簒奪者 2
戒厳令の敷かれた王都ヴァイレルの噂は即座に広まっていた。賑やかだった街は、王立騎士達が各所に配置されて、鳴りを潜めている。
そんな中を一人の若い騎士が歩いていた。
グラナより王都での異変の知らせを聞いた若き騎士、ウェイン・ハミルトンだ。
彼はすっかりと静まり返ったこの王都をゆっくりと歩き、周囲の様子を伺っていた。近衛騎士の証であるメダルを腰に着けているゆえ、王立騎士からは声もかけられない。
それがかえって良いものでもない。なぜなら、王立騎士から情報を得ることが難しいからだ。
ウェインは王立騎士に話を聞こうとしても、歩哨として立っているだけで、彼らは特に詳しいことを知らされていない様子だった。
上からの命令を忠実に守る、秩序を守護する兵士としては優秀なのだろうが、王城で何が起きているのかを把握していないのは如何なものかともウェインは思う。
ウェインはそのまま王城の外郭まで来ていた。城門は閉ざされており、内外からの出入りが出来ないように、歩哨が門前に立っている。
「第一近衛騎士団のウェイン・ハミルトンだ。グラナ団長より王城の詳細を聞くように言付かった。王城ヴァイレルへの入城したい!」
ウェインはそう言うと懐から書状を取り出して歩哨に渡していた。
「確かにこれはグラナ団長の捺印であるな。しかし、我々もハラルド王太子より誰一人出入りを禁ずると申し使っている。これは覆しようがない。しばし情勢が落ち着くまで、王都の宿屋で待たれよ」
城兵はそう告げると、ウェインを追い返す。
「そうか……。トルア国王が病に臥せって混乱していると聞いたが、本当なのか?」
「そうらしいな」
「らしい?」
「我々も詳細を聞いてはいないのだ」
「王城内の状況も把握していないのか?」
「我らもここを離れる訳にはいかなかった故……」
歩哨が顔を顰めるのを見て、ウェインはこの兵士が何かを隠していると直感的に感じ取った。
幾ら王城から一区画離れた外城郭の歩哨とはいえ、王城での異変があればすぐにでもわかるものだ。
それ故にウェインは疑いの目を向ける。
「分かった。ここは一度引き下がろう」
ウェインはそう言うなり、城門を後にしていた。
人々の往来が極端なまでにない王都は、異様な静けさと雰囲気を醸し出している。
(さてさて、どうしたものか……)
ウェインは外城壁近くの宿屋を探してあるく。
外城壁沿いに小さな宿屋があり、ウェインはそこで城門を見張ることにしていた。
宿屋に入ると若い娘と中年の男性がウェインを出迎える。
「すまない、一週間ほど部屋を借りれないだろうか?」
突然の客に二人は驚いていたが、腰のメダルを見てすぐに彼が騎士と分かって納得する。
「戒厳令が敷かれて商売あがったりだよ! お好きな部屋をとってきな!」
「なら、城門側の部屋を借りたい」
「どうぞ!」
受付の中年男性は鍵を渡すと、大きくため息を吐いていた。
「国王が病に臥せってるなんて、嘘も程々にして欲しいもんだ」
中年男性の言葉を聞いたウェインは、顔色を変えて宿屋の店主に詰め寄っていた。
「今なんて言った?」
「え? 嘘も大概にしろって……」
「その話、少し詳しく聞いてもいいか?」
「まぁ、別に構わねぇけど、こっちも王太子の勝手な戒厳令で色々と苦しいんだよな」
中年男性はそう言って顎に手をやって白々しく答えて見せる。
「金なら出す」
ウェインは銀貨を2枚取り出して、宿屋の主人に渡していた。
「おお、気前良いね! どの部屋でも好きなように使ってくれ!」
「で、どうして、嘘なんて言うんだ?」
「戒厳令が敷かれた2日前、王城から大きな爆発音が2回聞こえたんでさぁ」
ウェインはその言葉を聞いて戦慄する。
王城から爆発音がすることなど、普段では絶対にありえない事。
ましてや、ここにいる宿屋の店主が聞いていて、門番が聞いていないわけがないのだ。
「他には何か聞いたか?」
「何でもクーデターでトルア国王陛下が崩御されたとか、けど、それは誤報で即座に病に臥せっているという事になった。じゃあ、あの爆発音は何だったのか。怪しいったらありゃしねえ」
ウェインは宿屋の主が嘘を言っていない事を確信する。
王都内の騎士や兵士たちが混乱しつつも、命令を守っている事にも合点がいくのだ。
「じゃあ、いったい誰がトルア陛下を?」
「そこまではわからないな。ただ、政変が起きてるのは確かって事さ」
思わぬ収穫にウェインはこぶしを握り締めていた。
ここまではっきりとした情報が手に入るなど思ってもみなかったのだ。
「みんなその事には気づいているのか?」
「さぁね、戒厳令がすぐに出たものだから、家から出る事もないしな」
「そうか、すまなかった。貴重な情報をありがとう!」
ウェインはそういうと、興奮冷めやらぬ状態で部屋へと向かっていた。
今、王城内では大きな何かが動き出そうとしている。
そう確信して、ウェインは王城にどう潜入すべきかを思案しだすのだった。
◆
ルードリヒによる王城内の混乱は、ハラルドの迅速な鎮圧により終息した。
玉座に着くハラルドは、剣先を地面に着けて、倒れないように柄に手を添えて、剣をくるくると回す。
回転する剣は王の間にカラカラと音を響かせる。
「陛下、既に指定された議員のほぼ全てを拘束しています」
「そうか、あとどのくらいで完了する?」
「は、逃げ隠れた議員は3人ほどですが、拘束は時間の問題でしょう」
二人は目を合わせたまま、静かな王の間で動きを止めていた。
「あと少しか……」
ハラルドはクーデターの混乱を利用し、貴族議員の粛清と更迭、新人事による采配が始めていた。
おもむろに立ち上がると、抜いていた剣を鞘にしまい、部下に対して聞く。
「この度の貴様の働き、爵位を授けても良いほどだ」
「恐縮です」
配下の男は慇懃に礼をして見せる。
ハラルドはそれに対して満足そうに笑みを浮かべると、次に気になった事を聞く。
「拘束した議員からの自白はどうだ?」
「徹底して聞き出しましたが、これ以上情報は得られそうにないです」
「そうか……」
ルードリヒによって挙げられた名前の貴族は片っ端から捉えられ、現在は王城内で拘禁されて尋問が行われている。
そこで得られた情報を基に、更なる拘束も行われていた。
ハラルドは暫し考え込むと、部下に対して静かに問いかける。
「私が国王に就任に反対の者も、拘束は進んでいるか?」
「は、それも津々がなく進めております」
「よし、これで人事もスムーズに入れ換えれるな」
ハラルドは笑みを浮かべたまま、自分の理想の国家作りが出来ることに、胸を躍らせる。
現状で大臣クラスの人事入れ替えも急遽行われているのだ。
各省庁の貴族人事は、これまで基本的に公平を期して、東西南北から数を定めて大臣職に充てていた。
しかし、ハラルドは異教徒の征伐に急進的な議員、特に中央から南方地方の議員を中心に人事の刷新を行っているのだ。
これまでの南方融和政策が一変し、南方に対して強硬姿勢がとられる様な人事となる。
これはハラルドの人事裁量によって生じた大きな政策転換となるのだ。
だが、混乱はそれだけではなかった。
「レオニードよ!」
ハラルドは配下の男の後ろに控えていた近衛騎士司令のレオニードを呼びつける。
「は!」
「第2はどうか?」
「やはり、陛下に反発姿勢を取る者が多いです」
王立騎士の鎮圧に当たった第二近衛騎士団が、ハラルドの人事刷新を見て、突如としてルードリヒを条件付きで国務大臣に戻すべきだと主張しだしたのだ。
とは言え、急激に政変を行うハラルドを止められるのは、ルードリヒを置いて他に居ないのが現実だ。
近衛騎士団は国際情勢についても鋭い観察眼を持っている者が多い。何よりも、あの東部の蛮族ハサン・タイとも何度か刃を交えたことがあるのだ。
肌身を以てハサン・タイの脅威を感じている近衛騎士達は、異教徒よりも先にハサン・タイを討つべしと考えている者が多い。南方はその後にすべきだ。
だからこそ、思想政策の近しいルードリヒを国務大臣に据えておけば、南方との開戦は回避できるのではないかという甘い願望を持っているのだ。
「近衛騎士隊は王城内で最も力のある部隊だ。奴らを野放しにしておくわけにもいかぬか……」
ハラルドは忌々し気に天井を見据える。
「ましてや、我が父を手にかけたルードリヒを再び国務大臣に据えるなど、言語道断だ」
「であれば、南方との融和政策を継続すべきかと」
レオニードはハラルドに進言するも、彼は一向に取り合わなかった。
「レオニードよ。私はこの国の成すべきことを成そうというのだ。それに対して立ちはだかる者は排除することも辞さん。第2近衛騎士団がそんなに東部を気にするならば、直接東部に向かわせてやる。レオニード、すぐに第2近衛騎士団を東部駐屯に向かわせてやれ!」
ハラルドの横暴な物言いにレオニードは静かに返事をする。
「は、御意に。しかし、現状近衛騎士団が一隊しか王城にいないのは、政情不安に繋がります」
「では、我が王家の僕の第一近衛騎士団を呼び戻せばよかろう!」
ハラルドの言葉を聞いたレオニードは小さく頷いていた。
「御意」
レオニードは淡々と職務を遂行しに、静かにその場をあとにしていた。
「さて、人事の刷新ももうすぐ済むし、更に言えば、この機を以て政敵も多く粛清できよう」
ハラルドは笑みを浮かべて玉座で足を組む。
「そういえば、ノーラが居たな……」
ハラルドは目の上のこぶを思い出したかの様に、妹の事を悩ましげに語りだす。
「あいつを今の王城に呼び込むのは得策ではないな」
実際問題、王都ではノーラの人気はさほどなかった。むしろ、お転婆武人姫と揶揄されて、民衆には笑われていた。
だが、西方巡察で反乱鎮圧の方を受けて、民衆はノーラを再評価したのだ。
この状況で彼女が凱旋することは、王として就任するハラルドにとって、人気を横取りされかねない。
ハラルドは暫し考え込んでいると、配下の男が提案する。
「いっそこのままノーラ殿下に西部地域を治めさせ、この国の混乱を治めるのに全力を尽くしてもらうのはどうでしょうか?」
ハラルドはその神の声を聞いたと言わんばかりに、表情を明るくする。
「それは良い考えだな。だが、流石に父の死に目に会えないのは可哀想だ。あれでも我が妹だ」
「であれば、葬式の後、彼女には西方を治めさせましょう」
実際国土が広がりすぎたヴェルムンティア王国において、王族の共同統治は合理的判断でもある。
ハラルドはと脇に控えている秘書官を呼びつける。
「エドワルド公とノーラに使者を出せ。 父上が崩御したゆえ、早急に馳せ参ぜよと」
秘書官は静かに頭を下げて、その場を後にしていた。
配下の男もそれを見送ると、二人は暫し沈黙を守る。
「これが国を動かすと言うことか……」
ハラルドは自分が今手にした力を、腹の底から感じとる。
この大国を動かしていると言う気持ちよさと同時に、大勢の国民を背負う責務、それがこの玉座に座り、ハラルドは初めて王と言う責務の重さを実感していた。
「父上はこの想いを正に毎日味わっていたわけか……」
ハラルドはこの玉座に着いてから、溜まった鬱憤を晴らすかのように、次々に指示を下していた。
それは老いた前王にはない若さゆえの行動力だ。
だが、ある程度事に整理が着き、落ち着いてきた現実を前にすると、自分の背負う物の大きさが朧気ながらに嫌でも見えてくる。
「事を為そうとするには、やることが多すぎるな……」
ハラルドはそれでも一度始めた以上、後戻りするつもりは毛頭ない。
ヴェルムンティア王国は大きな転換期、そして、混乱を迎えようとしていた。
安定を捨てた国家は、ただひたすらに戦争への道を突き進みだす。
内乱こそ制圧されたものの、待ち受けているのは、明らかに暗い道だ。
それをアストール達は知る由もなかった。




