簒奪者 3
ミュゼルファートに着いてから早10日、アストール達はノーラ達が来るのを待ち続けていた。
その間にも王都ヴァイレルの噂話は次々に更新されていた。その中でも最も衝撃の話題のため、アストールはエドワルドに呼び出されていた。
玉座のある間ではなく、執務室へと通されたアストールは神妙な面持ちでエドワルドと対峙した。
机を挟んだソファでの対面で、ガーベルティーが静かに湯気を上げて、会談の狼煙を上げている。
「エスティナ嬢、トルア国王陛下の崩御聞いておいでか?」
エドワルドが先に口火を切り、アストールは静かに頷いて答えていた。
「はい……」
「やはりそうか……」
未だに詳細な状況の把握ができず、アストールはもどかしい思いを告げる。
「公爵殿下、現状私の推論でしか申し上げられませんが、宜しいでしょうか?」
「あぁ」
「入ってきた情報とエストルの言ったことを照らし合わせると、どうやらクーデターは失敗したものと推察されます」
「ほう、なぜだい?」
「ルードリヒ国務大臣はクーデターを実行するに当たり、現ヴェルムンティア王家の血筋を断つはずです。であれば現状ハラルド殿下が国王即位と御触れを出すことは不自然です」
「確かにその通りだ」
「なので、確かに政変は起きていますが、それがルードリヒとは思惑が違う方向に転がったことは幸いと言う所かと……」
アストールの言葉を聞いたエドワルドは暫し黙り混む。彼女の言うことが理に適っており、疑う余地はない。
「たしかに……。しかし、ハラルド王とは厄介な者が王位に着くのは我が国としては、余り良いことではないな」
エドワルドは静かに溜め息を着いていた。ハラルドの事は度々トルアから聞き及んでいた。
酒池肉林で政務には興味のないボンクラ息子だと、愚痴をこぼすことは珍しいことではなかったのだ。
「その事ですが、ハラルド王は読みきれない所があります」
「なに?」
エドワルドはアストールの言葉を聞いて目を鋭くして見つめる。
「先の闘技大会で私はハラルド王の腹の内を聞き、油断のならない人物であると思ってます」
アストールはそう言うと続けて闘技大会でのハラルドの政治思想、そして、ボンクラを演じていると言う疑惑を洗いざらいエドワルドに告げていた。
彼女の言葉を聞いてエドワルドは神妙な面持ちで考え込む。
「確かにそれ程までに馬鹿を演じるとなると、今回の即位、ルードリヒを利用していた可能性すらあると言うことか」
「は、いかにも……」
二人は再び沈黙していた。
エドワルドは机の上のティーカップに手を伸ばして、鼻腔を満たすお茶の香りで気持ちを落ち着ける。
「確かに油断ならない人物だな」
「はい。私も従者として召し抱えられそうになりましたからね……」
「それは色々と大変そうだったね」
エドワルドはそう言うと一口ガーベルティーを口に含み、香りを堪能して飲み込む。アストールもそれに倣ってガーベルティーを口に含んでいた。
「さて、困ったことになったものだ……」
「崩御においては国葬を執り行うとの事ですし、エドワルド殿下もご出席されるのでしょう?」
「あぁ、そうするしかない。ただ、ついこの間西方の混乱を修めたばかりだ。まだまだ油断ならぬ状況で国は離れたくはない……」
ディルニア公国を取り囲む情勢は未だ安定はしていない。西方同盟が虎視眈々と失地回復に向けて暗躍しているのだ。
「そうは言っても、ハラルド王を見定める為に彼とは一度会わねばならないからな……」
「幸いなことに、国葬の後、即位式はそのすぐ後日に行われると言いますから……」
「幸いね……」
ハラルドとの謁見で実際の人物像を見るべき事は確実に必要な事だ。
ディルニア公国はヴェルムンティア王国と相互に支えられて成り立っている国であるのだ。
どちらかが躓けば、共倒れしかねない国家間関係だ。それ程までに密接に繋がっているのは、エドワルドがトルアを敬愛していたからこそだ。
だが、その敬意をハラルドに持てるのか、それが一番の問題なのだ。
「どちらにせよ、私は祖国を立たねばならん。既に出立の手筈は整えている。あとはノーラ殿下をお待ちするのみさ」
エドワルドはそう言って苦笑しながら立ち上がる。そして、バルコニーへと足を進めていた。
アストールもそれに続いていた。
バルコニーからはミュゼルファートの街が一望できる。
沿岸にある街で白い建物が建ち並び、都市を真っ白に染め上げていた。
その美しい街の光景を一望できるこのバルコニーは、正にこの国の王にのみ赦された特権だ。
「エスティナ嬢、我が街は美しいだろう?」
港には多数の船が行き交い、交易都市でもあることを彷彿とさせる。
「この情景は贅沢の極みですね」
アストールはその光景に心奪われながら呟いていた。
「そう、これが私が愛する街だ。この光景を未来永劫、引き継いでいきたいんだ」
エドワルドはそう言うと拳を握りしめていた。今までこの街が戦火に見舞われなかったのは奇跡だ。
確かに彼の絶妙な外交手腕によって守られた部分は大きいが、それでも戦火というものは時に避けられない物だ。
「だからこそ、君の国の王との関係は重要になる」
エドワルドは目を細めて、ここから遥か遠くにある王都ヴァイレルに想いを馳せる。
「偉大なトルア王を失った君の国は、暫く荒れるかもしれないな……」
エドワルドの不吉な言葉を聞いて、アストールも小さく溜め息を吐いていた。
「そうですね……」
内憂外患を抱えた国家で政変が起これば、各地での問題が表面化するだろう。
そうなった時にヴェルムンティア王国は窮地に立つかもしれない。
アストールはそれが他人事ではない事に気付き、ぐっと奥歯を噛み締めた。
「そう言えば、先ほどノーラ様からの使者が来られた」
「ノーラ様からの?」
「ああ、先刻フェールムントより出立なさったと言う知らせが届いた。どうやら、復興の道筋も立てられたようだ」
エドワルドは静かに告げる。
あの地獄のフェールムントを治めた胆力といい、正に王の器を持っている。
「彼女に王位の継承権があれば、どんなに良いことか……」
エドワルドは遠い目で景色を眺め続ける。
「全くもってその通りですよ……。私も彼女こそ仕える主人だと思っています」
アストールは静かにそう答えていた。
ノーラは皆が考えるほど、人望には恵まれていない。兄ハラルドの方が政治的立ち回りが上手いのは事実であるのだ。
それも全ては彼女が女性であり、次期王位の継承ができないゆえの弊害であった。
二人の複雑な胸中とは対照的に、街の時間はゆっくりと流れていく。
「まったく、口惜しいものだ。私もノーラ殿下が王になると言うならば、喜び勤しもうと思うものさ」
エドワルドは自嘲しながら自分の治める街を見据える。
かつての盟友トルアに対して、静かに哀悼を捧げつつ、ガーベルティーを飲み干す。
アストールにはその姿がどことなく儚く見え、そして、友人の死を悼む顔からは、この先を憂う思いを感じとる。
海風が運ぶほのかな磯の香りが、二人を優しく包み込む。
アストールはそんな中で静かに覚悟を決めて、今後の事を静かに考え出すのだった。




