公爵の悩み 1
エドワルドは執務室で書類を見ながら、頭を抱えこんでいた。
フェールムントの反乱は治まったものの、未だ西方同盟の動きは油断を許さない状態が続いている。
3万の軍団を西方同盟との国境沿いに動かしたことで、西方同盟軍が王国族領地に侵入することはなかった。だが、属領地との国境付近で、西方同盟が活発に動いているのは間者からの知らせで把握している。
現状、王国は倒れる事はないが、もしも王国が混乱を迎えれば、西方同盟が属領地を取り戻しに来てもおかしくはないのだ。
そうなった時、ディルニア公国をどう動かすのか、いずれ決断を迫られる時がくるかもしれない。だが、ディルニア公国は先の戦いで、血の代償を払って得たハーヴェル海の利権を手放したくない。
その利権を最大限に活用できる状態が、今のヴェルムンティア王国が存続する事である。
トルアに対しての恩義に報いるという面もあるが、何よりも大きいのはその利権を維持出来ることが最も大きいのだ。
「全く持って悩ましいな……」
エドワルドは資料をめくって、海賊による被害の報告書に目を通す。
ハーヴェル海も常に穏やかと言うわけではない。
ヴェルムンティア王国の北部貴族連合が、その利権を常に簒奪せんと画策しているのだ。
つい先日もディルニア船籍の交易船が海賊に襲われ、物資を収奪された。
そこに北部貴族連合が一枚かんでいるのは間違いない。
しかし、表立ってそれを糾弾しようにも、証拠がないのだ。
海賊は海賊島とよばれる島に一大要塞拠点を設けていて、そこから物資が北部貴族連合やヴェルムンティア王国各地に流れ出ている。
特に北部貴族連合は裏で海賊を使って、物資を優先的に買い付けているという。
ディルニア公国から買い付けるよりも、関税がかからない分安く買えるのだ。
海賊からしても高値で買ってくれる北部貴族連合には、優先的に物資を回しているという現状がある。
だが、それはあくまでも裏の話。
表立って海賊に書状を出しているわけではないので、中々抗議もできない。
何よりも利権維持のため、ハーヴェル海の治安維持をしているのもディルニア公国なのだ。
海賊すら討伐できないのであれば、それは自らの責任ではないかと、北部貴族連合から糾弾されるのが目に見えていた。
だからこそ、エドワルドは頭を抱えているのだ。
「やはり、海賊の討伐を行うべきか……」
しかし、エドワルドもまた海賊の討伐に二の足を踏んでいるのも事実だ。
海賊は時世で敵にも味方にもなりうる。
現状は北部貴族連合の味方をしているが、時世が変わればディルニア公国に味方することも十分にあり得るのだ。だからこそ、あえて海賊を野放しにしている部分もある。
また、海路で得られる利益からすれば、海賊による被害は微々たるものだ。
この被害が膨大な物となるならば、海軍をもってして滅ぼしてもいい。
しかし、そうならないように定期的に海賊船の拿捕等を行って、討伐をしてきたのだ。
そう言った意味では、ディルニア公国はハーヴェル海の治安をコントロールしていると言っていい。
船乗りからは多少の不満は出るものの、海賊船の拿捕を定期的に見せしめで行う事で、それが爆発することはないのだ。
「まだ、海賊の討伐をするのは得策ではないか……」
エドワルドは北部貴族連合が海路の利用料を支払い続けている限りは、表立って海賊の殲滅を控えている。現状で北部貴族連合はしっかりと公国に海路の利用料を支払っているのだ。
そうなると、ディルニア公国も益々糾弾はし辛い。
「まったく、強かな奴らだ」
エドワルドは資料を机の上に投げるように置くと、扉の前で控えている侍女に声をかける。
「ティファニア、ガーベルティーを淹れてくれ」
ティファニアは静かに頭を下げると、執務室から出ていく。
「さて、どうしたものか……」
エドワルドはそう呟いたのち、立ち上がって執務室からバルコニーへと足を進めていた。
バルコニーには机といすが置かれており、その先には広大に広がる街と、青々とした海、快晴の青空が執務に疲れたエドワルドを迎えてくれていた。
待つ事もなくすぐにティファニアが戻って来て、ガーベルティーをバルコニーまで持ってくる。
「いつもすまないね」
「いえ、仕事ですから」
エドワルドは椅子に腰を掛けると、机の上に置かれたカップに注がれたガーベルティーを見る。
カップを持っていないというのに、花の香りが漂ってくる。
注がれたティーは湯気を放ちながら、綺麗な透き通る紅色にカップを染める。
エドワルドはカップを手に取って、一しきり香りを楽しんだのちに、ガーベルティーに舌鼓する。
「んー。公務の合間のティータイムはいいものだ」
「エドワルド様、城下より取り寄せた砂糖菓子もあります。ぜひ、ご一緒にご堪能ください」
ティファニアがそう言ってスティック状のクッキーが皿の上にある事を知らせる。
エドワルドはそれを手に取って口に運ぶ。
サクサクとした食感に、口の中に広がるガーベルの香りと甘さ、口の中で堪能した後、更にガーベルティーでお菓子を流し込む。
「ふむ、これは美味だな」
「はい、最近できました城下のパン屋が作ったものです。巷で話題となっておりましたので、特別に取り寄せ致しました」
「さすがはティファニアだ。仕事ができる侍女は違うねぇ。今度、城下を案内してもらいたいものだよ」
「エドワルド様にはお妃さまがおられるかと……。その、そう言うのは私、困ります」
ティファニアは明らかに狼狽しつつも、それでも直属の敬愛する主人から誘われた事にまんざらでもない様子ではあった。そんなティファニアを見て、エドワルドを愛おしく思いながら笑みを浮かべていた。
「冗談だよ、冗談、さて、そろそろかな」
エドワルドはそう言って執務室の扉の方へと顔を向けると、扉が開いてライルが現れる。
彼は執務室を抜けてそのままバルコニーまで来ると、片膝をついてエドワルドに告げていた。
「ライル・バレト、ただいま帰還しました」
「ご苦労様、それで、エスティナ殿とは会えたのかい?」
「は! 最高のもてなしで城に招きました」
「よし、上出来だ。それで今はどこにいるんだ?」
「は、応接室にてお待ちしていただいております」
「そうかい。じゃあ、向かおうじゃないか」
エドワルドはそう言って立ち上がると、しっかりとした足取りで歩みだしていた。
執務室を後にして応接室へと向かう。
その間に城内を行き交う人々が、彼を見て動きを止めて頭を下げる。
「ねえ、これ、何とかならないの?」
エドワルドがそう言って頭を下げる城内の人々を見て呟く。
ライルはすぐに答えていた。
「何度言われようと、どうにもなりませんよ。殿下は公爵ですから」
「やっぱりそうだよなぁ……。でも、一々動きを止められると、流石に仕事に支障が出る気がしてね」
エドワルドはそう言って侍従や騎士達、使用人達を見て溜息をついていた。
仰々しく頭を下げられるのは致し方ない事と、エドワルドは半ば諦めているが、それに伴って皆の手が止まり、業務に支障がでているのではないかと心配になるのだ。
「ほら、中庭の庭師なんか、慌てて脚立から降りてるしさ」
そう言ってエドワルドは城の庭で木を剪定していた男性を見る。
彼はエドワルドを見かけて、脚立から降りて頭を下げている。
それが近くならまだしも、エドワルドからみてもかなりの距離があった。
「そこまで気が使えるので、この城の庭師が務まっているのです」
ティファニアの言葉を聞いて、エドワルドは呟くように「確かにそれもそうか」と口ずさむ。
実際、この城に努めている人々は一流の腕前の物ばかりだ。
「我が国は安泰であるな!」
エドワルドは先程悩んでいたのが嘘のように意気軒昂に歩みを強めていく。
そうして、応接室の前まで歩んでいくのだった。




