モレアのお祭り 2
アストールとレニの二人は朝ごはんのパリーニを頬張りながら。街の外を歩いていた。街から出ると綿花畑が広がっており、既に収穫を終えているせいか、茶色い畑の地肌をあらわにしていた。
道を行き交う人々は、昨日の服装とは違ってみな一般的な服装で目的地へと向かっている。
綿花畑の一角に特設会場設けられており、そこには大勢の人がすでに集まっていた。
二人はその会場へとたどり着いていた。
「さあさあ、リーム大会の受付だよ」
二人が会場の畑へと足を踏み入れる。
入り口には特設会場用のテントが張られており、二人はそのテントへと足を踏み入れていた。
テント内には人が入り乱れており、机の前で祭りの運営者が参加証を配っている。
その参加証とは綿で作られたボールだ。
「このボールを一番長く地面につけずに蹴り続けた奴が優勝だ!」
「優勝景品はこのコートだよ!」
運営者は綿花のコートを高く掲げている。
参加者はだれでも自由に参加でき、そこに身分の差など関係はなかった。
レニはアストールの手を取って、受付へと向かっていた。
「エスティナ様! 僕、優勝してあのコートをプレゼントします!」
「うーん、最近寒かったし、コートあると確かにちょうどいいかもね」
レニの決意を見て、アストールも現状の肌寒さの改善の為にコートがいいことに気づいていた。
受付を済ませたレニはボールを受け取って、アストールと共に会場へと入っていく。
綿花で編まれたボールの中には砂が入っており、けして弾力のあるものではなかった。
「ふーん、これをずっと蹴り続けるのか……」
レニの持っている参加証のボールを借りて、アストールは参加証をまじまじと見ていた。
「随分と蹴り辛そうね」
「地面に着けずに蹴るって、どうやるんでしょうね?」
レニがそう疑問を投げかけつつ、アストールからボールを受け取る。
「はーい、ではこのリーム大会の予選を行いますよ! 参加証を持った方はこちらに集まってくださーい!」
二人が会場内で立ち尽くしていると、運営スタッフが参加者を集めだしていた。
「最初は様子見したほうがよさそうですね」
レニはそう言うと敢えて一回目の予選には参加せずに、傍観することを決断する。
ある程度の人数が集まると、運営スタッフは試合会場となる場所へと参加者を誘導する。
参加者が誘導されたのは、綿花が抜かれた荒れた畑の大地の上だった。
「はーい、それではこれより予選を開始しますよ。参加証のボールの準備をしてください」
運営スタッフの声に合わせて、参加者たちはボールを足の甲の上に乗っける。
運営は参加者の準備が整ったのを見て、全員に声をかける。
「私の笛の音に合わせてボールを蹴り上げてください。音に合わせて蹴り上げた後、もう一度足の甲の上にボールを乗せてもらえればいいです。もしも、ボールを地面に落としてしまった場合は、その場で失格となります。この予選では5人だけが通過できます! さあ、始めますよー!」
運営はそう言うと口に笛を咥えて、大きく吹き鳴らしていた。
参加者一同は一斉にボールを蹴り上げる。
一回目に成功したのは半分程度、スタッフはそれを見て間もなくまた笛を吹く。
一定間隔で笛を吹いているとは言え、次々に脱落者が増えていく。
そうして、すぐに予選通過者が決まっていた。
周りのギャラリーは予選通過者に歓声を浴びせていた。
「はーい、予選を落ちた人は、あちらでボールを返してくださいねー」
予想外に難しそうに見える競技であり、アストールは面食らう。
「レニ? 大丈夫そう?」
「任せてください!」
レニは胸を張ってアストールに答えていた。
「はーい、では次の予選組に参加したい方、どうぞー」
ボールを持った人々が競技場に入っていく。レニもその波に乗って競技場へと立っていた。
(絶対に予選は通過するぞ!)
レニは決意を固めて、ボールを足の甲へとおいていた。
先程の状況を見ている分、どうすればいいのかもわかった。
後は、自分がどれだけできるのか。
「では、これより予選開始でーす! はじめえ!」
綿花畑に笛が鳴り響き、レニの予選通過への挑戦が始まる。
競技場の外でレニを見ていると、突然後ろから声をかけられていた。
「あらあら、誰かと思えば、蛮族の田舎貴族様じゃないですか!」
アストールはパリーニの屋台で聞いた嫌味な声に、表情をゆがめていた。だが、挑発にのってしまってはいけないと、アストールはすぐに気を取り直してディートリヒに向き直っていた。
「あー、これはこれは、ディーお嬢様」
「貴方の従者も参加していますのね! ちんちくりんの癖によくやりますわね!」
一々口にしなくていいことを言うので、アストールもカチンとくる。
だが、モレアの一大貴族の娘という事もあり、下手にあしらうのも後々が面倒だ。
アストールはレニの方へと顔を向けながら言葉を返す。
「あらあら、ディーお嬢様の使用人様は、随分と不器用なようですね。あれ、一人脱落いたしましたわよ?」
「ふふ、貴方と違って、私にはまだあと5人いるのよ? それにもう3人は予選通過していましてよ?」
「有象無象が沢山いても、優勝ができるのかしらね?」
「そういうあなたのちんちくりんも予選は通過できたとしても、果たして優勝できるのかしら?」
アストールとディートリヒは張り合って、静かに視線で火花を飛び散らしていた。
「何やってますの! もっとしっかりボールを蹴り続けなさい!」
ディートリヒの激励に使用人と奴隷の5人は頑張ってボールを蹴り続ける。
「レニ! 頑張って!」
アストールの声援にレニは一層やる気を出して、余裕の姿を見せていた。
「あなたのちんちくりん、中々やるみたいね!」
「私の自慢の従者よ! 貴方にレニの何がわかりましょうに!」
二人が張り合って声援を送っていると、予選にも関わらず周囲の人もそれに加わっていた。
「がんばれー!!」
「小さいの! がんばれ!」
白熱を見せる予選に次々と脱落者が出てくる。
そうして、5人が残っていた。
レニは幸いな事にその5人に残っていた。
対するディートリヒの使用人たちはと言うと……。
「なななな、なんてこと! なんでよ! なんで6人も参加して予選通過者が1人しかいないの!?」
「だから言ったでしょ! 数じゃないのよ?」
得意げに見下すようにいうアストールを前に、ディートリヒはハンカチをかんで引っ張る。
「きーーー、何よ! 田舎貴族風情が!」
「次は本戦でお会いしましょうね。お嬢様!」
アストールはディートリヒに別れを告げると、レニの元へと駆け寄っていた。
「あ、エスティナ様!」
「予選通過おめでとう!」
アストールはそう言うとレニの頭をなでていた。
レニはまんざらでもない表情を浮かべていたが、それでもふと自分は男だと思い出して、顔を赤らめつつアストールの手を振り払っていた。
「ありがとうございます、でも、こんなみんなの前で頭なでないでください! 恥ずかしいですよ!」
レニが気恥ずかしそうにする様子を、周りのギャラリーはほほえましく見守っていた。
二人が仲の良い姉弟に見えているのだ。
「ああ、ごめんね」
「いえ、大丈夫です。それより、あのディートリヒって女の子が来てるんですね!」
レニはそう言って恨めしそうに視線を送ってくるディートリヒを見ていた。
ディートリヒは明らかにレニに敵意をむき出しにしていて、今にも走ってきそうな雰囲気すらある。
「みたいね。私も絡まれて困ってるのよ。変なのに目を付けられちゃったわ」
アストールが嘆息すると、レニもまた同じように溜息を吐いていた。
「確かにそうですね。僕もあの人苦手です」
二人は厄介な人に目を付けられたことに、酷く落ち込みを感じていた。
折角息抜きの為にこの祭りに参加しているというのに、有力貴族の娘であるディートリヒに目を付けられることなど、想像もしていなかった。
これでは息抜きにすらならない。
アストールとレニはディートリヒに絡まれた事を心底恨めしく思うのだった。