追い焦がれた背中 1
モレアの街を後にしたアストール達は、山越えを行ってからディルニア公国へと入る為の関所へと来ていた。関所はちょっとした砦となっており、石造りの門がアストール一行を出迎える。
門の前には二人の番兵がおり、ここを通過する人物を厳しく見定めている。
番兵の格好は甲冑こそ着ていないものの、ハルバードを持っており、黒を基調とした帽子を被っており、黒と白のチェック柄の派手派手しい服を着用している。
そんな番兵はアストール達を呼び止めていた。
「我がディルニア公国への入国には領主から貰う証書がいる。証書はお持ちか?」
アストールは馬に跨ったまま、ジュナルに顔を向けていた。
彼はその言葉が来ることを想定していたのか、馬車の中の木箱よりとある書状を取り出していた。
それはイレーナが書いた通行証である。
勿論、それにはヴェルムンティア王国の王印が押されており、証書としての効力を十分に発揮される。
「これを……」
ジュナルが証書を差し出すと、番兵はその書状を受け取って歩みだしていた。
番兵は書状の確認を行うために詰所へと向かったのだ。
その代わりにまた違う兵士が門から現れて、常に門番が二人以下にならないようにしている。
「何用にてこのディルニア公国へと入られるのですか?」
番兵がアストールに聞くと彼女ははっきりとした口調で答えていた。
「エドワルド公爵に書簡を届けに参りました」
アストールの言葉を聞いた番兵は改めてアストール達一団を見ていた。
馬に跨った美少女が二人に、馬車には御者の壮年男性と、中には巨漢の男性に二人の少女だ。
武装こそすれど、この様な異質な組み合わせの存在に、番兵は疑いの目を向ける。
兵士にも騎士にも見えない一団を前に怪訝な表情を浮かべるのは当然だろう。
とは言え、アストールの腰にはヴェルムンティア王国近衛騎士の証であるメダルと紫の布が巻かれている。番兵もそれを見ているので、余計に困惑していた。
「まあ、信じられないのも無理はないか……」
アストールは番兵の反応を見て嘆息していた。
実際このような一団が自分の目の前に現れたならば、アストールでさえ疑うだろう。
「いえ、失礼、その女性で騎士というのも、また物珍しく、ましてや貴方の様な少女が騎士とは信じがたいのです」
番兵はそう言うもアストールは馬から降りることなく、番兵を見ながらいう。
「そのお気持ち分かりますよ。私が貴方であるならば、同じように疑いますもの」
「おーい! その一団、通してよい! 通行証は本物だ」
詰所から出てきた番兵が、門前まで走ってくる。
そして、ジュナルに通行証を手渡していた。
「大変失礼いたしました! 近衛騎士代行、エスティナ・アストール殿! この関所お通り下さい」
番兵がそう言って慇懃に礼をして見せると、門番にいた二人の兵士は顔を見合わせる。
「エスティナ……」
「アストール……」
二人は交互に彼女の名前を呼んでいた。
「まさか、あのオーガキラーの英雄がこんな美少女とは……」
番兵二人はアストールを見て驚嘆していた。それに対してアストールは内心毒づいていた。
(こんな所まで名前が轟いてんのか、全く困ったもんだ)
アストールの活躍は目覚ましいものがある。近衛騎士代行を引き受けて一年たたない間に、ありとあらゆる功績を残しているのだ。
その名はヴェルムンティア王国のみならず、この属領地にまで轟いていた。
と言うのも、彼女は実際にエドワルドの暗殺を阻止しているのだ。
ディルニア公国民であれば知らない者はいない程、その名前はこの地にまで轟ている。
「救国の英雄様を見られるとは……。よければ握手をしていただけませぬか?」
「あ、抜け駆けよはずるいぞ! 私も握手を!」
アストールの前に番兵二人がやって来て、握手を求めてくる。
門番の仕事などそっちのけの状態だ。
「あなた達、門番でしょうに! しっかりと職務を全うなさい!」
アストールが叱責すると二人は感激し、そして、すぐに番兵としての職務に戻っていた。
「俺達、あの救国の英雄に叱責されたぞ!」
「ああ! 叱責すら光栄に思える!」
番兵二人の態度を見たアストールは首を振っていた。
あきれ果てた様子のアストールを前にして、責任者の兵士は恥ずかしそうに言葉をかけていた。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまいました。どうぞ、門をお通り下さい」
「いえ、お気になさらずに」
アストール達一行は門をくぐって砦門を潜ってディルニア公国へと入っていく。
ここは国境の最前線であり、山脈からの道はこの関所へとつながっている。
尤も最前線とは言え、すぐ向こうはヴェルムンティア王国の属領地であり、敵はいないので、こうして多少気がゆるのも納得はできる。
アストール達は遂にディルニア公国に入っていた。
エドワルド公爵と会い、そして、あのエストルを捕まえてゴルバルナの居場所を突き止める。
それがアストールの真の目的であるのだ。
決意を新たにして、とりあえずはイレーナより預かった書簡を、エドワルドに届ける事を優先する。
簡易的な小さな砦の中には、兵士が40人程おり、昼夜問わず国境を守っている。
敷地内には兵舎や厩舎もあり、なにかあればすぐに国内に伝令がいけるように準備が整えられていた。
関所の出口まで案内されると、アストールは立ち止まって責任者の兵士に顔を向けていた。
「ミュゼルウファートへ行く最短ルートを教えてくれない?」
アストールの問いかけに対して、関所の兵士が笑顔で答えていた。
「そうですね。ここから北東に3日ほど歩いて向かった所に小さな港町のティザニアがあります。そこからミュゼルファート行の船が出てるから、それに乗れば2日ほどで到着いたします」
「へー、そうなの?」
「ハーヴェル海はディルニア公国にとって母なる海です。小さな港町であっても、ミュゼルファートへ向かう船が出ています。その逆もしかり。沿岸の町でいけない場所はありません」
兵士は誇らしげに答えるとアストールに対して笑みを浮かべていた。
ディルニア公国はハーヴェル海の西側にある半島全域を領域にしている大きな自治国家である。
物流は陸路と海路、共に発達していて、西方からの交易品や島国であるフェイマル連合王国からの交易品をヴェルムンティア王国に届ける役目も担っている。
ゆえに貿易でいまでも国家予算は潤沢に蓄えられているのだ。
それでいて、ヴェルンムンティア王国の下についているのは、そちらの方が交易をするメリットが大きいからだ。現在ハーヴェル海での交易海路を牛耳っているのは、何を隠そうこのディルニア公国なのだ。
ヴェルムンティア王国と争うことなく、税を治めればハーヴェル海の交易海路の利権を牛耳れる。
それはディルニア公国にとって安全も確保した上で、王国貴族からも交易路の利用料を搾取できる二重のメリットがあるのだ。
付き従うのに十分な理由である。
そんな強かな交易国ディルニア公国でも、アストールの知名度はうなぎのぼりである。
これから先に待ち受けているであろう歓待を想像して、アストールはなるべくこの国の中では目立たないように動こうと、心の底から誓うのだった。




