王都政変 4
「国王陛下ぁぁああ!!!」
廊下に木霊する一人の青年の悲痛な叫びによって、恐慌から立ち直った王立騎士達の動きを止める。
「ハラルドだと!!??」
ルードリヒは悲鳴の主を見て驚嘆していた。計画通りに進めているならば、本来絶対にそこに居てはならない人物だ。
ましてや彼の後ろには王族従騎士に加えて近衛騎士の一団もいる始末だ。
「トルアの首を掲げろ!」
ルードリヒは王立騎士にそう命じて、切り取ったトルアの首を掲げさせる。
「これを見よ! 我々は王国の失政を取り返す為に逆賊トルアを討ち取った! 義は我等に有り! ハラルド王太子よ! すぐに剣を収められよ!」
「何を! 逆賊ルードリヒよ! 王族に剣を向ける大それたこと。更に武力による王からの権力の簒奪! それを赦すわけにはいかん!」
ルードリヒの言葉を聞いた近衛騎士司令レオニードが激昂していた。だが、それとは対照的にハラルドは冷静になっていく。後方に控える近衛騎士や王族従騎士が今にも爆発寸前なのを、いかにして修めるのか。父王が死んだ今、この場を巧く修められるかで、ハラルド自身の王としての資質が問われるのだ。
「ルードリヒよ! お前の企みは破綻した! 私は正統な王国の嫡子であり、父の無念を引き継がねばならん! 亡き父に代わり、私は今日これよりヴェルムンティア王国の国王となって貴様を成敗する!」
ハラルドはそう言って手に持った剣を掲げた。
「皆の者! ルードリヒを生け捕りにせよ! 他は殺めて構わない! 我が王家に仇為す者を排除せよ!」
ハラルドの掲げた剣を振り下ろし、真っ直ぐにルードリヒに向けていた。
「ここが正念場だ! 皆の者、ハラルドの首を取れ!」
王立騎士は従者含めて60名、対してハラルドは急いで来たこともあり、近衛騎士、王族従騎士合わせて40名程度だ。
数の上では完全に不利なハラルドは、それでも勝ちを確信していた。
それは王立騎士の練度が、近衛騎士と王族従騎士に遠く及ばない事を知っているからだ。
廊下はすぐに乱戦となり、ハラルドは一直線にルードリヒの元へと駆け寄っていた。ルードリヒはハラルドの剣を受けてすぐに笑みを浮かべる。
「殿下がここに来るなど、想定外でしたな!」
「戯れ言を!」
二人は剣を数度切り結ぶ。
戦況はハラルド勢がやや有利で進んでいる。二人は周囲の状況を冷静に把握すると、ハラルドが先に口を開いていた。
「ルードリヒよ。お前は優秀な国務大臣だ。俺はお前を殺すのが惜しい!」
ハラルドの言葉にルードリヒは苦笑する。
「殿下、貴方が生きて近衛騎士を連れている時点で、私のこの謀反は失敗なのですよ」
ルードリヒは既にこの王位簒奪戦が失敗したことを悟っていた。彼の目指す選定王制度は、貴族の投票によって王族より王を選出する制度だ。現体制は世襲制度であり、無能な王が国家元首となる危険を孕んでいる。
そう、その代表がこのハラルドだったのだ。だが、そのハラルドはルードリヒの謀反を事前に察知して、少数ながらも手勢を率いて彼の目の前にいる。
「やはり、ヴェルムンティア王家といった所ですかな。私は貴方がここには来られないと勘違いしていました。今更王族を貶めた私のこの無礼、赦して貰うわけにもいきますまい」
ルードリヒは苦笑したまま、ハラルドを見据えて剣をその場で捨てていた。
「皆のもの、剣を収めよ! この戦、我等の負けである!」
ルードリヒの言葉を聞いた王立騎士達は動きを止めていた。
「何のつもりだ? トルア王を殺害しておきながら抵抗を諦めるのか? 私の首を取れば、お前の長年の夢は叶うのだぞ?」
ハラルドは剣をルードリヒの首元に突きつけていた。
それでもルードリヒは微動だにせずに、ハラルドの瞳を見つめていた。
「王立騎士では貴方の騎士には敵うますまい。私もそれがわからぬ程、耄碌しておりませんよ。私の首一つで、この場を修めていただけませんか?」
ルードリヒは呼応した王立騎士達の身を案じながら、無用な血をこれ以上流すまいと自分の命を差し出すことを申し出ていた。しかし、ハラルドはそれに感銘を受けることもなく、冷徹に言いはなった。
「ダメだ。王族殺しは極刑。何れにしてもこの場に居る者は全て殺す。王立騎士の指揮官を除き、全ての者の首をはねよ!」
ハラルドの言葉が冷徹に廊下に響き渡る。剣を捨てていた王立騎士達は次々に従騎士と近衛騎士き切り伏せられていく。
「これがお前の罪だ。ルードリヒよ。お前からは共謀者を聞き出さないといけないからな。私を認めると言うならば、共謀者を一人残さず吐いて貰おう」
ハラルドは剣を突きつけたまま、不適な笑みを浮かべていた。
「私は今日から国王だ」
ルードリヒはその顔を見て鳥肌と悪寒を感じていた。自分が今しがたおぞましい真の化物を解き放ったのではないか。
ハラルドの一切迷いのない瞳を見て、ルードリヒは直感的にそう感じた。
彼は完全に自分の計画を知っていた。そして、それも踏まえた上で、酒池肉林の宴で道化を演じていたのだ。しかも、それは王家、身内すらも欺くために行っている。
瞬時にそこまで理解して、ルードリッヒは戦慄する。
(私はとんでもない獣を世に放ったかもしれない)
そんな思いが胸のうちより込み上げていたのだ。
「ハラルド……陛下……」
ルードリヒはそれ以上口を開くことが出来なかった。
王城での騒乱が治まったのはそれから間もなくの事だった。
ルードリヒが囚われた事によって、王立騎士達は混乱して投降者が相継いだ。
しかし、一部の王立騎士は降伏がそのまま死を意味する事を覚悟しなければならない。そう、最もルードリヒと関係の近しい者達だ。そうした一部の騎士は武器を手に王城各所で執拗に抵抗し、解放された第2近衛騎士団がその対応に追われた。
そうして王城内の治安と全権、全てを掌握できたのは夕方頃だった。
この頃には既に王都内でも王城騒乱の噂で持ちきりとなっており、ヴァイレル城の外城郭前には人だかりが出来だしていた。
幸いにして、ルードリヒは市民が入ってこないように予め城門を閉じさせていたので、その混乱がヴァイレル城内まで波及することはなかった。
そして……。
王の間の玉座にハラルドは王冠を被って座っていた。若いながらにも、王族従騎士を指揮して首謀者を捕えたハラルドは、既に王者の風格を出ている。
「して、王城内での混乱は一応治まったと……」
ハラルドの言葉に近衛騎士隊司令レオニードが立て膝で頭を下げて報告する。
「は! 議場の王立騎士はルードリヒの降伏を告げると、あっさりと投降しました。各所に居た王立騎士も既に投降、又は制圧済みです。あとは共謀者を炙り出すのみです」
「……ふむ。そうか。よく尽くしてくれた」
「これも全てはハラルド王陛下の威光あってのことです!」
レオニードはそう言って頭をあげていた。今回の騒動は防ぎようがなかったのは事実だ。国の内政を司るルードリヒが謀反を起こすために、人員配置を変えていた。
何よりもその人はトルアから最も信頼されており、誰からも疑われる事はなかった。そんな彼が謀反を起こすなど、誰が想像しようか。
ハラルドは憂う気に床に視線を落としながら呟く。
「我が王国も焼きが回ったものだ」
幸いにして政局を動かす人員の多くを失うことなく、ハラルドは今の玉座に着けたのだ。
「ハラルド陛下、現在ルードリヒから共謀者を聞き出しており、その共謀者達を捕まえるのは時間の問題です。城門は全員を捕えるまで閉じておくように厳命しております」
レオニードからの報告を受けて、ハラルドは満足気に言い放つ。
「ご苦労、よい判断だ。ルードリヒの尋問が終わっても殺すなよ。あと、奴には拷問も加えるな」
「は、御意に」
ハラルドの言葉にレオニードはすぐにその場を立ち去って事後処理へと向かう。
ハラルドはその後ろ姿を見送って、小さくため息を着いていた。
「ようやく、玉座か……」
表向きは謀反を制圧した救国の王だ。
しかし、それはあくまでも表のみ、彼の腹のうちは違う。
(これで予て構想していた南方への異教徒征伐を行える……)
そう、彼の長年の夢であったイムラハ諸国への攻撃、それが実現しようとして居たのだ。
(父王陛下、あとの事は私にお任せ下さい)
ハラルドはそう物思いに耽りながら、天を見上げる。
「さて、これからが忙しくなるな……」




