王都政変 1
高々と上がった太陽に、白い雲がかかってヴァイレル城に影を落としていく。
王城ヴァイレルは広大な敷地を有している。
防備を固めるために作られたはずの城は、いつしか政務をする為の施設へと生まれ変わっていた。
巨大な主郭は国王の権威を象徴しており、その主郭とは別に敷地内には議場もある。
政務において貴族議員達が、政府との会議を行う場である。
貴族達がその場を目指して王城内を歩いて目指していた。
定例会と呼ばれる議会が月に一度行われており、そこで政府高官が一堂に会して色々な報告と議事を進めている。そして、今日はその月に一度開かれる定例会議だ。
ルードリヒも国務大臣として、その定例議会に参加するために議場へと向かって歩いていた。
彼の表情はいつも以上に固く、議場に集まっていく貴族議員たちはその顔を見て、今回の議場が荒れそうな予感を感じていた。
そんなルードリヒの横に、法務大臣のヴァシアスが横に来ていた。
彼はルードリヒと共に歩きながら小声でやり取りを行う。
「国務大臣、例の準備は完了しました」
「ご苦労。一番に抑えないといけないのは」
「把握しております」
「あとはこの議場だな……」
「しかし、今議会に国王陛下は……」
「大丈夫だ。それも想定済み」
ルードリヒとヴァシアスは密談を交わしながら議場の入口へと来ていた。
主要な貴族や役員の殆どが、今回の定例議会に登院している。
これは非常に稀であり、どこかの要職の大臣が定例会ではかけている事がざらなのだ。
ルードリヒは円形議場の要職が座る席へと着いていた。
議場内には議員資格のある貴族達と、各大臣、長官が次々に席に着いていく。
そうして、全員が入ったのち、扉が閉められていた。
扉の入り口には衛兵が二人立っており、議場へは関係者以外立ち入れなくなっている。
議場に入る際は、一切の武器の携行は許されておらず、全員が丸腰である。
これは騎士の国でえあるヴェルムンティア王国で、過去に起きた事件に起因する。
今より遥か昔100年以上昔の話だ。
議場の武器の携行が認められていた時代に、議論が白熱しすぎ、そこで剣を抜いて血生臭い争いが起きたのだ。それ以降、同じ過ちが繰り返されてないよう、議会での武器携行が禁止されたのだ。
ルードリヒは全員が揃っているのを確認すると、立ち上がって全員に聞こえるように言っていた。
「それではこれより、1月の定例報告議会の開催を宣言します。一同起立を願います」
全員がその場から立ち上がり、胸に手を当てていた。
議場全体を見渡せる玉座に、一同が顔を向けている。しかし、国王のトルアの姿はない。
「我々、ヴェルムンティア王国役員、並びに貴族議員は、この議場で一切の武力を行使せず、神聖な議会を進める事を誓います」
ルードリヒの言葉を聞いた一同は、数舜の黙祷をした後に、席に座っていた。
「では、これより定例報告会を開始します。では、法務長官のヴァシアス男爵より報告をいたします」
ルードリヒがそう言って横に座るヴァシアスに目を向けると、彼は意を決して立ち上がる。
「これより、法務庁からの報告を行います。昨今、西方同盟による諜報、工作活動が、我が国内でも活発になってきております。停戦条約を結んでも尚、我が国を内部より崩壊させようとする動きが確認されており、我々法務庁は、この工作活動の妨害阻止を行っています。先月の工作活動とみられる通報と密告はこの王都だけでも122件ありました。幸いにも重大な被害を及ぼす工作活動はなく、王城ヴァイレル内の間者拘束を行いました。また、ここにおられる貴族の中には、西方同盟と通じているのではないかと疑惑の目を向けられている方もおられます。その為、これより、法務権限の執行を行い、全員の身柄を拘束させていただきます」
ヴァシアスがそう言うと同時に、議場の扉が開いていた。
何が起こったのか把握できない議員と役員たちは開いた扉を唖然として見つめる。
そこからは完全武装をした王立騎士とその侍従達が続々と入ってくる。
その数おおよそ100人弱だ。
剣こそ抜いていないが、明らかに全員に対して敵意が向けられていた。
ざわめく議会の中で、ルードリヒは立ち上がっていた。
「皆さま! 静粛に! 皆さまも知っていると思いますが、西方への親善訪問でノーラ殿下が何者かによって暗殺されかけたのです! これは王家、ひいては王国に弓を引いたのも同じ! 全員を一時的に軟禁し、改めさせていただきます!」
ルードリヒは王立騎士隊が、入り口と各議員がいる席の最後尾に配置されたのを確認する。
「これは横暴だ!」
「越権行為だぞ!」
「ここには王国に殉ずる貴族しかいない!」
「議会に対する侮辱だ!」
口々に猛抗議する貴族達を前に、ルードリヒは至って冷静に続けていた。
「静粛に! これは国務大臣権限で許されている行為です! 抵抗をしないならば、必ず皆様の身柄の安全は保障いたします! しかし、抵抗を試みた場合は反逆罪とみなして、即刻この場で処刑いたします! 全員、席より立ちあがらず、おとなしくヴァシアス長官の指示に従い下さい!」
ルードリヒはそう言うと議場の扉の方へと向かって歩き出していた。
議場の外まで来ると、大勢の王立騎士達と王立兵が忙しなく動き回っていた。
その全員が完全武装をしており、明らかに殺気立っている。
扉の傍らでは衛兵二人が殺害されていて、血を流して倒れている。
ルードリヒはその側で血の付いた剣を持っている王立騎士を一瞥する。
彼の手はわずかに震えており、同胞を手にかけた事への恐怖と自責が見て取れた。
「抵抗をしたのか?」
「は! 我々の行く手を阻み、抵抗をしたのでやむなく……」
「そうか……。極力衛兵との交戦は避けよ」
「は!」
王立騎士はそう言って敬礼して見せていた。
手はず通りに事が進んでおり、ルードリヒはそれでも至って冷静なまま状況を把握する。
議場には近衛騎士はおらず、彼らはこことは違う場所で自らを研鑽している。
近衛騎士の行動を抑制するために、近衛騎士隊の総司令部を抑えなければならない。
ルードリヒは指揮官を捕まえて、現状の報告を迫っていた。
王立騎士団長のコールマル子爵は、ルードリヒに顔を向けると真剣な眼差しで答えていた。
「近衛騎士隊総司令部は制圧済みです。総司令官のレオニードは拘束、司令部に拘禁済みです」
「手際がよいな」
「は、一同この時を待ち望んでおりましたからな」
「近衛騎士隊の動きは?」
「予定通り、駐屯している唯一の第二近衛騎士団は、司令部からの指令がないため動けず、そのまま我が騎士隊が屯所と武道場にいる近衛騎士を軟禁しております」
ルードリヒはその報告を聞いて一先ず安堵していた。
現在行っているこの行動で最も高い脅威なのは、近衛騎士隊であるのだ。
だが、6つある近衛騎士団の内、現在王城に駐屯しているのは第二近衛騎士団のみだ。
しかも、その半分は非番であり、実質王城内にいるのは500人程度だ。
その脅威の排除ができたのはとても大きく、後は王城ヴァイレルより人を出さないようにすればいい。
ルードリヒは長年に渡って計画してきたクーデターが実現しようとしている事に、胸を高鳴らせていた。
国王の忠臣であると評判を買うために、どれほど努力してきたか。
それは誰も知らない。
友を裏切り、障害として立ち塞がろうものなら、それをも排除して今の地位にのし上がってきたのだ。
だが、ルードリヒはそれでも表情一つ変えなかった。
「あとは王宮と執務室か……」
ルードリヒはそう呟いてヴァイレル城本丸を見ていた。
王宮にはハラルドがおり、今も酒池肉林の堕落生活を送っている。
彼を殺害し、執務室にいるトルアも同じように殺したのち、即座に王都に戒厳令を敷く。
その手筈は整えられており、ルードリヒは静かにコールマルを見つめていた。
「それで執務室へと向かう部隊はどこに?」
「は! あちらに!」
ヴァイレル城へと入る入口前には、100名近い騎士と兵士が整列しており、それに付随するように大砲が二門用意されていた。
「しかし、大砲二門は大袈裟すぎませんか?」
コールマルはそう言って自分が用意した兵員を、疑問の眼差しで見つめていた。
執務室は王城の一回にあり、大砲を運んで執務室ごと瓦解することは可能だ。
しかし、トルアと王族従騎士4人相手に、大砲二門と100名の兵士は過大な脅威評価に映って仕方ない。
「お前はあのお方の力を見くびっている。あのお方は大砲でもぶち込まない限りは、死ぬことはない」
コールマルはルードリヒが至って真面目にそう告げている事を見て、気持ちを入れ替えていた。
既に自分達は後戻りができない所まで来ているのだ。
やるならば最後まで容赦なくやりきらなければならない。
「私も心を改めしました。やってやりましょう」
コールマルはそう言ってルードリヒを真剣な眼差しで見つめ、自分の罪の大きさを自覚しながらも、覚悟を決めていた。
これからやる事は国王トルアと王太子ハラルドの殺害であり、これが実現すれば、ルードリヒが主導する新たな選定王侯制度が敷かれるのだ。
王が判断を誤れば、その王は玉座を追放されて、国の方針そのものを変えられる仕組みだ。
ルードリヒはその選定王制度実現の為に、今の今まで忠臣のふりをしてきたのだ。
この国の失敗した西方遠征と、ヴェルムンティア王家の愚かな夢である大陸統一国家の樹立、その野望を打ち砕くべく、ルードリヒは立ち上がったのだ。
ルードリヒはコールマルより剣を受け取ると、100名の兵士達と大砲を引き連れて、国王トルアのいる執務室へと向かうのだった。




