表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
288/309

公爵の悩み 2

 応接室に案内されたアストールは、ジュナルとメアリーの三人でソファーに腰を掛けていた。

 応接室内には西の煌びやかな家具に、北方で使用される絨毯、遥か東国の調度品が置かれていて、このディルニア公国が交易で支えられている証を誇っている。

 そんな品々に目を奪われていると、扉が開いてエドワルドが堂々とした足取りで現れる。


「他の従者はよいのかね?」


 扉の前でエドワルドはアストールに問いかけると、彼女かれは静かに答える。


「大丈夫です。ひとまずはこの書簡をお渡しに参っただけなので」

「そうかね、それならばいいのだが……」


 エドワルドはそう言いつつ、アストールの前に足を運ぶと机を挟んで対面に座っていた。

 ライルがその横に座ると、書記官が更にその横に腰を掛けていた。


「さて、君からの報告をきこうか」


 エドワルドは笑みを浮かべてアストールに促すと、彼女かれは書簡をエドワルドに差し出していた。


「フェールムントの反乱は無事鎮圧され、ノーラ殿下御自ら現在その処理を行っています。予定のご訪問は大幅に遅れる旨をお伝えくださいと、イレーナ執務官よりことずかっています」


 エドワルドはアストールの言葉を聞きつつ、書簡を開いて目を通していた。

 詳細は全て簡潔に書簡に記されており、この書簡を作った人物が相当な切れ者であると感じさせる。


「ふむ。ひとまず現状は把握したよ。ノーラ殿下も大変でしたね」

「ええ。それはもうとても……」

「であればこそ、君は御傍に居た方良かったんじゃないか?」


 エドワルドの鋭い指摘にアストールは返す言葉がなかった。

 本来であれば、アストール自身はもう少しノーラが落ち着くまでは、彼女を支えるべきであったと思っている。とはいえ、イレーナからは使者を仰せつかった以上、その任を果たさないわけにはいかなかった。


「返す言葉もございません……」

「君にも事情がある事は察しがつくから糾弾はしないがね。忠臣としてノーラ殿下は君を欲していたと思うよ」

「それは、そうかもしれませんが……」

「まあ、いい。この話は終わりにしよう。一先ずノーラ殿下をお出迎えするのは、当分後という事になるのだね」

「はい」


 エドワルドは意気消沈のアストールを見て、まずいことをしてしまったと後悔する。

 彼女かれをもてなして、それなりに機嫌も取っておかないといけない。

 でなければ、本来の目的であるエストル討伐にも支障が出るかもしれないのだ。


「さて、本題に移ろうか」

「エストルの件ですね」


 しかし、エドワルドの心配は杞憂に終わる。

 アストールの方から本題の事について話に食いついて来ていたのだ。


「そうだ。こちらは奴の居場所まで把握している」

「奴は今どこに居るんですか?」

「あいつはこのミュゼルファートから北に3日ほど行ったコリンゲンに潜伏している」

「コリンゲン……」

「ああ、夏は避暑地として貴族達がよく別荘に来ている場所さ」

「そんなところが……」

「ああ、奴はその貴族の別荘の一つを買い取って、十数名の傭兵と従者に守られている」

「情報はかなり詳細な所まで把握されているみたいですね」


 アストールの指摘にエドワルドは静かに頷いていた。


「今回の件、君に一任しようと思っている。それに際して、我が国からも協力者をつけたい」


 エドワルドは横に居るライルに目を向ける。

 ライルはエドワルドから促されるようにして、三人に目を向けていた。


「改めまして、私はライル・バレトと言います。ディルニア黒龍騎士団の突撃隊長をしています」


 ライルの名乗りを聞いて、エスティナ達も改めて名乗ろうとする。

 だが、エドワルドはそれを手で制していた。


「今回、エストルの情報を探って貰ったのも、ライルだ。彼を連れて行ってくれ」

「それは御心強い助っ人です」

「ライル、後の事は任せたぞ」

「は!」


 エドワルドはそう言うとアストールに向き直っていた。


「私も公務が溜まっていてね。短くて申し訳ないが、これで失礼させてもらうよ」

「いえ、ご配慮感謝いたします」


 アストールが頭を下げると、エドワルドは席を立って扉まで歩く。

 そして、扉前まで来ると、立ち止まってアストール達に向く。


「エストルを捕まえた後、また、この城に立ち寄ってくれたまえ」

「何かあるので?」

「何があるかはお楽しみに取っておいてくれ」


 エドワルドはそう言い残すと早々に応接室より出ていった。


「さて、本題に入りたい所ですけど、話も一区切りつきましたし、休憩しましょう」


 ライルはそう言うとアストール達に笑みを浮かべていた。

 書記官も席を外して、応接室は四人だけの空間となる。

 ライルは侍女を呼び出してガーベルティーを淹れるように指示をする。

 暫く時間が過ぎたのちに侍女が入って来て、四人の前にカップが並べられていた。


「いつかいでもいい匂いですね」


 アストールがそう言ってカップに入れられたガーベルティーに舌鼓する。


「我が国の名産品ですからね」


 ライルはそう言ってガーベルティーに舌鼓する。

 ディルニア公国が各地に輸出している物の一つとして、このガーベルティーがある。

 公国では一般庶民も飲むポピュラーなお茶であるが、輸出コストがかかるので、国外では高級な嗜好品として出回っている。


「何とも贅沢ですな」


 ジュナルもまたガーベルティーを飲みながら落ち着いた表情で語りかける。


「んー、アストールについて来て良かった」


 メアリーもまたガーベルティーを飲んで感嘆する。


「そうだ、ここなら安く買えるわけだし、帰る前に沢山買って帰ろう!」


 メアリーはそう言って満面の笑みを浮かべていた。


「帰るのには気が早いだろ」


 アストールが間髪入れずに突っ込みを入れると、メアリーは苦笑していた。


「そうだったね。まだエストルも捕まえてないのに」


 そうして休憩の時間が流れていく中で、応接室に一人の青年が入ってくる。

 青年は多くの資料を抱え込んでいて、その顔は見えない。


「ライル殿、資料の方、お持ちしました」

「ああ、机の上に置いてくれ」


 青年は促されるままに机の上に資料を置いていく。

 短髪グレーの髪の毛の青年は資料を置いたのち、アストールとメアリーに目を向けて見とれてしまう。

 アストールは慣れっこと言わんばかりに、咳ばらいをしてライルに聞いていた。


「そちらの御方は?」

「ああ、彼は僕の副官のオーティスです」


 ライルが紹介すると、オーティスは姿勢を正して三人に自己紹介していた。


「は、オーティス・エンディルカと言います! ライル隊長の副官をしております! 以後お見知りおきを!」

「私はヴェルムンティア王国第一近衛騎士団、近衛騎士代行のエスティナ・アストールです」

「その従者のジュナル・レストニア、魔術師です」

「私はメアリー・シャーウッドです」


 三人が自己紹介をするとオーティスはアストールについつい目が行ってしまう事に気づき、自分を律しようと首をぶんぶんと振っていた。

 その様子を見てアストールは彼が男としては信頼できる人物であると判断する。

 とは言え、心や体を許すつもりはない。

 あくまでもビジネスライクである。

 双方の自己紹介が済んだところで、ライルは間を開けずに続けていた。


「さて、オーティス、君も今回の作戦に同行するんだ。席についてくれ」

「は!」


 オーティスはライルに促されて、彼の横の席に腰を落ち着ける。


「さて、今回僕たちが行くコリンゲンだけど、どういった立地になるか、説明しておいた方がいいね」


 ライルはそう言うとコリンゲンの立地について説明をしだしていた。

 この港より北に二日ほど馬車で進むとコリンゲンに着く。

 中心市街地は盆地にあり、周囲は山々に囲まれている。

 山々から小さな川が盆地に向かって流れており、市街地には合流した大きな河が流れていた。

 中心市街地南側の山岳地帯はなだらかな丘陵地となっており、その丘陵地ゆえに貴族の別荘が多く建てられている。その別荘の一つにエストルの潜伏する屋敷があるのだ。


「それで、これが屋敷の設計図です」


 ライルはそう言って机に広げていたコリンゲンの地図の上に、屋敷の地図を広げていた。


「屋敷の後ろ側は崖となっていて、上から屋敷の様子がある程度は見えます。屋敷の周囲は高い塀に囲まれていて、周辺から中をうかがい知ることはできません。そして、屋敷の構造ですが、コの字に建物は建てられており、コの字の空いている方が入口へと繋がっています。崖上からでは建物に阻まれて中庭の様子はうかがえません。かといって屋敷の正面からも高い塀によって中を伺う事もできない」


 ライルはそう言って屋敷の設計図を見ながら続ける。


「見てもらえばわかるように、この屋敷は4階建ての大きな屋敷です。兵士も多く常駐させることが可能ですし、地下には食糧庫もあります。また、屋上には常に見張りの兵士が交代で警備を行っており、もしも我々が道から近づこうものなら、すぐに臨戦態勢を整えるでしょう」

「要は、エストルの奴は戦う気満々って事ね」

「はい。また、この冬に別荘地で過ごす貴族はいないので、人も少ないため、ここに近付くだけで相手に相当な警戒感を抱かせます」


 ライルはそう言って溜息を吐いていた。


「地形的な事はわかったわ。それで相手の数は調べがついているの?」

「はい。この数か月間監視を続けていた所、傭兵と従者で少なくとも20名は居ると思われます」

「それ以上多くはないって事?」

「はい、買い付けていた食料の量や、ゴミの排出量からみても間違いはないと思います」


 ライルの言葉を聞いて、相当長期間エストルについて調べていた事をアストールは痛感していた。


「良くそこまで調べたわね……」

「公爵殿下の仰せなので……」


 ライルはそこで小さく溜息を吐いていた。

 そして、アストールを見据えると、静かに言葉を続ける。


「他にもう一つ懸念しないといけない事が……」

「他には何かあったの?」

「ええ。ごく最近なんですが、大きな石像の部品が分割で屋敷に運び込まれました」

「石像の部品?」

「ええ。何のために石像を仕入れたのか、我々にはさっぱりわかりませんが……」

「石像、石像ね……」


 アストールはライルの言葉を聞いて考え込んでいた。

 エストルはあのゴルバルナと繋がりがあった男だ。

 黒魔術師であるゴルバルナから、何かしらの物を送られているのは確実だろう。

 そして、石像と聞いて一つだけ思い当たることがあった。


「アストールよ、これはもしかすると」

「ああ、私もアレに思い当たった」


 ジュナルの問いかけにアストールは鋭い目つきでライルを見据える。


「もしかすると、エストルは魔導兵器を手に入れているかもしれない」


 アストールの言葉にライルは目を白黒させていた。


「ま、魔導兵器ですと!?」

「ええ。私もちょっと前に戦った事があります」

「え、ええええ!!? 魔導兵器と戦ったのですか!?」


 オーティスが驚嘆してアストールを見据えていた。


「ええ。その時は今の二人にコズバーンが居たから何とかなりましたけど、もしもコズバーンが居なければ、私達は死んでたかもしれません」


 アストールは師匠との修行の地で戦った魔導兵器の事を思い出していた。

 殺戮兵器としてはとても優秀なものだ。

 どんなに傷つけてもすぐに自動で修復がかかり、コアとなる魔晶石を破壊しない限りは絶対に泊まる事はない。魔法攻撃でなんとかその表面も傷つけれるが、物理による攻撃など絶望的な選択肢と言わざるを得ない。

 それに加えて相手の戦力は手練れの兵士20人となると、とてもアストール達だけでは太刀打ちできないだろう。


「我々に勝ち目などあるんですか!?」

「何とも言えませんね」


 オーティスが焦ったように言うと、アストールは腕を組んだまま嘆息していた。


「全く厄介な物を持ち込んでくれましたね」


 ライルも大きなため息を吐く。


「ゴルバルナが作っていたとなると、それこそ以前のままの物を複製しているわけではないでしょう」


 ジュナルはそう言って深刻そうな顔つきで溜息を吐いていた。


「これで一気にエストルを捕まえるのが難しくなったわけか……」


 全員が深いため息を吐いて、その場の空気が重くなる。


「コズバーンに戦ってもらおうよ!」


 メアリーが一言とんでもない事を言い出すも、アストールはしばし考えを巡らせる。

 確かに前回もコズバーンがバルバロッサで魔導兵器を圧倒していた。

 魔導兵器を担当してもらうには十分すぎるほどのメンバーだ。

 しかし、今回の魔導兵器がどういうものか、詳細が分かっていない。

 もしかすれば魔法を放ってくることもあり得るかもしれない。

 そう思うと、易々とコズバーンに任せていいものかわからないのだ。


「これは一度作戦を良く練らないといけないわね……」


 アストールは腕を組みながらライルを見つめていた。

 彼もまたそれに同意して頷いて見せていた。

 一同は静かな部屋の中で、今一度部屋の図面を前にして作戦会議を始めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
かなり念入りと言うか、それだけしてたらバレても構わないわないみたいな感じですかね。 攻め込むだけでも大変そうです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ