明日はお祭り
アストール達は気持ちのいい浴場を後にして宿屋に戻ってきていた。
宿屋に来るまでに大勢の男性に声をかけられたが、難なくすべてをあしらっていた。
メアリーとエメリナは疲れていたのか、宿屋に着くなり自室へと戻っていく。
宿屋のロビーに残ったのは、興奮冷めやらぬレニとアストールだった。
「ねえ、レニ、ご飯でも食べに行く?」
アストールがそう誘うとレニは笑顔を浮かべていた。
「ぜひ、行きましょう!」
二人は宿屋の食堂へと足を進める。
宿屋の食堂は酒場も兼ねていることもあって、かなりの人でにぎわっていた。
祭りが重なっている事もあって、街中で見た派手派手しい恰好をした男女が席で酒を煽っている。
レニとアストールは席に座ると軽く料理を注文していた。
このモレアでは水鳥を名産であり、その肉が高級品として取り扱われている。
それ以外にも特産の野菜を使ったスープや、西方から仕入れた小麦のパンなどもメニューにはあった。
「あの、エスティナ様」
レニは顔を赤く染めたまま胸をずっと見ながら話しかける。
「なに?」
アストールはその視線に気づいてはいるが、あえて無視して話を進めていた。
「明日、祭りで催し物があるみたいなんですよ」
レニは真面に顔を見る事もできず、恥ずかしそうに顔を背ける。
「うん、それで?」
「よかったら、その催し物、僕と一緒に見に行きませんか?」
唐突な誘いにアストールは少しだけ考える。
実際この街の祭りで行われる催し物と言うものがとても気になる。
レニにはいつも負担を強いている分、たまには息抜きも必要だろう。
そう考えたアストールは快諾していた。
「うん、いいよ」
「え!!? いいんですか!?」
アストールが誘いを受けると思っていなかったレニは、彼女の顔を見つめていた。
「ええ。たまには息抜きも必要でしょ」
「は、はい!」
レニは先程の風呂場での出来事が気になって仕方がなかった。
今まではアストールを純粋な主人として見ていた。
美しさと強さを兼ね備えていて、憧れがあったのは事実だ。
メアリーとアストールがキスをしそうになっていた時は、目にゴミが入っていたという事だったので、彼女が女性好きではない事を安堵していた。
だが、今日の浴場の一件で、レニは完全にアストールを女性として意識してしまった。
美しい三人の女性のボディーが今でも脳裏から離れない。
煩悩に悩まされることなど、神官にあってはならない由々しき事態だ。
だが、あの状況でレニに欲情するなと言う方が、酷な話でもある。
「あの、僕、今日のこと……」
「ん?」
「その……」
アストールはレニが浴場で最後にとある事件を起こしていた事を思い出していた。
「ああ、別に気にしなくていいよ」
「で、でも、僕あんな醜態晒しちゃって……」
「仕方ないでしょ、あれだけ長く浸かってたらのぼせるよ」
アストールとしてもレニには少しだけ同情していた。
結局レニはあの女子のじゃれあいを見た後、制御不能になった息子を隠すためにずっと湯舟にいたのだ。
このお年頃の男子にあの状況は刺激が強すぎた。
ゆえに、彼は湯舟でのぼせ上ってしまったのだ。
意識が朦朧としていて、レニが湯舟から引きずりだされた時、三人に元気な一物を見られてしまった。男としての尊厳を奪われた気持ちと、妙な背徳感、そして、朦朧とした意識の中、レニは気を失いかけていた。
あのような状態となってしまった事が情けなく思うのは、アストールも男であるから良くわかる。
しかし、アストールにとっては、自分のモノがないことで女性に欲情できない自分がもどかしかった。
むしろ、レニを見てきゅんきゅんと胸が高鳴り、少しだけ興奮を覚えてしまった事が、アストールにとっては屈辱的だった。
(やばいよな……。男に欲情するなんて、どうかしてるぜ……)
アストールは内心毒づきながらも、レニを慰める。
「気にしない、気にしない。みんなも気にしてないから、安心しなよ」
「エスティナ様……」
レニはアストールの言葉に涙を浮かべていた。
彼女の慰めの言葉が、レニを地味に傷つける言葉であった事は敢えて告げない。
女性たちに自分が男性として見られていない事実に、レニは少しだけ傷ついていたのだ。
「あの、僕って、裸でも、そんなに男っぽくないですか?」
レニが自分の悩みをアストールに相談すると、彼女は少しだけ考える。
実際にレニの息子はその体に似合わず、それなりにご立派なものだった。
裸を見れば嫌でも男だと意識させられる。
だが、顔は明らかに女顔で、脳が女だと錯覚してしまうほどかわいらしい。
「レニ、君は裸であれば、しっかりとした男だったと思うよ」
アストールの言葉に対してレニは自信なさげに答える。
「僕、今まで女の子みたいな扱いされてきたじゃないですか?」
「うん、そうだね」
「その、皆から可愛いと言われるのは良いんですが、それでも女の子として見られるのは、やっぱり不本意なんです」
レニの率直な悩みを聞いたアストールはメアリーとエメリナの反応を思い出していた。
レニの元気な姿を見た二人は、明らかに顔を赤らめていた。
男性を初めて見たかのような反応に、アストールには二人がまだ初心な状態であることが分かった。
あんなものを見せつけられれば、レニがしっかりと男であると認識させられるだろう。
「レニ、大丈夫だよ。今日で君はしっかりと男であると、メアリーとエメリナには認識させたと思うから」
その意味深な発言を聞いたレニは、顔を赤らめていた。
「その、それって」
「うん、二人とも興味津々にまじまじと見てたよ」
レニはうつむいて口をへのじにして恥ずかしそうにしていた。
「うぅ……。エスティナさまも見たんですか?」
「大丈夫、すぐにタオル掛けてあげたから」
「見てるんじゃないですか!!!」
「まあまあ、落ち着いて、貴方がしっかりとあの二人に男と認識させただけでも、その功績はでかいわよ」
アストールは激昂するレニを笑顔でなだめていた。
実際、あんなものを見せつけられれば、二人は嫌でもレニを男と思ってしまうだろう。
しかし、それで二人の着せ替えが収まるとは到底思えないが……。
レニはアストールの言葉を聞いて溜息を吐いていた。
「それなら、いいんですが……。いや、やっぱり、良くないです……」
「レニ、ラッキーだと思えばいいのよ。三人の裸をただで見られたんだから」
「いや、そのせいで僕は逆に辱めにあったんですよ!?」
「その代償と思いなさいな」
「うぅ、そんなものなんですか?」
「そう言うものよ」
レニがアストールの言葉に今一納得できずにいると、目の前に注文していた料理が届いていた。
「さ、食べましょう!」
「はい」
二人は机に並べられた水鳥のソテーとパンをほおばっていた。
「そういえば、明日の催し物ってなんなの?」
アストールがレニに聞くと、彼は笑みを浮かべて答えていた。
「なにかの競技らしいですよ」
「ふーん」
「その競技に優勝すれば、景品を貰えるみたいです!」
レニは張り切って答えると、アストールは彼を見つめて聞いていた。
「僕、その競技に参加しようと思うんです」
なんの競技かもわからないが、レニはとにかくアストールに対して猛アピールをしてくる。
「へー、で、優勝してどうするの?」
「エスティナ様にその景品を差し上げます!」
レニの純粋な気持ちを前に、アストールは少しだけ考える。
彼がなぜそこまでして自分の気を引こうとしているのか。
その答えは決まっている。
「僕はエスティナ様を」
「あーレニ、ちょっと待って、私、それ以上聞けないわ」
アストールはレニの言葉を遮っていた。
「え……」
「私は貴方を従者として見てるのよ」
アストールは厳しい現実を突きつける。
確かにレニは可愛いのだが、恋愛の対象として見ているわけではない。
何よりも、彼は従者で男なのだ。
「そうですか……。それでも、僕は明日、エスティナ様のために頑張ります!」
レニのその意気込みを聞いたアストールは、これ以上彼を傷つけられずに、笑みを浮かべていた。
「その気持ちは嬉しいから、私は明日レニを応援するよ」
「ありがとうございます」
こうして二人は夜ご飯を食べながら、祭りのイベントへの参加意欲を掻き立てるのだった。