表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/279

真実を知る者

 ノーラはアストールに叱られたあと、すぐにその場を駆け出していた。

 残った近衛騎士などは、彼女を呼び止めることもできず、ただ、呆然と佇んでいた。

 今のノーラにとって、全てがどうでもいいことだった。


 結局、ここまでやっても、エスティオは現れなかった。

 否、現れないのは分かっていても、やらずには居られなかったのだ。

 一度行方が知れなくなってしまったエスティオが、もしかすると、自分の為に、ひょっこりと顔を出してくれる。

 そう、ノーラの今回の事件は、ある種エスティオがまた、傍に来て欲しいという願望から、引き起こしていたのだ。だが、彼女の前に姿を見せたのは、王城内で引切り無しに取り沙汰される彼の妹エスティナであった。

 ふと、彼女の頭の中で、エスティナの言葉が蘇る。


『……いいわけない。憂さ晴らしのためだけに、こんな危険を犯すことなんて……。そんなことをする奴は……。どうしようもない馬鹿で、最低の愚か者だ……』


(言われなくとも! そんなこと、言われなくとも、分かってる!)


 ガシャガシャという鎧の擦れ合う音を響かせながら、ノーラは自室へと駆けていた。

 誰にも見せたくない涙。

 武人姫と呼ばれる以上は、見せたくない涙。

 全てが強がりであると自分で気付いていても、今回だけはどうしても、引けなかった。


 なぜなら、あのエスティオが、今はいないのだ。

 本気で自分を叱ってくれたあの男、身を按じてくれた近衛騎士、兄よりも親しく馴れ馴れしい態度をとってきたのに、それに嫌悪感を抱けなかった。

 なぜだかわからない。だが、一つだけ言えることがあった。それは……。


(あいつは、エスティオは私をちゃんと見ていた)


 どの近衛騎士も自分が何をやっても、叱ろうとはしなかった。父親、兄、義理母ははでさえも、それは執務官の仕事だと言って、だれも本気では叱ってはくれなかった。

 それどころか、自分の言うことをほいほいと聞いてくれるだけの、本当に自分をみていない連中ばかりだ。だからこそ、この身分が嫌でたまらなかった。


 武器や甲冑を集めているのは、本当の趣味であっても、ここまでしても怒る者は侍女のナルエ以外にいなかった。好き勝手をやっても、許されるような身分ではないのにだ。

 そんな状況が、嫌で嫌でたまらない。

 だからこそ、こんな風に盗賊を招き入れたりしたのだが、結局、自分を叱る人間は王城にはいない。

 ノーラは自室に入ると、すぐに扉を閉めていた。


「ノ、ノーラ様! 御無事で何よりです」


 心配そうに駆け寄ってくるナルエが、彼女に触れようとした。その時だった。

 彼女は手に持っていた兜を投げ捨て、腰にぶら下げていたロングソードも床に叩きつける。その行動にナルエはしばし動きを止めていた。


 いつも、自分の御身より大切にしている武具を、目の前で投げ捨てたのだ。

 いつものノーラからすると常軌を逸している行いに、ナルエは出す言葉を失う。


「ナルエ……。私が間違っているのは、最初からわかってる」


 ノーラは視線を床に落として、静かに言っていた。その表情は暗く、いつものような溢れるばかりの自信はどこにも見当たらない。


「ど、どうか、なさったのですか?」


 ナルエはそう言うと、静かにノーラの前に佇む。


「私は、エスティオとの約束、忘れたわけではない! だって、だって、あいつが居なくなるまで、私はちゃんとした王女をしてきたんだもの!」


 ノーラの言葉は悲痛な叫び声の様に、部屋に響き渡る。

 そして、何より、彼女の言葉は嘘ではない。

 エスティオと約束を交わしたおおよそ4ヵ月、ノーラは彼女なりに、不器用ながらも王女の執務、公務に従事していた。


 周囲からすれば、ようやく、毒が抜けたのかくらいにしか見られなかったが、ナルエにはわかった。ノーラは全力で王女としてこれからを生きていこうとしている。と。

 いつも一緒にお目付け役として、本気で叱り、身を按じてきた。今回のような賊を招き入れる悪戯は、何度叱ってもやめなかった。だが、あの近衛騎士、エスティオが叱ってから、ぱたりとやめていた。


 それどころか、それを機にノーラは前向きに、公務に励むようになっていた。

 しかし、エスティオが行方不明ということがわかったつい最近になって、元の武人姫へと戻りつつあったのだ。

 ノーラの中であのエスティオの存在が大きいのは確かだった。

 ナルエは泣きそうになるノーラを、優しく包み込むように抱きしめていた。


「ノーラ様、それほどまでにあの方をお慕いしているなら、なぜ、この様なことをなさったのです?」


 優しく詰問するナルエに、ノーラは立ち尽くしたまま答えていた。


「来ないと分かってた。分かってたけど、また、私が間違いを犯した時、来てくれるんじゃないか。また、あの顔を見せてくれるんじゃないか。そう、そう思ったんだ」


 ノーラはそこまで言うと、すすり泣き始める。

 今回の事件を起こしたわけ、それは、とても短絡的、そして、単純明快だった。

 ノーラはエスティオの身を按じていた。何より、彼に会いたかった。

 そうして、起こした行動が、前回の彼が現れた時と同様のことだった。

 また、エスティオが自分の前に、姿を現わさないかという願望。

 たったそれだけだった。


 戦いたいというのもまたしかり、今まで押さえていたものを、発散させたかったのだろう。だが、それも実は表面上であり、実際は自分を正しく見てほしいだけだった。

 そして、自分を本当に見てくれたエスティオに、会いたいがために起こしていた。

 だが、ナルエも立場上、怒らないわけにもいかない。


「ノーラ様、そのお気持ちはわかります。ですけど、この様な事をして、エスティオ様が本当に良いとお思いになられますか?」


 ナルエの問いかけに首を横に振って見せるノーラ。そこには普段見せる武人姫の顔はなく、泣きじゃくる一人の少女の顔があった。


「分かってる。分かってるけど……。あいつは、あいつは」


 そこで言葉が出てこなくなり、ノーラはぶつけようのない感情が、胸の内からあふれ出てきていた。泣きじゃくるノーラを前に、ナルエは大きな溜息をついていた。

 彼女にかかるプレッシャー。それをナルエはある程度は分かっているつもりだ。

 目を盗んでは、腕前を試すために抜け出していたあの頃。

 何度叱ってもやめなかったあの頃。

 あの頃のノーラは、ナルエから見ても、とても痛ましく見えた。必死で何かをもがいて掴みとろうとしている。それが何なのかも分からずに、とにかく溺れていた。


 そうして、あの近衛騎士、エスティオと出会ったあの日、ナルエは怒りながらも、結局、今日と同じようにノーラの鎧の着付けを初めて手伝った。

 だが、あの日、近衛騎士の中で唯一、エスティオに真相を聞かれて話していた。そして、ノーラは容赦なく張り手をくらい、怒鳴られていた。

 姫に手を挙げたエスティオ。

 幸いにもそこは王家の秘宝の保管場所。ノーラとエスティオ以外には、誰もいなかった。だからこそ、ノーラは事件の真相を知られずに済んでいた。

 エスティオも話すつもりはなかった。結局、それ以降、こんなことは絶対にやらず、罪を償うという意味も込めて、真面目に王女の公務に励むという約束を二人は結んでいた。

 だが、エスティオは消えた。

 真面目に頑張っていたノーラの前から消えてしまった。

 それが、彼女のタガを外していたのだ。


「ノーラ様。分かっているのなら、もう、このようなこと、絶対になさらないでください」


 ナルエは優しくも強く、ノーラを抱きしめる。

 ノーラもそれに応えて、ナルエに抱きついていた。


「すまない。もう、絶対に、絶対にこんなことしない」


 反省の色を見せるノーラを前に、ナルエは安堵の溜息をついていた。

 そんな二人の前で、突如、部屋の扉が開く。


「あ、これは失礼いたしました! 取り込み中でしたか!」


 そう言ったのは、部屋に一歩足を踏み入れた女性だった。

 背が高く、髪の毛を短く切りそろえ、整った顔立ちをした鋭い目付きの女性である。

 女性でありながら、レギンスとブーツを履き、上着はフリルの付いたシャツを身に付けている。腰に下げている装飾の施された短剣は、この国で重要な役割を担っている証だ。


「イ、イレーナ執務官?」


 突然の訪問者にナルエは、驚きつつ彼女の名前を呼んでいた。

 執務官とは、王女たるノーラの生活を管理し、公務や身の回りの安全の確保をする役目も担っている役職の人間を指している。


 だが、実際は、ノーラに振り回されっぱなしであった。最近はようやく王女らしくなってきたかと思ったのだが、最後の頼みだと言われて、渋々今回の件を引き受けていた。

 イレーナはしばし、呆然としていたが、すぐに自分の過ちに気づいて謝る。


「あ、その、すみませんでした!」


 慌てたイレーナは、ノーラに目を向ける。

 ナルエの胸で泣きじゃくるのを見た彼女は、顔を少しだけ歪めていた。

 一見切れ者のようであるが、イレーナはうっかり者としても有名である。とはいえ、今までノーラの引き起こした事件を見事に手中で握りつぶしているからには、やることはやる仕事人であるのも間違いなかった。

 それゆえに、ノーラも彼女に頼ることが多い。特に王女の道を歩み始めてからは、イレーナに頼りきりだった。


「何か御用でも?」


 ナルエがそう問いただすと、イレーナはすぐに答えていた。


「あ、いえ。その、例の賊、王城から逃げてしまいまして……」


 言いにくそうに告げるイレーナに、ノーラは答えていた。


「放っておけばいい。前金も結構な額を渡したし、口止め料に後金も払ってやればいい。それに、今までだって、処刑したとはいっても、本当には死んでおらぬではないか!」


 ノーラの言葉に、イレーナは笑みを浮かべていた。


「そうですね。ノーラ様。では、今回も今まで通りでよろしいでしょうか?」


 ノーラの言葉を聞いたイレーナは、処刑した盗賊たちのことを思い出す。

 彼女との約束では、今まで捕まえた盗賊たちは、表向きには処刑したと言いつつも、今後はその名を名乗らないことに対する代償と口止め料からなる大金を渡して、王城から逃がすようにするものだった。


 それがノーラの望みであり、自身の為に来てくれた盗賊への、最低限の敬意であった。だが、イレーナはここで、ノーラに嘘をついていた。

 盗賊ごときに、そんな大金を払うほど、この国の財政はよくない。

 それ故に、処刑は本当に行われている。何より逃げ切った相手も、暗殺者をけしかけて、前金の回収も行なっている。


 本当に口止めをするには、それが最も確実であり、尚且つ、安価なのだ。

 とはいえ、ノーラを傷付けない為にも、その事実は伏せている。もちろん、彼女の腹心でもあるナルエにも、この事実は告げていない。

 そう、これはけして、誰にも漏らしてはいけない情報なのだ。


「うむ。頼む」


 ノーラはそう一言だけ告げる。

 それにイレーナは慇懃に礼をして、思うのだった。


(ノーラ様。私があなたの汚点、いずれは全て背負ってみせます)


 イレーナは二人に背を向けると、すぐにその場を立ち去っていた。

 盗賊と、とある人物を暗殺する為に……。


2022年7月1日 一部改稿しました。

誤字、描写の修正を行っています。

ストーリーには影響ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ