王都政変 3
トルアは月一の定例儀会を休み、緊急案件について会談を行っていた。
執務室前には王族従騎士が2名配置されており、王の護衛を行っている。
執務室内では西方属領地のフェールムントでの出来事について、西方属領地管理局長と話し合いが行われていた。
「よもやノーラが反乱を諫めるなど、信じられぬ話だ」
トルアは驚嘆の表情を浮かべて手に持った書類に目を通していく。
書類にはノーラがフェールムントの反乱を平和的に治め、今はフェールムント復興の道筋を立てているというのだ。
我が子の成長に心を躍らせながらも、報告書を読み進めるにあたって、トルアは手を止めていた。
そして、表情をこわばらせる。
「どうやら、良い報告だけではないようだな……」
「は……」
トルアの悲しみを含んだ表情を見た西方属領地管理局の局長は、その言葉で全てを察していた。
「ゴラムが戦死とは……。信じられぬ……」
報告書内にはフェールムントの反乱に際して、ゴラム王族従騎士長が傭兵によって捕らえられて殺された事が記されているのだ。
王国一の凄腕騎士であっても、味方からの奇襲には対応しきれなかった。
最精鋭の王族従騎士50名を失った事は、とてつもない損害と言えた。
何よりもゴラムは王族従騎士を纏める立場にあり、そのカリスマで一癖も二癖もある王族従騎士達を取り纏めていたのだ。
全国より集められた猛者たちを取り纏める事は容易ではなく、トルアの様に武威を示せる騎士の王でなければ、王族従騎士に嘗められる。
その例が息子のハラルド王太子であった。
「これは大きな痛手であるな……」
ゴラムの死はヴェルムンティア王家にとって、相当な損害となる。
ハラルドが王になった時、果たして今いる王族従騎士達を纏められるのか。
トルアには確信がなかった。
総勢300名いる王族従騎士達の内、50名が居なくなり、またその頭もいない。
王族従騎士の補充と、後任の従騎士長を選定せねばならないが、その従騎士長に充てる人員を選ぶのは、中々骨の折れる事だった。
トルアは悩まし気に報告書を読み進めていると、突然扉が開いて護衛の王族従騎士二人が部屋に入ってくる。かと思うとすぐに扉を閉めて、閂をして鍵をしめる。
「何事か!」
「陛下! 反乱です! 王立騎士隊100名近くがここに殺到しております」
トルアは従騎士の言葉を聞いて目を見開いていた。
まさか自分の膝元で反乱が起こるなど想定もしていなかった。
「ルードリッヒは何をしているかあああ!!」
トルアは大声で叫びながら、扉の方へと向かおうとしていた。
護衛の騎士の一人が慌ててトルアを抑える。
「陛下! なりませぬ! ここは援軍が来るまで部屋で籠城を!」
「何を抜かすか! 私はこの騎士の国の王であるぞ! 100人程度の雑兵など、私の相手ではないわああ! それよりもルードリヒをすぐに探し出すのだ!」
トルアの前に立ちはだかる従騎士が必死でトルアを説得しようとする。
だが、激昂するトルアはそれをも押しのけんばかりの勢いで扉に向かおうとしていた。
その時だった。
突然の爆発音が扉の向こうから響き渡り、扉そのものが吹き飛ぶ。
同時に粉々になった扉の破片の雨が王族従騎士と管理局長を襲っていた。
二人はモロニ破片を浴びており、即死であることが分かる。
かと思えば、間髪入れず二発目の爆発音が響いていた。
王族従騎士が反射的にトルアをかばうようにして、地面に押し倒していた。
爆発音によって再び室内がぐしゃぐしゃに破壊された。
粉砕される石壁と窓、砂ぼこりが応接室内を覆い、トルアの顔に生暖かくどろッとした液体がかかる。
それを感じて、トルアは目を見開けば、体中が破片でボロボロになった王族従騎士がいる。
彼は四つん這いになって、トルアをかばって重症のけがを負っていた。
にもかかわらず、すぐに立ち上がって扉の方へと顔をむけていた。
「陛下! お逃げ下さい! 私が時間を稼ぎます!」
ボロボロになった王族従騎士は剣を引き抜いて、破壊された扉から入ってくる王立騎士達を睨みつけていた。
「トルア王! 覚悟!!」
5人の王立騎士達はそう言いながら、目の前にいるぼろ雑巾のようになった王族従騎士に向かっていく。
彼は一人目の剣撃をうけて斬り伏せるも、数に物を言わせてくる騎士達に太刀打ちすることは敵わなかった。突破してきた3名の騎士が、従騎士の胴体に剣を突き立てていた。
それを見たトルアは、怒り心頭で顔を真っ赤にする。
そして、両腰に下げていた剣を引き抜いて、二刀流の剣を構えて見せていた。
「貴様らあああ! 覚悟は出来ておるのだろうなああああああ!」
トルアはそう言って駆け出していた。
王族従騎士がかばった事で、ほぼ無傷のトルアは先頭に立っていた王立騎士に剣を上段から振り下ろす。不意を突かれた騎士が振り返った時には、トルアの大剣が頭上から襲い掛かる。
そして、文字通り兜割よろしく、頭から腹部まで剣の刃がめり込んでいた。
真っ赤な返り血がトルアを染め上げて、その鋭い眼光が3人の王立騎士を捉える。
「ばばば、化け物、化物だああ」
「王に向かって化物とは! 不敬にもほどがあるぞ! 死して償え!!!」
トルアはその場から逃げようとした王立騎士の背中を横凪に斬りつけて、腹部から真っ二つ切り裂いていた。胴体と足が転がり、ドシャッという音が部屋の中に響く。
続けざまにまた、一人、一人と意図も容易く撫で斬りにしていくトルアは、正に動く殺戮兵器だった。
扉から入ってくる王立騎士の集団と最後の一人はかち合っており、彼は集団を押しのけて外に逃げて行く。何事かと入ってきた王立騎士が部屋に顔を向けた時には、トルアが眼前にいて剣を凪いでいた。
先頭に居た三人の首が一気にその場に落ちて、後ろに続いていた騎士達が唖然とする。
トルアは首のなくなった胴体が倒れるよりも先に足蹴りして、集団に死体をたたきつける。
騎士達の集団はそれで一気に態勢が崩れていて、すかさずトルアがその集団のど真ん中に突っ込んでいき、両手剣による乱舞で周りに居る騎士達を次々に斬り捨てていた。
その鬼人の如き戦いぶりは、廊下にいる王立騎士達をも戦慄させる。
「あ、あっぁあ、あれが俺達の王だったのか……」
大砲の前に立っている王立騎士が、口を震わせながらトルアを見据える。
廊下には血だまりと肉塊の山が出来上がり、突入部隊の20人があっという間に全滅していた。
その肉塊の上に、真っ赤に染まって折れた剣を持つ鬼人こと、トルアが大砲の前に待機している騎士達を一瞥する。
両手に持っている折れた剣を投げ捨てると、死んだ王立騎士のロングソードを二本拾い上げていた。
「貴様らあああ! 我に向けて矛を向けた事! 地獄で後悔しろお!!!」
トルアはそう言って王立騎士達に向かって走り出していた。
それを見た騎士達の集団は恐慌を起こしていた。
大砲を放置して、次々に我先にと逃げ出していく。
とても戦える状態ではなく、トルアを恐怖して逃げ出すさまは正に敗残兵そのものだった。
「まてえええ! またぬかああ!」
トルアは叫びながら、戦列の最後尾の一人に剣を投げつける。
剣は胸を貫いて、その場に王立騎士の一人が倒れる。
トルアはその倒れた兵士の前まで走ってきた時に、ずらりと廊下に並んだ戦列を見て目を丸くする。
弩をもった兵士達が二列で戦列を作って、トルアを待ち構えていたのだ。
そして、その後ろにはルードリヒが立っている。
「ルードリヒ! 貴様がああ反乱の首謀者かああ!」
激昂するトルアに構うことなく、ルードリヒは冷徹に手を前にかざして戦列に告げる。
「射てえ!」
一斉に矢がトルアに向けて放たれるも、トルアは足元に転がる虫の息の王立騎士の首を掴んで、盾に使っていた。トルアめがけて放たれた矢は、王立騎士に刺さっていく。
しかし、全てを防ぎきれたわけではない。
足のすねに一本の矢が突き刺さり貫通していた。
「ぐぬう! しかし、まだまだよ! 戦とは何か知らぬボンボンどもがああ!」
トルアは力任せに躯となった王立騎士を、戦列に向かって投げつける。
戦列のど真ん中に死体がぶつかってしまい、次の矢を装填していた兵士達に当たる。
戦列はすこしだけ崩壊して、そこにトルアは足をひこずりながらも駆けていた。
だが、距離的にきびしいものがある。
トルアが到達するよりも早く両端の兵士達が、矢の装填を終えてトルアに向けて矢を発射しだしたのだ。半恐慌状態の戦列ではあるものの、それでも、トルアの腹部や腕、右胸に矢が突き刺さっていく。
(くっ、視界がかすむか……)
トルアはそれでも止まらなかった。
戦列まで辿り着くと、剣を振るって弩兵を次々に撫で斬りにしていく。
すぐに戦列は崩壊してしまうも、トルアの動きは完全に鈍っていた。
「いまだ! トルアの首をとるのだ!」
ルードリヒの言葉で王立騎士達がトルアに向かっていく。
一人、二人と斬られるも、それでも数の暴力には勝てず、王立騎士の一人がなんとかトルアの背後に回って背中を斬りつける。
「痛いではないかああ!!!」
しかし、その後ろの騎士は振り向きざまにトルアによって首を飛ばされる。
「ルードリヒ!! 貴様はああ! 貴様だけは許さぬぞおおお」
完全に包囲しているにもかかわらず、王立騎士達はまったくトルアを追い詰めた気になれなかった。
むしろ、なぜここまでボロボロになりながらも、立っていられるのか理解できない。
王立騎士達は目の前の怒れる鬼人を前に完全に恐怖していた。
「ヴェルムンティア王家の底力を見せつけてくれるわああ!」
トルアはそう言いながら、真正面にいる騎士に斬りかかる。
剣を受けたはずなのに、その受けた剣が弾かれて、頭を剣の刃が襲ってくる。
一人の王立騎士が横から斬りかかろうとするのを感知して、トルアはそれよりも早く剣を右に向けていた。それに騎士は貫かれる。
しかし、それが決定的な失敗だった。
貫かれた剣の腕を、貫かれた王立騎士が掴んだのだ。
「少しは骨があるではないかあ!!!」
そのまま振り払おうとするも、背中から王立騎士が剣を突き立てて、トルアの動きが止まる。
「ぐ、ぐう、ここまでとは、無念だ! よかろう! ルードリヒ! 我が首、とるがいい!!」
それからは恐慌にかられた王立騎士が、トルアに殺到して剣を突き立てていく。
そうしてようやくトルアの息の根が止められていた。
王立騎士側の被害者数は40名近く出ており、王1人を仕留めるのに、これだけの被害が出る等、ルードリヒは想定していなかった。
ルードリヒは連れてきた戦力が瞬時にして壊滅した事実を前に、改めて自分が仕えてきた王がどれ程偉大だったのかを実感する。
そして、震える拳を握りしめて、死して倒れるトルアに目を向けていた。
覚悟を決めていたはずなのに、胸の内には何故か巨大な喪失感がある。
だが、すぐにその気持ちを搔き消すように王立騎士達に言う。
「トルア国王の首をとって城内に知らせ回るのだ」
冷酷に言うトルアを前に、騎士達はトルアの首に刃を入れていた。
その時だった。




