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モレアのお祭り 3

 ディートリヒはシディア・モレア家の末娘として生まれた。

 裕福なシディア・モレア家はこのモレアの農作物の半分近くを生産し、商業区の機織り産業で富を稼いでいる一大貴族となっている。

 領主とは近縁の家柄であり、富だけで言うならば、8つあるモレア家の3番目に豊かな家となっている。


 そして何よりも、彼女は父親であるルンディー・シディア・モレアが高齢の時に産まれた事もあって、かなり可愛がられ、甘やかされて育ってきている。


「きー何よ! あのちんちくりんと田舎貴族!」


 ディートリヒは頭を撫でられて喜んでいるレニを見ながら恨めしそうに見ていた。


「ディーお嬢様」


 男性の使用人がディートリヒに声をかけると、不機嫌そうに使用人に振り返る。


「何かしら!?」

「次は本戦となります。残念ながら、予選通過できたのは6人です」

「だから、何!?」

「あのレニという男児、体幹もよく、おそらく優勝候補になりえる存在です」


 使用人がレニの動きを観察していたらしく、空の並外れた体幹に驚嘆していた。

 この競技、地面にボールを着けてはいけないという競技ゆえに、常に片足で立っておかなければならない。舗装された道ならまだしも、会場は綿花を抜いたばかりの畑だ。

 綿花が生えていた場所は窪んでおり、足を取られてボールを落としたり、転倒する人が続出している。


 毎年一回行われる協議ではあるが、同じような状況で練習できる場所もないのだ。

 だからこそ、体幹の良い猛者たち以上にいい動きをしていたレニが、より一層優勝候補に見えたのだ。


「だからなんだって言うのよ! あなた達が優勝すればいい事でしょ!」


 ディートリヒはそう言いながら、使用人たちを怒鳴りつけていた。


「し、しかしですねえ。彼はかなり手ごわいですよ」


 使用人の一人がそう言って心配そうにレニを見つめていた。

 足場の悪い畑の中、初めて挑む競技で最後まで残ったのだ。

 実力は十分示していると言える。


「なら、どうしろっていうの?」

「ここは強硬な手段に出ても、あの少年を潰すべきです」


 使用人はディートリヒに対して提案すると、彼女は腕を組んで得意げに答えていた。


「あら、そうね。それは私の得意分野ですわ! ふふ、脱落したあなた達! この畑にある綿花を積んだ枯れ木を集めなさい! そして、あなた、樽に水を汲んで用意してくるの!」

「お、お嬢様……、まさか……」

「ふふ、強硬な手段に出ろと言ったのはあなた達よ! 私に逆らったらどうなるのか、あの二人に思い知らせるの!」


 ディートリヒは新たな悪だくみを実行するために、使用人たちに命令していた。


「あ、ちゃんと本戦には間に合わせるのですよ!」


 ディートリヒの言葉に対して、使用人と奴隷たちは慌ててその場を駆けだしていた。

 幸いにして水は近くの用水路から汲んでくればすぐに用意ができる。

 綿花も抜いたばかりでそこら中に放置されているのだ。

 また、抜いて1週間以内という事もあり、適度に乾燥している。


「ふふふ、目に物見せてやるのですからね!」


 ディートリヒは不敵な笑みを浮かべてアストール達を見据えていた。



 予選が終わり、本選の開始が決定する。

 予選を通過したのは30名だ。

 あの後も予選が行われており、参加者を振るいにかけていた。

 アストールはレニと共に予選の間に、舞台の上にあるコートを見に来ていた。

 青く染められ、花柄の装飾が施されたコートが人形にかけられている。

 綿花の糸を編んで作られたこのコートが、かなり高価なのは一目見てよくわかった。


「エスティナ様にはこのコートよく似合うと思います!」

「確かに高級そうではあるよね。染物だし……」


 服を買わない分、ここでこのコートを手に入れるのは、満更悪くもない。

 女性がこのコートを羽織っても全然違和感はない。

 だからこそ、あのディートリヒもコートが欲しいのだろう。

 アストールはレニの手を引いて、再び競技会場へと来ていた。

 競技会場の畑では予選通過者がボール蹴りの練習を行っていた。


「さあさあ! 本戦の開始をおこないます! 予選通過者の皆さんは競技場に入ってください」


 運営の掛け声でレニは競技場へと入っていく。

 この本戦で決勝に進めるのは5人だけだ。

 レニがこの5人に残れば、あの高級そうなコートを手に入れるための決勝に挑む権利が手に入る。

 優勝が間近に迫っている事にレニは笑みをこぼしていた。


「レニ、頑張ってね! ディートリヒの従者なんかに負けるんじゃないわよ!」

「はい!」


 レニは気合を入れてボールを持って競技場に入っていく。

 彼は走りながら周囲を見回して、ちょっとした変化に気付いた。

 競技場の柵の向こう側に、予選では見られなかった荷車があるのだ。

 その荷車の上には樽が二つある。

 大きな樽の中身が何なのか気になったが、それ以上詮索はできなかった。

 また、違う方向には枯草が山と積まれている。

 これは運営が用意しているのかと思う程、露骨に用意されているものだった。


「さてさて、これより本戦を開始したいともいます。では、皆さまには私達運営から位置を指定させていただきます!」


 会場の前に居る運営の人間が、競技場の中に均一に人を配置していく。

 そして、レニは自然と樽の前へと連れてこられていた。


(なんか、嫌な予感がするなぁ……)


 レニは本戦が始まるよりも前に、既に何かしらの大きな力が働いている事を薄々感じていた。


「ではでは。みなさま、準備はよろしいですね! いきますよー! はじめえ!」


 運営がそう言うと同時に笛を吹いていた。

 全員が一斉にボールを蹴り上げる。

 さすがは予選通過者ばかりで、一回目の蹴り上げで脱落者なし。

 次々に笛を吹いてどんどんと回数を重ねていく。


「あらあら、あなたのちんちくりん、よく頑張っておいでですね!」


 柵の外で見ているアストールの横にディートリヒが現れる。

 なぜか脱落者の使用人や奴隷はおらず、ディートリヒ単独で行動していた。


「あらあら、お嬢様、あなたの所の使用人もよくやるみたいですね!」


 アストールは競技場内で競技に挑み続ける一同に目を向けながら答えていた。

 ディートリヒのあからさまな挑発には乗らずに、冷静に対処された事に彼女はあからさまに不機嫌になる。


「ふん、まあ、いいわ! 最後まで残るのは私の使用人に決まってるのですから!」


 ディートリヒはそう言って、レニの方へと顔を向けていた。

 そして、コクリと静かにうなずいて見せる。

 回数にして五回目を迎えようとした時だった。


「あーーー!! 手が滑って樽が倒れるううう!」


 大声で屈強な男が叫ぶと同時に、馬車上の樽が倒されて一気にレニの方へと水がぶちまけられる。

 レニは競技場の端に立っていたので、もろに水を被る位置に立っていた。


「え、ええええ!?」


 レニが動揺すると同時に笛が鳴らされて、レニはそれでもボールを蹴り上げていた。

 頭から水を被るもボールは維持している。


「ちっ! なんてしぶといの!」


 その一連の動きを見ていたディートリヒがレニに毒づいていた。


「あ、今、妨害したでしょ! なんてことするのよ!」


 アストールは水びだしになったレニの方を指さして叫ぶ。


「妨害よ! 妨害! 運営! あれはいいの!?」

「えー。あれはたまたま馬車から水桶が倒れた不慮の事故です」


 笛を吹いていない運営スタッフがそう答えて競技は続行する。

 水浸しとなった足元は非常に悪くなり、片足で立っていると足元を取られかねない。

 ディートリヒは不敵な笑みを浮かべて、アストールを見る、


「あらあら、不慮の事故ですってね! かわいそうにねえ! ちんちくりんはずぶぬれじゃない!」


 ディートリヒがそう言ってバランスのとりずらく四苦八苦しているレニをあざ笑う。


「貴方ねエ! 卑怯だと思わないの!?」

「え、何の事かしら、ただの事故じゃない。別に関係なくてよ」


 ディートリヒは余裕の笑みを浮かべている。

 ぽろぽろと脱落者も出始めた状況であるが、レニは足元が悪いにも関わらずまだ生き残っている。


「ふふ、田舎貴族のちんちくりんにしてはやるわね」


 引きつった笑みを浮かべるディートリヒは手に持っていたセンスを広げて、口元を覆い隠していた。

 それを見た馬車の上の使用人が動き出す。


「おい、あれ、明らかに貴方の所の使用人だろ?」

「あらあら、ようやく地が出てきまして? さすがは田舎貴族ですこと。言葉遣いも汚くってね」


 アストールは話をはぐらかすディートリヒに口元を引くつかせる。


「レニ! 気を着けなさい!」


 アストールは大声でレニに声をかけると同時に、馬車の上の使用人が叫んでいた。


「あーー、また、手が滑った!」


 二つ目の樽が倒されて、再び大量の水がレニを襲う。

 しかし、レニはボールを高く蹴り上げると、その水を避けて見せる。

 そして、落ちてきたボールを何事もなかったかのように片足で受け止めていた。


「きーーーーー、なんてこと! あのちんちくりん! ちんちくりんのくせにいいいい!!!」


 ディートリヒは悔しがりながら、バンバンと柵を叩いていた。


「ふふ、私の従者は優秀なのよ!!!」


 アストールは悔しがるディートリヒに対して得意げに言う。


「むきー!!」


 怒ったディートリヒはその場から馬車の上にいる使用人の方へと急ぎ足で立ち去っていく。


「こうなったら! 第二段階発動よ!」


 ディートリヒはそう言いながら、馬車の所まで来ると使用人たちを怒鳴りつける。


「あなた達! 何やってるのよ! 折角運営に言って、あのちんちくりんをここに連れてくるように仕組んだのが台無しじゃない!」


 怒鳴り声が聞こえてレニは呆れを通り越して引きつった苦笑いしかできなかった。

 真横でそんな話をされるとは思いもしていなかったのだ。


「ちんちくりん! すぐにそのボール落としなさいよ!」


 ディートリヒは大声でレニに言うと、彼は即答する。


「え? 嫌ですよ! 貴方は僕の主人じゃないですから、失格にはなりませんよ!」


 笛が吹かれて話しながら余裕の状態でレニはボール蹴りを続行する。

「ここでやめないのなら、後悔させてやるわ!」


 ディートリヒはそう言うと、真正面に集められていた枯草の山の横にいる使用人に目配せする。

 水攻めがだめなら、火責めと言わんばかりに、レニの前に積まれている枯れ葉と枯れ枝に火がつけられていた。黙々と白い煙が上がりだし、レニの方へと向かっていく。


「く、ビショビショになったのに! 今度は煙ですか!!」


 レニはそう言って、ボールを蹴りながら場所をさりげなく移動していく。

 そうしているうちに、泥に足を取られえて転倒する参加者も出ていて、参加者が半分程度まで減っていた。レニは一番悪条件に晒されながらも、まだ本戦に残り続けている。


「あー煙を避けないでよ! なんで、避けるのよ!」


 ディートリヒがそう言うも、レニは一向に構う事はない。


「移動してはダメって言われてませんから!」


 レニはそう言って競技を続行する。

 ディートリヒは思い通りに計画が行かない事に、悔しがりながら再び柵をバンバンと叩く。それと同時に風向きが変わって、煙がディートリヒの方へと向かっていた。

 瞬く間にディートリヒ達は煙に巻かれてせき込む。


「けほけほ! なんで、こうなるの! 目が痛い! あけられないじゃない!」


 煙で目をやられて涙が出てくる。

 使用人たちも同じように煙に巻かれていた。


「あらあら、策士策に溺れるってこの事かしらねえ!」


 アストールは皮肉たっぷりにディートリヒに叫ぶも、彼女はそれどころではない。


「げほげほ! 早く! げほ! 煙をどうにかしなさい!」

「お嬢様、さきほど、げほげほ! 水を全部使っちゃいまして! げほげほ! 消火できません!」

「げほげほ! なんてことなの!」


 ディートリヒは煙に囲まれたのでやむなくその場から離れる。

 それと同時だった。

 大きな笛の音が競技場に鳴り響き、全員が動きを止めていた。


「はい! そこまで! 5人が決まりましたね!」


 ディートリヒが煙から出てきて、競技場に残っている5人を見る。

 そこでディートリヒは愕然としていた。

 なんと、レニが決勝に残ってしまったのだ。

 しかし、幸か不幸か、残りの4人全員が彼女の従者でもあった。


「ふっふっふっふ! 私の従者が四人もいれば! もう、優勝したも同然じゃない!」


 気分を取り直したディートリヒは、アストールの方へと顔を向けていた。


「あなたのとこちんちくりん、やるじゃないの!」


 ディートリヒはアストールへと大きな声で叫ぶ。


「露骨に妨害しといて、よく言うわね!」

「なんですって! 私はちょっと強硬な手段に出ただけで、別に妨害なんてしてないわ!」


 言い訳にしてはあまりにも酷い言い分に、アストールは呆れ果てていた。

 ここまで来ると笑いも出てこない。


「まあ、いいわ! 優勝するのは私のレニだから!!」


 アストールはそう言うとレニの方へと顔を向けていた。

 絶対に優勝するという決意を固めた瞳をアストールへと向けていた。


「ムキーーーー! 何よ何よ何よ何よ!!!」


 ディートリヒは悔しさを地団駄を踏んで地面にぶつけていた。


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[一言] ずっと思ってたんですけど、なろう的なテンプレ貴族ってこの世界観にあって無さ過ぎでは…? アストールの身分はわかってなくても従者連れてるような平民にはみえない美人なんだから他国の貴族って可能性…
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