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追い焦がれた背中 2

 ディルニア公国の中部に位置する盆地にある都市コリンゲン、田畑には小麦や農作物が植えられている。山地から流れる川がいくつも盆地で合流して、大きな河を構成し、コリンゲンに自然の恵みを与えている。その盆地に街があり、河の周りは護岸工事されていて、堤防が築かれていた。


 街の中を通る河の周囲は、石積みで作られた堤防の上に道があり、その向こうに石造りの家々が立ち並んでいる。街の周囲には城壁はなく、周辺の治安の良さがうかがい知れる。


 そんな街中を一人の青年と少女が歩いていた。

 赤いコートを身に纏っており、黒い羽根のついた帽子を被っていて、胡散臭さを倍増させていた。


「ねえ、ケニー。本当にこんな辺鄙な所にいるの?」


 ケニーの横で 白い毛皮の帽子を被り、毛皮のコートを身に纏ったマリーナが歩きながら問い詰める。


「ええ。あの人から居場所を聞いてますからね」

「それで私達が直接出向く意味ってあるの?」


 後ろに両手を組んだままケニーに再び質問すると、彼は笑顔で答えていた。


「ええ、商談ですしやはり直接顔を見合わせないといけません。それに導師ゴルバルナより届け物を仰せつかってますからね」

「ふーん。で、その届け物ってなんなの?」

「これです」


 ケニーはそう言って懐から赤く輝く石を取り出していた。


「なにそれ?」

「魔導兵器の機動石っていうやつですよ」

「え……。魔導兵器ってあの魔導兵器?」

「種類は色々ありますが、今回のはあの魔導兵器ですよ」

「あの貴族の館で起動したあれ?」


 マリーナはそう言って過去ケニーの護衛依頼を受けて一緒に行ったとある貴族の館の事を思い出していた。あの時は女騎士達がやって来たあげく、起動した魔導兵器に狙われるというアクシデントに見舞われた。その事もあってか、マリーナはあまり魔導兵器にいい印象を持っていない。


「また暴走して敵味方区別なく襲わないわよね?」

「あれは所詮貴族が作った出来損ないです。今回のは比べ物にならないものです」

「本当に?」

「腐っても元宮廷魔術師長が造った魔導兵器ですよ」

「ふーん」


 マリーナのじっとりとした目線を受けて、ケニーは苦笑していた。


「信用ないんですね」

「だって、あんた腹黒だし。今回あいつにあげるその魔導兵器が本当に使えるかなんてねぇ」

「僕が造ったモノじゃないですよ」

「だから、余計に信用ならないの」


 疑いの視線をケニーに向けていると、彼は笑みを崩すことなく魔晶石を懐にしまっていた。


「大丈夫ですよ。今回のは素人でもコントロールできるように、このサークレットもセットにしてますから」


 ケニーはそう言って鞄から金色で縁取られたサークレットを取り出す。

 額に来る部分に小さな魔晶石が組み込まれていて、その細工技術がただ物ではない事がわかる。


「なにそれ?」

「僕手製の魔導兵器制御装置です。起動石で起動した魔導兵器と連携できるんです。思念を送るだけで魔導兵器が動き出す優れものです」


 ケニーは指でサークレットを回しながら青空を眺めていた。


「これは僕が造ったので、しっかりとお金は頂きます」

「抜け目ないわね」

「僕は商売人バイヤーなんでね」


 ケニーが笑顔のまま歩いていると、目の前に橋が現れる。

 大きな河にかかる石造りの橋は、古代ロンディニア帝国時代に作られた橋で、未だに流されることなく鎮座している。魔術は今よりも優れていたのは当たり前だが、当時の土木技術も今より優れていた事がよくわかる。今となっては完全に今となってはロストテクノロジーの一つとなっている。


「おおきな橋ね」

「そうですね。古代帝国時代の橋みたいですからね」


 ケニーは笑みを浮かべながら言うと、河に目を向けていた。

 水面は真上に登った太陽の光を反射しており、寒空の中、仄かな温かみを感じさせた。


「ねえ、そう言えば商談ってどこなの?」


 マリーナが商談場所の事を問いかけると、彼は笑顔を壊すことなく答えていた。


「この橋を渡って、正面に見える山があるでしょう」

「うん」

「あの山です」

「ええええ!?」


 ケニーが指さした先に見えるのは、遥か遠くにある山だった。

 木々が生い茂っていて、夏であればさぞ綺麗な緑で覆われているであろう山だ。

 だが、今の季節は冬の真っただ中だ。

 薄っすらと雪化粧した山は、人の出入りを拒んでいるかのような白さだった。


「ここまで河を船で遡ってこれたんですよ。そのくらい大丈夫でしょう」

「私は登山なんてしたくない!」


 マリーナはそう言ってケニーに文句を言うも、彼は相変わらずの調子で答える。


「給金弾みますよ」


 いきなりのボーナス発言にマリーナは彼に食い気味に聞く。


「本当に!?」

「このサークレットが売れましたらね」

「何よそれ!」


 マリーナは彼から顔を背けると、腕を組んで山を見据えていた。


「ねえ、あの山に何があるの?」

「あそこは貴族の避暑地で国内外問わず、色々な有力貴族が別荘を建ててるんですよ」


 ケニーはそう言って自分の取引相手の事を思い出していた。

 彼とはガリアールで顔を合わせたきり、会ってはいない。

 水晶や文章でのやり取りこそすれど、直接顔を合わせるのは何か月ぶりかわからない。

 とは言え、依頼された事はやり遂げないといけない。

 それが裏商人バイヤーの務めである。


「ふーん、それであの山に……」


 マリーナは山を見ながら呟く。


「馬に乗っていけば早いんじゃない……」

「そうですね。とはいえ、馬なんて早々借りれるものじゃないですからね」


 ケニーはそう言って苦笑する。

 見ず知らずの旅人に馬を貸し出すことなど、誰がしてくれるだろうか。

 やったとしても、馬車で近くまで一緒に乗せていってもらう程度だろう。


「妖魔操れるんだからさ。妖魔を召喚して乗ればいいんじゃない?」


 マリーナがそう言うも、流石のケニーは苦笑していた。


「いくら黒魔術が使えるからと言って、流石に僕もそこまで大それたことしませんよ」

「ええ!? あれだけ沢山のコルド操れるのに?」

「完全に妖魔を操ったりするのは魔力の消費が激しいので、あまりしたくないんですよ」


 ケニーはそう言ってマリーナの案を即却下していた。


「けちね」

「さあ、諦めがついたでしょう。先を急ぎましょう」


 ケニーとマリーナはそんなやり取りをしながら、一路商談する別荘へと足を進めるのだった。



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山の上に行けはエグい……しかも徒歩って
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