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簒奪者 1

 ほの暗い牢屋の一室、蝋燭が灯り、簡素な腰掛けがあるだけの一室、重罪を犯した者が入れられる一室だ。

 そこに一人の壮年男性が、元気なく腰掛けて物思いに耽っていた。


(ハラルドが生きていたことは想定外だ……)


 その壮年男性ことルードリヒは静かに沙汰が迫るのを待っていた。

 数十年と待ちわびたこの一時、足りないものが有るとすれば、近衛騎士隊を掌握出来ていなかったことだろうか。

 彼の野望はあと一歩の所で破れたのだ。

 それでも、ここで生き長らえていることに、ルードリヒは静かに考えを巡らせる。


(私はまだ生かされている。拷問も覚悟していたが、そう言うこともない)


 ルードリヒは自分に共謀していた者を、一部を除いて全て吐き出していた。

 中には政敵であった者の名前を含めており、あわよくば、その敵勢力の弱体化も図ろうとしたのだ。


 そして、彼は未だ外にいるエストルとゴルバルナの事は告げずにいる。

 現在ヴァイレルにいない外部共謀者については、敢えて伏せていた。


 クーデターが失敗しても尚、自分が生かされた事実を前に、ルードリヒはまだ希望があると踏んだのだ。だが、それは蜘蛛の糸にすがるようなもの。

 ルードリヒは一人苦笑する。


「全くもってあっけないものだな」


 突然かかる声に、ルードリヒは声のした方向へと顔を向けていた。

 牢屋越しにハラルドが立っている。


「王自らがこんな所に足を運ぶものでは御座いませんぞ」


 ルードリヒはそう言ってハラルドを見据える。


「いいな、その瞳、やはり、父王の見る目は間違いない」


 ハラルドはそう言って警護の衛兵に目配せした。それに呼応して警護の兵はすぐにその場からたちさった。


「さて、ようやく二人きりになれたな、ルードリヒよ」


 ハラルドがそう言うと、ルードリヒは訝しげに彼を見つめていた。


「お前は私を侮っていただろう。酒池肉林を楽しむだけのぼんくら息子であるとな」

「……それを言われますとな。返す言葉が有りませぬな」

「だが、今や立場は天と地の差だ。この差が何かわかるか?」


 ハラルドは大仰に両手を肩の位置まであげて、ルードリヒに猥雑な笑顔を向けていた。


「……私が慢心していたと?」

「それもある。だが、一番は私がお前を泳がせていたと言うことにお前が気付かなかった事だ」


 ハラルドの一言を聞いてルードリヒは目を見開いていた。


「まさか、全て知っていたというのか!!」


 ルードリヒは突如立ち上がって牢屋の鉄格子を掴んでハラルドに詰めよった。

 悲しいことに、二人を隔てる壁は分厚く、ルードリヒの手はハラルドにけして届かない。


「くくく、はははははは!」


 ハラルドはひとしきり高笑いして、落ち着いた後に、ルードリヒを笑顔で見据えていた。


「盆愚を演じるのも悪くはなかったが、いい加減それも飽きたのでな」


 ハラルドはそう言ってルードリヒを真剣な顔で見据える。


「最初にお前のクーデター計画を聞いた時はにわかに信じがたかったよ。お前程の忠臣がそんな事をするわけがないと、誰も信じなかったし、私も半信半疑だったよ」

「私を追い落とす為に、敵対勢力が立てた根も葉もない噂話と誰も取り合わないでしょうな」


 ルードリヒはそう言って小さくため息を着いていた。


「それをまともに信じたのがハラルド殿下だったとは……」


 ハラルドは諦めた様子のルードリヒをそのまま見続け、静かに続けていた。


「これは天が与えたチャンスだと思ったよ。だから、あの噂が出た時点で様々な所から情報を集めた。だが、それを確信に変える情報は直前までわからなかった」

「私も細心の注意をはらっておりましたゆえ……」


 ルードリヒの言葉を聞いて、ハラルドもまた苦笑する。


「流石はやり手と言ったところだ。お前のクーデターが議会において全貴族議員が集まるその日と見ていたが、正にその通りだったよ。そして、お前が我が父をうまく殺めてくれるよう、王族従騎士は私の警護に回していたのさ」


 ハラルドはそう言ってルードリヒを見据えていた。彼の瞳の奥にはまだ明らかな力強さが残っていて、この男が死んでいないことを確信させた。


「あなたがそこまで用意していよう等、想定外でした」


 ルードリヒは感服した様子で力無く再び壁から立て掛けられた椅子に戻る。


「貴様が父王を葬ってくれたお陰で、私は今の地位にある。感謝するよ」


 ハラルドの言葉を聞いてルードリヒは剣を交えて感じた悪寒が間違いでなかったことを確信する。それと同時に、自分がとんでもない失策を打ったことに気がついていた。


「……ハラルド王よ、貴方は一体何を企んでいるのです?」

「知れたこと、南方の邪教徒を討ち果たす事こそ我ら王国の義務だ。我が父が見捨てたオルソロンディニア帝国を再び我らの手で蘇らせる。それが私の望みであり、この国が取るべき道だ!」


 ハラルドの言葉は本来あるべき国の姿を歪めた父への憎しみが存分にこもっている様に感じられた。

 だからこそ、ルードリヒは目を見張り、ハラルドを直視する。


「陛下、最早私の言葉など届きますまい。ですが、老獪からの忠告としてお耳入れ頂けると幸いです。南方の異教徒に手をだせば我が国は滅びますぞ!」

「何を言うかと思えば……」

「東部の蛮族の存在をお忘れか?」

「ぁあ、奴らか……。とるに足らん存在よ」


 ハラルドはそう言ってバッサリと切り捨てる。それにルードリヒは危機感を覚えていた。

 確かに現状は東部の蛮族とは小競り合い程度の戦いしか報告されておらず、蛮族の威力偵察を悉く撃退している。

 東部の武人集団が蛮族の侵入を阻止しており、その程度でしか攻撃に来ない蛮族など正にとるに足らない存在とハラルドは認識していた。


 しかし、ルードリヒはの見解は違った。


「あ奴らを捨て置いて、南方との戦争を始めれば、我が国は三方面から攻め立てられますぞ……。それに父王時代に南方とは交易を始めて、関係はそこそこに良好、今は東部蛮族を討つ好機なのです」


 イムラハ諸国とは教義信仰こそ違えど、金と言う共通言語で、交易と言う対話ができるのだ。

 だが、東部の蛮族は違う。

 こちらにもたらされた書簡には、剣を取るか、服従するかの2択以外に記されていないのだ。

 また、東部から逃げてきた流民からは、一度逆らった国は、街を焼き、人を焼き、土地を焼き、更地とし、何も残さないのだと言う事も聞き及んでいた。


 だからこそ、ルードリヒは西方遠征を中止させ、東部への防備に兵を割こうとした。

 その温存された兵力を、目の前の男はむざむざと南方で散らそうと言うのだ。


「西方とは融和政策を取り、東部の守りを固めつつ、南方を討つ。それで良いではないか」


 ハラルドの見立ての甘さにルードリヒは筆舌しがたい悔しい思いを抱く。


「ハラルド陛下! この国を滅ぼす王になられますな! 今一度御再考を!」

「貴様とはこれ以上喋ることはない!」


 ハラルドはそう言って牢屋の前から踵を返して立ち去っていく。

 ルードリヒは新たな王の後姿を見据える。

 背中が見えなくなり、衛兵が再びルードリヒの元に帰ってくる。


「私は真の暴君を解き放ってしまったのかもしれない……」


 ルードリヒの言葉は薄暗い牢屋の中にこだまして消えていた。

 彼はただ後悔を胸の内に修め、静かに自分の境遇と国の行く末に絶望するのだった。


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― 新着の感想 ―
これは確かに危ない。けど、やらかした以上は……ですね
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