表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
292/307

過去との対峙 4

 アストールは馬に揺られながら空を仰ぎ、肺一杯に大きく息を吐いた。白い吐息が白麗の建物が建ち並ぶ街の中に重なるように消えていく。

 街の中は多く人々が行き交い、アストール達の活躍とは裏腹に、平穏な日常生活が何事もなく営まれていた。

 彼女の後方には罪人が押し込まれた馬車が続いている。

 馬車は木で覆われていて、中は一切覗くことはできない。

 その馬車にあのエストルを入れて護送している。


 そんな状況にアストールは感慨深く思い返していた。


 女の体に変えられてから、元の体を取り戻すための旅に出て早1年が過ぎようとしている。

 そして、ようやくあのエストルからゴルバルナの事をききだせるかもしれないのだ。

 アストールはミュゼルファートの城へと向かう足取りを早めていた。

 彼女かれミュゼルファート城に着くなり、早々にエストルを拘束したことをエドワルドに報告すると、彼は笑顔でその報告を受け入れていた。


 そして、アストールには特別にエストルを尋問する事を許可していた。

 薄暗い一室の中で手錠をかけられたままのエストルは、対面しているアストールに目を向けていた。

 以前こうして対面したのは、彼が近衛騎士団長であり、身分のない少女という関係の時だ。

 だが、皮肉にも今や彼は罪人、アストールは救国の英雄と言う立派な近衛騎士代行だ。

 二人は対面して、暫く何もしゃべらず、重苦しい沈黙が続く。


「エスティナよ。お前は満足か?」


 最初に口を開いたのはエストルの方だった。


「なんの話?」

「俺を捕まえられて満足かと聞いてるんだ」


 アストールは少しだけ考えると、エストルに対して口元を吊り上げて答えていた。


「そうね。それなりって所かしら」

「それなり……か」


 アストールはエストルを見据えたまま、それ以上喋ろうとしない。


「俺に聞きたい事があるんじゃないのか?」

「どうせ聞いた処で、貴方、喋る気ないでしょ」

「それは質問次第だ」

「じゃあ、教えて。ゴルバルナの居場所を!」


 アストールは身を乗り出して机に手をついて迫るもエストルは黙り込んでいた。

 二人は視線を交わしたまま硬直していたが、彼はおもむろに微笑を浮かべる。


「そうだな。教えてもいいが、今更奴の居場所を知ったところで、どうにもならんさ」

「どういう意味?」

「お前達に教えた所で、今からそこに向かっても、奴はもうそこには居ないってことだ」


 エストルの言葉を聞いて、アストールは即座に感づいていた。


「もしかして、ゴルバの研究は完成して……」

「さあな、そこまでは知らない」


 エストルはすっとぼけたように顔をアストールから背けていた。

 実際にエストルが何をどこまで知っているのかはわからない。

 ただ一つ分かった事は、こうして尋問をしている間にも、エストルの知らないどこかへと、ゴルバルナは立ち去ろうとしているのだ。


「それじゃあ、貴方を捕まえたのは無駄足だったって事?」

「それは……」


 エストルは天井を見上げた後、アストールを真正面から見据えて満面の笑みを浮かべていた。


「そうかもしれないな」


 その顔に拳をぶちこみたくなるのをアストールは我慢して、一呼吸入れて気持ちを落ち着かせる。


「いえ、貴方を捕まえたのは無駄足じゃない! 貴方は王国に対して弓引く者に通じてるはずだから!」


 黒魔術師と通じているエストルが、何かを企んでいたのは確かだった。

 相手が誰なのか、エストルのバックには誰がついていたのか、そう言った情報はかなり重要である。


「さーて、その王国がいつまで続くのか……見物だな」


 満面の笑みを浮かべたままのエストルは、意味深にアストールに告げていた。


「どういう事よ?」

「ノーラを西方に送り込み、王族従騎士の戦力を削いだ意味は大いにあるんだよ」


 エストルは不敵な笑みを浮かべていた。

 そんな男の腹の内が読めずに、アストールは机を思い切り叩いていた。


「お前の言ってる意味が分からないんだよ!!」

「ふふ、それもそうか。まあ、いい、今頃王国では政変が起きてるはずだ」

「政変!? そんな事あり得るわけがない!」


 アストールは衝撃の一言を聞いてもなおエストルを否定する。


「そう言いたいのは分かる。だが、それはもう起きてるんだよ。俺はその政変に加わって、共に戦う予定だったが、お前のせいで全ての計画が変更されたんだ」


 エストルが饒舌に笑みを浮かべてしゃべり続けているのを聞いて、アストールは唾を飲み込んでいた。


「一体誰がその政変を起こそうっていうのよ!?」


 エストルはアストールの問いかけに対して、少しだけ考える。

 数舜の間の後に彼は笑みを浮かべて答えていた。


「お前は今回の西方遠征で起きたノーラの暗殺未遂事件や、反乱、誘拐が偶然起こったとでも思ってるのか?」


 エストルの言葉にアストールは押し黙っていた。

 確かにノーラの急遽決まった西方への親善訪問、このタイミングで急遽決まったこと自体に違和感を持つべきだった。


 エドワルドの暗殺未遂事件で士気が大いに下がって、西方からの脅威が大きくなった今、ノーラの西方訪問はごく自然な流れだと思っていた。

 だが、実際の所は、そう言うわけではないと言う。


 フェールムントの実情は報告されていたにも関わらず、ルードリヒが敢えてそこを訪問の地へと選んでいた。それは決して多忙ゆえの選択ミスではないとしたら。

 そして、王城内にいる王族従騎士の戦力を少しでも削げるという意味、何よりも、王族従騎士の最高司令官であるゴラムが首都から居なくなる意味を考えた時に、アストールは全ての点が繋がっていた。


「まさか、ルードリヒ国務大臣が……」

「ふふ、今更気づいた所で遅い、お前はこの知らせをどんなに早く知らせようにも、確実に間に合ない。第一にその知らせが届いたからと言って、誰がそんな世迷い事を信じるんだ?」


 エストルの鋭い指摘を前に、アストールは一瞬だけ頭が真っ白になっていた。

 実際に今アストールが王城内に居て、ルードリヒが政変を企んでいるぞと言った所で、誰もその言葉を信じないだろう。

 そのくらいに彼は王城内からの信頼も厚く、なによりもトルアが重宝している大臣であるのだ。

 下手をすればアストールが反逆罪で投獄されかねない発言でもある。


「……私がここに居るのは」

「ふふ、エスティナよ。お前は今やヴェルムンティア王国の英雄だ。それに加えて、お前の従者はどいつもこいつも優秀な人材ばかりだ。近衛騎士の中では最も警戒すべき存在になっていたんだよ」

「謀られたのか……」

「そうだ。俺はお前をここに釘付けにする餌さ」


 エストルはそう言って満面の笑みでアストールを見続ける。


「とは言え、本気でお前を殺そうとはしたがな。魔導兵器が敵わなかったのは想定外だった」


 エストルがどうしてあそこまで潔く捕まったのか、それに合点がいき、アストールは机をたたいていた。


「今更急いで戻ろうにも、首都まではどんなに急いでも一月はかかる」

「全部計算通りって事かよ」

「俺は計画者じゃないから、何とも言えないが、その通りだろうな」

「くそ! まんまと嵌められたってわけかよ!」


 再びアストールの拳が机を強くたたき、部屋の中に衝撃音が響き渡る。

 自分がどうすることもできない現実を前に、アストールは己の無力を呪っていた。


「まあ、落ち込むなよ、エスティナ。その美人な顔が台無しだぜ?」


 アストールは唐突に腰の剣を抜いて、エストルの首に当てる。そして、真剣な眼差しを向けながら聞いていた。


「もしも、政変でルードリヒが王位に就いたというのなら、この場でお前の首を跳ねてやる!」


 一瞬でその場の空気が凍り付いていて、流石のエストルも乾いた笑いに変わっていた。


「か、勘弁してくれよ」

「冗談じゃないぞ。それともう一つ、まだ、お前は私の問いかけに答えていない」

「ゴルバルナの居場所か?」

「そうだ」

「あいつは俺の統治していた領内のとある洞窟に潜んでいる。とはいえ、そこを知ってるのは俺だけだ」


 アストールはエストルが殺せない状況になり、歯噛みしていた。

 己の感情だけで、ましてや自分の握っている剣だけでは、この大きな出来事は解決できない。

 そんな現実を前に、アストールは頭を冷やして剣を鞘に納めていた。

 エストルの首の皮に傷がつき、スーと一滴の血が流れ落ちて、彼の白いシャツを汚す。


「命拾いしたな、エストル。お前にはじっくりと話を聞かせて貰うぞ……」


 アストールは頭に昇った血を冷やすため、尋問室を出ていくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
嵌められた……想定外に狡猾ですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ