過去との対峙 3
暗闇と冷酷な寒さが支配する時間、エストルは寝室で毛布と布団に入り寝付こうとする。
だが、その静寂は扉の開く音で破られる。
派遣していた間者がエストルの寝室に入ってきていたのだ。
エストルはベッドから起き上がると、間者の方へと向き直る。
彼は頭を下げてエストルに報告していた。
「エストル殿、黒龍騎士団攻撃隊の隊長ライルが駐屯所入りしました」
エストルはコリンゲンの町の中に放っていた間者より情報を得ていた。
コリンゲンに黒龍騎士団の攻撃隊が駐屯所に入ってきているのを把握はしていたのもの、その指揮官が駐屯所に訪れた事を知って黙り込んでいた。
(攻撃の時は近いか……)
エストルは間者からの情報を聞いてそう判断していた。
「他に何か変わった事はないか?」
「は、ライルと共に女騎士とその一行が駐屯所入りしたのを確認しています」
「女騎士? その一行と言うのは?」
「大柄な男と女従者2人、神官の少年と魔術師の従者を連れた女騎士と……」
間者の男の言葉を聞いたエストルはそこで口を吊り上げ、笑い声をあげる。
「ふふふ、はははは! やはり来たか! エスティナよ!」
エストルはそう言ってベッドから出ていた。
そして、寝室から窓の方へと歩んでいく。
夜の闇を月明かりが照らしていて、薄暗くもまったくコリンゲンの町が見えないわけではない。
いつ敵が来てもおかしくない状態で、エストルは間者に対して告げていた。
「町に潜んでいる間者を全て屋敷に集めよ。近い内に敵が攻めてくるぞ」
エストルの言葉を聞いた間者は、それを聞いて静かに返事をしてその場を立ち去っていた。
「さあ、いつでも来い! 決着を付けようじゃないか、エスティナ・アストール……」
エストルはそう言いつつ、輝く月を見据えていた。
エスティナによって近衛騎士団長の地位を追われ、気が付けばこんな辺鄙な地で逃亡生活を送らされていた。領地に居たエストルに近しい人々は、フェイマル連合王国に逃がし、彼はこのディルニア公国に潜伏することになる。
この間、ゴルバルナへの支援物資を、このディルニア公国で仕入れては送っていた。
それもケニーという裏商人が協力してくれていたからこそできた事だ。
そうして、一年近い逃亡生活の末、ようやく、自分の地位を回復させるための計画が裏で実行されようとしている。だからこそ、エストルはこの地でその計画の最終段階を着々と進めていたのだ。
「俺はお前をいつでも倒せる力を手に入れたんだ」
中庭にある魔導兵器にエストルは胸を躍らせる。
早くあの魔導兵器でアストールを潰したいと言う欲求が胸の中いっぱいに広がってくるのを、エストルは感じていた。
エスティオの妹であるエスティナの事を、これまで何度となく頭の中で嬲ってきたことか数えきれない。消えない憎しみを前にして、どれだけ自分を保っていられるのか。
エストルには分からなかった。
そんな胸を躍らせていたエストルの元に、従者が駆け込んでくる。
「エストル様! 敵襲です!」
従者の声にエストルは驚いて振り向いていた。
「なんだと!?」
「敵は屋敷に火矢を放って来てます!」
エストルはその言葉を聞いて、即座に着替え始めていた。
「火矢だと?」
「はい! 崖上よりいくつもの火矢が放たれていて、屋上では既に火の手が上がり始めています」
従者の言葉を聞いて、エストルは歯噛みしていた。
まさか相手が焼き討ちをしてくるなど想定もしていなかったのだ。
ましてや、攻撃を仕掛けてくるタイミングが早すぎる。
そう思えて仕方がなかった。
布鎧に鎖帷子を着用し、頭にはサークレットを付けた上に、兜を着用する。
「全員を叩き起こして戦いの準備を行え! こちらには魔導兵器がある。ディルニア騎兵など襲るるに足らん!」
攻撃を受けているというのに、エストルは至って冷静だった。
むしろ慌てているのは従者と雇った傭兵だ。
エストルは魔導兵器の起動石を手に持ち、中庭へと急いでいた。
仕掛けられた攻撃にはそれ相応に応じなければならない。
中庭まで来ると、跪いている魔導兵器の背中に起動石をはめ込んでいた。
魔導兵器はその場で立ち上がり、燃えだした屋敷の屋根の灯で不気味な影を落とす。
既に屋敷内に居た従者と傭兵が臨戦態勢を整えて、降りてきていた。
全員が中庭で戦いを覚悟する。
それと同時だった。
屋敷の扉が吹き飛んで、勢いよく開く。
その前には、エストルが待ち焦がれていた人物達が佇んでいた。
堂々とした出で立ちの女騎士が、真っすぐにエストルを見据える。
その横には杖を構えたジュナルが立ち、後ろに控えるようにしてコズバーンが腕を組んで魔導兵器を睨みつける。
アストールの長い金髪が風で棚引いていて、とても一年前まで町で生活していた小娘とは思えないほどの決意に固まった瞳がエストルを捉えている。
「エスティナァアアアアア!」
エストルは叫び声をあげていた。
アストールの後ろからは数十人の黒い甲冑に身を包んだ騎士達が現れる。
彼女はその場から駆け出していた。
「ジュナル! コズバーン! あの魔導兵器を優先して片づける!」
「御意!」
「任されよ!」
アストールは腰の剣を抜いて魔導兵器に一直線に駆け寄っていく。
魔導兵器もまたアストール達に向かって走り出していた。
黒甲冑の騎士達はエストルの従者と傭兵に向かって戦いを挑んでいく。
一瞬にして屋敷の中庭は戦場と化していた。
「風の精霊よ。我に石をも切り裂く風の刃を与えよ! ウィンドブレイド」
ジュナルが詠唱すると同時に、緑色に光を帯びた半月上の刃が10本杖の前に出てくる。
彼が杖を前に押し出すと、一本の刃が魔導兵器に向かって一直線に飛んでいく。
しかし、刃は魔導兵器に当たる前に、シュンという音と共に消えていた。
文字通り消え去っていたのだ。
「なんと、魔法を吸収しましたな……」
ジュナルは即座に目の前で起きた現象が何かが分かり、驚きの表情を浮かべる。
「これはうかつにあの魔導兵器に攻撃はできませぬな……」
ジュナルも魔術師であり、自分の魔術があの兵器に当たった瞬間に何が起きたのかはすぐにわかる。
何よりも、彼が恐れるのは、魔術を吸収した後に、同じ魔術を魔導兵器が放ってくる可能性だ。
この鋭い切れ味の風の刃は、鋼鉄の甲冑でさえ真っ二つに切り裂くことができる。
ジュナルほどの使い手になれば、この刃を出したまま自在に操る事が可能だ。
とは言え、そんな事ができるのは本の一握りの魔術師のみだ。
大抵の魔術師は、刃を作り出して真っすぐに放つので精一杯だ。
ジュナルは杖の前にあった風の刃を9本から3本に減らすと、魔導兵器に透視を仕掛ける。
その間にもアストールとコズバーンが魔導兵器にとり付いていた。
「ぬおおおおお!」
コズバーンは魔導兵器に対して、大斧バルバロッサを思い切り叩き込む。
しかし、魔導兵器はしっかりと大斧の刃を左手で受け止める。
そして、魔導兵器を突破してエストルに襲い掛かろうとしたアストールに、右腕で襲い掛かる。
間一髪のところでアストールはそれを避けると、エストルを睨みつけていた。
「ふははは! どうだ! そいつに魔術は効かない!」
魔導兵器はコズバーンの大斧の刃を掴んだまま引き寄せて、右フックでコズバーンの顔に拳を叩き込む。
たまらずコズバーンもよろけてしまい、バルバロッサを手放しそうになる。
だが、彼はかっと目を見開いて柄を握る手に力を入れると、両足で踏ん張ってバルバロッサを引き寄せる。左手を引っ張られて魔導兵器はコズバーンの方へと引き寄せられ、バランスを崩していた。
それを見逃さずコズバーンは、魔導兵器の頭部に頭突きをかましていた。
魔導兵器はそのまま後ろによろめくと、その隙を逃さずコズバーンは大斧を大きく横凪して、胴体に刃を叩き込んでいた。
とてつもない轟音と共に、魔導兵器の胴体の三分の一まで斧が食い込み、コズバーンはそのまま斧を手前に引っ張り、魔導兵器を引き寄せて足を引っかける。
前のめりに倒れる魔導兵器は両手を地面に着けていた。
エストルとアストールはその信じられない人間離れしたコズバーンの動きに呆気に取られる。
「さあ、我が主よ! ここは我が食い止めようぞ! しっかりとエストルを捕まえてくるといい!」
満面の笑みを浮かべるコズバーンは、新しいおもちゃを貰った子どもの如く喜びをあらわにしていた。
通常の騎士であれば、既に数人は死んでいてもおかしくない攻撃。
しかし、コズバーンはその攻撃を受けても立ち続け、それどころか、魔導兵器を圧倒していた。
加えてあの屋敷で戦った時よりも、明らかに動きは洗練されていた。
戦闘において日々進歩を見せるコズバーンに唖然としていたが、アストールはすぐに我に返っていた。
今はコズバーンに魔導兵器を任せて、エストルを捕縛することが優先すべきことだ。
「どうした? エストル? お得意の魔導兵器も、うちの従者の前ではおもちゃと同じ様だけど?」
アストールは剣をエストルに向けて、余裕の笑みを浮かべていた。
対するエストルはそれでも焦った様子はない。
「確かに、コズバーンが魔導兵器以上の強さを発揮する事は想定外だった。だがな、俺にも手がないわけじゃない」
エストルはそう言って腰に帯びていた長剣を抜いていた。
「妖魔は出さないのね」
「お前さえ殺してしまえば、頼らずとも何とかなるさ」
エストルは顔の横に剣を構えると、アストールに向かって駆け寄っていた。
そのまま上段からの一振りに対して、アストールは素早く反応していた。
一歩下がると振り下ろされた剣を弾いて距離を詰める。
しかし、それを見越していたのか、エストルは彼女に蹴りを入れていた。
まさかの蹴りに反応しきれず、アストールは腹部にもろ蹴りが入る。
そのまま軽く後ろに吹き飛びつつも、アストールは体勢を整えてエストルに目を向けた。
「少しは腕を上げたようだな」
「それはどうも」
アストールは剣を構えなおすと、エストルと真剣に目を合わせていた。
命のかかったやり取りで、互いに間合いを見極めながら、じりじりと距離を詰めていく。
戦いは一瞬で決着がつくだろう。
エストルの従者や傭兵たちも手練れが多く、周囲では依然として戦いが続いている。
だが、二人に周囲を気にする余裕はない。
互いに隙を伺っている戦いなのだ。
先に踏み込んだのはアストールだった。
素早く右足を一歩踏み込み、エストルに剣を差し込む。
しかし、エストルはその剣を下に弾き落とすと、下からの切り上げようとする。
アストールは弾かれた剣をそのままに。手首を捻ってそのまま切り上げる。
互いの剣が交差して、その刃が肉を捉える事はない。
再び二人は距離を取っていた。
「そういえば、お前にはこの剣の本当の使い方を教えていなかったな」
エストルはそう言うと刃を胴体後ろに隠すように腰に構え、腰を据えてアストールを見つめる。
かと思えば、大きく右に左にと剣を振るいながら前進してくる。
隙があるように見えて、近づこうものなら相打ち覚悟で飛び込まない限り、エストルを止める事はできないだろう。アストールはそのエストルの剣の使い方を見て、距離を取るしかなかった。
そのような剣術を前にして、アストールは覚悟を決める。
右左と一定のリズムで振られる剣を前に、アストールは一瞬で距離を詰めていた。
自分の右側に剣を縦に構えて、エストルの剣劇をまともに受けていた。
手に響く衝撃と共に、エストルの剣は弾かれる。アストールは即座に右手を振るって、剣をエストルの頭から振り下ろしていた。
兜に当たって致命傷は免れたものの、エストルは大きなダメージを受けてよろめく。
その隙をついて、アストールは剣の柄頭を、エストルの顎に叩き込んでいた。
昏倒して倒れこむエストルを前に、アストールは直ぐに捕縛に掛かる。
仰向けに倒れていたエストルに駆け寄ると、腰に下げていた紐を手に、エストルをうつ伏せにして両手を縛り上げていた。
「よし! エストルを捕縛した!」
しかし、周囲の戦闘は治まらない。
魔導兵器は依然としてコズバーンと死闘を繰り広げており、止まる事はない。
それどころか、従者も傭兵もエストルが捕まったというのに戦いを辞めない。
しかし、騎士の数に従者と傭兵たちは徐々に圧倒されつつある。
形成が不利なのは明確だ。
魔導兵器はコズバーンによって地面に倒されており、バルバロッサによって滅多打ちされている状態である。それでもわずかに魔導兵器の回復力が上回っているらしく、倒すまでには至っていない。
それも時間の問題だろう。
エストルがうめき声をあげて、アストールは彼を起き上がらせる。彼女はブーツから隠しナイフを取り出して手に持つと、エストルの頬をはたいていた。
意識を取り戻したエストルに対して、アストールはナイフを首に突き付けていた。
「エストル! 今すぐに戦闘を停止するように言え、そうすれば命まではとらない」
アストールが真剣な眼差しを向けて、彼を見続ける。
その目には明らかに殺意が籠っており、観念したのかエストルも小さく溜息を吐いていた。
「皆の物、獲物を捨てて投降しろ!」
エストルの声が響き渡り、中庭は一瞬で静寂が訪れる。
コズバーンも手を止めてエストルを見る。魔導兵器も動きを止めていた。
「まさか、負けるとは思いもしなかった……。魔導兵器がここまで役に立たないとはな」
「それよりも、あんたには色々と聞きたい事がある。お前をミュゼルファートまで連行する」
アストールはそう言ってエストルを立ち上がらせていた。
従者も傭兵も主人が捕まったのを見て、剣をその場に捨てていた。
騎士達に対して降伏し、次々と捕縛されていく。
「魔導兵器が動いていないみたいだけど、あれを本当に止めるにはどうすればいいの?」
アストールが首にナイフを突きつけたまま問いかけると、彼は静かに答えていた。
「魔導兵器の背中に起動石がはめ込まれている。そいつを取れば、あれは止まる」
エストルは諦めているのか、素直に種明かしをしていた。
コズバーンは仰向けで止まったままの魔導兵器を、うつ伏せにする。
そして、背中に埋まっていた魔晶石を、手に取っていた。
完全に動きを止めた魔導兵器、アストール達はエストルの捕縛に成功していた。
だが、この余りにも呆気ない結末に、アストールは一抹の不安を覚える。
(あっさりと捕まりすぎだ……)
あそこまで恨みを持ったエストルが、果たしてこんなにあっさりと捕まるものなのか。
アストールはエストルに目を向けながら、ナイフをしまっていた。
彼女の元には騎士達がやって来て、エストルを連れていく。
アストールはその寂しげな背中を見送っていた。
「存外あっさりと行きましたな」
ジュナルがそう言いながらアストールの前に現れる。
「そうだな。とはいえ、あいつを捕まえれたのは大きいよ」
下手をすればエストルを殺していたかもしれないのだ。
ゴルバルナに繋がる手がかりを自分の手で葬る事など、絶対にやりたくない。
ここまで来たのに、その手がかりをむざむざと失うわけにもいかなかった。
「レニの活躍がなくて本当に良かった」
アストールはそう言って燃え盛る屋敷を見据えていた。
轟轟と音を立てて燃える屋敷を前に、アストールはここまでする必要があったのか改めて疑問に思う。
この屋敷には裏口があり、万が一エストルがその裏口から出ていった場合は、エメリナとボードウィン達が対応する予定だった。
レニは屋敷の外で待機していて、エストルが負傷して死にかけた際にはすぐに駆け付ける予定だった。
そして、メアリーは崖上から屋敷に火矢を射かける部隊と共に行動していた。
突入するのは、アストールとコズバーン、ジュナルの三人とライル含めた騎士50名だ。
その完璧な布陣で、エストルの捕縛に動いたのだが、あっさりとエストルが捕まりすぎていた。
まるで、最初からここで捕まるのを覚悟していたかのように、逃げる事もなく真正面から挑んでいた。
アストールはふと中庭で倒れたままの魔導兵器を見据えていた。
「魔法も効かない魔導兵器があれば、気が大きくなって慢心するのも道理か……」
アストールは改良された魔導兵器を見ながらつぶやく。
実際コズバーンが居なければ、アストール達は相当に苦戦していたはずだ。
むしろ、対抗手段がなく、全滅していたのはアストール達だったかもしれない。
それを考えたアストールは身震いしていた。
「本当にコズバーンさまさまだな」
誇らしげにバルバロッサを魔導兵器の上に立てかけて柄頭に両手を乗せるコズバーンをアストールは見ていた。
そこでアストールはふと思い出す。コズバーンは男のアストールに酷くご執心だった。だからこそ、共に兄である自分を探しているのだ。アストールはコズバーンを見ながら、男に戻るかを躊躇うほどには、恐ろしい存在であることを再認識していた。
「拙僧も今回はさすがに焦りましたからな。まさか魔法が効かぬとは思わなかった」
「けど、コズはそれを力でぶちのめしちゃうんだからねぇ……」
「うむ、思い出すと、なぜだか笑ってしまいそうになりますな」
相変わらずのジュナルに対して、アストールは呆れた視線を浴びせていた。
こうして一同はエストルを捕まえて、ミュゼルファートへと戻るのだった。




