モレアのお祭り 6
宿屋へと戻ったアストールとレニはどっと疲れていた。
食事をとる気力もなく、とりあえず部屋へと戻っていく。
「全く、酷い一日だった……」
アストールは今日の出来事を思い出しながら、ベッドへと寝転がっていた。
息抜きのはずが、ろくでもない事に巻きこまれ、挙句、レニのおでこにキスをすることになるとは思いもしなかった。
「ああーーー、もう、なんで、こうなっちまったんだ!」
アストールとしてはディートリヒの謝罪を引き出せたことは、コートを上げるという代償で安いものだと思った。だが、実際に頑張って取ってきたのはレニだ。
レニとしてはアストールに自分の努力で勝ち取った物を捧げて、喜んでもらいたかったのだ。
しかし、ディートリヒのあの大号泣を前に、誇らしげにコートを着る気にもならない。何も知らない人からすれば、泣かせた悪党と見えるのはアストールであるのだ。
あとあとの事を考えれば、いざこざに巻き込まれない為にもコートをあげるのは妥当な妥協案でもあった。
「仕方なかったんだよ! あれは!」
アストールはそう言うと今になってレニにキスをしたことを気恥ずかしく思ってしまう。
そう叫んで天井を見ていると、扉が開いて女子二人が帰ってきていた。
アストールが顔を向けると、二人は服の入った布袋を手に持っている。
「あ、おかえりなさい」
「ただいまー。エスティナ、早かったんだね」
エメリナがそう言って笑みを浮かべる。
「ああ、色々あって疲れたよ……」
アストールは再び天井を見上げていた。
それにメアリーが満面の笑みで話しかけていた。
「そうだよねー。あれは疲れるよね!」
メアリーの言葉にアストールは慌てて上体を起こして二人を見る。
「ええ!? なに!? もしかして、二人とも見てたの!?」
「うん、見てたよー!」
エメリナが無邪気にそう言ってメアリーを見ると、彼女もまた頷いて見せる。
「な、でも全く見当たらなかったじゃない!」
「私達、元狩人と元盗賊だよ! 気配消すくらい簡単よ!」
メアリーが得意げに言うと、アストールは全てを察していた。
「もしかして、全部見たの?」
アストールの問いかけに対して、メアリーとエメリナは顔を見合わせていた。
そして、満面の笑みをアストールに向けていた。
「うん、仕方なくレニのおでこにキスしたとこも、ばっちり見てたよ」
「だああああ! お前らああああああ!」
アストールは大声で叫んでいた。
「絶対に誰にも言うんじゃないぞ!」
「えええ、どうしようかな?」
メアリーがわざとらしく言うと、アストールは即座に反応していた。
「何言ってんだよ! お前! 今夜、もう一回公衆浴場行ってもいいんだぞ!?」
「えええー、何よそれ!? 私はいかないよ!」
メアリーが慌てて否定すると、エメリナはまんざらでもなさそうに言う。
「あーいいな、私も行く!」
「お、なら、二人で行きましょ!」
アストールは卑下な笑みでメアリーを見ると、彼女はつられるようにして言っていた。
「だああめええええ!」
こうして、女部屋は騒がしく一日の終わりを告げる。旅はこれからも長く続く。
アストール達のの波乱を乗せて……。




