王都政変 5
エストルを捕まえてから約数日、王都からの騒ぎの連絡もなく、異様な程静かな毎日が過ぎていた。
それはここミュゼルファートが王都から遠いと言うのもある。だが、謀反が起きているなら、多少はその情報が入ってきてもおかしくはない。
エストルはアストール達の尋問を受けて以降、何一つクーデターの有力な情報を吐く事はなかった。
得られたのはエストルの領地内にあるゴルバルナの所在地だけだった。
だが、クーデターが成功していれば、その所在地にゴルバルナはいないだろう。
そうなれば、また振り出しに戻る。
アストールは用意された部屋で、生活に最低限必要な荷物を広げるだけで、いつでも動ける荷造りをしていた。
「エスティナ! 急報よ!!」
そんな所に、エメリナが突然扉を開けて現れる。
彼女は驚いて彼女を見つめていた。
「何よ、そんなに慌てて!」
「国王が病に臥せったって知らせが届いたの!」
その言葉を聞いた瞬間に、アストールは顔をくぐもらせる。
表向きは国王が病に臥せったとしておけば、クーデターが成立するまでの地固めの時間稼ぎができるのだ。その知らせが来たという事は、既に敬愛するトルア国王の命が奪われている可能性が高い。
「やっぱり、あいつの言ってた事は本当だったのか……」
「エスティナ? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫、それよりも陛下は大丈夫なの?」
「それが王城の城門が降ろされてから、1週間は空いてなくて、中の様子もわからないらしいの」
「そうなの?」
「うん、裏の情報屋からはハラルド殿下が次期王位継承に向けて動いてるとか……」
エメリナの言葉を聞いてから、アストールは腕を組んで考え込む。
ハラルドが王位継承に向けて動くという事は、クーデターの首謀者がハラルドという事になる。
だが、ハラルドは王宮一の愚息と呼ばれていて、そこまで政治に関心を持たないとすら思われている男だ。父を殺す程の大それた事をするとは考えにくい。
それでも、アストールはハラルドに対する見方を変える。
この地に来る前に行った闘技大会の時、確かに彼はその政治に対する刃が見え隠れしたのだ。
彼の理想とすれば、西方諸国と和議を結んで、共に異教徒のイムラハ諸国に対して征伐を行う。
それがこの大陸の平和を実現する近道だと考えていた。
ある意味では正しい選択ではあるが、結局武力による平和になっている事は変わりない。
とは言え、もし、ハラルドがこの真意を表明したならば、イムラハ諸国と国境を接する南方諸貴族からは絶大な支持を得られる。また、西方同盟に対する柔和政策は西方諸侯からも歓迎されるだろう。
そう言った意味では、彼が王位に就くことは悪い話ではない。
そこまで考えた時に、アストールはふと気づく。
「ハラルドはゴルバルナ事件とは関係ないよね……」
アストールはそう呟いて、エメリナを見つめていた。
「そうだと思うよ。ハラルド殿下は特別魔術師を優遇する人でもないし、何より騎士の力を信じる人だからね」
エメリナの言葉を聞いて、ハラルドとエストルの繋がりが見いだせなくなる。
「もしもハラルド殿下が生きているなら、クーデターは失敗した?」
「可能性は十分あるかも!」
アストールとエメリナは顔を見合わせて、少しだけ表情を明るくする。
「もしかるすると、ゴルバルナはまだあそこから動いてないかも!」
二人は笑みを浮かべながら、次にどうすべきかを考え出していた。
クーデターが失敗して、ハラルドが王位を継ぐというのであれば、ゴルバルナも潜伏場所を変えずにいる可能性も十分ある。とは言え、それは首謀者のルードリヒが死んでいればの話だ。
「全員を一度集めて話し合いましょうか」
アストールはそう言うなり、エメリナと共に従者一同を呼び集めていた。
全員に声をかければすぐに部屋には一同が会していた。
「さて、話を取り纏めましょう」
アストールが集まった全員を見て、開口一番に口を開いていた。
エメリナから現状わかった状況を聞き、全員が考えを述べだす。
「ふむ、現在分っている事を整理すると、トルア陛下は病に臥せっている。代わりに政務をハラルド殿下が行っている。クーデターは失敗した可能性が高い。この三点のみという事ですかな」
ジュナルが簡単に現状得られた情報を整理する。
「そうなの。だからこれからどうするかを決めたいのよね」
アストールはそう言って全員の顔を見つめる。
コズバーンは腕を組んで相変わらず何を考えているのか分らない。レニは目を爛爛と輝かせているだけ、エメリナとメアリーは真剣に考えている。ジュナルも何かを思案しているようだった。
「それに加えてエストルからは、領地の洞窟でゴルバルナをかくまってったという情報もある」
「アストールはその領地に向かいたいのであろう……」
「そう! 今すぐにでもここを立って行きたい!」
主人の考えを即座に察したジュナルは、小さく溜息をついていた。
「しかし、不確定要素が多すぎますぞ」
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
「アストールよ一度冷静になった方がいい」
ジュナルは彼女を諫めると、可能性の話をした。
実際にクーデターが失敗した場合は、首謀者ルードリヒの生死によってゴルバルナの処置も変わってくる。第一にルードリヒとエストル、そして、ゴルバルナが関係している可能性が高いと知っているのは、ここにいるアストール達のみである。
ルードリヒがゴルバルナの事を話していれば、当然ゴルバルナも元居た場所には居ないだろう。
例え、ルードリヒが死んだとしても、クーデターが失敗していれば、残念ながら警戒心の高いゴルバルナはエストルの領地にいない可能性が高い。
もし、成功していたとしたら、再び王都ヴァイレルに返り咲いている可能性は十分にある。
だが、現状ではクーデターが失敗した可能性が高いのだ。
「まぁ、そう言うわけであるからにして、ゴルバルナはエストルの知らぬとこに逃げ隠れた可能性が高いという事だ」
ジュナルはそう言って最後を締めくくると、アストールへと顔を向けていた。
彼女は納得すれども、諦めきれなかった。
「でも、行ってみないと分らない! それに行けば何か手がかりは得られるかもしれない!」
憶測は幾らでも立てられるのだ。
実際に行ってみないと分らないのは事実であり、アストールの言う事もまた尤もなことだった。
「でも、ノーラ殿下をミュゼルファートで待たないといけないんじゃない?」
メアリーが鋭い指摘を入れていた。彼女の言う通り、あくまでも今のエストル捕縛はエドワルドへの伝令任務ついでの任務であるのだ。しかもエストル捕縛は大いに私情が絡んでいる。
ノーラの護衛を外されたわけでもないので、王女たる彼女がミュゼルファートでエドワルドと謁見して本国に帰るまでが、アストールに課せられた任務であるのだ。
「そうだった……。これってあくまでもついでの事なんだよね」
アストールは大きく落胆の溜息を吐いていた。
「大丈夫だよ、殿下に事情を説明して、王国に戻ればいいじゃない」
メアリーはそう言って笑顔で語りかけていた。
実際、ノーラはフェールムントの復興協議で多忙であり、ミュゼルファートに顔出しする予定すら立っていないのだ。だからこそ、アストールが王国に戻ってトルア陛下の具合を見に行くという提案でもすれば、ノーラは快く引き受けるだろう。
「でも、父親の死に際に立ち会えないのは、殿下も嫌なんじゃない?」
エメリナの言葉を聞いてアストールはハッと気づく。
「あ、そもそも、ノーラ殿下がそのまま王国に帰るかもしれないし! だったら、もう、私の任務はお役御免よね!」
アストールは満面の笑みで答えていた。
「まあ、そう、急くでない。まだ。ヴァイレルの事情が確定したわけでもないのだ。拙僧らができるのは、王都ヴァイレルでの出来事が判明してからであろう」
冷静なジュナルの意見に一同は黙り込んでいた。
彼の意見はいつも的を射ている。
現状、実際にできる事は少ないのだ。
憶測のみで行動を決めるのは愚の骨頂である。
「そうよね……。とりあえず、ミュゼルファートでノーラ殿下を待つしかないか……」
アストールは全員にそう告げる。
「うむ。今は任務を完遂させることだけを考えるのが一番の近道かと思う」
こうしてアストール達はこのミュゼルファートでノーラが訪問するのを待つことを決めていた。




