過去との対峙 1
コリンゲンの町は雪によって一面真っ白になっている。
コリンゲンには古代魔法帝国時代に作られた小さな城塞があり、そこをそのままディルニア騎士隊が現在も使用し続けている。城主こそいないものの、兵と騎士が駐屯するのには十分な広さと設備がある。
ライルの指揮する黒龍騎士団の突撃隊もここに駐屯しており、中庭では騎士達が練兵を行っていて、盛んに模擬戦闘を行っていた。
そんな情景を横に、アストールは外套を肩から掛けて歩いていた。横にはライルが歩いていて、訓練を行う騎士達を横目に話しかけてきていた。
「エスティナ殿とここまで来れた事光栄です」
「私もそうよ」
アストールは真剣な眼差しで彼を見ると、ライルはふっと柔和な笑みを浮かべる。
それにアストールは腕を組み、指で顎をかきながら呟く。
「さて、如何がしたものですかね。エストルの屋敷近くを見られればいいんですけど……」
「エスティナ殿、我々は屋敷を監視するために、エストルの屋敷近くの別荘を拠点に活動しています」
「そうなの?」
アストールが驚いて聞くとライルは柔和な笑みを崩すことなく答えていた。
「ええ。とは言え、その別荘もさほどは大きくはありませんがね」
「その為に私達に外に出る身支度をさせたんですか?」
「はい」
ライルの言葉を聞いてアストールは静かに息を吐いていた。
このコリンゲンについたのが一昨日で、一日の休憩をとった後にライルに外に出られるように身支度を済ませるように告げられていた。
「メアリーとエメリナにも身支度はさせてるけど、一緒に連れて行って構いませんか?」
「ええ、構いません」
「わかりました。では二人を呼んできますね」
アストールはその言葉を聞くなり、二人を呼びに戻っていた。兵舎に控えていた二人を呼びだすなり、三人は再びライルの元へと合流する。ライルはオーティスと共に馬を用意しており、5人は城塞から馬に跨ってコリンゲンの町へと出ていた。
屋敷の襲撃を行う以上は、現地での下見を行わなければならない。
町の中心地を流れる大きな河と、整備された護岸にアストールは感嘆の溜息を吐いていた。
小さな町であるのに、それに見合わない程高度な整備がなされた町並み。
「この町は帝国時代からあるんですか?」
アストールが横を進むライルに聞くと、彼もその町並みを見ながら答えていた。
「はい、古代魔法帝国によってこの町は整備され、その恩恵を未だに受けています」
「また、なんでこんな所に……」
「昔からここは交通の要衝の盆地ですから、もしも敵が来た時は周囲の山々が自然の防壁となり、平野部で敵を迎え撃つことができる地形なんです」
「そうなんですね……」
「その証拠にこのコリンゲンの山々には古代帝国時代の要塞跡がいくつも残ってますからね」
アストールは山々を眺めながら、古代の人々が築上げた遺構に想いを馳せていた。
帝国時代は闇の時代と教え伝えられているが、実際はどうだったのかはわからない。
これほどまでに高度な物を建築できる技術を持っている人々が築いた時代が、果たして本当に暗黒時代であったのか。それはその当時の人々にしかわからない。
「という事は、もしもエストルを逃がしたら、潜伏場所は多くある厄介な所って事ね」
アストールの言葉に対して、ライルは静かに頷いていた。
「ですから、我々が不用意に手出しするよりは、こうして泳がせておいた方が相手も安心して潜伏しますし、我々も監視がしやすいというわけです」
ライルはそう言って進む真正面の山を見据える。
「あの山がエストルの潜伏している屋敷のある山です」
なだらかな丘陵地が広がる山は雪化粧で薄っすらと針葉樹の森を白く染めている。美しさと共に何かしらの禍々しさも感じさせる。
それはエストルが潜伏しているからこそだ。
「ところで、貴方の仲間の屋敷には何人でならいけるの?」
「私と二人でならば、怪しまれずに奴の屋敷近くに行けるでしょう」
ライルの言葉にアストールは少しだけ警戒感を出す。
それは彼の視線から何かしらの下心の様な卑しい視線を感じてしまったからだ。とは言え、行かないといけないのは確実である。
下見もせずに襲撃をする事など、自殺行為以外の何物でもない。
「分かったわ。なら行きましょう」
「メアリー達は町の中の下見を頼む。私はライル殿と屋敷近くに行ってくる」
アストールはメアリー達に町中の下見を任せると、ライルと共に馬を駆けらせてエストルの潜伏する山へと向かっていた。
数刻馬を走らせると、丘陵地を登る道へとやって来る。
道は馬車が通れるほど広く整備されていた。二人はその道を進みながら、最初に見えてきた屋敷へと進んでいく。その屋敷がエストルの監視の為に使われている屋敷だという。
ライルは屋敷の中に入ると、馬を厩舎へと向かわせていた。
アストールもそれに倣って厩舎へと馬を繋ぐと、すぐに屋敷の中へと案内されていた。
アストールが屋敷の中に入ると、そこには数名のガタイがいい男たちがいて、二人に鋭い目を向ける。
「ライル殿ですか……」
「いつもご苦労様です」
「いえ、それよりその小娘は?」
「彼女はヴェルムンティア王国より来られた援軍の、エスティナ・アストール殿です」
ライルから紹介を受けた後、男たちはそれでも彼女を値踏みする様な視線は変えない。
けして、それは下心から来るものではなく、武人としてしっかり戦える女なのかという疑いの視線だ。
「まあ、いい。ライル殿が連れてこられたという事は、エストルの捕縛も近いという事ですかな」
「はい」
「この冬に捕縛か……。今年は雪も多い、逃がさない為には好条件かもしれませぬな」
男はそう言ってアストールの前まで来ると、彼女を見下ろすようにしていう。
「俺は黒龍騎士団突撃隊のボードウィン・ヴィーゼルだ。後ろのはカイルにレーナスだ」
たくましい体つきのボードウィンはそう言って後ろの二人を紹介する。
ソファの背もたれに腰を預けるようにして立っている少しだけ細めの男は、エスティナに手を振って笑みを浮かべる。オレンジ色の髪の毛が特徴的で、その柔和な笑みとは対照的に目だけは笑っていない。
「俺がカイルね! エスティナさん」
アストールは少しだけ首を頷かせる。
もう一人の騎士とみられるレーナスは、二人とは対照的に好青年を思わせる金色の髪の毛を短く切っている。その整った顔には髭が生えており、物静かな彼はエスティナを一瞥するだけだった。
「ご紹介に預かりましたエスティナ・アストール近衛騎士代行です」
アストールもそう言って自己紹介をしたのちに、ボードウィンと握手を交わしていた。
「まだ、二人いるが、基本的にこの5人がエストルの屋敷を見張ってる」
ボードウィンはそう言ってライルに顔を向けていた。
「ああ、勿論、彼ら以外のチームもあるけどね! 今はボードウィンのチームに任せてるわけだ」
ライルはそう言ってアストールに顔を向けていた。
「ここに招いたのは、ボードウィン達とも顔を合わせておいてほしかったからだ」
アストールはその言葉に納得する。
彼らも騎士であるが、その面構えが普通の兵士とは違う。
曲者ぞろいの騎士達をまとめるボードウィンからは、その強さが見た目からも感じられた。
「それでお前はあのエストルを捕まえられるのか?」
ボードウィンの率直な問いかけに対して、アストールは気圧されることなく答える。
「勿論です。その為に私はここまで来たんです!」
アストールはボードウィンとしっかりと目を合わせたまま答えると、彼は腕を組んで息を吐く。
「その意気込みは合格だ。それにお前は人を斬った目をしている。一応は戦力としては見てやろう」
ボードウィンはそう言うと、暖炉の方へと歩きながら去っていた。




