言だけ告げるメアリーを前に、ジュナルは口を戦慄かせる。


「ば、馬鹿な! そんなことが……!」


 ジュナルは珍しく汚い言葉を使い、荒ぶる感情を吐露する。

 その横では、従者二人に押さえつけられるウェインが、叫ぶのだ。


「離せ! 離さんか! 私は、私はエスティナ殿を助けに行くのだ!」

「む、無理です! この濁流! 落ちれば五体満足でいられませんよ!?」


 冷静な従者の返しにも、ウェインは熱くなって尚も続ける。


「無理なことがあるか! 私の任はエスティナ殿の護衛! そして、彼女を補助すること! ここで投げ出しては騎士の名折れだ!」


 従者二人を振り切ろうとするも、さすがのウェインも男二人に両腕を掴まれた状態では、身動きがとれないでいた。


「落ち着いてください! ウェイン様!」

「落ち着いてなどいられるか! エスティナ殿が落ちたのだぞ!」

「しかし、この流れでは、助かりようなど……」


 熱くなるウェインを前に、従者二人はどうにか仕える主人を宥めようとする。

 そんな光景を見たレニは呆然と、その場に立ち尽くしていた。


「え、そ、そんなこと……」


 そう呟くだけで、レニは言葉を続けられなかった。

 何より、彼にはこの状況が受け入れがたい。

 取り乱した大人たち。泣いているメアリーに激昂するウェイン、いつも冷静沈着なジュナルが取り乱しているのだ。それが、余計に現実を突きつける。

 コズバーンはただ、黙ってその状況を見つめていた。


「エスティナが、この下に落ちたか……」


 コズバーンも彼なりにそのショックが大きいらしく、いつも以上に険しい表情へと一変させる。


「離せ! 離さぬか! 助けを求める女性を救いに行くことこそ、騎士の誉れ! 命と引き換えにしてでも、助けに行かなくては……」


 ウェインの悲痛な叫びにも似た声が、谷にこだまする。

 そんな中、最も早く正気を取り戻したのが、やはり年配のジュナルだった。


「皆聞けえ!!」


 いつもとは違って張りと芯のあるジュナルの声に、一同は彼に傾注する。


「この状況である! 今一度、みな冷静になられよ! そして、今、自らやるべきことを考え、実行するのだ! ウェイン殿!」


 力強い言葉と声量に、ウェインは押し黙る。ジュナルはそんなウェインに、真剣な目つきで見据え聞いていた。


「ウェイン殿。貴殿の任務は我が主のサポートであるな?」

「は、はい」


 一瞬で落ち着きを取り戻したウェインに、ジュナルはゆっくりと言い聞かせる。


「今や、我が主の身はどうなったかわからぬ。それゆえ、我々はこの川を下って、エスティナ殿を捜索しなければならない。だが、貴殿にはこの事実を伝える役割もあるはずだ」


 ジュナルの言っていることに、ウェインは完全に落ち着きを取り戻していた。


「は、は! 私にはこれらを報告する義務も負っています」

「なれば、一番に早馬を送り、王都ヴァイレルから、応援を呼んできていただきたい。この大役、貴殿でなければ果たせまい」


 ジュナルがそう言うのも尤もなことだった。

 なぜなら、王都ヴァイレルで主人を失ったと従者が報告しても、捜索隊は出てこない。所詮、従者は一般の庶民と変わらないのだ。


 そんな庶民の命令で、軍や貴族が動くことが、この国ではとても嫌われているのだ。

 だからと言って、王立騎士に頼んでも、まともな人間がこの任に就くかどうかも分からない。だからこそ、近衛騎士であるウェインの権力が必要となってくる。


「し、しかし、私は近衛騎士とはいえ、応援をよべる保証はありません」

「いや、拙僧らが行くよりかは、大いに期待ができる」


 ジュナルの言葉にウェインは苦虫を嚙み締めたような顔で彼を見る。


「そうかもしれませんが……」


 ウェインはすぐにでも水に飛び込み、アストールを助けに行こうとした。

 そんな彼の心情に反して、彼女かれの捜索に加われない。そうなると、とても悔しくもあり、そして、歯がゆくもある。


「拙僧らが行っても、無駄足になるかもしれません。しかし、あなたなら、どうにかできるかもしれない。お願いします」


 懇願するジュナルを前に、ウェインはしばし黙り込んでいたが、その後、唸るように答えていた。


「わかりました。やってみましょう。その代わりに、この従者二人を捜索に加えてください」


 ウェインのその言葉に、ジュナルはすぐに答えていた。


「それはもちろん、喜んで受け入れましょう」

「そうと決まれば、グズグズはしてられません! すぐにでも私は王城に戻りましょう!」


 ウェインは先ほどまでの取り乱し様が、嘘だったかのように消えていた。

 すぐに服を着て自らの馬を駆って、その場を駆け出す。その姿は、正に思い人のために駆ける一人の騎士の格好にふさわしいものだった。


「では、我々は、すぐに下流に向かっていきますぞ! エスティナ殿はけして、死んではおらぬ!」


 ジュナルはそう言って、一人足を歩みだす。それに続いて、メアリーも立ち上がって、涙を拭いて彼に付いていく。


「そうよ! まだ、死んだって決まったわけじゃない! 行きましょう! みんな!」


 元気を取り戻したメアリーの言葉に、周囲も自然と元気を取り戻していく。


「ま、まってください。僕も行きますよ!」


 レニがその後に続き、コズバーンが仕方なさそうに呟く。


「ふむ。こうなった以上は、最後まで付き合うか」


 そう言った彼の足取りは、なぜか軽い。そして、その腕に握られた斧にも、自然と力が入る。そうして、最後にウェインの従者が続いていた。

 こうして、アストールの捜索が行われる。

 一向は川の下流目指して、深く険しい森の中を突き進みだすのだった。


2023年1月13日 一部改稿しました。

誤字、描写の修正を行っています。

ストーリーには影響ありません。

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